元日から3日連続、朝の除雪で一日が始まった、今朝も又・・・
元旦
新聞の束(ほとんどが宣伝だが・・)に目を通し、賀状を見る。
ここ数年賀状は、年が明けてから書くことにしている。
それが本来の姿では・・・と、思ったりして・・・
夜は、酒の肴に恒例のウィンフィル・ニューイャーコンサートを鑑賞、
ポルカやワルツの軽快なテンポが心地良い・・・
解説では、今年の指揮者はインド人で、5回目の指揮とか・・・
子供の時に、立ち見席でこのコンサートを聴き、
感激、音楽を学ぶ為に留学したとか・・・
ヨハン・シトラウスには、
3人の息子が居て3人共作曲家であった事も始めて知った・・・
この指揮者は、
シトラウス一家の音楽をもっと知って欲しいとの意図で選曲した為、
聞き覚えの有る曲は2曲より無かったが、
次男・三男の曲も擬音を駆使してて感心した。
2日・3日は箱根駅伝
連覇は逃したが、同じ体育会に属してた者としては、力が入った11時間。
それにしても、青学の山登り・復路の快走には驚き!!!!
駒大は失速が有ったものの、以後の底力に敬服。
バカなキャンギャル崩れが、
二番じゃ駄目なんですか?なんて言ってたが・・・
彼等には、区間新(個人)・総合優勝(チーム)以外は番外。
シード権が取れて良かったなどはBクラスの話し・・更なる練成が必要。
年末年始の遭難騒ぎ
色々有ったが、気に為った遭難?
27日から槍を目指した2人が、31日朝に救助要請。
28日から雪に進退窮まり、
飛騨沢2400m地点で3夜幕営してたと言う。
3日分の食料持参らしいが・・胸までの雪で、
槍平小屋(冬季無人)まで戻れなかったとか・・
想像するに、27日は槍平まで進み、そこで幕営。
蒲田川右俣沿いの広い沢筋に、
年末なら槍平付近まではトレースが付いてるはず・・
涸沢岳・南岳・中岳・大喰岳の西尾根から、槍・穂を目指す隊が有るから。
槍平から中崎尾根経由で槍西尾根を目指す隊も有ったはず・・・
なのに、飛騨沢に入り2400m付近でアウトとは・・・
飛騨沢から飛騨乗越に登ろうとしたのか?
まさか、夏道伝いに行こうとしたのなら大間違いである。
飛騨沢は槍穂西側で一番雪崩れる場所、
3月頃の雪が絞まった時期ならまだしも、
雪が安定しない今頃に3夜幕営とは・・・
新聞では山暦40年と書いてたが・・・
まー、雪崩れに埋まらず生還したから良いものの、お粗末。
3日の日程にも無理が有るし、
中崎尾根か大喰・中岳西尾根経由→槍を選択すべき。
槍平での幕営も注意がいる、数年前に槍平小屋が雪崩れで半壊してる。
小屋前後の針葉樹林傍での幕営地を選ぶべき。
胸までの雪で進退窮まったらしいが、
シュー・わかんで荷を背負って進めぬのは当然。
先頭が荷を置き空身になる。
ピッケル・ストックを両手平行に持ち倒れ込む様に膝歩きする。
疲れたら二番手が荷を置き、同じ動作を繰り返す。
先頭は荷を取りに戻り最後尾に着く。
これの繰り返しで進む方が、荷を背負ってモガイテるより早く進める・・・
この方式で、上高地から西穂小屋迄2人で2日掛かった経験あり、
その時は首までの新雪だった。
いづれにしても、冬の3000mに登るには、
其れなりの準備と体力が必要。
休みが取れたからとか、八ッ岳に登れたから次は・・・
等と言う山では無い。
ストック改造
新雪・深雪用ストック の取っ手追加。
前から使い勝手が悪く考えてたが・・・
板を履いて膝までのラッセルをしてると、
ストックを肩以上に上げないと駄目・・・
距離が長いと肩に負担が・・・
BDの可変式のストックはその点便利だが、
あの程度の深雪用リングでは八甲田辺りでは、
底無しに刺さってゆくのだ・・・
このトンキン竹のストックは、
L130cm・リング径16cmで、深雪でも安定。
一段下に取っ手を細工して見たが、丁度腰の位置にきて具合が良さそう~
これなら、膝程度のラッセルをしても、肩に負担が掛からないだろう。


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