海彦・山彦の白秋日記

Ombigaichan 6340m ヒマラヤ襞が綺麗な双耳峰。 この頃はまだ未踏峰だったが・・・今は誰か登ったか?

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阿部君が昨日、メスナールートから単独?で南極点に到達しました。
秋田県人として、100年前の探検家・白瀬矗(のぶ)中尉の〝夢〟を果しました。
今回の達成を次なる夢へとつなげ、世界初となる白瀬ルートへのチャレンジがいよいよ始まるそうです。
粗末な地図と六分儀・磁石を頼りにした、アムンゼン・スコット・白瀬矗達の探検時代と比較し、現代はGPSや衛星電話が有り、楽に為ったとは言え、快挙に違い有りません。
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極点冒険の様子は  https://www.jinriki-support.com/abe/
          https://twitter.com/masatatsuabe
                             https://www.facebook.com/garyu.keepsmiling/


続報です。
秋田魁新報 12月28日付け
11月下旬から日本人未踏のルートで南極点に歩いて向かっている冒険家阿部雅龍さん(35)=秋田市生まれ、潟上市育ち、東京都住=は、食料などの補給を受けない「単独無補給」での到達を断念した。行程の遅れで食料が不足する恐れが出たため、23日に補給を受けた。引き続き南極点を目指す。自らのフェイスブック(FB)の25日付の日記で明らかにした。
阿部さんは出発から31日目の出来事として、FBに「食料補給地点を通過。(中略)僕もここで補給を受ける。(中略)決断をするのは楽ではなかった」と記した。最後に「雪の状況は飛躍的に変わるはずだ。絶対に行くんだ、南極点!」と綴った。
食料補給地点とは、南極点到達を目指す冒険家らが、
ベースキャンプなどから物資の補給を受ける場所。

秋田魁新報 1月17日付け
 昨年11月下旬から南極点へ単独で歩いて向かった冒険家阿部雅龍(まさたつ)さん(36)=秋田市生まれ、潟上市育ち、東京住=が日本時間の17日午前6時20分、日本人未踏のルートで南極点に到達した。阿部さんから衛星電話で連絡があったと、所属事務所の人力チャレンジ応援部(神奈川県)が明らかにした。

 阿部さんは食料などを積んだそりを引き、南極大陸の西沿岸から東へ約920キロ歩いた。世界で初めてエベレスト無酸素単独登山を達成したラインホルト・メスナーさん(イタリア)が1989年に南極横断時にたどった「メスナールート」と呼ばれるルートを進み、昨年11月23日の出発から55日目でゴールした。

 東京・浅草で観光客相手の人力車夫として冒険の資金を稼ぎ、フェイスブック(FB)やツイッターで「夢を追う男」の名で冒険の計画を発信してきた青年が、また夢に一歩近付いた。阿部さんの次の目標は、にかほ市出身で日本初の南極探検家・白瀬矗(のぶ)中尉(1861~1946年)の最終到達点「大和雪原」を経由するルートでの南極点到達。「南極冒険日記最終稿」としたこの日のFBにこう記した
「白瀬ルートを成し遂げて、この南極点に帰ってくる」

雪の状態が悪く、予定より遅れて途中食料補給を受けたそうです。
当初計画の〝単独無補給〟は達成出来なかったが、
次回の〝白瀬ルート〟は充分な準備をして是非〝単独無補給〟で!!!


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後記 ①

今回の極点旅行を考えて、多少の疑問を感じてます。それを書きたいと思ってます・・・
単独無補給で極点を目指すのも、
一人(補給有り)で極点を目指すのも、凄い事ですが・・・
南極は探検の時代が終わり、冒険の時代も今や終焉の期に入ってる様です。

黒字は、阿部君のFBより抜粋
11月18日
【南極へフライト 日本人初の南極冒険へ】
この投稿を南極終了前の最後の投稿としてます。
南極のGPSポジションなどは公式HPからご確認ください。
https://www.jinriki-support.com/
現地時間18日に南極へフライトです。...
-30℃の低温
40日間の孤独  (実働40日?・予備日は何日か?)
日本人初ルート
360°雪の地平線が続く世界
100kgのソリを1日10時間引く苦行
南極特有のカタバ風という強烈な向かい風
標高2850mの南極点までのひたすらの上り坂
単独無補給スタイルでは今ルートの達成者は世界で2人のみ  (メスナー隊)
厳しい条件が揃います。
ですが、今までの実績と体力があれば必ずや達成できると確信しています。
南極飛行機会社に全装備品の引き渡し、最終ミーティングも終え、
後は心静かに夜明けを待つ。
11月20日に徒歩開始予定。
12月29日36歳の誕生日に南極点到達を目指します。
スポンサー様・個人支援者様・応援して下さる皆様。
全ての皆様。有難うございます。愛してるよ!

おれはやるぞ。
怖いからこそ立ち向かうんだ。
南極点に立った男になって帰ってきます。


 11月23日
午後にメスナールートスタート地に向け、
ベースキャンプから小型飛行機が飛びます。  (20日出発が悪天候だった様です)
体調は万全。停滞中も毎日二時間のトレーニングを欠かしませんでした。
メスナールートからのスタートで、
セルフガイドでのチャレンジは今年世界で僕だけです。
ですが、十分に達成できる自信に溢れています。
現地時間23日17時。
南極大陸海岸線から110キロのソリを引いて歩き始めました。
既に夕方だったので二時間のみ歩いてキャンプ。
気温は体感-23℃、僕にとっては快適です。
360度雪の地平線に取り残された時は一抹の不安を感じましたが、
すぐにナビゲーションの感覚を取り戻しました。
とりあえず自分を勇気づけるために、好きなアイドルグループのでんぱ組の音楽を聞いています。
少しずつ行動時間を伸ばしていきます。

 12月3日、11日目。行動時間6時間。距離12㎞。
ソリが重い。新雪が積もったせいか、斜め前方から風速10mで吹く南極カタバ風か、僕が疲れているのか。
ソリがつっかえてシールを履いたスキーが逆滑りすることすらある。
渾身の力で数十歩あるき、歩いては休むの繰り返し。
予定では11日目から20㎞を歩くつもりだったが全く消化できない。
時速1.5㎞しか出てない。
スタート時よりも速度が落ちている。
予定をこなせないと苛立ちが募る。
独りの世界では誰も慰めてはくれない。

 12月17日~18日。25~26日目。距離15+17㎞。標高1284m。
少しずつ雪の状況がよくなり距離が戻り始めた。
行動時間も1時間増やしている。
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(通信状況により文章が途切れています。事務局解釈で以下参考)
ただ、食料が足りない。「補給できるポイントもあるので、そこで補給するか」というベースキャンプからの打診があった。
「そこには多くの食料を備蓄してある。君が望むなら補給できる」と。

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積雪の影響でとても遅れている。補給さえできれば余裕を持って南極点に行ける。
時間さえあれば行けるのだから。だが、無補給ではなくなる。

それだけでなく、補給のための費用は少なくても数千万。
僕の残りの人生は借金返済で終わるだろう。
冒険の夢も果てるかもしれない。
南極に行った後の白瀬中尉の人生が浮かぶ。
南極後の彼は死ぬ間際まで南極の借金返済をしていた。
僕も同じ人生を辿るのか。
大きすぎる決断を僕は余儀なくさせている。
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極点までの行程の半分にも達してません・・・なのに食料が不足とは・・・
サポート会社からは、日々の通信・メディカルチェック・他を支援して貰うらしい。

12月22日~24日。30~32日目。距離12+14+17㎞。
31日目、食料補給地点を通過。一般的にここで補給を受ける。
僕もここで補給を受けることにした。
追加の食糧をとろうとする手が震える。
この決断をするのは楽ではなかった。
予想外の天気で遅れたとはいえ、無補給でなくなるのが堪らなく悔しい。
この冒険を実現するために影でどれだけ悩み苦しみ葛藤してきたか。

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(通信状況により文章が途切れています。事務局解釈で以下参考)
神様がいるなら、こんなに努力している僕を見捨てるはずはない。
僕が無補給に意固地になるのは、叶わない夢を貫くためではない。
充分南極点に到達できる食糧が残っている。
だから通常は到達できる。

ーーーーー
ただ以前のようなドカ雪が来たらアウト。
それに今回は距離の伸びが異常に悪い。
僕が何をすべきかと考えていた。
今回の冒険の本来の目的は日本人初のルートで南極点に到達し、
白瀬ルート実現の礎にすることだ。
くやしさに囚われると自分を見失う。
いま自分が何をすべきか考えろ。
未来のためにすべき決断がある。
ここからはノーマルルートに合流する。
雪の状況は飛躍的に変わるはずだ。
絶対に行くんだ、南極点!

現地時間1月12日~1月14日。51~53日目。距離23+24+24㎞。標高2808m。
凍った食べ物を行動中は食べるからか歯が欠けた。
つくづくこの生き方は身体に良くない(笑)
異常な積雪のせいで随分長くかかったものだ。
南極点は目の前。
情報では冒険家たちの過半数が途中リタイアしたそうだ。
南極冒険をセルフガイドでやるには審査があり半端な実力者は挑むことすら出来ない。
だから選りすぐりが集まり、通常は完走者が多い。
なんとも異常な年に当たってしまった。
僕はしぶとく粘った。
今は悪天候にも感謝している。
簡単に南極点に辿り着けたらつまらない。
苦労するから価値があるのだ。
僕の冒険は、有名になるためや名誉のためじゃない。
もっと自分が成長するためだ。
だから苦労するだけいいのだ。
神様は僕にもっと強くなれるようにと試練を与えたのだろう。
南極点まで、あと40km。


南極冒険日記最終稿。
 1月15日~1月16日。54、55日目。距離22+18㎞。標高2850m。
南極点までの総踏破距離918㎞。
目の前に小さく黒い点が見えてきた。
南極点にあるアメリカの観測基地だ。
永遠に思えた孤独の時間も終わる。
早くたどり着きたいが、疲れきった身体は重くスピードは伸びない。
黒い点が大きくなり、はっきりと建物と認識できるようになる。
南極点そばにある民間キャンプを過ぎて1㎞行くと、南極点のモニュメントがある。
目頭が熱くなる。今は泣いちゃダメだ。
嬉し泣きするのは白瀬ルート達成後まで我慢すると決めている。
今まさに世界の果てにいるのだ。
キャンプに戻ると、在スタッフが「アメリカ基地の見学に行けますけど行きますよね?」と聞いてきたが断る。
「なぜ?こんなチャンスは人生で2度とありませんよ」と言うので、こう答える。
「おれに限っては2度目があるさ。白瀬ルートを成し遂げて、この南極点に帰ってくるんだから。」
さぁ、僕の国に帰ろう。

これが今流の〝冒険〟でしょうか? 思ってたのとは、乖離してます・・・
40日の予定が、55日に・・・万一の食料補給地点がセットされての快挙でした。

次回の〝白瀬ルート〟は、今回の教訓のもと〝完全単独無補給〟での踏破を!!!

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後記 ②

1月22日 極点にて
【日本人初の南極点。次の夢は人類未踏、費用1億
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FBで、100kgのソリを曳くので、1gでも軽くしたいと歯ブラシの軸に穴を空けてたが、
玩具犬を積んでたとは・・・犬より食い物・燃料だろうが!!

日本人初ルート(メスナールート)単独徒歩で南極点へ到達(918㎞55日間)。
幼い頃から夢見ていた世界の果てへ冒険してきました。
全ては応援して下さる皆様のお陰と感謝してます。
100㎏のソリを毎日10時間以上引く重労働。2ヶ月の孤独。
体感-40℃の自然。標高3000mの南極の大地。
特に今年は例外的な積雪(少なくとも過去10年で最悪のコンディションらしい)で世界中から集まった選りすぐりの冒険家たちでさえも過半数が途中リタイアという異常な状況でしたが諦めずに歩き続け南極点にたどり着けました。
僕は決して元から強い人間ではなく身体が弱く運動もできない少年でした。
それでも諦めずに努力すれば夢は叶う、南極点までも単独で行ける、と強く感じています。
夢はこれで終わりではありません。
次の夢は人類未踏。
同郷秋田の南極探検家白瀬矗南極探険隊長が成し得なかったルートでの南極点到達です。
このルートは未だに誰も成し遂げていません。
クレバスだらけの南極横断山脈を越える超難関であると同時に、
極端に離れたスタートに立つための飛行機チャーター費だけで1億を超えます
大事な事は、"金額が夢の大きさを決めるのではなく、夢の大きさが金額を決める"
という事です。
今回の南極も1500万の費用が必要でしたが、沢山の方のお力をお借りして確保することができましたし、単独で南極点に到達することで多くの事を学びました。
この世に不可能はない、必ずや実現できると信じています。
チャレンジする楽しさ、南極の美しさを多くの人にお伝えしたいです。
阿部雅龍はこれからも"剛直に"走り続けます。
こんな僕に関わって下さる全ての皆様に有難うございます。
僕の背中を押して下さるのはあなたです。
きっと夢はまだ始まったばかり!

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後記 ③

更に疑問が・・・・
〝単独無補給〟で、極点旅行の予定が・・・食料不足と為り、途中で補給を受けた。
それでも〝単独〟で極点に到達したと言えるのか???

山登りの世界で〝単独〟とは、
BCから出発して・登頂して・帰るまで、全て自力で成し遂げての成果を言う。
途中で第三者から支援を受けたら、〝単独〟は成立しないのだ。
冒険や探検でも、それは言える事では無いのか・・・
厳しい言い方だが、単独
補給と単独補給では、その価値がまるで違うのだ・・・

この場合は、〝一人で補給を受け・歩いて極点に往った〟と、
言う事ではないのか? そんな疑問が残ります・・・

1月14日

昨日(13日)は田代岳に往ったが、今日も天気は良さそうです。
なので八甲田に往く事に・・・昨日の田代岳は 今季初・田代岳スキー登山


黒石インターで降りての岩木山〝津軽富士〟、珍しく〝ド晴れ〟です。
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黒石温泉郷までは、道路に雪が無く2駆で走ったが、山道は凍結してて4駆で・・・


開拓部落へ来ると・・・北八甲田の山々が、ドーンと望めます。
     田茂萢(タモヤチ)岳↓     赤倉岳↓井戸岳↓八甲田大岳↓
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樹氷がお出迎え、無線中継基地のアンテナにも霧氷が張り付いてます。
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田茂萢湿原です。
              赤倉岳↓井戸岳↓ 八甲田大岳↓
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赤倉岳から稜線通しにスキー縦走して、八甲田大岳経由で酸ヶ湯温泉に・・・
と、思ってましたが・・・出発時間が遅かった事と、祭日の晴れでスキー客や
樹氷見物の客でロープウェイ待ちが・・・

湿原に滑り込み、赤倉岳への登り口でシールを装着。
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樹氷の間を縫って、赤倉山頂を目指して登ります・・・
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赤倉岳の山頂近くになると、樹氷も小型化して・・・
画像に見える凸凹は、ハイ松に付いた〝蝦のシッポ〟が巨大化した物です。
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間も無く赤倉岳山頂
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倉岳山頂でシールを外し、滑走開始です。

赤倉と井戸の間の斜面を滑ります・・・
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井戸岳は双耳峰(山頂が2つ、北峰と南峰)、西側斜面の樹氷群。
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上毛無岱の入り口
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下毛無岱の雪原
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今日の装備
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天候に恵まれての樹氷見物でした。
帰りは、大川原温泉200円に寄り、一汗流して帰宅。

1月13日

秋田・青森の12日の予報が〝晴れ・曇り〟でした。
北八甲田の山スキー縦走を予定してましたが・・・
朝に青森市内からのライブカメラを見ると、上半分には雲が掛かり見えません・・・
戦意喪失で12日は、家でゴロゴロ・・・

今日の予報では青森が〝曇り・雪〟、秋田が〝晴れ・曇り〟でした。
八甲田を諦め、八幡平・秋田駒ヶ岳のカメラを見ると、晴れてましたが・・・
時 既に遅しです・・・朝食後に近場の田代岳に向かう事に・・・

8時半に家を出て、山瀬ダム・五色湖の橋に来ると、田代岳がクッキリ。
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登山口の大広手までの林道沿いは、予想以上に雪が少なく、
路面も先日の雨後の凍結で、ガタガタのツルツル・・・車が跳ね回る・・・

登山口の大広手に着いたが、先行車なし・・・
少し上の〝金堀沢〟からもルートが取れるので往って見たが、
積雪が少なく藪だらけ・・・これでは駄目だと引き返すと・・・2台車が来た。
2名でスキー登山らしい・・・準備をしてるともう1台来て隣りに止めたが、
金堀沢方向に走り出した・・・あそこから登るのか・・・

左尾根に向かうスキーのトレールが有り、昨日2人が登った様子。
30mほどトレールに沿って登ったが、尾根の末端方向へ向かっているので、
左尾根の分岐に出るべく、杉造林の中をジグ切って登る・・・

10時に登り始めて、30分ほどで尾根の背が見えて・・・  
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尾根に上がりました。
尾根上には、昨日通った登りと滑りの跡が・・・
ここでテルモス珈琲を一杯中に、末端から登って来た2人組が追い越す。
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尾根の急斜面に来ると・・・右足がずり下がる、シールの踏ん張りが効かない・・・
見ると・・・貼り流しシールの後ろ半分が、剥がれて雪まみれなのだ・・・
糊が劣化してて、多少カピカピ気味だったのは知ってたが、まさかの失態。
本来なら、これ以上は登れず・・・だが、こんに事も有るだろうと予測?して、
10mの3mmロープをザックに入れてます。
右足の板を外して、3mmロープをWにして縛り、10分位で応急処置完了。
遣り方は→ 山スキー・シール代替法 (後で画像有り)
今度は、右足の踏ん張りが効き過ぎて・・・ガンガン登れます・・・


左手に一昨年・昨年と課題にして登った、
(仮)五色尾根と手前の(仮)直登尾根が・・・間も無く1000mラインに到達です。
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この辺りのブナには、熊棚が・・・
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ブナの枝を折って、そこに座って実を喰うのだそうです、その痕跡です。
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(仮)五色尾根に突き上げてる、(仮)直登尾根の頭が1000mピークです。
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シール処置をしてる間に、先行者に離されたが・・・熊棚を見てました・・・
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上の熊棚は雪を冠ってますが、下には大きな棚が・・・幹には登った爪跡が・・・
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勾配が緩くなると・・・間も無く〝高層湿原〟に出ます。
スノーモービルの音が聴こえて・・・青森から山越えして、軍団が来てる様です
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高層湿原の入り口、奥に山頂ドームが見えます。
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太古の噴火口が崩れて埋まり、湿原が出来たとか・・・地塘が有る様ですが、
夏に登った事が無いので見てません・・・
山頂ドームは、溶岩が盛り上がって冷えて出来たとか・・・12時 高層湿原。
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山頂ドームへ登る途中から、見下ろした〝高層湿原〟です。
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例年この鳥居は屈んでやっと通れる積雪ですが、立って通れました・・・
モービル跡もバッチリと・・・
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秋に完成した、〝山頂神社 兼 避難小屋〟、12時20分頃着。
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げたシールを3mmWロープで、この様に縛りました・・・
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屋の中 前の古い神社は、爆弾低気圧で半壊状態になり県が再建。
神棚は引き戸で覆われてて、神社と言うよりは避難小屋の様相です。
膝高の板張りで、以前の様に靴のまま上がり込むのは、気が引ける代物・・・
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バン1個とテルモス珈琲で昼飯、外に出ると・・・軍団が再来襲です・・・
林間で昼飯を喰ってたのでしょう・・・小屋で喰わない辺りが可愛いか???
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山頂から滑り降り、少しの間、軍団を見てましたが・・・
彼等なりのルールが有る様です。
全員が走り廻ってたのでは、誰かが埋まっても判らない・・・
半数が下で仲間の動きを見てて、降りて来たら交代でスタートします。
中々の迫力です。
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帰路は、昨冬に足を運ばなかった右尾根経由の積もりでしたが・・・
雪が柔く緩斜面で板が滑らない・・・ダイレクトに大広手口に滑り込む事に・・・
ブナ林の中を、眼下に見える杉の造林帯目指して・・・滑るより落ちる感じで・・・
杉林の中に夏道が其れと無く判ります。
小沢を3本越えるが、スノーブリッジを探して、落ちる事無く通過。


今日のルート 
登り赤線 滑り青線  
昨年・一昨年と課題にして登った、(仮)五色尾根・(仮)直登尾根に通じる沢が、
〝外白爪沢〟である事が、積雪が少なく標識が見えた事で判明。
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車に戻り・・・林道を降りて往くと・・・道の中央に大きな落石か???
と、思ったら・・・動いたではないか!!!  熊でした・・・
車を避ける様に端に寄ったが・・・下は崖です!!! 車を止めて1枚 パチリ。
こっちを見てますね~
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速度を落としてユックリ近付くと・・・熊は後退りしたが、崖でこれ以上は下れず!!!
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更に接近して、1枚。 熊が固まってました・・・
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1月中旬に為っても、まだ冬眠してないとは・・・

1月9日


今日の予報では大雪だが、北陸や上信越辺りが中心らしい。
朝から穏やかで、日差しも有り寒くは無し。

久し振りに〝磔熊〟を車庫から出して、毛並みに沿ってブラッシングを・・・
皮自体は乾燥して、これ以上は縮まない気がするが・・・


ブラシを掛けると、そこそこ毛が抜け・・・5㎜ほどのダニの乾燥死骸も出て来る。
これは他者のブログにも書かれてる事で、折込済みな事だ・・・
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以外な事は、〝磔の刑〟前に、ボディシャンプーで皮側も毛側も洗って、
これで良しと思ってたのだが・・・毛の中にゴミ(枯葉くず)が入ってる・・・

それに、取り切れてなかった皮側の油脂分が、乾いてる様に見えても、
ブラッシングの摩擦熱で、溶け出すのだ・・・

和牛の霜降り肉の脂と同じで、低温でも溶けるのと同じなのです・・・
〝尻皮〟に加工しても、腰に触れる部分の脂が溶けて、衣服を汚すのは確実・・・
更に、油脂分除去の洗濯をしなければ為りません。

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今の時期は、外での水洗いも大変だし・・・水では脂分を流すのは大変・・・
お湯がふんだんに使える、風呂場より有りません。

(今夜は幸い夜勤で留守、このチャンスより有りませんね・・・鬼の居ぬ間に洗濯です。)



4時に出掛けたので、車庫から磔に為ってる熊皮を外して来て、洗濯開始です。
磔状態で干してたので、乾いて板状に為ってたが・・・
湯に漬けると水分を吸ってシナシナに・・・
最初はボディシャンプーで裏表洗って見たが・・・皮側の脂の取れ具合が今一です。

食器洗い用の洗剤〝Joy〟で洗って見ると・・・
何と脂分が乳化して、お湯が白濁するではないですか~~
二度洗いをした後に、濃い目のJoyを溶かしたお湯に、2時間ほど漬けて放置。
晩酌後に、泡切れするまで濯ぎ洗いを繰り返して、何とか完了です。


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抜け毛の痕跡を残さない様に、排水口の目皿等を全部外して・・・

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ネットでは、皮がキシキシするまで洗って、脂分を取ると書かれてますが際限なし。
お湯の表面に浮いて来る油膜が、微かに為った時点で止めました・・・


車庫の中で〝磔の刑〟の遣り直しです。
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乾いて皮が縮む時に、前回の様に針金が引かれて切れる可能性が有るので、
日に2回位は点検しないと・・・

これで乾燥後に脂が浮いて無ければ、整形をして、
愈々〝尻皮〟加工の段取りに入ります。
仮に多少脂が残っても、日除け用の防水テント生地が有るので、
裏打ちして加工すれば何とか為りそうです・・・この冬使えないと意味が無い・・・



次の土日は、今年初の〝晴れ・曇り〟予報です。
予報が変わらないといいのだが・・・ 山スキーが出来そうです・・・

1月8日

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年末年始は、連日タラタラと降雪が有り、毎朝の雪寄せが日課でした。
勿論 昨朝も今朝もですが・・・一度に大量に降らないのが救いです。



元日の夜は、恒例のウィンフィルコンサートを聴きながら、気分良く居たが・・・
聴衆の中に朝鮮の〝潘基文〟が居て、再三映し出されるではないか・・・
折りしも、火器管制レーダー照射問題が勃発中、折角の気分が半減だった。
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半島の〝おでん文字〟? 文字と言うよりは、まるで記号ですね。
読めない・書けない、識字率が低い産物だそうです・・・



2.3日は箱根駅伝。
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往路優勝が東洋大・復路優勝が青学・総合優勝が東海大と言う、最近に無い出来事。
しかも、復路・総合の記録が大会新だと・・・年々スピード化が加速してます。
往路の青学・復路の東洋大に、監督の配置ミスが無ければもっと白熱したろうに。
来年の青学は、4年生が抜けるので不利だが、東海大は3年生中心なので健在。
今年以上に、各区間入れ替わる混戦が期待出来るだろう~~



間も無く〝平成〟が終わる・・・お疲れ様でした・・・
次に来る時代はどうなるか???
米中の貿易摩擦・英仏の内政・〝痛い〟半島、等々不安な要素が多過ぎます・・・
国内では、大量の労働者の移入開始・消費税UP、本当にこれでいいのか???
誰かが前に云ってた〝美しい国 ニッポン〟は何処に向かうのか・・・
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敢えて〝旭日旗〟を・・・右翼では有りませんが・・・


今年は〝亥〟年、年男である・・・次回の〝亥〟を元気で迎えられるか?
この際太く長く生きたいものだ・・・

世間では、X'マスの様ですが・・・
親類の婆様が96歳で大往生、23日火葬・24日葬儀とバタバタしてました。

市営の火葬場です。
躯体はコンクリート造、外周は塗装仕上げ、
内部は打ちっ放しや洗い出し仕上げと中々の設計で、
田舎の建築設計士でない事は判りましたが・・・導線に難点が・・・
トイレが玄関脇に有り、控え室から一番遠い距離にある・・・控え室の傍にすべき。
火葬中の仏さんに挙げる水汲み場が、ホールの端に有り釜から遠いのです・・・
収骨室が狭い・・・建築設計に興味が有るので・・・こんな見解です。
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向かいにはスキー場が・・・積雪が少なく、まだオープンしてませんが、
アルペン・ジャンプ・距離競技が同時に開催出来る、国内でも数少ないスキーです。
この辺では、青森の大鰐、山形の蔵王位いか・・・
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葬儀・三五日法要が終わり、〝お斎〟が始まった・・・
喪主挨拶に次いで、坊主が挨拶に立ったが・・・何と・・故人の戒名は言えたが、
苗字の○○の次の名前の○○さんが出て来ない・・・暫くウロウロした挙句に、
白木の位牌を見に往く始末・・・おい! 坊主 ヤル気有るのか??と思った次第・・・
〝葬式仏教〟と云われて久しいが・・・葬式も真ともに出来ない坊主が居る。


横道に逸れたが・・・




12月25日

昨夜の予報を見て、明日は夕方まで天気が持ちそうと・・・
朝の予報と、八甲田・岩木山のライブカメラを確認して、8時過ぎに出発です。
国道・高速に雪は無く、2駆で走れました・・・
県境を越えると・・・青森は雪が多い・・・黒石市から八甲田に上がる道は、
凍結してて4駆で上がる。

黒石インターからの岩木山 〝津軽富士〟
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黒石から山道に入り、開拓部落まで来ると、北八甲田連峰の全貌が見えるのだが・・
ロープ山頂駅は雲の中・・・赤倉岳・井戸岳・八甲田大岳も見えず、
微かに南端の硫黄岳が望めます・・・

予定を酸ヶ湯温泉から登れる、硫黄岳に変更。
温泉上の駐車場へ・・・

10時着、新雪粉雪が30cm程積もってます、板は2本積んで来たが、幅広を選択。
万が三に備えて、BD社製の-29℃対応の手袋をザックの底に・・・
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今日の出で立ちは、センター105mm(1680g)の板に、86cmの貼り流しシール。
板長分のシールが買えない(重くなるし)ので、古いシールを半切・縫い合わせた物。
体重が掛る分だけ有れば、そこそこの斜面は登れます・・・10時半スタート。
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南八甲田の山々は、頭が望めます。               
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林間は風も無く、
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青森トド松のツリーが・・・             硫黄岳↓     
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地獄湯ノ沢を渡り、硫黄岳の鞍部目指して登ります。
雪化粧が綺麗・・・
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鞍部が近くなると、背後からの風が強く・・・寒い・・・
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硫黄岳の北側、樹氷が出来掛けてます。
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余りにも寒く・風も強いので硫黄岳はパスして、鞍部から見える避難小屋へ・・・
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12時半 仙人岱避難小屋着、冬戸を外して侵入。
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小屋では、岩手からガイド付きで来たお嬢さん2名、地元民1名のみ。
テルモス珈琲とパンで昼飯。トレールが消えない内にサッサと降りる事に・・・
【トレース】踏み跡をたどること。先に行った人を追跡すること。
【トレール・トレイル】踏み跡。雪面などに残った足跡。
スキーで滑った跡は【シュプール】という。


硫黄岳東斜面                          
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遠くに津軽平野が・・                   
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この辺は風当りが強いので、樹氷が育ってます。          
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片足1680gの幅広板は、沈ます歩き易いが重い・・・
今日一日 テムレスゴム手袋で過しました・・・粉雪の滑りは浮いて快適でした~
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駐車場で・・・       ↓八甲田大岳は終始雲の中    硫黄岳↓  
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今日の酸ヶ湯の積雪は138cmだったが、林間はブッシュが邪魔。
年末からの〝大寒波〟で、年明けからは良くなるかも・・・

12月21日

12月14日に〝磔の刑〟にしたが・・・


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その後の様子は・・・いい具合に乾いて来てますが・・・
今朝は日差しが出てるので、裏面(身側)を日差しに当てようと見たら、
針金が3本切れてました・・・左下隅の部分です。
皮が乾くと縮むのは知ってましたが・・・まさか針金が切れるとは・・・
極細い針金より手元に無かったので、それを流用しましたが・・・
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結び直して・・・


毛は、ボディシャンプーが効いたのかツヤツヤで、手触りも良し・臭い無し。
今の処は順調です・・・が・・・裏面の取り残した脂肪が、溶けて浮いてます・・・
これは、指で触ると・・・サラサラの脂で、ベトベト・ネトネト感は無し。
新聞紙とかに吸わせると良いのかも・・・試して見ます。
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12月20日

昨日は、某大手山用品専門店主催の、〝机上雪崩講習会〟を聴講する為に、
遠路 秋田市まで走った・・・前から楽しみにしてた講習だった。

講師は、当該店社員で、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ
スキーガイドステージⅠ の有資格者だと言う。どの程度の資格なのでしょうか・・

登山ガイドステージⅡとは、
国内で四季を通じて整備された登山道において登山ガイド行為を行う事が出来る。
但し、スキーガイド分野は別に資格を取得する。
無積雪期の一般登山道。登山地図の実線で示されたコース。
破線、難路と示された登山道は除く。沢登りはできない。
積雪期は、森林限界を越えないで、ロープウェイなど冬季も開設されている施設から2~3時間の日帰りできる範囲。

スキーガイドステージⅠとは、
森林限界を越えない範囲内で、且つスキー場に隣接しリフトやロプウェイの終点か ら登行1〜2時間の地点より滑降し、
ゲレンデまたは一般交通路に容易戻ることができるエリアでの、スキー・スノーノボードガイドを行うことがきる。
登山ガイドステージⅡの範囲に準じる 。


聴講は先着10名限定で、講習は1時間半の予定だったが・・・2時間近くに・・・
内容としては、自店の〝固定客〟に対しての話しの様で、
机上講習としては、新しく得る物なし・・・

ま~ 秋田市には、その前に片付けて置かなければ為らぬ用件も2つ有ったので、
其の為に往ったと思えば良しとするか・・・
得てして、雪崩に関しての講習は、外れが多いのだ・・・


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帰ったら〝登山用品のさかいや〟からWebメールが・・・
中に〝ショーワグローブ〟の案内が有りましたが、各サイズ既に売り切れ・・・
新商品の様ですが、色は黒で・税込み1980円???  従来の青色より割高です。
見た処 防寒テムレス・シスパーレで活躍 の物と同じ様ですが、
価格が違い過ぎます。

なんちゃってガイドの中には、これをゴム手と毛嫌いする者も居るが、
この辺の1600m辺りの冬山では、充分に機能を発揮します。
勿論、-29℃対応のBD製の予備手は常に持って往きますが・・・

メーカーHPを見ましたが・・・該当する新商品は載ってませんでした・・・謎!!!
価格が高い分、性能UPならこの冬是非使って見たい物・・・
 

ショーワグローブ




※21日
今日、メーカーHPを見たら、この黒手袋が載ってました。
しかし 従来の〝青タイプ〟も併記されてるが、機能の差の説明はなし・・・
〝青と黒〟の差は何なのか? 単なる色違いか・・・メーカーに問い合わせをした。

メーカーから返答が来たら、追記 します。


返答が来ました。色違いだけの様です。

この度はお問い合わせいただき、ありがとうございます。
「TEMRES 282-01」は「282 防寒テムレス」と、
同機能を持った防寒タイプの手袋となります。
性能に大きな違いはなく、同様に使える手袋とお考えいただければと存じます。
ご不明な点などございましたら、お気軽にフリーダイヤルまでお寄せくださいませ。

12月14日
熊皮を〝塩・ミョウバン漬け〟にしてから、12日が過ぎました。

そろそろ、皮が革に為った頃ですが・・・ゴム手越しに触って見ても判りません・・・
ネットの書き込みを見ても、判らないと書かれてます。

何時までも、〝塩・ミョウバン漬け〟にして置く訳にも往きませんし、
これからの季節は真冬に入り、〝毛皮洗い〟等には向きません・・・

幸い今日は穏やかで、寒さも厳しくなく、次の段階へ進む事にしました。
午前中にホームセンターで、10mホースを購入。

昼から、風呂場前の洗濯機用の混合栓から、風呂場経由で窓からホースを出し、
茶箱を作業台にして、湯を使い〝毛皮洗い〟です。
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ネットで見ると、台所洗剤や毛糸洗い洗剤を使って、
〝皮〟の汚れや余分な脂を洗う・・・と、書かれてましたが・・・
昔買って放置してた、〝ダブ〟のボディシャンプーが有ったので、それを転用・・・
〝束子〟で裏表をゴシゴシ・・・3回洗いました・・・
湯だと脂が融けて、水溜まりに油膜が浮かんで、油脂が取れてる証拠???


シャンプーを洗い流し、首から尻に向かって、
〝ヘアブラシ〟を何回も、湯と一緒に掛ける・・・抜け毛・ゴミが取れます・・・
雪がチラチラ降って来たが・・・止める訳にいきません。
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前に作って置いた、〝磔台〟に洗った皮を乗せて・・・
千枚通しで皮の端に穴を空け、針金でピーンと張り、釘に固定します・・・
皮は乾くと縮むので、張った状態で乾かすとか・・・約10cm毎に張りました。
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車庫の外壁に立て掛けて、乾燥へ・・・車庫内での乾燥も考えたが、
風通しの良い外の方良いだろうと・・・
外気温度が0℃位なので、腐る心配は無いだろうが・・・
暫くは、この状態で放置して様子見です。
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雪が降っても、毛の方を表にして置けば、掃い落すのは簡単です・・・
さて・・・何日位で乾燥するのか???
上手く乾いてくれれば良いのだが・・・

次の工程は、乾燥後に・・・


※磔して見ると・・・皮を剥ぐ時にナイフで付いた、穴が目立ちますねぇ・・・
 皮が乾いてしまう前に、タコ糸か水糸で縫うとしましょう~

16日 追記 縫おうと試みたが、針金が張り過ぎて縫えず・・・
      針金を一度外して縫うのも面倒なので・・・最後に成形する時に・・・


12月11日
秋田八幡平で初スキー。
例年11月の20日頃から滑走可能でしたが、今季は降雪が無く駄目でした。
今回の寒気で一気に積り、今朝は下界も穏やかな晴れでした。
家の除雪後に、スキー場のHP・ライブカメラを見ると、晴れてます。

朝食後に、泡喰って板2本・靴・ストックを積んで出発です・・・
途中 シールを積み忘れた事に気が付いたが後の祭りです・・・
毎年シーズン初めは、リフトに乗らずにシール登行して、体力チェックなのですが・・

雪道の運転も今季初・・・タイヤが新品なので不安は無いが、
4駆に切替えて慎重に登ります。

標高900mの秋田・八幡平スキー場に着くと、車が10台ほど・・・
ハウスで靴を履き替え、スキー滑走に専念すべく、シニア券1800円購入。

ゲレンデはガラ空きです・・・客は10~15人ほど。
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積雪は90cmで、沢は埋まってませんが、ぶな森コースは圧雪されてました。
実は今朝は5時に目覚め、ライブカメラを見ると・・・
暗闇に圧雪車のライトが映ってましたので、OKだなぁ~と思ってました。
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ゲレンデトップに立つと、西側の〝焼山山塊〟が・・・
風は無いが、強烈な寒さでした・・・体が慣れてないのか・・・
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圧雪コースを1本滑り・・・余りの寒さに、車に戻りダウンを着込む。
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圧雪にロッカー板は合わないので、
2本目からは、無圧雪の隣りのコースを滑る。サラサラ雪です~~
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履いた板は、センター105・トップ135のこの板。
刺さらす、浮いていい感じで滑れます。
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殆んど一人で喰いました・・・
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2時半で止め、隣の後生掛温泉で〝生き返って〟・・・帰路のブナ林です。
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シール忘れたお陰で、こんなにガッッリ滑ったのは、何年振りか・・・

八甲田・酸ヶ湯の積雪も150cmを超えたらしい・・・
次の晴れは、八甲田散策の予定。

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