海彦・山彦の白秋日記

Ombigaichan 6340m ヒマラヤ襞が綺麗な双耳峰。 この頃はまだ未踏峰だったが・・・今は誰か登ったか?

中国政府は、現在チベット・ウィグル自治区に入る、外国人に制約を課しています。
反政府活動又は、独立運動への加担を恐れてです。

こんな制約が有ります。
①登山隊に付いては、入国ルートに従がい・出国する。中国登山協会連絡員派遣。
②隣国ネパールから、陸路での外国人個人の入国禁止。団体ツァーのみ可。
③北京(例)経由でラサに到着し、陸路ネパールに向かうツァー客・個人は可。
①に付いては、連絡員が監視役。 ②に付いては、現地ツァーガイドが監視役。
③に付いては、4駆運転手が監視役。

栗城はこの〝禁〟を犯して、陸路③の素振りをして越境した様です。
以下黒字のブログ抜粋を読むと納得して貰えるでしょう。

(黒字は栗城ブログより抜粋)
今日、ネパール側のゴラクシェプ(5164m)に着きました。
そして、ルートはウエストリッジ(西稜)からホーンバイン・クロワール(北壁上部)を目指します。
実はこのルートは2012年秋季エベレスト西稜でトライしたルートです。

※なぜ今までルート変更の詳細と場所をお伝えできなかったのか。それは大幅な移動を要し、ネパール人スタッフも含めてなかなか国境を越えられず、もし国境を越えられなかった場合には戻る可能性もありバラバラの移動体制でネパール側のベースキャンプに向かうことなり、本当に行けるのか!とヒヤヒヤしてたからです
無事にネパール側のベースキャンプに到着するまでは発表を控えさせていただいていました。ご心配をおかけした皆様申し訳ございませんでした。
ごめんなさい。無事に着いて良かった。

何故、この〝禁〟を犯したのか?
チベット側からの北壁が登れ無いと判断し、ネパール側へ移動するには、
全員入国ルートに従がい、ラサから空路出国しなければ為りません。
当然出国時点で、入国時の人員リストとの照合が有ります。
なので、苦肉の策で陸路からネパールへ・・・

理由は、西稜からホルバイン・クーロワールを登る、栗城を撮影する為に、
カメラ担当を北壁BCに残して置く必要が有ったから・・・(彼用のコックも)
ネパール側からは、西稜に上がらないと北壁の全貌は見えないし、斜めから視る感じ。
北壁Bcの位置からは、正面に北壁が見える。
昨日の敗退宣言の中でも、北壁BCのカメラ担当に触れてます。

ここで問題です。
①チベットに残されたカメラ担当は、どうして帰国するのでしょうか?
 栗城同様に陸路でしょうか・・・・
②登山隊としてチベットに入った〝栗城隊〟の出国記録が宙に浮きます・・・
この辺の処理が上手く出来るのか?
この後の登山隊に、禍根を残さないのか心配です。



因みに、下記ルート図は、ネパール・チベット間での陸路です。
外国人には、ネパールにぬけるルートとして、これより認められてません。

イメージ 1


6月1日追記
バラバラの移動体制で
本当に行けるのか!とヒヤヒヤしてたからです
越境は栗城自身の発想では無さそうですね・・・誰の入れ知恵でしょうか?
たぶんボチボチの社長でしょう。

外国人が入出国出来るルート(ネパール⇔チベット)は、
上記図の一箇所より有りませんが・・・・古くからの交易ルートが有りました・・・


’06年のヒマラヤ遠征時に、見聞きした話を想い出しました。
エベレスト街道最大の村ナムチェバザールでは、毎週〝市〟が立ち名前の由来。
衣類や生活雑貨・食料などが売られてます。
どこにこんなに人が居たのかと思う程の賑わいです。
チベット族が徒歩で国境を越えて、販売や購入に来ると聞きました。
古くからチベット岩塩の交易ルートが存在してるのです。
栗城はこのルートを通った可能性があります。
上記の正規ルートと違い、国境警備も手薄でしょうし、多少の袖の下で・・・
等と考えてしまいました・・・・邪推でしょうか?




は、ここで





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