しましたが、行動を開始。
今回の特徴は、①高所順応でローッエに登る(単独・無酸素)
       ②BCで休養後、密かなルートでエベレストに登る(単独・無酸素)
       ③隊員 撮影・中継担当が4名、高所経験者1名・他は3名は素人
と言うテンコ盛りです。

酸素を吸っても、同時期に2座登頂は可也難しいのに(天候・体力面で)、
単独・無酸素だそうです。

さて とうなる事か????  日々眺めてみます。

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4月20日
FBより
黒字は栗城書き込み・青字は私見
「危険な空港に」
カトマンズで機材整理と観光相でのブリーフィングを終えて、無事にルクラ(2860m)に着きました。
カトマンズからルクラへは飛行機に乗りますが、悪天候で空港の待合所に戻ったりを2回ほど繰り返しつつも、無事に飛びました。
中継機材の一部がまだルクラに届いていないのでここで一泊して、明日機材が届き次第、キャラバン開始です。
何度来ても、この空港の着陸は緊張します。

正式名称は、テンジン・ヒラリー飛行場          2006年に山彦 撮影 
イメージ 1
着陸は谷から飛んで来て、フェンス直前で停止。止れずにフェンス壁に激突した例が多し。
離陸は加速が足らず谷に墜落した例が多し。世界一難しく危険な飛行場です。

イメージ 2

本当に滑走路が短い。。(長さ約500m・傾斜地で、着陸→登り・飛び立ち→降り)
ここから5300mのベースキャンプまで、歩いて7日間で向かいます(以下割愛)
高所経験の無い者が3名も居るので、ヘリを使わず歩いての入山は正解です。


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4月21日 
FBの 更新は無いが、午後2時過ぎまで歩いた様です。

他隊情報 AG隊が順応の為にロブチェ峰C1に到着。
        

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4月22日

他隊情報 AG隊が全員ロブチェ峰に登頂。明日はエベレストBCへ。

FBを更新しました。 黒字はFBより、青字は私見
「冒険の共有に向けて」
まだ中継配信の機材は届いていませんが、昨日はナムチェバザール(3440m)に着き、今日はタンボチェ(3860m)に着きました。明日はペリチェ(4270m)に向かいます。

機材は21日に届く手配でなかったのか? 全てボチボチ任せだからな!!!

驚きです。20日に標高1200mのカトマンズから、
飛行機で2800mのルクラ着。23日には、4270mまで登ると言う・・・
ヒマラヤトレックの常識としては、一日標高差で約500mをユックリ登り、
二日で約1000m登ったら順応の為に、三日目は休養日を取るのが普通です。
休養無しで3070mを稼ぐとは・・・高度障害が出ないのが不思議です。

早ければ、26日にはエベレストベースキャンプ(5300m)に着きます。
この冒険は登山だけではなく、「冒険の共有」という挑戦における失敗や挫折を共有して、自分と同じように見えない山に向かっている人達にエールを送り、否定の壁を乗り越えるのが最終目的です。
その想いを叶えるべく、今回は日本から4人の中継スタッフがベースキャンプまで同行します。
彼らは栗城がアタックしている時に、エベレストの反対側に山向かい5,500m地点から超望遠レンズ(Canon HJ40×10B)で撮影し、共有します。

その地点は、カラパタールの丘からと思われます。

※エベレストベースキャンプからは氷河やローラーフェイスがあって、ほとんど登っている姿や山頂が見えません。
また、うち一人はNHKや様々な冒険番組を手掛けているデレクター兼カメラマンで、6400mのヌプチェ近くに撮影キャンプを設けて、栗城が登る姿を望遠カメラで追います。

BCから上の6400mに、キャンプを設置と言ってます。
C2の高さの位置になります。当然資材・食料のサポートはシェルパ。
BCより上に登るには登山料が発生します。
エベレスト・ローッエに往くのは自分一人だから〝単独〟と勝手に解釈か??
BCまではトレッカーでも、国立公園の入園料を払えば入れます。

初めて極地に行くメンバーもいますが、片時もカメラを外さないで歩いている姿は本当に凄いです。

それが仕事で雇ったろうが・・

エベレスト街道に咲く桜とは、今日でお別れになります。

全員、無事にベースキャンプに着けますように。

メンバーが公開されました。左端がデレクター兼カメラマン。中央が栗城、他は山の素人。
イメージ 3

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4月23日 栗城更新 青字は私見
今日はペリチェ(4200m)に着き、機材も無事に合流できました。
天気は穏やかですが、若干酸素の薄さを感じています。
明日は一日、ペリチェでレスト(休養)です。
目の前にそびえ立つローツェ(8516m)とエベレスト(8848m)。

動画を見ての感想
①栗城の歩き方が異常に早い・・・シェルパ並みの速さに驚きです。
 撮影を意識したのか? 普通は一日の行程を、ユックリ時間を掛けて歩き、
 順応するのがベストと言われてます。
 こんな歩き方をしてたら、間違い無く障害が現われます。
②何故か栗城とカメラだけで歩いてる。他の者とシェルパ頭は何処??
ミニザックのサイドにマットを付けてる不思議、日中使わない物は
 ポーターに背負わせるのが普通。
④動画の編集が出鱈目、ナムチェより上を歩いてるのに、
 途中にルクラへの飛行機シーンが入ってる。

他隊情報 AG隊がエベレストBCに到着。
     平岡隊が6000mで順応しBC(5200m)へ戻る。

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4月24日 ぺリチェで休養

ここで栗城とAG隊の使用機器比較
栗城使用のSpot・GPS軌跡 ポイントマークが大き過ぎて見難いし、地図上の距離不明。
イメージ 4

AG隊使用のGarmin・GPS軌跡 ポイントに距離・時間・標高がクリックで表示される。
地図上に距離表示有り。
イメージ 5

アラン・アーネットのブログを見ると
年春のエベレストは、ネパール側に336人・チベット側の北稜に150人の、ガイド・登山客が集結。
これにシェルパ達も同程度の人数が集まり、BCは混雑の様相。
彼のブログには、栗城も紹介されてます。何故か「日本人のプライド」と題して。

自動翻訳して、読んで見て下さい。面白可笑かしく書いてますが、
日本からの真面目な登山者には、迷惑な話ですね・・・・
登山家では無く、芸人だとアーネットに見抜かれてますが・・・

Nobukazu Kuriki in Kathmandu Hospital (courtesy of Nobukazu Kuriki)
Nobukazu Kuriki in Kathmandu Hospital in 2012

Japanese Pride

A surprise climber on the Nepal side is Japanese Nobukazu Kuriki. This is his 7th time on Everest without summiting. Previously the 34-year-old made mostly autumn attempts, solo and without O’s. He has tried from both sides and generally has been stopped by weather and snow conditions. In 2012 he attempted the West Ridge and had to be rescued by a Sherpa team. He lost most of his fingers to frostbite in that attempt. His last attempt was in autumn 2016 from the Tibet side. He planned on the North Face then to the Hornbein Couloir. This year he is hinting at a new route but is not saying what it is. He says he will climb both Everest and Lhotse without supplemental oxygen. As always, he is quite the showman and has a huge following in Japan. I wish him the best this time around.  You can follow him on Facebook, Twitter (JP) and his website. He always brings a large film crew along to document his experience, primarily for the Japanese market. They usually post excellent photos of his experience on his social media.



BCとエベレスト・ローッエの位置関係説明

栗城は22日のFBで、
エベレストベースキャンプからは氷河やローラーフェイスがあって、
ほとんど登っている姿や山頂が見えません。

と言ってるが、ロー・ラ(ロー峠)フェイスなる物は無し。(図中の視界範囲参照)
邪魔で見えないのは、昨春栗城が西稜に登ろうとしたクンブー側の支稜。

6400mのヌプチェ近くに撮影キャンプを設けて、栗城が登る姿を望遠カメラで追います。

この場所は、図中辺りの位置かと思われる。ここからならエベ・ローッエが視界に入る。
イメージ 6
オマケで昨春敗退したルートも記します。北壁を狙い、北稜ルートでの順応を目指したが、
C1から上の7300m地点で敗退。北壁には近寄らずに西稜ルートに変更。
その西稜もC2から西稜に上がれず敗退。

栗城がアタックしている時に、エベレストの反対側に山向かい5,500m地点から超望遠レンズ(Canon HJ40×10B)で撮影し、共有します。
◆6400mのヌプチェ近くに撮影キャンプを設けて、栗城が登る姿を望遠カメラで追います。
と言ってるが、5500m地点用の機材運搬シェルパ・撮影C用のキッチン・シェルパ、
BC用キッチン・シェルパ、〝単独〟で登ると言う栗城に後から着いていて往くシェルパ。
実に〝無駄〟が多い隊です。

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4月25日 現地時間で昼を過ぎても、スポット動かず・・・
       高度障害で停滞か???

     村にWi-Fiの設備が無くても、衛星経由で通信は出来るはず。
     〝冒険の共有〟と言いながら、その通信費も惜しむのか・・・

他隊情報
飯田橋留守番隊です。(抜粋)
エベレストBCのけんけん隊長から衛星電話が入りました。日本時間15:28 、現地は3時間15分日本より遅いので、
これからランチタイムです。登山前の最重要儀式プジャも無事終えたそうです。
ロブチェ隊にとっては、今夜がエベレストBC滞在最終日です。あっという間ですね。
BCでは「エベレストリンク」という有料WiFiがあるのですが、かなり調子が悪くほぼ繋がらないようです。
今夜は全員での最後の晩餐ですね。明日からは水生さんがロブチェ隊を率いて下山です。
明日からはエベレスト&ローツェ隊メンバーのみとなり、さらに留守番隊も気を引き締めてまいります!
天気予報、通信のやりとりが衛星電話頼りになってきますね。


 栗城 より〝冒険の共有〟してますね~          


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4月26日 
エベレストBCに到着予定だが・・・ 
今日も現地時間で昼を過ぎても、スポット動かず・・・
高度障害で2日連続で停滞か???

栗城が18:35に、FBを更新した。
ペリチェ(4200m)に着いて一日レスト(休養)するはずが、
2日間39度近くの熱が出てました。
一般的に高山病の症状に発熱は無し・・
色々と溜まっていたものが出たかもしれません。

通常はナムチェで、順応の為に更に1泊するのが普通ですが、
セオリーを無視して進んだ結果と思います。(早足撮影で格好付け過ぎたか)

でも、高所では早めに熱が出た方が 体も慣れて後半やりやすくなります。
いい感じです。今はもう熱も下がり、かなり元気です!
明日からまたベースキャンプを目指す予定です。

今からこの状態で、2倍の高さを目指すと・・・笑ってしまいます。

お供のド素人三人衆の具合が心配ですが、触れられてませんね・・・
順応無しにこの高さまで登って来たら、
当然 高度障害の症状が出てるはずですが・・・

他隊情報 平岡隊がBCt(5200m)から、ノース・コル(7000m)へ順応に向かう。
     一週間の予定とか・・・無酸素で7千mに身体を慣らしておけば、
     アタック時は有酸素なので楽です。

    〝 自称 アルピニスト〟の野口健もエベレスト街道を歩いてる様です。
      何をしに・何処へかは不明だが、エベBCへ栗城をオチョクル為か?
                彼のツィッター↓画像が綺麗。


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4月27日 
BC(5300m)に上がる予定とか・・・
残り標高差1100m、上手く上がれるか???
症状が残ってれば、BCでの回復は確実に遅れます。
小生なら完治するまで標高の低い処で養生しますが・・


栗城FB更新

先ほど、無事にエベレストのベースキャンプ(5300m)に着きました!
2日間高熱に苦しみましたが、今朝ペリチェ(4200m)を出発してベースキャンプまで上がってきました。(抜粋)

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17日に出国し、21日にルクラ(2800m)からエベレストBCに向けて、
キャラバンを開始した栗城ですが、
BCを目前にした23日にぺリチェ(4200m)で発熱。
24・25・26と3日間、病床に臥せってた様です。

本人は色々トレーニングして来たと言ってるが、
BC入り直前にダウンとは〝自称 登山家〟として情けない。
ルクラからぺリチェへの標高差は1400mですが、
通常約1000m上がったら一日休養を取ると言う、
高所登山の鉄則を守らなかった事が、発熱の原因です。(疲労蓄積)


BCは早く到着した隊から順に、乾いた・凸凹の無い条件の良い処に設営。
栗城が現場で指揮せず、ボチボチに設営を丸投げした結果でしょう。
千張りものテントが立ち並ぶBCですから、
今更位置変更も出来ずに、困惑してる様子が想像出来ます・・・

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4月28日 BCで停滞 更新無し
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4月29日 FB更新(黒字)、は私見
ベースキャンプで、プジャという登山の安全祈願を行いました。
祭壇を作り、タルチョ(チベット仏教の旗)を張り、山の神々に祈りを捧げます。
タルチョ」とは、経典を印刷した、色トリドリの小旗が連なった物です。
ラマ(お坊さん)から「君はセカンド・ラマだ」とのご指名を受け、ラマのお経に合わせて太鼓を叩きます。
なぜか、今回ドキュメンタリーの撮影のため初めて参加したカメラマンさんが泣いていました。
ラマは普段あまり話さないですが、「サクセスできるよ」と一言嬉しいお言葉をもらいました。
坊主は祈願料を貰うので、耳障りのいい言葉を発したのでしょう。
ここまで来られたこと、様々な苦難があってもこうしてチャレンジできること、山と向き合えること、支えてくれた大切な人達に感謝していました。
今日から、中継撮影班メンバーは休みを取るためにペリチェ4200mに向かいます。
BCに着でプジャしただけで、下の村で休養だそうです余程体調が悪そうです。
ベースキャンプに着いてから、全員が激しい頭痛で一人は日本に帰りたいと言ってましたが、何とか持ちこたえています。
ド素人を連れてった弊害です。
初期順応無しで、キャラバンの行程を組んだ栗城の甘さ。
毎回 初期順応に失敗し、無駄な時間を費やしてます。学習能力が無いのか・・・
昨春もチベット側で順応失敗、その様子は→ 栗城 体調不良は初期高度順応の失敗
数日の休養と準備の後、いよいよ登山開始です!!
指の無い手で、長時間ユマールを操作し、ローッエ・フェイスが登れるか????
指が有っても分厚い手袋をして、FIXの支点通過時のユマール架け替え作業は大変。


他隊情報 
野口健ツィッターより
近藤ケンケン隊(エベレストBC)訪問。ケンケン隊長とサオリさんとランチ。ヒマラヤでの再会は特別。
数時間、ヒマラヤトーク。
数日前に栗城さんとモレーンのなか、すれ違い数分共に過ごしました。 
交わす言葉は少なかったですが、しかし、栗城さんの背中から決意と覚悟を感じた。
みな、何かを背負い生きている。

〝自称 登山家〟と〝自称 アルピ二スト〟なので、仲は良いはずですが・・・
数分の立ち話とは・・・栗城としては、何で此処に野口が居ると、驚いたか!!!!
野口健は、メラ峰への予定をアイランドピーク峰に変更して、
近くの(と、言っても歩いて2日の距離)エベレストBCを訪問した模様。


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4月30日 BCで停滞 更新無し シェルパの荷上げ待ちか?

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5月  1日 BCで停滞 更新無し シェルパの荷上げ待ちか?
      多少 具合が悪くても、BC周辺やカラパタールの丘への散歩で、
         順応は早まるのだが・・・動く気配無し、又停滞癖が出たか・・

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5月  2日 BCで停滞   栗城 久々の更新 字はFB  青字は私見
皆さん、こんばんは。
天候などを見て、明日から登山開始します。
6400mまで上がり、その後7600mまで上がって高所順応します。
6400m地点はC2の高さ。C1(6000m)での滞在順応を省略する辺り栗城らしい。
7600m地点はローッェ・フェイスのど真ん中、
7300mのC3より上の地点です。ユマール操作が上手く出来るか見ものです・・・
こちらは午前中に晴れが多いので、今は咳が多少出ますが落ち着いて上がって行きたいと思います。
実はドキュメンタリーの撮影メンバーが急きょ帰国することになりました。
昨日、突然の激しい腹痛で動けなくなり、ベースキャンプに常駐しているドクターに見てもらったところ、菌が入ったようだとのことでした。

激しい腹痛=超水下痢。ヒマラヤ登山では、「生水を飲むな」 が鉄則です。
荷上げに使ったヤクやゾッキョを、沢筋に放牧し水を飲ませます。
彼等が 糞 をする→水源が汚染される→登山隊がその水を使う→水当りする
シェルパ達は抵抗力が有るから大丈夫だが、我々は一発で超水下痢です。

ベテランのシェルパ頭(ガイド)は、キャラバン開始前に必ずこの事を教えます。
カトマンズのホテルの水道水も飲むな、ミネラル水を飲めと言われてる位ですから。
キッチンシェルパ(コック長)が、大量の湯を沸かし煮沸殺菌をして冷めてから、
飲料水や調理用に回すのが常識です。(小生は遠征中は常に正露丸を服用)
キャベツやレタス等の生野菜も注意、肥料が人糞だから・・・
加熱調理したもの以外は喰わない事、煮沸した水以外は飲まない事が鉄則

高所では抵抗力が下がるので、菌などにやられやすくなってしまいます。
これが山なので、彼の気持ちと共に登っていきたいと思います。
※彼は今もうカトマンズの病院にいて、容体も安定して体調も良くなっています。

ヘリ搬送の様です・・・が、本人の体調管理云々よりも、
栗城のド素人隊員への配慮が足らない一幕かと・・・
下痢が酷いと脱水症状で命の危機、緊急搬送は正解です。

他隊情報 AG隊 順応で、BCからC1へ上がる。3日はC1で滞在順応。
       野口健 シェルパ2名とアイランド・ピーク(6160m)に登頂。

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5月  3日 BCで停滞 栗城更新 字はFB  青字は私見
今日から登山開始の予定でしたが、昨日夜中からまた38度を越える熱が出てしまい今日は上がりませんでした。
もう一度コンディションを整えます。
SpO2(血中の酸素濃度)は85を越えていて、ここまでの順応はできているのでまず熱を下げます。
皆さんの応援、ありがとうございます。

笑うより有りません、話にならぬ。BCの標高で85%は、当たり前以下。

他隊情報
平岡隊 
キャンプ1 7050mのつらい一夜を過ごし、先程ベース・キャンプ5150mに戻りました。5150mの風が暖かく感じられます。真近に迫る北壁に感激の声が上がりました。
4月26日にチベットBCから、北稜C1へ順応に向かったが無事BCに帰還。
一発で成功、見事です

AG隊 明日はできれば全員でC2まで上がりたいとのこと。

中山岳史 国際隊員
中山 岳史さんはSauraj Jhinganさん、Kuntal Joisherさんと一緒です。
4泊5日で最終の高度順応に行ってきました。
初日:アイスフォールを越えCamp1(5900m)
2日目:ウエスタンクームを越えCamp2(6400m)
3日目:Camp2で休息
4日目:ローツェフェイス入口(6800m)
5日目にベースキャンプに帰還
体力が違う国際隊に参加して、同一行動が出来るとは素晴らしい。

ベット側では、平岡隊がC1(7000m)で順応を完了し、BCで天候待ち体制。
ネパール側では、国際隊の中山氏が6800mでの順応完了。BCで天候待ち体制。
AG隊がC3へ向けての順応を開始しました。
栗城は熱が出た等と、アランが言う〝芸人〟なら、其れらしい事しないと受けない。

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5月  4日 BCで停滞 更新無し  他隊が行動してるので、悪天候では有りませんね

他隊情報  AG隊 C2(6400m)へ到着
                  今日C1から、C2に上がりました。
イメージ 2

誰かが、エベレストに登る為の、高度順応で登ると言うローッエ峰。
山頂から直線に伸びる岩溝が、ローッエ・クーロワール。これを登攀して頂に立ちます。
その下の氷壁が、ローッエ・フェイス。とてもとてものレベルです。
BCで熱上げて、唸ってる場合では有りません・・・
登りたく無いのなら、帰れば!!! 栗城。
イメージ 1

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5月  5日 今日も動く様子が無いので・・・暇潰しに。

栗城’16年秋の北壁時のスポンサー・ロゴの縫い方
イメージ 3

今年の縫い方、四隅止めただけ・・・
イメージ 4

野口健のウェア
イメージ 5
〝金主〟への配慮の差。山に向かう気持ちの差にも現われてるかも・・・

BC入りしてから一週間、今朝現地時間8時頃から、やっと動きだした。
Spotを見ると6200m付近を通過、C1で泊まらず、C2まで上がった様子。
病み上がりで、BCから標高差で約1000mを登るとは、無理は無いのか???
AG隊は、C1で2泊して順応してから、C2に上がってるのに・・・

栗城FB更新 黒字はFB 青字は私見
ここ数日熱が出ていましたが、今朝熱も下がったのでベースキャンプを出発してキャンプ2(6400m)まで上がってきました。
ルート工作済みの氷瀑帯を通過したので、(SpotとAG隊の軌跡が重なる)
栗城が言う〝単独・無酸素〟の、単独は消滅です。
一週間前にぺリチェ(4200m)から、5300mのBCに約1000m上がり発熱。
今回もBCから一日で1100mも上がったと・・・この先大丈夫か?

いよいよ高所順応の開始です。
咳が出ていますが、この後も慎重に進みます。
明日はレストして、天気や体調を見ながら今後の動きを決めていきます。

6400mで2泊すると言う・・・順応の仕方が判ってない・・・
高所に留まれば順応出来るのでは無く、身体に高所を体験させて、
下のキャンプに戻れば、次回その高さでの行動が楽になると言うこと。
6400mに2泊は、ただ体力を消耗するだけ・・・
AG情報では、明日から荒れ予報だ・・・
栗城も同じ予報士の猪熊からデータを得てるはずだが・・・

添付動画では、7000m後半まで往き順応して来ると言ってるが、
7千後半はローッエ・フェィスの上だ・・・
其れにしてはザックが小さい・・・あれに全部入るか???
テント・寝袋・食料3日分? 炊飯具・ガチャ・etc、 シェルパが荷上げ??

他隊情報 
AG隊 
C2(6400m)⇔6800mまで順応
本日はC2から6,800mあたりまでの往復でした。泡爺は途中までで体調を考慮して引き返したそうです。天気予報では明日が上部で荒れ予報です。AG隊も明日はBCまで戻ります。(抜粋)

中山岳史 国際隊員のFB
サミットプッシュ前にサラサラの血液と万全の体調を取り戻すため、3800mのデボチェまで下山。
3泊ほど休養して5月10日にベースキャンプに戻ります


これが正解です。平岡隊の手法と同様です。
高所・低所を繰り返す事で、より順応が進みます。
 現在、エベレストはジェットストリームが吹き荒れていて、Camp4から上のルートを工作するチームがベースキャンプまで下山。11日以降で風が弱まり次第、工作を再開予定のようです。

この先13日までの、エべレスト6000m付近の天気予報
イメージ 6

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5月  6日 
栗城は昨日C2 (6400m)に上がり、今日も留まると言ってたが、
Spot見ると現地時間1時過ぎに、BCへ向かって撤退してます。
悪天候が来ると予想されてたのに(↑の天気予報)、判ってて往った確信犯。
まだ順応も出来ずに、13日過ぎまでBCでグダグダでしょう~ 

他隊情報
AG隊 BCに戻る

平岡隊 泉敬介氏のFB
タシゾン4300mで休養中。ロシア隊もウクライナ隊も同じロッジで休養中。ロシア人はさすが大酒飲み中。
村一番の高級ロッジ・・・あまりにボロくて汚いのでウクライナの女の子は泣いてます(笑)   ここは地の果てチベット。 泥埃の強風が村を吹き抜ける・・・
予想通り平岡隊は、BCから下の町に降りて、休養です。   
タシゾン村標高4,300m。
空気が濃くて爆睡・・・目が覚めたらお昼
Hガイドは洗濯機借りて一ヶ月ぶりの洗濯中。宿の家族も客もみんなまぜこぜ(笑)
トイレはネパールもロシアの田舎も同じ、二階の床の穴にすると一階で落ち葉と混ぜて堆肥になる。ただ風の強い日は穴から逆風が・・・(^_^;)
エベレスト9回登頂のDENDIシェルパが「最後まで隣について一緒に登ります」と励ましてくれます。よっしゃ行くぞ
たまにはこんな冒険休暇いかがですか?(笑)
9回も登頂したシェルパが、こう言ってくれるとは有り難い話しです。
画像の人が、DENDIシェルパです。こんな人を雇える平岡ガイドは凄い!!!!
イメージ 7

それにしても、泉氏の経歴に驚きです。
税理士は別として、元JCC(日本クライマーズ クラブ)の会員。
栗城のレベルとは、雲泥の差 昔に岩壁登攀やったバリバリです。

· 8時間前 ·
チベット・タシゾン村4,300mの休日。第四弾。
明日は休養を終え5,300mのBCに戻ります。
村の売店で買った一番安い酒とツマミで最後の夜を乾杯🍻同じ宿に下りてきたイモトで有名になった天国ジジイこと貫田さんや倉岡さん中島くんも元気です。ただ私みたいに飲んだくれてません(笑)
貫田宗男・倉岡裕之・中島健郎もチベット側に居たとは・・・
倉岡ガイドの客は9人とか・・・2人は倉岡ガイドの支援要員の様です。

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5月  7日 BCで停滞

各隊の状況
      栗城・AG隊共にDCで悪天候で、停滞中の様子。
      チベット側では、平岡隊が低所での休暇を終え、BCに戻る。
      国際隊の中山氏は9日まで低所で休暇中、10日にBCに戻る予定。

各隊が停滞中で話題も無いので、閑話です。

平岡隊のシェルパ頭にDa Dendi(ダ・ディンジ)と言う名のシェルパが居ます。
エベレストに9回登頂し、今回登頂したら10回目となります。     
彼等はなぜ命掛けで、登山者をサポートするのか??  一端が垣間見れます。
彼は他のツァー会社に所属してたが、最近、ツァー会社を立ち上げた様です。
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ヒマラヤ氷河〟と言う社名のロゴのようです。

高所登山に従事するシェルパは、
所属会社(常用ではなく派遣の様なもの)から日程・難度による賃金の他に、
登頂者からの特別ボーナスを貰えるシステムです。(これが万単位の手取りになる)

小生がヒマラヤに往った頃(約10年数前)の、国家公務員の月額給与は、
約4万円位と聞きました。
(カトマンズで日本料理店を経営してた、「ロイヤルガーデン華」の社長の話し。
確か八王子辺りの出身者です。現地で蕎麦を育てさせて其れを挽いて提供、
標高1200mで育った蕎麦ゆえ美味でした。調味料は空輸してるそう。
ネパール人対象では無く、日本からの登山者や観光客・駐在商社員・大使館員が主。
3000円も出せば、腹一杯日本食を喰い・歩行困難になるほど地酒が呑めました。
メニューの日本食は800~1000円で、一日の日当相当で普通の客は来ないとか・・・)

彼の自宅は、バルコニー付き億ションです。
イメージ 9

忍び返し(泥棒反し)に囲まれ、泥棒には難航不落(治安は良くないそう)
建物の左側は、階段スペースと思われます。
実力が有れば、若くしてこんな家に住めますが、生まれながら高所に強い、
シェルパ族やタマン族に限られます・・・誰でも出来る訳では有りません。
(昔 小生が帰国前夜に、シェルパ頭が晩飯に招待してくれた家と、造りが似てます。
その家は1Fを他人に貸し、エントランスから2Fに上がる階段に更に鉄格子が有り、
解錠しないと上に往けない仕組みでした。
塀・玄関・鉄格子と3重ロック、ドロや強盗の安全策とか・・・)

内部はこんな感じ・・・
イメージ 10

居間には、ヒンズーの神を祭り・銅製の大壷(画面左)・銀製の大皿を、
何個も飾ってます。彼等にとっては、富の象徴なのでしょう・・・

日本で国家公務員が若くして、こんな生活が出来ますか?
命懸けで得た収入で、こんな暮らしが出来ます。
また彼等は、6月から8月末までのモンスーンで仕事の無い時期は、
日本に出稼ぎに来て、北ア他の山小屋で稼いでる者もいます。
渡航費を払ってもペイするでしょう・・・
知り合いの北アの小屋主が、彼等はバイトの倍も働くと言ってました・・・

各隊の更新が無かったので雑談です・・・

おっと、21時に栗城がFBを更新しました。
2日前に高所順応で登り始めましたが、ジェットストリームが来て強風になったため、昨日に一旦ベースキャンプに下りました。
天候悪化は予報で出ていた・・・それを承知で出発 。最初から上に上がる気なし。
上部はかなりの強風ですが、風が収まり次第また上がります。
また、咳が止まらない。。口呼吸から鼻呼吸に変えろ、何回ヒマラヤに来てる!!!
高地は空気が乾燥してるので、行動してても汗を掻きません・・・
酸素が薄いので無意識に口呼吸になり喉が遣られます。
体調を整えて、また上がります!!

平岡隊 泉氏FB更新
エベレストBC5,200mに戻りました
気象情報を見ながら最良の最終アタック日を待ちます。BCから頂上まで6日かかりますので好天予報の6日前に出発します
BC→中継C→ABC→C1(ここから酸素使用)→C2→C3→頂。長い道程です・・・
気合を入れて・万全の体制で!!!

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5月  8日 BCで停滞 悪天候による
ブログ・HP共に更新無し
昨日 栗城が公開した画像です。
撮影場所はC2辺りで、背景はヌプッエ側壁と思われます。
一見誰も居ない様な撮り方をしてるが、現実は336人の登山客と、
それをサポートする同数のシェルパ達が通るトレール上(踏み跡)からのもの。
C2での画像なら、彼等を収容するテントが映り込んでないのが不思議・・・
如何にも〝単独〟を象徴してる画像に思えてしまいます・・・・笑止。  
イメージ 11

他隊情報
AG隊 ブログ更新
全文と画像を添付します。是非 目を通して下さい、これが〝冒険の共有〟。
6日に順応からBCに戻ったが、翌日にヘリを使いナムチェ・バザールに、
静養の為に降りたとか・・・BCへの戻りもヘリを使うのは、一寸心配ですが・・・
          
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