海彦・山彦の白秋日記

Ombigaichan 6340m ヒマラヤ襞が綺麗な双耳峰。 この頃はまだ未踏峰だったが・・・今は誰か登ったか?

2019年03月

発見が遅れてしまった・・・
往年の名クライマーである、ワァルテル・ボナッティが・・・

K2 初登頂の真実



2019年3月31日(日) 23:59 まで
無料で映画が見れます。

「非情の山」として畏怖の念を持たれエベレストにも増して登頂が困難な、世界第二の高峰―。1954年、イタリアでは野心家のデジオ教授が密かに最強のアルピニスト・チームを集めていた。厳しいトレーニングで中には肉体的、精神的な限界にぶつかる者もいた。だが、皆前へ進みたい。登頂したいのだ。強靭な精神力と足腰を持つ青年ボナッティはその代表格だ。最終的には12人が選ばれる。男たちが地球を半周し命知らずの登攀を始めると、それぞれの個性がぶつかり合い、結束したチームに嫉妬と不信が見え隠れし始める……。果たしてK2初登頂は成功するのだろうか。

今日27日は、那須 雪崩遭難事故が発生してから丸2年・・・


栃木県主催(県教委)の追悼式が有ったそうです。
報道によると、参加者は関係者約170人とか・・・
今日の追悼式には、業務上過失致死傷の疑いで書類送検された教師3人は出席せず、
多くの遺族も「十分な説明がされていない」などとして、
去年に引き続き出席しなかったそうです。

一方遺族側は、県教委から参加の打診を受けたが、
「原因がしっかり究明されない中、事故の関係者と一緒に追悼する気持ちにはなれない」との声もあり、遺族会として初めて前日の26日に追悼式を催したそうです。
8人のうち5人の遺族をはじめ、8人とともに雪崩に巻き込まれた同校生徒とその家族、遺族側弁護団の弁護士ら計25人が参加したとか・・・
これにも、当然県教委関係者や当該教師3人の出席は無かったとの事。


何故に、分断された追悼式だったのでしょうか・・・
故人の思いは?????


今 思っても、責任者の猪瀬修一が、なぜ雪上訓練の現場に行かずに、
登山本部の温泉旅館に居たのか・・・不思議でしたが、答えが推測出来ました・・・
推測の域ですが、ネットの書き込みに
〔猪瀬は、当日選抜甲子園を見て居たのては?〕と有りました・・・

2017年春の甲子園選抜カード、3月27日分を調べて見ると・・・
当日の2回戦第一試合が、秀岳館(熊本) 対 地元の作新学院でした。
ズバリ、これを観てたのかも知れませんねぇ・・・


栃木県警は、当時の県高校体育連盟登山専門部の専門委員長ら、
引率教諭3人を業務上過失致死傷容疑で書類送検したそうですから、
検察が不起訴にしない限りは、裁判が始まります。

法廷で、猪瀬修一が、雪上訓練現場に往かず温泉旅館に居た理由を問われて、
何と答えるか!!!!!! 事故発生時の記者会見で言ってた、残務整理で通るのか・・・



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雪崩遭難事故を検証する為に、県教委が設置した〔検証委員会〕の、
最終報告書(公開)の中に、今回送検された3人の登山経歴が添付されてます。
元データが薄く、見難いですが・・・


栃木県高体連・登山専門部委員長 猪瀬修一
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殆んど雪山経験が有りませんね・・・


登山専門部副委員長 菅又久雄
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登山専門部・計画立案者 渡辺浩典
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彼等の登山経歴を見て、指導者としてどうなのか?は、各自ご判断下さい。


新聞を見て、驚いてる・・・
秋田県内での出店地が、〝明るい農村の国道沿い道の駅〟だとか?
地域農産品物販と飲食だけの、田園地帯の小規模な道の駅↓です
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しかも・・・町が誘致し、1億円の資金を補助するらしい・・・

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アウトドア用品等の嗜好性の高い商品は、広域商圏でないと成立が難しい・・・
都市部の商業集積地や、郊外の大型モールへの出店が一般的なのだが・・・
商圏人口を50万~100万人程度に設定するのが普通です。

その証拠にモンベルは、FC(フランチャイズ)を除き、直営店舗が全国で130店。
大都市部は別として、近県では青森市と弘前市・岩手県の盛岡市により直営店なし、
山形県内に小規模なFCが1店と直営店のみです。
登山用品のICI等と比べれば、衣料としてのmont・bell印を好む方も居て、
山用具以外でも商機は有ると思うのだが・・・

岩手や山形からの購買客の流入は見込めない(標準型既存店有り)し、
秋田市から高速で1時間掛けて、買いに行く客が居るのか?
店舗面積も標準店の半分程度・・・当然商品選択の余地も限られる・・・
モンベル製品は定価販売で、ネット購入も送料無料なのでサイズさえ知ってたら、
宅配を選らんだ方が良さそうだが・・・

秋田市に出店せずに、町村合併で町に為る以前は、仙南村と言われた過疎地へ・・・
往年の名クライマー辰野さん、1億円に惹かれたのか???

この美郷町は、〝龍角散〟で有名な(株)龍角散の創業者が誕生した地。
江戸時代に藩主の主治医として、この地で生薬を育て献上したとの逸話がある。
今でも、(株)龍角散が生薬にする薬草栽培や、
将来の生薬の実験をしてる地でも有るのだが・・・それも関係してるのか・・・

令和2年8月1日 追記
上記 毎日新聞記事(平成31年3月20日付け)に、今年7月に着工予定と書かれてました・・・
予定通り着工し、開店したものと思ってましたが・・・
積雪対策等の見直しで着工が遅れ・・・8月28日に開店するそうです。
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8月26日 魁新報記事より
秋田県美郷町に直営店をオープンするアウトドア用品大手モンベル(大阪市)と県は26日、県民のアウトドア活動の推進を目的とした包括連携協定を結んだ。今後、キャンプや登山といった自然を体験するイベントを企画し、健康増進や生きがいづくりなどに取り組んでいく。
協定は▽地域の魅力発信やエコツーリズムによる地域経済の活性化▽自然体験による健康増進▽農林水産業の活性化―などでの連携を盛り込んでいる。モンベルは協定に基づき、美郷町の直営店に県の真木真昼県立自然公園ガイドブックを置くほか、通信販売で県産品を取り扱うことも計画している。

3月20日

久し振りの〝一日晴れマーク〟予報です。
就寝前に、「明日は八甲田へ行く」と宣言。

朝5時発表の気象予報をチェック、3社中の2社が青森県内終日晴れ予報です。
6時半に出発したが・・・途中で携帯を忘れて、家に戻り30分のロス・・・

峠越えして青森に入ると、快晴ではないが春霞が掛かってます。
山道は凍結もなく、8時半にロープ駅に到着。平日なので駐車場も空いてる・・・

急いで準備し、9時の始発に乗り込み、10分で山頂駅へ・・・

                            赤倉岳↓ 井戸岳↓      ↓八甲田大岳    
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タモヤチ湿原に滑り込み、赤倉岳の基部でシール装着・・・
画像は3枚をパノラマ処理したが、
手前のツァールート標識の竹竿の下半分が消えてる???

今日は、3峰の稜線を辿り、酸ヶ湯温泉に滑り込み、定期バスで戻る予定です。


赤倉岳の基部、樹氷はまだ生きてる様に見えるが・・・ 
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北斜面なので・・・それらしい形を保ってるが・・・        
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日差しの当る南側は融けてます・・・               
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樹氷帯が過ぎ・・・ハイ松に着いた海老のシッポやシュカブラ帯をジグ切って登る。
山頂へ続く夏道跡が見えます・・・
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板で踏まれ・・・バリバリと崩れます・・・まもなく赤倉岳
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赤倉岳 少し風が強く・・・休まず先に進む            
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行く手の2峰
                                   井戸岳の双耳峰↓       ↓八甲田大岳
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赤倉岳と井戸岳の鞍部を目指して・・・鞍部に高田大岳の頭が見えます。
                       高田大岳↓                八甲田大岳↓   
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鞍部に到着・・・
                              雛岳↓           高田大岳↓      
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振り返って・・・赤倉岳
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井戸岳双耳峰の、北峰に着きました・・・ここで板を外して1本点てる・・・
井戸岳噴火口の縁に廻された柵も、海老のシッポで極太に。
                                 八甲田大岳↓           井戸岳南峰↓    
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井戸岳の稜線はガタガタなので、東側のハイ松帯を巻く・・・
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                         雛岳↓    高田大岳↓           小岳↓     
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高田大岳をズーム 
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南八甲田連峰が霞んでます・・・
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井戸岳と八甲田大岳の鞍部にある、大岳避難小屋。
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避難小屋から、八甲田大岳の北斜面を大きくジグ切って登り始めるが・・・
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シールに雪団子が・・・井戸岳の巻きで、腐れ雪が有り・・・
水分を吸ったのが、原因だ・・・団子を引き摺っての登りは疲れる・・・
板を外して、シールにワックスを塗る。
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ワックスを塗り終えて、振り返る・・・
井戸岳との鞍部に有る、大岳避難小屋。              
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八甲田大岳・1585mに到着、山頂標識がクタビレテ、雪が融けたら倒れそう・・
ここで風裏を探して昼飯を喰う。
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頂からの景色・・・手前に八甲田大岳の噴火口。奥に南八甲田の山々・・・
                 雛岳↓      高田大岳↓     小岳↓            
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南八甲田連峰の雄、櫛ヶ峯・1517m。
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飯後、八甲田大岳山頂でシールを外して、ガタガタの斜面の良さそうな処を選び、
酸ヶ湯温泉に降りる事に・・・
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行く手の左側に、南八甲田連峰の横岳が・・・
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眼下に毛無帯の大湿原が・・・これを越えれば酸ヶ湯温泉です。   
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左に櫛ヶ峯を眺めながら・・・
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八甲田大岳が遠くなります・・・
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毛無岱は日差しに照らされて、腐れ雪でドフドフ状態・・・
ここに来て幅広板を履いて来れば良かった・・・と後悔・・・

何とか酸ヶ湯温泉が真下に見える、湯坂に到着です・・・
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大岳が遠くになりました・・・
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酸ヶ湯に降りると・・・帰りの定期バスが30分前に出たと・・・
板背負って歩けば、バスが来る前にロープ駅に着くのだが・・・
この歳に為ると、昔の元気は無しだ・・・
日差しも気持ち良いし、熊の皮に座り 残ったテルモス珈琲と非常食を喰って、
1時間半待って390円で車回収。

今季初の主稜線縦走が出来て、満足・満足の一日でした~~


3月15日

3月5日に県の自然保護課から、この春全国で9県目として、
県内の[山岳グレーディング]が公表されました。

山岳事故の多発する長野県が、全国に先駆けて県内の山の難易度を、
[山岳グレーディング]として発表したのが始まりです。
末尾に資料として、先行した8県の[山岳グレーディング]を添付します。

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上記表の詳細は↓で

高山帯を多数有する富山県に先んじて、何故に秋田が・・・と言う疑問は残るが、
国の補助金対象事業なのでしょうね・・・英語バージョンも作製中とか・・・
こんな税金の使い方をするよりは、
現状の登山道・道標・避難小屋・トイレ等の整備が、先だと思うのだが・・・
お上に管理された数値で〝山〟を登るのでは無く、地形図から情報を読んで、
登る山(登れる山)を決めたいものですね~ 自己完結の世界ですから・・・


資料
長野県:「信州 山のグレーディング」

山梨県:「山梨 山のグレーディング」

静岡県:「静岡県 山のグレーディング」

新潟県:「新潟 山のグレーディング」

岐阜県:「岐阜県 山のグレーディング」

群馬県:「群馬県 山のグレーディング」

栃木県:「栃木県 山のグレーディング」

山形県:「やまがた百名山のグレーディング」

石鎚山系:「石鎚山系 公式WEBサイト」

3月11日
県内の推定熊生息数が発表になった・・・
県内の森林面積は約7割で、約8,206K㎡もある。
そこに約3,700頭が生息してると言う・・・話し半分でも凄い数だ・・・

約2.2K㎡の範囲に、1頭が居る事になる。

昔にマタギから聞いた話では、周囲50kmが熊の縄張りだと、
そこを数日掛けて回り餌を探すと言う・・・明らかに過密だ・・・
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県内人口は、135万人をピークに、年間に1万人減で推移して、
現在は98万人まで減少・・・熊は逆に増えてるのだ・・・

熊も2K㎡の狭い範囲で、餌を探すのは大変だろう・・・
縄張り争いに負けた若い熊は、里に降りて来て農作物を荒らし、味を占め再び来る。
そして・・・待ち構えてた猟友会に駆除される。
昔の〝マタギ〟(猟師)は、山で何日も熊を追い猟をしたが、
今の猟師は、被害に有った畑や果樹園を見張ってれば、獲物に有り付けるのだ・・・

山里の林の管理が放置されてるから、熊が出ると言うが、
管理する担い手(若者・壮年)が、そこに住めない・居ないのが現状だろう・・・

年は秋田には居ないと言われてた、〝猪〟や〝鹿〟の目撃情報も多い、
温暖化で降雪量が減り、餌を探し易く為ったので、
岩手・山形から山越えして、生息範囲を拡げているらしい・・・

近い将来 〝米どころ秋田〟が〝野生動物王国〟に変わるかも・・・

3月9・10日

3月10日に駒ヶ岳で、県岳連(秋田県山岳連盟)の、
冬山講習会が開催されると知らせが・・・

内容は、ピッケルの使い方・アイゼンの歩き方、滑落停止術。
    確保技術 隔時登攀時の  スタンディングアックスビレー
         連続登攀時の コンテビレー、タイトロープビレー

50年前に習った技術と、現世流の技術の差を知りたく、申し込みするか迷ったが・・
春先の駒ヶ岳は、午前中西面(秋田側)に雲が掛り・午後に晴れる傾向が有る・・・
天気が悪い中での訓練は、面白くない・・・申し込まずに、覗き見をする事に。
タイトロープビレーの操作法だけに興味が有るのだ、本チャンでどう決めるのか?


3月9日
前日の土曜日に男岳西尾根を登り、天泊して参加すると言う山仲間が居た・・・
朝からスキー場のライブカメラをチェックするが、第3リフト上は雲の中・・・
夕方着く様に家を出て100キロ先を目指す。

途中のドラッグ店でUV+25のリップを買う、(毎年買うが車に放置で溶けて駄目に)
何故か雪焼けをすると唇が遣られるのだ・・・皮膚の抵抗力が落ちた・・・


小峠を越えると・・・秋田駒ヶ岳の雄姿がドーンと、やはり午後から晴れるのだ・・
                  田沢湖スキー場↓  男女(おなめ)岳↓     ↓男(お)岳    ↓女(め)岳
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夕方に天泊予定地に着くと・・・眩しい駒ヶ岳が~
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                                       男女岳↓         男岳↓     男岳西尾根↓ ↓水沢尾根
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水沢温泉に入ってたと言う仲間と合流、近くで評判のジンギスカン屋で一杯、
喰った感想は・・?だ 山で腹が空いてれば美味いかも・・・ビール4本。

戻り、天幕一張り後 車中呑み、17.5度の日本酒・ワインを空け・・・
明日の講師は、県岳連の指導員・明大山岳部OBで故植村氏の後輩とのこと。
明大OBなら其れなりのテクだろう・・・気合が懸かる方らしい・・・


翌3月10日

6時頃に起床・・・スキー場の上半分は雲の中・・・雲の流れも速い。
二日酔いだ・・・湯を沸かし珈琲を、朝飯を喰う元気も無いが、カップ麺を・・・

7時に為ると、講習参加者が続々と・・・知り合いもチラホラと。
8時前に15.6人で出発・・・離れてスタート・・・
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閉鎖されたスキー場跡地を登る・・・時折木立を風が唸る・・・
ガスで景色が見えない中、山岳道路に沿って登る。
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この冬は、キャット故障でスキー客の運搬はしてないが・・・
こんなのが道端に・・・今日の営業は無い様子。1時間も歩いた処に放置?
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約2時間歩いて・・・周囲はガスガスで、戦意喪失気味の時に、携帯が鳴る・・・
「孫軍団来襲」のメールだ! 
迷わずシールを外し・・・滑走、この天気では面白味が無い・・・

バタバタ車に山道具を積み、100キロを急ぎ帰宅し、今年初の対面・・・
ジャングルジムで遊び・木の枝でチャンバラごっこ。
子供は手加減を知らず、真剣に枝を振り回す・・危ない・危ない。
小枝で大地に名前や御絵描き、名前が書けると得意気なのだ、
寒くなるまで外遊びをして・・・
冷えた身体を風呂で潜ったりで一暴れ! 鮭の混ぜ御飯を美味いとお替り。 
爺は、山より満足な半日でした~~




聞けば、講習は滑落停止とスタンディングアックスビレーだけで、
時間切れ終了だったと・・・あの人数と天候で・・・何と無く納得。


タイトロープビレーを、見たかったのだが・・


昨夕のローカルニュース番組で紹介してたので、早速診断して見ました。

各種詐欺に対して、あなたの抵抗力を診断

秋田県立大学のワタナベ教授が開発したらしい


85問にチェックを入れるのですが、
オレオレ詐欺  還付金詐欺  架空請求詐欺  融資保証詐欺 の4種に
引っ掛かるか?どうかを診断出来ます。


これがそのアプリです https://app.defrec.jp/#/

やって見たが、全ての詐欺に大丈夫でした・・・


「自分は大丈夫だ」と、思ってるあなたも、
是非試して見て下さい。



3月5日(火)

今日も、ド晴れの予報でした。

3月3日に八幡平山頂へ登った時に、八幡平・樹氷・山スキーで
隣りの〝焼山山塊〟が綺麗に見え、其の内に・・・と、思ってましたが・・・
今日、朝飯後に急遽向かいました。


3月3日に撮った、焼山山塊の画像です。国見台は手前の山。
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焼山山塊の登り口は、後生掛温泉裏からが一般的ですが(夏道)・・・
温泉200m手前の、秋八スキー場への道路分岐から取り付きます。


冬季閉鎖の八幡平山岳道路・アスピーテラインの除雪が、今日から始まってました。
ロータリー除雪車2台で、唸りを上げて雪を飛ばしてます・・・
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後生掛温泉から流れ出る排水の小沢ですが、スノーブリッジを探して・・・
対岸に渡ります。トレールが有り難なく渡れました・・・
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このスキー跡主の話しは、後に出て来ます・・・


2・300mは沢筋を登り、左手の尾根に除々に登ります。
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行く手のブナの巨木には、爆弾が載ってます・・・真下を通らない様に注意して。
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広い尾根上を真っ直ぐに登りる・・・雪は絞まって春です。
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林間に目指す国見台が見えます・・・
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登るに従がい、国見台山頂が・・・
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林間にスノーシューの一団が、数日前に歩いた跡が・・・判りますか?
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カモシカも昨日歩いた様です・・・蹄を見ると下に向かってます。
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急斜面は、ジグ切って登ります・・・
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国見台の山頂が・・・
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            ↓八幡平スキー場の上部が見えます。  

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尾根上には、登った跡と滑った跡に遭遇。
3月3日に八幡平に登る時に、隣りに停まってた特長あるワゴン車に見覚えが有り、
声を掛けました。八甲田で見た髭面の精悍な単独男です。(調べたら2月18日の事)
「前に酸ヶ湯の駐車場に停めてたよねぇー」
「一昨日ここ来て、昨日は八幡平に登り、今日は焼山に往く」と・・・
ゲッ!2週間もスキー三昧の様です・・・
焼山は初めてらしく、取り付き口を教える。
スノーブリッジ手前の画像の、スキー跡は彼の物です。
ブリッジを越えて直ぐに、忠実に左の尾根に登ってました・・・ここで合流。
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振り向くと、八幡平山頂と小モッコ岳が・・・
                                ↓八幡平                            ↓小モッコ岳 
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間も無く、国見台山頂です。                   
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春霞に・・・秋田駒ヶ岳。
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                            小モッコ岳↓                       ↓岩手山の頭が・・・
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国見台山頂に到着、西には毛氈峠を挟んで〝栂森〟山頂が・・・   
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東には、八幡平から秋田駒ヶ岳に続く、奥羽山脈が・・・      
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秋田駒ヶ岳が・・・霞んでます・・・
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真下に後生掛温泉の〝ドロ火山〟が見えます・・・熱いので雪が無いですね。
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今日の装備
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国見台山頂で、豪華な昼飯?? ミニパン2個を喰い、プシューを1本。
ミニパン3個は帰路の遭難用に喰わず、足を折ったりした時に一晩過ごせる様に。
勿論ツェルト・スノーソー・非常食・替手・靴下は、日帰りでも常に持参ですが・・
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食後シールを外し・・・滑走・・・雪は絞まってて、いい具合。


無風快晴れで、余りにも気持ち良く、途中で一休み・・・
板に載った雪が日差しで、直ぐに融けました・・・
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休んだ処に〝岳樺〟の古木が有り、剥げ掛けた皮が沢山ぶら下がってた・・・

山嶽部時代泣かされた〝サバイバル訓練の焚き火〟を思い出した・・・
岳樺の皮は、油分が多く、濡れてても直ぐに火が着き、
火力が有り黒煙を上げて燃えます。それを火種に、雪の上でも焚き火が可能です。
大規模な焚き火をすると・・・熱で火床が下がり、輻射熱で擂鉢状に雪が融ける・・・
風が防げ、一晩位は楽に過ごせます。スノーソーを持つなら、木が切れる品質(刃先)の物を
今では自然保護ナンチャラで、こんな事は教えないだろうが、凍死するよりはマシ。
冬の樹林帯での身を守る術として、知ってて損はないだろう・・・

数年前に、八甲田で山スキーの同輩爺に会った、ザックにはワカンが結ばれてた。
板・金具が破損した時に備え、昔はそうする様に教えられたものだ・・・
冬の八幡平で会った同輩爺のサイドポケットには、折り畳みの鋸が~聴かずもがなである。
携帯やGPSを持つ前に、遣らないといけない事が有る気がするが・・・





帰路 田代岳が綺麗に見えました・・・
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次の晴れは、どこの山へ往きましょうか・・・講習会の予定も有るのだが・・・

1月18日に日本人が、南極点到達と書きました。
これです。↓
途中支援を受けては、登山界や冒険界では、残念ながら〝単独〟とは言いません。



しかし同じ年の夏期に、世界初の単独横断と言う偉業を成し遂げた、
〝冒険家〟が居ました。




世界一過酷な環境の中、54日間で1500キロを踏破
2018.12.28 ナショナル ジオグラフィック日本版
 

米国のコリン・オブレイディ氏(33歳)が世界で初めて、単独、無支援での南極大陸横断を成し遂げた。11月3日の出発以降、GPS信号を追跡してきたオブレイディ氏のウェブサイトによれば、すでに太平洋側のロス棚氷に到着しているようだ。
オブレイディ氏は自身の筋力だけを頼りに、地球上で最も寒くて風が強い、
最果ての大陸を、重さ136キロ以上のそりをスキーで引き、54日かけて横断断。
大西洋側から太平洋側まで、南極点経由で約1500キロを踏破した。
最後の2日間はラストスパートをかけ、それまでの1日平均の5倍近いペースで約130キロ進み、東部標準時12月26日午後1時少し前(日本時間12月27日午前3時前)、南極横断山脈からロス棚氷に到達し、南極横断の歴史にその名を刻んだ。
(中略)
 
ゴールまで130キロ、30時間のラストスパート
パルクと呼ばれるそりを引くオブレイディ氏。100キロ以上の物資を積み、54日間で約1500キロを踏破した。
(中略)


凄過ぎますねぇ~ 
この歳に為っても、こんな記事を目にすると〝ワクワク〟します。

何とも凄い〝冒険スキー家〟がいます。
登るのにも難関と言われるK2から、スキー滑走をした話です。

世界初、8600メートル峰K2からのスキー滑降に成功した男、挑戦の物語

3/2(土) 8:42配信
ナショナル ジオグラフィック日本版
世界初、8600メートル峰K2からのスキー滑降に成功した男、挑戦の物語

パキスタンと中国の国境線が走る凍てついたカラコルム山脈。その山奥深くにそそり立つ花崗岩のピラミッドが、標高8611メートル、世界第2位の高峰K2だ。エベレストに237メートル及ばないものの、K2のほうが険しく、寒さも厳しく、到達が難しい。登頂に成功した人間の4人に1人が命を落としているという数字が、その危険を物語っている。1953年に登頂を断念した米国人のジョージ・ベルいわく、「あれは人を殺したがっている。非情の山だ」。以来、K2は「非情の山」として登山家の間で知られるようになった。

氷に覆われた崖、突如として発生する雪崩、意識を奪う低酸素状態、殺人的な寒さ、ひっきりなしに起こる嵐。これ以上危険な“スキー場”が他にあるだろうか。過去25年間、スキーの達人が何人も山頂からの完全滑降に挑戦しては失敗を繰り返している。エベレスト山頂から初めてスキーで滑降したハンス・カラマンダー氏は、2004年に目の前で滑落する登山者を見てK2挑戦をあきらめた。2009年、K2の下の斜面でトレーニングをしていたミケレ・ファイト氏は命を落とし、それを目の前で目撃していたパートナーのフレデリック・エリクソン氏もまた、翌年の再挑戦で、頂上からわずか400メートルの地点で転落死した。

「今まで達成されなかったのには、わけがあります」と語るクリス・ダベンポート氏は、ナショナル ジオグラフィックの元アドベンチャラー・オブ・ザ・イヤーで、世界エクストリームスキー選手権で2度の優勝経験を持つ。「世界でも有数のスキー登山家が、K2で命を落としているんです」

 一方、ポーランド人の冒険スキーヤー、アンジェイ・バルギエル氏(30歳)は、2013年から標高8000メートルを超える山をスキーで降りるという挑戦を始めた。その年には世界第14位のシシャパンマ山、翌2014年には世界第8位のマナスル山を制覇した。2015年、ゴドウィン・オースティン氷河を隔ててK2の向かいにある標高8047メートルのブロードピークを下りようとしたとき、巨大なK2の姿を初めて目にした。

「標高8000メートルのあの場所ほど、K2を望むのにふさわしい場所はありません。あそこで勇気をもらいました。よし、やれる、と思ったんです」

2017年、バルギエル氏はK2でのスキー滑降に挑むことを公表した。同じ頃、スロベニア人でベテランのエクストリームスキーヤーであるダボ・カルニカ氏も、同様の計画を立てていることを明かした。カルニカ氏は2000年に、世界で初めてエベレスト山頂からふもとまでの完全滑降に成功した。1993年にはK2に初挑戦していたが、標高7894メートルの地点でスキー板が風で飛ばされてしまい、断念せざるを得なかった。スキー板を失っただけで済んだのは運がよかったのかもしれない。この時の激しい風のせいで、登山中のパーティーはすべて撤退していた。

2017年の夏は、ふたりともK2への挑戦を果たすことができなかった。これは驚くことではない。状況が危険すぎて、何年もK2の頂上へ到達できないこともある。バルギエル氏は、弟のバルテク氏の操縦するドローンに助けられ、事前調査を実施し、予定しているルートを半分まで登り、高山の嵐に備えて避難用の穴を掘った。1日の気温変動に雪や氷河がどう反応するかを研究し、障害物を回避するために必要なタイミングやポジショニングを頭に叩き込んだ。雪山には、いまにも崩れそうなセラック(クレバスで断ち切れた氷塔)がいたるところに潜んでいる。2008年には、このセラックが1本崩落したために11人の登山者が命を落としている。

「K2への登山経験がある登山家やガイドと話をすると、『絶対に無理だ』と言われます」と、ダベンポート氏は言う。

バルギエル氏は、「私の成功を信じる人はほとんどいませんでした。一度目の失敗の後は特に信じてもらえませんでしたね」と明かした。

それでもあきらめることなく、2018年に再びK2へ戻った。最寄りの村からベースキャンプまで110キロの道のりを歩き、そこで天候の回復を待った。幸い、この年はK2へ登るには適した年だった。7月19日、バルギエル氏は酸素ボンベも持たずに頂上を目指して出発。7月22日午前11時28分、彼はスキーを持って単独で世界第2の山の頂上に立った。

風に飛ばされないように注意しながら、スキー板を荷物からほどいた。板の表面には、両親、3人の姉妹、7人の兄弟のイニシャルが書かれている。しかし、感慨にふけっている暇はない。スキー板を装着し、傾斜50~55度の急な氷の斜面を慎重に滑り降りた。準備中は不安に襲われることもあったが、実際に滑っている間は「すべての恐れが消えていました。心の中は落ち着いて、完全に集中できました」と後に語っている。

極限状態でスキーをするには、それだけ強靭な集中力が必要とされる。「転倒は、死を意味します。遺体すら発見されません」。2009年にK2で2度目のスキー滑降に挑戦した米国人のデイブ・ワトソン氏は言う。このとき、ワトソン氏は標高8352メートルの地点で胸まで届く深い不安定な雪に阻まれて滑降を断念した。

空気は薄く、バルギエル氏はカーブを曲がるたびに立ち止まって息を整えながら、標高7689メートルまで順調に下ってきた。ここから先は、キャンプや固定されたロープがあるメインの登山ルートを外れ、誰も足を踏み入れたことのない未知の領域へ分け入る。既存の一本道を行くのではなく、4本の登山道を結ぶ独自のルートを事前に描いてあったのだ。危険な道のりだった。

初めのうち、山をすっぽりと包む深い霧が、行く手を阻んだ。視界が効かない状態では、数ある崖やセラック、氷河を避けて通るのは不可能だった。より安全なアブルッチルートを行くという選択肢もあったが、そちらはブラックピラミッドと呼ばれる高さ600メートルの岩場をロープで懸垂下降しなければならず、全行程をスキーで降りるという目的が果たせない。緊張の1時間半が過ぎると霧が晴れ、前人未到の南側斜面へ向かって、歴史的挑戦の一歩を踏み出した。

その晩7時ごろ、バルギエル氏はK2のふもとのゴドウィン・オースティン氷河へたどり着いた。
所要時間7時間、垂直距離にして3597メートル。
命をかけた歴史的なスキー滑降は、こうして成し遂げられた。
心も体も疲れ果てたバルギエル氏は、そのまま1時間半雪の上に横たわっていた。
(中略)



日本でも、エクストリームスキーを標榜してる〝冒険家〟が何人か居るが、
これから見ると・・・まだまだです。
下手なお前が何を言うか!と怒られそうですが・・・上には上が有るものですね。

3月3日(日)

前日の天気予報は、〝晴れ〟でしたが、この冬は予報に騙され、
思う様な山行が出来ずにいました・・・

先日、山スキー一式(板・金具・シール・靴)を、22万円也で、
ディナフイット社製で新調したお金持ちと、テスト山行の約束をしてました・・・

今朝起きて、6時に天気予報・ライブカメラのチェック。
予報は3社◎マーク、カメラは秋田駒ヶ岳山頂丸見えです。
八幡平スキー場カメラは、既に登ってる人が映ってて・・・

6時半に迎えに来て貰い、八幡平へ・・・下界は放射冷却で霧が濃く・・・

スキーに着いて準備し、リフト運転前なので、場内をシール登行。
何か見覚えのある御仁も登ってます・・・
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スキー場を直登中・・・GW並みの日差しで、頭から流れる汗が目に入る・・・
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スキー場を登り詰めると・・・背後に焼山山塊が・・・ここも山スキーに良い処。
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スキー場の頭から、蒸ノ湯駐車場に滑り降り、夏の登山道の急登で又も汗だぐ・・・
途中でゴァツナギのサイドジッパーを、肘から膝まで開放してクールダウンです。


この辺の樹氷は落ちてますが・・・背後には焼山山塊が、奥に森吉山も望めます。
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登るにつれて・・・樹氷の残骸が出現・・・前日と今日の登山客の足跡が・・・
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鹿角山岳会が募集した〝樹氷見物ツァー〟の一団も、前後して登ってます。
中に元職場の同僚も居て、山で会うのは一年振り・・・       
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標高が上がると・・・樹氷がまだ生き残ってます・・・
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八幡平と言う名の通り・・・山頂近くに為ると・・・タイラです・・・
吹雪かれるとアウトですねぇ・・・
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右手にボンヤリ 秋田駒ヶ岳が見えます・・・
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岩手山も見えて来ました・・・
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籐助森1604mに来ると、八幡平山頂が目の前です。
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山頂の標識柱が見えます。                    
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山頂に着きました・・・
夏は青森トド松林の中で、見通しが無いので木組みの展望台が有ります。
八幡平の標柱は5m物で頭が1m少し露出してます・・・積雪は平年並み。
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山頂からの岩手山
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遠くに、八甲田連峰が・・・
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無風快晴なので、山頂で昼飯を喰い、小1時間休み・・・
籐助森でシールを外し・・・滑走です。


観光道路の、蒸ノ湯駐車場まで戻って来ました。トイレ棟は雪の中・・・
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ここでシールを再装着して、スキー場トップに登り、トップでシールを外し・・・
スキー場を滑って・・・終了です。

調べて見たら、この時期に、こんなド晴れの日登ったのは、
2012年2月22日以来でした・・・おかげで日焼けして、早くもガン黒に・・・

次回の山行時は、汗対策の鉢巻きが、忘れられない時期に入りました。


雪崩事故から丸2年が経過しようとしてるが、今頃 書類送検だそうです。

高校生ら死亡の雪崩事故、容疑の引率教諭ら書類送検へ

2019年3月2日 朝日新聞

栃木県那須町で2017年3月、登山講習中の大田原高校の生徒7人と男性教諭1人が雪崩に巻き込まれて亡くなった事故で、県警は来週中にも、講習会を主催していた当時の県高校体育連盟登山専門部の専門委員長ら引率教諭3人を業務上過失致死傷容疑で書類送検する方針を固めた。捜査関係者への取材でわかった。

捜査関係者によると、送検されるのは当時の県高体連登山専門部専門委員長で講習会の責任者だった教諭、亡くなった8人の班を引率していた当時の同副委員長の教諭、登山専門部の元専門委員長当日の計画変更に関わった教諭の3人

3人は事故のあった3月27日朝、予定していた茶臼岳への登山を悪天候のため中止。計画を変更して実施した雪上歩行訓練中に雪崩が起きた。
県警は、訓練をしていた斜面を新雪が覆い、雪崩注意報が出ていた状況を考慮。
雪崩を予見できたと判断し、3人が計画変更の際に危険を回避する注意義務を怠ったとして過失を認めたとみられる。
事故では、亡くなった8人のほか、講習会に参加した生徒や教諭40人が重軽傷を負った。


2017年の那須雪崩事故、教師3人を書類送検へ 業務上過失致死傷容疑で

3/2(土) 9:30配信  下野新聞

那須町湯本の国有林で2017年3月、登山講習会中だった大田原高の生徒7人と教諭1人の計8人が死亡し、他校を含め計40人が重軽傷を負った雪崩事故で、県警は来週中にも業務上過失致死傷の疑いで事故当時の県高校体育連盟(高体連)登山専門部専門委員長ら男性教諭3人を書類送検する方針を固めたことが1日、捜査関係者への取材で分かった。県警は遺族らに説明した上で書類送検する考え。事故は今月27日で発生から2年となる。

捜査関係者によると、3人は当時の同専門委員長で講習会責任者だった教諭のほか、亡くなった8人の班を引率した当時の同副委員長の教諭と、当時の同専門委員長の前任者だった教諭。

3人は事故当日の17年3月27日朝、天候を踏まえ登山の訓練を中止し、雪上歩行訓練に計画を変更した。県警は、3人が変更した訓練の行動範囲などを明確に決めず、雪崩の危険性を予見するための注意義務を怠ったなどとして、過失を認定したとみられる。

事故は雪上歩行訓練中だった同日午前8時半~45分ごろに発生。雪崩に巻き込まれ、8人が死亡したほか、40人が重軽傷を負った。同訓練には大田原高など県内の高校7校の生徒ら55人が参加していた。

県警は事故後、那須塩原署に特別捜査班を設置。教諭や生徒、山岳関係の学識経験者らから任意で事情を聴いていた。

一方、県教委が設置した第三者による検証委員会は17年10月、県高体連や登山専門部の「危機管理意識の欠如」などを最大の事故要因とする報告書をまとめた。
雪崩は予見可能だったとの見方を示したほか、関係機関に再発防止策を提言した。

また県教委は18年3月、「当日朝の計画変更、訓練内容、事故発生時の講習会本部の対応で、安全配慮が欠如していた」として、教諭3人を停職の懲戒処分とした。

事故を巡り、遺族と弁護団は今年1月、宇都宮地検を訪れ、教諭3人や当時の大田原高校長への厳重な処分などを求める申し入れ書を提出していた。



3教諭を書類送検へ 業務上過失致死傷容疑で 那須・雪崩事故

3/2(土) 11:22配信
毎日新聞


栃木県那須町の茶臼岳で2017年3月、登山講習会に参加した同県立大田原高の生徒ら8人が死亡した雪崩事故で、県警が来週にも、講習会を運営した教諭3人を業務上過失致死傷容疑で書類送検する方針を固めた。捜査関係者への取材で判明した。
県警は起訴を求める「厳重処分」の意見を付ける方向で検討しているとみられる。

送検されるのは、県高校体育連盟(高体連)の登山専門部委員長だった猪瀬修一教諭(52)▽亡くなった生徒の班を引率した菅又久雄教諭(50)▽登山専門部の元委員長で講習内容の変更に関わった渡辺浩典教諭(56)。

 3人は当日朝、悪天候のため登山の中止と雪上歩行訓練への切り替えを決めたが、生徒らは雪崩に巻き込まれた。県教育委員会が設置した検証委員会の報告書によると、現場の斜面は一般的に雪崩が起きやすいとされる35度よりも険しい38度程度の傾斜だった。事故の7年前にも近くで生徒が雪崩に巻き込まれていた。

捜査関係者によると、県警はこうした点を踏まえ、以前に雪崩が起きた場所と地形を比べるなどしていれば、雪崩が起きる危険を予見できたと判断。猪瀬教諭らが計画段階や当日朝、計画を変更した時点で現場への立ち入りを明確に禁じるなどして危険を回避する注意義務を怠ったとみている模様だ。

菅又教諭が現場の斜面に出た際、積雪内の崩れやすい弱層を調べずに漫然と生徒を先に歩かせたことも問題視しているという。

事故は17年3月27日朝に発生。県内7校の山岳部の生徒や教諭計55人のうち8人が死亡し、40人が重軽傷を負った。


【業務上過失致死傷等罪】とは、
業務上必要な注意を怠り、人を死傷させる罪。刑法第211条、5年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金に処される罪です。


1名の教諭と7名の生徒が亡くなり、
参加者55名中40名が重軽傷を負わされた事件です。
僅かばかりの罰金執行猶予数年で、遺族が納得するでしょうか?

亡くなられた8人の遺族・関係者の方々は、この日を待ち望んでた事でしょう。
検察がどんな判断をするのか???
まさか、不起訴なんて事は、無いでしょうね!




図中黄色表示の、中央ルート・宮様ルート・大岳環状ルートの3ルートの、
竹竿標識の設置が終わり、今日(3月1日)から開放されました。


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中央ルート 約4キロ 赤倉岳基部から城ヶ倉温泉へ(ロープ駅への定期バス有り)
宮様ルート 約5キロ    々   酸ヶ湯温泉へ(     々      )
大岳環状ルート 約7~8キロ 酸ヶ湯起点の大岳周回コース、登り・滑り約半分。

図中空色表示の、銅像ルート 約3.6キロ
        八甲田温泉ルート 約5.3キロ
        箒場岱ルート 約6.3キロ
        睡蓮沼ルート 約3キロ は、4月頭に開通予定。
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周回のシャトルバスが、土日運行されます(バンフは昨年の物)し、GW中は毎日。

楽しみですねぇ~~

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