カラコルム山脈のスパンティーク峰(7027m)の南東稜を登山中の、
国際山岳ガイドの
平岡竜石氏と、客1人が行方不明と為った。⇩南東稜上部画像
Spantik-1024x427
ネパール・ヒマラヤ山脈と違い、パキスタン・カラコルム山脈は、
通信インフラの整備が悪く、情報が定かではないが、やや確定したので経緯を・・・

事故発覚は、平岡隊の後ろから登ってた日本隊が、足跡が途切れて無く為ってると、BC(4360m)に連絡。(これが11日か?12日か?は不明)
12日、
BCに居る人員で捜索開始。
13日、パキスタン軍のヘリが、5000m付近で雪上に2人の姿を発見。
14日、捜索隊が向かう。
15日、1人を収容。
16日、他1人の捜索を継続するかを協議中。続報が無いので、その後は不明。

収容されたのは、平岡竜石氏(55歳)。
事故原因は不明たが、後発の日本隊の話から、雪庇崩落で2人が滑落と思われる。
疑問は・・・ヘリで2人を確認したのに、収容が1人とは・・・

平岡隊の登山計画の一部を抜粋。
efd9d58953c02440e73eac7b29c74aae-723x1024
これを見ると、BCからC1・C2へ、高度順応の為に登る途中の事故と思われる。

平岡氏は、ヒマラヤ・カラコルム・アンデスを主に、高所登山専門のガイド。
ナンガパルバット(8125m)の無酸素登頂以降、国際山岳ガイドの資格を取得。
(日本に同資格者は42人居るが、氏が1番活躍していると思う。)
以後商業登山を企画し、客1人でも催行する異色のガイドだった・・・
ガイド料は、決して安いとは言えないが、確実に登頂させるガイドだった。

記憶に残るのが、客をエベレストに5回登頂させた中で、’17年中国側からの時の事。
故栗城が、ラサ(3600m)から4日で、BC(5200m)入り。
この時平岡隊は、客2人 途中の“小山”を複数登り、12日掛けてBCに入る。
4日間車に乗ってBC入りするのと、“小山”に登りながら、高度順応するのでは、
どっちが体に負荷が掛からないかは、一目瞭然だ。
栗城は、早くもBCで体調不良。以後も体調不良で終始グダグダで終わった・・・

平岡隊は、7100mでの順応後、BCから車で1時間走り、4400mの村で休養。
この時は、ネパールから呼んだ、隊の専属シェルパ達も同行させる。
普通BCから更に下に降りる事は、まず無い事。車が使える環境だからだ。
5200mのBCでは、居るだけで体力が消耗する。
この時の事は、Blog中に栗城 体調不良は初期高度順応の失敗 として記している。

話は逸れるが・・・昔 シェルパから、こんな話を聞いた・・・
シェルパ族は高所に強いと言うが、4~5千m付近でロッジを営むシェルパ族でさえ、
子作りは下の町に降りないと駄目だ。それ程に高所では、生理障害が出るのだと。
赤子の時から高所で暮らすので、自然と強く為るのではないか?・・・と。

商業登山では、客2人にシェルパ1人が付くのが普通だが、平岡隊では1対1の対応。
高度順応にしても・1対1にしても、氏は顧客第一を優先したガイドだった。

30余年、高所登山をして来た氏が、一歩の誤りで・・・何とも残念だ・・・合掌
今だに1人が行方不明・・・1日も早く、日本に帰れる事を祈る・・・