海彦・山彦の白秋日記

Ombigaichan 6340m ヒマラヤ襞が綺麗な双耳峰。 この頃はまだ未踏峰だったが・・・今は誰か登ったか?

2022年02月

2月28日
厳冬期、最後の日。予報は、珍しく晴れです。
14日のが心残りで、厳冬期の内に何とか完登したいと・・・
再度、田代岳に向かう。


14日は、下図の赤線1006mPまで登り、天候不良と時間切れで敗退。
IMG パノラマ写真] (2)
(仮)五色尾根と言ってるのは、末端に五色滝が有るから。
仮)直登尾根は、五色尾根に突き上げる支稜で、短くて急勾配。

(仮)直登尾根の断面図。今日は、900mの平場で敗退でした。
ダウンロード (1)
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下界は2日間雨模様で、融雪が進んだ。
2月最後の今日は、晴れ予報で最低気温が-5°、道は雨後でバリバリに凍結。
いつも有るローダー置き場に、ローダーが居ない・・・出動中な様子。
山瀬ダムに来ると・・・ダム湖は、雪を冠ったまま凍結・・・
田代岳が良く見える。

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前方で、除排雪の大型ローダーが作業中です。道を空けて貰う・・・
この林道の終点に、三菱重工のロケットエンジン燃焼試験場が有るので、除雪完備です。

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途中の2箇所で、杉の伐採作業中。
大型車が丸太満載で道を塞いでたが、直ぐに移動してくれる。
ロケット試験場の夜警員が2台降りて来る。

沢脇の交差出来る処に、車を止めて準備中・・・軽トラの先導で、大型車が登って来る。
ロケット試験場に、何かを運んで来た様子。近々燃焼実験が有るのか?

板を履いて出発、14日に登れた処が壁に為ってて登れず・・・
沢を越えた先から、一度沢床に降りて雪橋を慎重に渡り、予定のルートへ・・・

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玉子の形が、14日よりも少し変化してる。
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二股に到着、左の沢に入る。正面の尾根は、(仮)直登尾根の末端。
2022_03010005 パノラマ写真

沢筋伝いに登って往くと・・・(仮)五色尾根の960mPが見えた。
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登るに連れて、960mPが大きく為る。ここから右の(仮)直登尾根にジグ切って上がる。
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目標の一本ブナが見える。ここで板を背負い、カンジキに履き替える。
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急登だ・・・膝位の粉雪で、二度踏み・三度踏みして足場を固める。
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14日には無かった折れた幹が、落ち切れずに尾根を塞いでた・・・
跨ぐも潜るも出来ない、微妙な高さ・・・枝先を握り左側を巻く。

2022_03010014 パノラマ写真

右に大広手尾根の先端が見える。この上は高層湿原で、田代岳のPはそれを横断した先だ。
2022_03010017 パノラマ写真

(仮)五色尾根の東側に雪庇が見える・・・
2022_03010019 パノラマ写真

ひたすら登るが・・・昼近くに為ってしまう。
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14日に登れた、(仮)五色尾根の1006mPには到達出来ず、910m地点で大休止。
今回も駄目だった・・・一本ブナに戻り、遅い昼飯・・・
クリームパンを喰いながら思う・・・体力も根性も無く為った・・・

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板に履き替えて、来た沢筋を降る・・・
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来た時には無かった、小規模な雪崩デブリ。
2022_03010025 パノラマ写真
南向きの日差しが当たる斜面には、気を付けなけれ駄目な季節に為った・・・
大広手尾根の上から、絶えず雪塊が転げ落ちて来る、上を見ながら急いで横断する。

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車に戻り、荷を解き・・・暖気で腐った林道を降りる・・・渓流は春の様相。
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1200mに満たない、マイナーな田代岳に拘っている。
無雪期には登山道の2ルートから、子供でも登れる山だが、積雪期は様相が一変。
積雪期のルートも何回も通ったが、東側が未開(記録無し)で、興味を持った次第。
3月中には、何とかしたいと・・・思っている。

2月14日
田代岳に登って来た。
この日の予報は、晴れ・曇りだが、山の上は1000mから雲の中・・・

国土地理院の電子地図を使って、登った(仮)直登尾根の断面図を作って見た。
登り始めは、標高560m。到達点は標高1000mの小ピーク。

今回登ったルートは、赤ラインです。
(仮)直登尾根を登り、(仮)五色尾根の1006mピークで敗退です。
IMG パノラマ写真]
青線は、3回の偵察山行をして、2016年の厳冬期も終わる、2月29日に完登したルート。
その時の様子は、

この時に見えた、短いが直線的に沢に降りてる支尾根が、魅力的で絶対登ってやろうと。
以来、3回試登して1000mピーク迄より登れなかった。
一時期、上半部は2016年に登ったので、まーいいか? と思ったりもしたが、
田代岳の山頂まで、継続して登らないと、記録として意味が無いと・・・再挑戦した次第。
地理院地図には、(仮)五色尾根に破線で道が表示されてるが、戦後の頃の事で今は廃道。

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山瀬ダムまで来ると、田代岳が見えた・・・予報通りだと張り切って・・・
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途中2箇所で、杉の伐採作業をしてる。
一般コースの大広手登山口の、一本手前の沢から入る。
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この冬は積雪が多く、沢が埋まってる。途中に玉子が・・・
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雪橋を慎重渡る、割れると膝位の深さで水が流れてる・・・何とかクリア。
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大広手尾根からの、小規模な雪崩デブリを交わして・・・
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沢の分岐に来た、正面が(仮)直登尾根の末端です。
2022_02150006 パノラマ写真

左側の沢を登って・・・
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見覚えの有る、昔の林道に出合う。営林署が伐採作業で使った跡か・・・
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沢筋が広くなる。
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この立木から、右側の(仮)直登尾根に取り付く。
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杉の造林帯を登って・・・(仮)五色尾根が見える。
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目標の一本ブナ、これだけが伐採を免れた様だ・・・ブナ目指して、ジグ切って登る。
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ここまでは、シール登行で来たが、ここから先は急斜面・幅狭なので、スキーは使えない。
2022_02150015 パノラマ写真

この先の尾根。
2022_02150021 パノラマ写真

一本ブナの下で、ワカンに履き替える。標高560mから700mのここまで1時間・・・
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板を背負って、ストックを最短にして、ワカンで登る・・・
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(仮)五色尾根が・・・何度も試登で往復した尾根だ。
傾斜のキツイ処は、ストックを肩幅に持ち、雪面に付いて支えに・・・
2022_02150028 パノラマ写真
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大広手尾根の上部が見える。積雪期に普通登るコース、夏道は無い。
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段々と・・・痩せ尾根に・・・遠くで伐採のチェーンソーの音が・・・
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大広手尾根の向うに、三菱重工のロケットエンジン燃焼試験場が・・・白い処。
ここでH2エンジン等の実験が行われている。お陰で冬でも除雪が完備。
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(仮)五色尾根が間近に為る・・・
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900mライン目前。
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主尾根(仮・五色尾根)が見える。
2022_02150040 パノラマ写真

主尾根と大広手尾根が交わった処に、高層湿原が有るが、視界が悪く為る。
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12時に1000mピークに着いた。700mの一本ブナから、2時間。

2022_02150046 パノラマ写真
1000mピークで一休み、視界が悪く・雪が降って来る・・・
1006mピークが目の前・・・そこまで足を伸ばす。
2022_02150053 パノラマ写真

30mピークが見えるが、その先のが見えない・・・このルートの核心部だ・・・
尾根が狭く為り、北側には雪庇も出てるので、見通しが悪いと危ない・・・
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晴れてたら、先がこの様に見えるのですが・・・(2016年の画像)
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小一時間、天気待ちをしたが、増々悪化する感じだし、1時も近い・・・
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諦めて、戻る事にする。アカゲラか? 木を突付く音が聴こえる・・・
2022_02150057 パノラマ写真

ワカンでドンドン降る。
2022_02150059 パノラマ写真

1030mピークと、大広手尾根が見える・・・
2022_02150062 パノラマ写真

一本ブナまで40分で降りる。ワカンからスキーに履き替える。
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車に戻り・・・帰路、マッシュルーム渓谷で一枚。

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天候と時間切れ、7時半頃から登り始めないと無理だ・・・次回!!

 の続き

 1月23日 久々の更新です。
【単独徒歩による南極遠征(54日間780km)を終え南米チリに無事帰還】
日本人(アジア人としても)で初めて南極を跋渉した白瀬南極探検隊の足跡を延ばしての南極点到達はなりませんでしたが、109年振りに白瀬隊の最南到達地点である大和雪原(1912年到達)に人間が初めて立ち、ルートのうち人類未踏の雪原を約200km踏破しました。遠征中は白瀬隊の集合写真が懐中にあり100年以上経っても人の意志は受け継がれていく事を行動で証明しました。
多くの悪条件に阻まれた。
コロナの影響や南極行き飛行機の遅延で日数が減り、大規模なクレバス帯を避ける為の迂回で距離が100kmも延び、柔らかい雪にソリは埋まり、天候不良にも悩まされた。今シーズンの南極は天気が全体的に悪かった。4000m級の南極横断山脈越えの途中でタイムリミットによる撤退を決めたが、先立って山脈を越えたが撤退した遠征隊によると、山脈を上がると今年は時速100kmの爆風が吹いていたそうで、越えても地獄だっただろう。
(しかし神様もオレに試練を与えるのが好きですね)
条件が揃えば達成できる自信はあった。多くの”たられば”を言うのは簡単だが言い訳はしない。コロナ禍でも悪条件でも”やる”と決めたのは自分自身であり、厄害・天候などの悪条件さえも自分の責任だと感じなければ。リスクは承知でこの道を歩いてる。それが夢に生きるって事なのだから。
最南到達地点は、南緯85度26分 西経165度50分。
実現に足掛け18年と1億円、そして人生の全てを賭けてきた。誰にも会わず独りで約60日間、毎日12時間100kg以上のソリを引き続けた。
圧倒的に厳しい条件のなか心折れずにやりきれたのは、応援してくれる皆様のお陰です。”あなた”の気持ちはあなたが思うより南極の自分の元に届いていました。南極点までその気持ちをお連れできず申し訳ない。
昔から自分で分かってる。自分が凡人だってこと。だから覚悟と努力を人より躊躇しない事で補ってきた。日本出国前に達成誓約書に血判までした。だが、達成に至らなかったのは覚悟がまだ足りなかったからだ。満ちる時は全てが満ちるはずだ。
だから考えてる、もっと覚悟を決める方法を。
改めて、あなたの応援とご支援に心から感謝申し上げます。
(帰国後に隔離となります。少し落ち着きましたらまた活動を再開しますが取り急ぎの報告まで)

>先立って山脈を越えたが撤退した遠征隊によると、山脈を上がると今年は時速100kmの爆風が吹いていたそうで、越えても地獄だっただろう。
同時期に同地に他の隊が居た様です。時速100Kの爆風? 風速28mの風です。
>条件が揃えば達成できる自信はあった。
敗退者の多くが言う言葉だ・・どんな条件か? 
晴れてば・風が無ければ・雪が締ってれば・荷が軽ければ・体調が良ければ・・・
揃わなかった時の対処は? 


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1月25日
今朝、無事羽田に到着した様です。コロナ騒動で10間の自宅待機したとか・・・
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1月26日
何と! アムンゼンが辿った、極点へのルートが、
既に[旅行]として商品化されてました。

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今回単独で極点に到達できれば、世界初だったかも知れぬが、ツァーが有ったとは絶句。
このツァーの説明には、雪が深い明記されている。
何が 橇が雪に埋まり難儀しただ!

https://cruiselife.co.jp/cruise/detail_1945.html
これを見て、一瞬“白夜”の様な、白け感が満載です・・・
極地探検の時代は100年前に終わり、“極地冒険の時代”も既に終わり、
今やガイドが引率する
“南極旅行”が、主流の時代に入った様です。
エベレストが800万・南極点が1000万、宇宙が100億。金と暇とその気が有れば・・・

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秋田魁新報 
会員向け記事
 

昨年11月から人類未踏の「白瀬ルート」での単独徒歩による南極点到達を目指し、途中で断念した冒険家の阿部雅龍さん(39)=秋田市生まれ、潟上市育ち、東京都住=が28日、今年末に再挑戦する意向を明らかにした。日本人初南極探検家・白瀬矗(のぶ)中尉(1861~1946年)をしのぶ集いに合わせて開かれたオンラインイベントで述べた。
驚いてます、資金の段取りは? 
まさか、上記のツァーに加わり、後半を繋いで、極点到達すると言うのか・・・
予定のルートを、一回で達成してこそ価値が有る、継ぎ足しでは半値八掛けだ。

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2月10日
今日 マスコミ向けに、オンライン報告会を実施。
長いがhttps://youtu.be/Hy17RmKCYjUを、聞いて見て下さい。
この中で、今年11月25日頃から、残りの行程に、再チャレンジすると発表。

上記1月26日に紹介した、ツァー会社の企画日程と相似してます。
今年のツァー客と一緒に飛び、彼らと前後して橇を曳き、俺は単独だと言っても一人芝居。

また、実現の為に、8月に
グリーンランド横断500kmの公募隊(商業冒険)に、参加する予定も表明。南極と似たコースだと言う。プロ冒険家が、冒険プロ集団が公募するツァーに参加する? 自力で訓練するのがプロでは?

故栗城が晩年、プロ登山家の指導を受けた例に、酷似している不思議。
大蔵喜福が栗城を“表現者”と言ったが、これでは単なる
“冒険Performer”に過ぎない・・・

グリーンランド横断ツァーの行動記録が、公開されるか不明だが、
11月末からの、極点再挑戦を注目しよう・・・


【6月1日 追記】
8月からの、グリーンランド横断500kmの公募隊に参加決定した様です。

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2021年度【植村直己冒険賞】受賞
植村直己冒険賞は、故植村の出身地てある、兵庫県豊岡市が主催する賞。
         世界的な冒険家である故植村直己氏の精神を継承し、
         周到に用意された計画に基づき、
         不撓不屈の精神によって未知の世界を切り拓くとともに、
         人々に夢と希望そして勇気を与えてくれた創造的な行動(業績)
         について表彰することを目的とする賞。

選考委員は、
関野吉晴(武蔵野美大・名誉教授)・椎名誠(作家・冒険家)
      西木正明(作家)・山極壽一(総合地球環境学研究所長)・関貫久仁郎(豊岡市長)
受賞冒険名は、
白瀬ルートによる南極点単独徒歩到達に挑戦
賞の内容は、メダルおよび副賞100万円
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過去24人が受賞。南極域では、大場満郎(1999年・世界初の両極単独歩行横断達成
荻田泰永(2017年・無補給単独で極点到達)に次ぐ受賞。阿部君 おめでとう!

しかし・・・些か、疑問が有る。
受賞冒険名は、白瀬ルートによる南極点単独徒歩到達に挑戦が理由たが、
白瀬が極点を目指したルート上を偵察した結果、クレバス帯が多く、無理と判断。
アムンゼンが辿ったルートに合流する様に平行移動した。
その時点で、白瀬ルートとは、関係無いのでは? 細かいが、こんな疑問を抱いている。

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2月10日
地検が、
業務上過失致死傷罪で起訴。
3教諭は、事故当時に会見をした後、慰霊式・弔問等にも姿を見せず、雲隠れ。
刑事事件として、やっと法廷の場に引きずり出す事が出来た。
遺族が傍聴する場で、何と言うか?
地裁で決着するとは思えぬが、地検が不起訴にしなかったのは、評価出来る。
実刑判決が出れば首だが、控訴を繰り返してる内に、定年退職か・・・

この事故を、有耶無耶にして、風化させては為らない。

栃木県那須町の国有林で2017年3月、登山講習会中だった大田原高の生徒7人と教諭1人が死亡した雪崩事故で、
宇都宮地検は10日、業務上過失致死傷罪で講習会の責任者だった事故当時の県高校体育連盟(高体連)登山専門部専門委員長ら男性教諭3人を在宅起訴した。事故発生から5年近くが経過する中、引率教諭の刑事責任の有無や事故原因が公開の法廷で審理されることになった。

3人は事故当時の委員長で講習会責任者だった教諭(55)、副委員長で亡くなった8人がいた班を引率していた教諭(53)、前任の委員長で別の班を引率していた教諭(59)。県警が19年3月に同容疑で3人を書類送検していた。

3人は17年3月27日朝、前日からの降雪などで雪崩の危険性が高まっていると予見できたのに、訓練中止や安全な行動範囲を定めるといった危険回避義務を怠り、那須町湯本のスキー場周辺斜面で漫然と雪上歩行訓練を行い、雪崩に巻き込まれた8人を死亡させ、生徒5人に重軽傷を負わせた疑いが持たれていた。

事故を巡っては、県教委による第三者検証委員会が最終報告書で、県高体連登山専門部の「危機管理意識の欠如」が最大の事故要因と指摘。県教委は教諭3人を停職の懲戒処分とした。亡くなった8人のうち5人の遺族は今月2日、県や県高体連、男性教諭3人に対し損害賠償を求めて民事提訴していた。(下野新聞より)

これまでの経緯は⇒那須 高校生雪崩遭難事故顛末記 (13)

2月10日
昨日は、
体験をしたが、今日は本当に晴れだ・・・

朝起きると・・・昨夜、除雪車が来た様だ・・・家の間口に大量の雪の置き土産。
降雪は無いが、日中の暖気で路面の雪が腐り、ザグザグに為る。
これを、深夜にローダーで削って往くのだが、放射冷却でガチガチに凍ってる・・・
これが結構重いのだが、小一時間掛けて排雪する。

終わって・・・天気も良いので、近場の田代岳で山スキーと思ったが・・・
青森市から、北八甲田を映してるカメラを見ると、山頂まで丸見えです。
この冬初めてか?と思う、いい天気です。時計は8時・・・10時には着けそうだが・・・
ピーク縦走するには遅過ぎるが、登って滑るだけなら何とか為る。
テルモス珈琲と家に有るパンとチョコを持ち、一路八甲田へ・・・
山スキー道具一式は、常に車載済なので、準備無しで往けます。

高速に乗ると・・・路面は乾いてて、融雪剤の撒き過ぎで真っ白。
大型車の後ろに着くと、白煙が舞う始末・・・久々に100kで走った・・・
黒石で下りると・・・岩木山に少し雲が・・・

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黒石で、ガソリン補給して161円、ここはCvs(コンビニ)併設のGS、いつも安い・・・
酸ヶ湯への山道は、圧雪で四駆に。道の両側は、ロータリーで飛ばすので垂直の壁。

八甲田ロープ駅に着いたが、平日なのに車が道路まで溢れてる。暇人が多い・・・
第2駐車場は除雪して無くて、5台程が強引に入ってる。腹は突くが粉雪だ、30cm位。
4駆なら何とか為りそうだし、他に停めるスペースが無いのだ・・・
隣で準備してた青森の方に聞くと、昨日降った雪だと。この雪なら105幅の板に決定。
回数券は有るし直ぐ準備して10時の便に、後5名で滑り込む。10分で上駅に・・・

上駅前の樹氷。立派に育ってます~
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板を持って、登って往くと・・・樹氷の間から、井戸岳と八甲田大岳が見える。
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田茂萢岳に登ると、赤倉岳・井戸岳・八甲田大岳が・・・東側に怪しい雲・・・
ここで板を履く。赤倉岳の樹氷原を見に往きたいが、時間が遅い・・・
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行き先を決めないまま、まずは田茂萢湿原に滑り込む。滑るいい雪だ・・・
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湿原の底で、半シールを装着。宮様⇒廃小屋⇒下毛無⇒国道橋も考えたが、
ニセ田茂萢岳の南西斜面を滑り、寒水沢沿いに往って、故梅津ルートに合流し、
車に戻る事にする。ニセ田茂に登る・・・無風だ・・・何年振りか!

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ニセ田茂の山頂からの赤倉岳。シールを外し、南斜面下を見ると・・・ホへーな急斜面。
この無木立斜面を巻いて滑ったら、雪崩そう・・・
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赤倉岳西斜面は、樹氷だらけ・・・
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南西寄りの斜面に変更、樹氷穴の無い処を選んで滑る・・・
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幅広板は、沈まず快適~
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樹氷原が終わる・・・井戸岳の双耳峰と八甲田大岳、井戸の裾野が上毛無岱。
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上毛無岱の下に、下毛無岱が広がる。
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樺林に入って、大休止。踏み固めて、板を外すが・・・膝まで沈む。
板に座り、ザックの背を、テープル替わりにて昼飯。青森市内が見える・・・
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この林間も、いい雪だ~
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梅津ルートに合流。
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[さくらフィルム]がスポンサーの標識。フジフィルムが流行る前の物、子供の頃有った。
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梅津ルートを進むと、八甲田スキー場のリフト上駅に出る。
後は、スキー場の圧雪コースを滑るが、幅広板でガリガリ斜面は、辛いものが有る・・・
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Liberty Envy 167 cm(135-105-122  R19m) 1680gのバンブー製の板だ。
ガリガリ・ガタガタを滑ると、竹を叩く音がするが、新雪には浮遊感が有ってグッドです。


朝の排雪が無くて、9時の始発に乗れたら・・・もう少し面白かったかも・・・
家に帰ると、明日からの連休、孫軍団来襲だと言う。さて、何して遊ぼうか・・・

2月9日
昨日の夕刻、明日は何日振りかの、晴れ模様と言う予報が、テレビで流れる・・・
各社(気象庁、W・new-s・気象協会)予報のを見たが、皆微妙に違う。
GPV(http://weather-gpv.infoで、雪雲の流れを見たら、八甲田よりは森吉山が良サゲ。
一応森吉山を第一希望にして、今朝の予報とスキー場の、朝一の書き込みを見る。

八甲田上駅 風速14m・気温-9.6° 視界20m
森吉山上駅 風速2m・気温-9° 視界100m

森吉山に決定、登山届けをプリントアウトして出発。
1月23日(
)以来の山行だ・・・
この冬は、降雪日が異常に多く、累積降雪量が5mを越え、除雪の日々で山どころで無し。

スキー場に着き、登山届けを出す。3番だった・・・
ゴンドラに乗り込み、景色を見ながら上駅へ。
青空が覗く、昼から晴れるかも・・・と、淡い期待。

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ブナの雪化粧
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上駅に着くと、旗を背負った男女がシューを履いてた。視界は書き込み通り、100m位だ。
ストックを伸ばし、樹氷平を目指してシール登行。
樹氷平の規制ロープ前で、ザックに着けてた標識旗袋を、挿し易い様に肩掛けにする。
上駅から少し登っただけで、視界が25~30mだ・・・前回と同じではないか・・・

樹氷平に樹氷見物に来たらしい一団が、標識旗を見て何か話してる・・・
帰り道が判る様にだ、と言ってるのが聞こえた・・・

規制ロープの外は、スキー場の管理区域外で、登山届が要る。

先行してるシュー男女が、標識を挿しながら登ってる・・・見るとN・A・Cと書いてる。
何処かの山岳会だろう・・・後ろを振り向きながらの、立てた間隔を見ると、其れ為りだ。

視界が悪いので、先行者が続々帰って来る・・・奴ら、登山届けを出してないのでは?
格好を見れば納得だが・・・

石森Pで男女Pに追い着いて、話しかけたが・・・秋田弁が通じ無かった・・(泣)
森吉山では、不要なピッケルを携行してたので、初見参かも・・・

石森Pから、広い尾根のトラバースに入る。吹雪けばトレースは直ぐに消える処。
樹氷平に居たガイドと婆3人組が到着、1人が尻皮を見て「それ何?」「熊だョ」
「本物?」「俺がライフルで撃った」と法螺。(友が撃った皮を貰って、自力で鞣した物)
標識旗を目印に付いて来た様だ・・・

先行する彼ら・・・いい間隔で、標識を挿してる。20~25m毎に・・・
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時折、雲が切れると・・・
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1300mの避難小屋手前。尾根伝いに登ってるが、一旦降りて登り詰めれば、小屋は目前。
2022_02100012 パノラマ写真
ドンピシャ小屋へ・・・2F建ての屋根だけが・・・軒先までの積雪。
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この冬は、小屋周りの雪の付きが可怪しい・・・風の吹き方が違うのだ・・・
冬季の入り口の2Fの窓が、完全に埋まってる。反対側は露出だが、ここからは入れない。
昨年だか? 夏用のトイレを、冬の出入り口脇に、別棟で建てたが、これが影響してるかも。
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視界は無いが、寒さも・風も、それ程でないので、板を外して珈琲タイム。
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ガイドに連れられた、シュー婆3人組が到着。何と、婆の1人が俺が挿して来た、
標識旗を抜いて持ってるではないか・・・ザックに挿そうとしてる・・・
婆に「その旗、何だ! 返せ!」「遭難しない様に、お守りにして、東京に持って帰る」と・・
いっぱい持ってるから、1本位は・・・の口振り。呆れたバカだ・・・
何も判ってない“腐れ婆”だ・・・「今から抜きながら帰るから、旗有る内にサッサと帰れ」
こんなのが、なんちゃってガイドに連れられて、冬山に来る・・・ガイドもガイドだ!!!

小1時間休んでたが、天気は上がらず・・・帰る準備をしてると。
誰も居なく為った処に、スキー単独の津軽衆・・・標識旗の礼を言われる。

帰路、旗を回収しながら・・・来た時よりは、見通しが良く為ったり・・・

2022_02100019 パノラマ写真
お嬢さん2人が、シューで登って来た・・・小屋を通り過ぎたかもと・・・聞く。
小屋は、この先300m位だと教える。寒くてGPSが変だと言う・・・
「旗を抜いて帰るが、此処は吹雪くと、トレールが直ぐに消えるので気をつけて」と。

2022_02100021 パノラマ写真
2022_02100024 パノラマ写真
樹氷平近くまで来ると・・・オバハン1人が、ヨタヨタとシューで、登って来た・・・
旗を回収してるのを見て、「抜いたら駄目でしょう」「◎▲◆※…」何でこんな奴ばかり。

スキー場か?観光協会か?かは知らぬが、「日本三大樹氷」を売り物に、長靴・シュー・
ストックの貸し出しをしてる。これを借りて、トレール頼りに登って来る奴も居る。
樹氷平の区画ロープ際に、「この先、登山届け必要」の看板が、この冬は無い!!様な?

樹氷平でシールを外し、標識袋をザックに結え、ゲレンデを滑走して、下山報告。

車に戻り、帰り支度をしてると・・・お嬢さん2人が帰って来た。後ろに止めた車だった。
秋田弁が通じたのに、横浜? 脇に“帰省中”のステッカーが・・・コロナ禍対策?
「迷いそうに為ったので、小屋に行かずに、急いで帰って来た」と言う。
それにしても早いと思ったら、コンドラで降りて来たと。
良く手入れされた、皮の本格的な登山靴を履いてた。

帰路、下界は晴れてる・・・鷹巣に来ると・・・1200mの田代岳が真っ白に輝いてる。
1500mの森吉は、雪雲の中・・・300mの差が明暗を分けている・・・

予報に惑わされた一日、でも、冬山気分を味わえたので、良しとする。

これからは、朝の雪寄せも減るし、天気も安定するので、山行が出来る\(^o^)/

2月2日
1月24日の、を受けて、遺族側が地裁に提訴した。
栃木県那須町で2017年3月、登山講習中に高校生7人と教諭1人が雪崩に巻き込まれ、死亡した事故を巡り、犠牲者のうち5人の遺族が2日、県や講習会の指導的立場だった3教諭などに対し、計約3億8500万円の損害賠償を求める訴訟を宇都宮地裁に起こした。
雪崩事故は茶臼岳(1915メートル)中腹で発生。講習会参加中の高校生と教員計62人のうち48人が雪崩に巻き込まれ、8人が死亡、40人が重軽傷を負った。
一部の遺族は20年3月、県や3教諭らに対し、謝罪と損害賠償を求める民事調停を宇都宮簡裁に申し立てた。しかし、遺族側は「県に歩み寄りが見られない」として、今年1月24日、調停は不成立となった。[読売新聞]

栃木県那須町で2017年3月、大田原高の生徒7人と教諭1人が亡くなった雪崩事故で、一部の遺族は2日、事故が起きた講習会の責任者だった3教諭や県高校体育連盟(県高体連)、県へ損害賠償を求めて宇都宮地裁に提訴した。
原告は、亡くなった生徒4人と教諭1人の計5遺族。訴状によると、事故は17年3月27日朝、那須町湯本の国有林で発生。8人が死亡したほか、生徒40人が負傷した。
遺族側は、3教諭が降雪にも関わらず雪崩の危険を意識せず、安全性を検討しないまま予定に無かった雪上歩行訓練をさせたことなどから、「無謀で不用意な危険登山で、明らかな人災」として個人に過失があると主張した。
県高体連には、高校生の冬山登山を原則禁止するよう求めた国からの通達違反などがあったとし、県には国家賠償法の責任があるとして、被告側に連帯して計約3億8500万円の損害賠償を求めた。
事故を巡っては、県警が19年3月、3教諭を業務上過失致死傷の疑いで書類送検した。一部の遺族は3教諭との話し合いや謝罪などを求めて民事調停を申し立てたが、1月24日に不成立となった。[下野新聞]
一方、19年に
3教諭を業務上過失致死傷の疑いで書類送検されてる件が、
3年近く為るのに、宇都宮地方検察庁は何をしてるのでしょうか?

これまでの経緯は⇒那須 高校生雪崩遭難事故顛末記 (13)

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