11年前にヒマラヤ登山をした時の仲間から、当時世話になったシェルパが、
北ア針の木小屋へ出稼ぎに来てる事を知らされました。

ヒマラヤの6月~8月は雨期(モンスーン)のため、
低地で雨期一斉に咲く高山植物見学ツァー客以外は来ない状態です。
高所で活動して生活の糧を稼ぐシェルパ達の中で、日本語が判るシェルパは、
北アの山小屋へ働きに来る人が結構います。



ローッエ南壁の麓のチュクンに在るロッジで、
時間毎に日本の童謡が流れる柱時計に、ビックリした事が有りました。
聞けば、日本へ働きに往った帰りに買った物とか・・・日本語で話してました。
冬と夏に日本で稼いでロッジを建てたとか・・・・



針の木小屋に来てたのは、’06年のポカルデ・イムジャッエ遠征登山で、
約ひと月行動を共にしたチュル兄弟でした。
イメージ 1
左 次男パサン・タマン  右 長男チュル・バハドゥ・タマン

名前にタマンと有るのは、彼等はタマン族の〇〇と名乗るからです。
ネパールは連邦共和国で、50以上の少数民族の集まった国です。
シェルパ族も〇〇・シェルパと名乗ります。

高所登山で言うシェルパとは、シェルパ族・タマン族の出身者が多いのです。
共に元々高地(3千~4千m)で暮らしてた民族なので、心肺機能は其れなりに屈強。




’06年の遠征時はカトマンズに在る、コスモ・トレック社(邦人経営)のガイドで、
チュルさんがサーダー(シェルパ頭)として、
2人の弟以下シェルパやポーターを纏めて登頂に努力して貰いました。
次男のパサンは、キャラバン中は昼飯・幕営地の段取りで常にポーターと先行。
登頂日は事前にFIX張り・ルート確保でシェルパの指揮を執り活躍してました。
チュルさんは、我々の歩調に合わせて休み・休みタラタラと・・・(高山病予防)




竹内氏のFBにパサンと言う名のサーダーが出てましたが、
今回パサンのFBを見たら、過去マランフランで一緒に撮った画像が・・・

竹内氏FBより
仙石さん帰国へ
順化のタイミングやスケジュールなどを考慮し、仙石さんの体調の大事をとって帰国してもらうことになりました。
突然、一人での登山になりましたが、なんとかやってみたいと思います。
サーダーのパサンとキッチンボーイのバードルさんが、慣れない手付きでなんとかご飯を作ってくれています。
本日、プジャを行い、明日から登山活動を始めます。

イメージ 2

竹内氏はコスモ・トレック社を使ってるので、
日本語が出来るパサンがサーダーとして派遣されてるのでしょう・・・

今も活躍してるんだなぁ~と、思った次第です。



高所登山に欠かせないシェルパの世界も日常会話を理解し、
英・仏・独・日・等の客に対応出来る分業化が進んでます。
勿論、調理をするクッキング・シェルパ(キッチン・シェルパ)も同様で、
味噌・醤油を使いこなし天婦羅も揚げれます。



ネパールは観光以外に外貨を稼ぐ術が無く、貧困国の範疇・・・
平均所得が1.5万~2万月額、生活物価は日本の1/10位です。
雨期の6月~8月の3ヶ月間を、日本の山小屋(日当7千~8千)で働けば、
交通費を引いても大変な収入になります。
8千m峰をガイド出来るシェルパの中には、
首都カトマンズでコンクリート造3Fとか4Fの豪邸に住み、
一般ネパール人とは懸離れた生活をしてます。
また、一人のトレッカーがネパールで10人の雇用を維持してるとも言われてます。


チュル兄弟は8月末に帰国するらしい。
9月からは雨期明けのポスト・モンスーンで、
秋季登山シーズンが始まります。




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ヒマラヤ登山では、シェルパの他にポーター(隊荷運搬役)が必要です。
 続けてポーターに付いて記します。



ポーターは、サーダー(シェルパ頭)の指示で、
BCまで一人25~35㌔の荷を担ぎます。
採用権はサーダーに有り、隊荷の量で決まります。
キャラバン中に食料等の量が減ると、一人二人と途中解雇し日当分を支払います。
日当は1日600~1000円、小麦粉・とうもろこし粉・じゃが芋等が主食で煉って焼いたりして食します。
夜間は岩陰にシートを張ったり、ロッジ・バッテン(茶店)の納屋で寝ます。
サーダー・クライミングシェルパ・コック長等とは全く別待遇です。

ポーターは隊の朝飯後、テントを撤収し荷を担ぎ次の幕営地に向かい、
隊員テント・キッチンテント・食堂テント・シェルパテントを張り、
隊が到着するまでに仕上げます。

一週間程度のトレッキングでは、隊荷の全ては人力で運びますが、
長期登山になると、隊荷量が多くヤクやゾッキョに荷を運ばせたりもします。
ヤクはポーターの4倍以上・ゾッキョは2倍の荷を運び、
馬労(御者)をヤク又はゾッキョドライバー(荷役動物の持主)と言います。
彼等は自分用の餌の枯れ草も、大きな袋に詰めて運びます。
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ゾッキョ(水牛とヤクの掛け合わせ)小型の牛? 性格は温厚
草地では草・高地では干し草、水は雪を喰います。(BCでのゾッキョ)

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氷河のモレーン帯で荷を運ぶゾッキョ、ドライバーに付いて歩きます。

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ヤク、牛の大型で毛が長い、3000m以下では暑くて生きれない・・
性格は荒い、道で対向したら避難しないと危険。


キッチンボーイなる存在も有り、コック長の手伝い。
調理器具とその日の食料を運び、隊より先に昼飯予定地に着き準備、
昼飯が終われば即幕営地に走り晩飯の準備。(走る様な速さで歩きます)


ヒマラヤ登山では、約5千~5千5百mのBCまでの間に、
1~2週間のキャラバンが有り、シェルパやポーターの力なくしては成立しません。
BC以上は隊員のみ又は単独で荷上げし、登頂する例は有りますが、
スペシャリストに限られます。

カラコルム登山(K2やチョゴリザ等)では、
パキスタン人にシェルパ並みの登山技術が無く、ポーターとしては使うが、
BC以上の要員として、ネパールからシェルパを連れて行く隊が殆んどです。