あの三浦雄一郎が、南米最高峰からのスキー滑降を、
健康上の理由で断念したとか・・

計画の概要が見られます↓

朝日新聞同行記者のツィッター 詳細が判ります。



4200mのBCから、5580m地点へ〝ヘリ移動〟して、キャンプを進めて登頂。
登頂後に5500m地点まで下り、スキー滑降の計画でした・・・が・・・



日本からの〝助っ人〟と、現地ガイド達
               平出↓       雄一郎↓ 豪太↓倉岡↓大城↓↓貫田 ↓健郎
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シスパーレで名を挙げた、平出・健郎組、山岳医師の大城女史、
戦力には程遠い、倉岡・天国ジジイまで集めた隊です。



行動の概要(日刊スポーツより)
18年12月3日 86歳でアコンカグア登頂に挑戦すると記者会見
19年1月2日 日本出発
3日   アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに到着
4日   入山手続き
10日 ヘリコプターで標高4200メートルのベースキャンプ(BC)入り
18日 BCからヘリで標高5580メートル付近に入り、登山開始
    標高約6000メートルのキャンプ地「プラサ・コレラ」で宿泊
19日 気象状況が悪く、プラサ・コレラに滞在
20日 登頂断念(心不全の恐れ有りと大城医師が判断して)


町からBC(4200m)へ〝ヘリ移動〟、BCで1週間高度順応して、
5580mキャンプへ〝ヘリ移動〟?????
それは、雄一郎の体力消耗を配慮しての策だとか・・・
それにスキーとスキー靴を、現地ガイドに背負わせる計画だったとか・・・
他人に板を上げて貰って・健郎に確保されて登り・平出に滑走動画を撮らせる。
滑りの、旨いとこだけ取りの予定が破綻です。


麓の町から、ヘリで4200mBCに上がって、
更に5580mまでヘリを使ったのでは、
6000mで具合が悪く為るのは、当たり前の事。

僅か4・500m登って、はい終わりーでは、
何の為に、南米アコンまで往ったのか意味不明ですね・・・
(サプリのセサミンやロコモアの、CM撮りだったのでしょうか?)

(株)ミウラ・ドルフィンズには、6000mの高度(標高)までを体験出来る低酸素室が有り、
希薄な酸素濃度に慣れる事が可能です。(有料・民間ではここだけか)
ここに入っただけで、高度(高所)順応が出来る訳では無い。
雄一郎は家主なので、只で使えるだろうが・・・
しかし現実の6000mは、低気温+低酸素+低気圧が身体に影響を与えるのです。
気圧・気温は、高度(標高)が上がれば、下がるのが普通です。

例えば、平地(海抜0m)の気圧が1000hPaの時に、
6000mの気圧は半分の496hPaで、体の体積が膨張します。(山でポテチ袋が膨張と同じ)
これが高山病の症状の一つで、所謂 浮腫る(フシュる)と言う、ムクミです。
当然血管も太くなり血圧が低下しますし、脳もムクミ思考力が低下ます。

BC入り前の顔
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下山直後の顔
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顔のムクミが取れてません

ですから、低酸素を体験しただけでは、順応したとは言えません・・・
〝低圧・低酸素室〟に入り、高度と低酸素を同時に体験しないと、不十分なのです。
この設備は、鹿屋体育大学に有り、著名な登山家の中にはここで訓練してから、
ヒマラヤに向かう方がいます。
自称登山家の故人は、ミウラの施設で6000mの〝低酸素室〟を体験し、
これで順応したと言い、エベレストに往きましたが・・・
常にBC(5000m辺)の高度で、体調を崩してました。初期高度(高所)順応の失敗です。
実際は、山で標高500m毎の体調をチェックしながら、時間を掛けて、
高度(高所)順応するのがベストなのです。



大城・倉岡や貫田はエベレストの経験者、特に倉岡は12回も登頂、
こんな高度順応の仕方に、何も言わなかったのか・・・不思議。
相手は大御所だし、高額な契約金貰った雇われの身だし、
まァーいッか~~の、感じかなッ・・・  残念な話しである。


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こんな記事を見つけた

朝日新聞1月17日記事
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南米大陸最高峰アコンカグア(標高6961メートル)の登頂とスキー滑降に挑むプロスキーヤー三浦雄一郎さん(86)の遠征で、三浦さんの事務所「ミウラ・ドルフィンズ」は16日、予定ルートを変更すると発表した。
当初登るルートとしていた氷河の状態が不安定で登山に適さないと判断。
一般的な尾根伝いのルートに入って山頂をめざす。
ルート変更は状況によって、有り得るが・・・

当初は山頂付近に残るポーランド氷河(図の青線ライン)を登る予定だった。
だがルートを視察した遠征隊メンバーや現地ガイドが、氷河のところどころが非常に硬くなっていることなどを確認し、代わりのルートを検討した。
予定通り進めば、登頂は現地時間の22日になる。

変更後の計画では、三浦さんは、滞在している標高4200メートルのベースキャンプから18日にヘリコプターで発ち、標高5580メートル付近で降り立つ。
その後、尾根伝いの一般的なルートに向けて歩き、先に歩いて登る次男の豪太さんら遠征隊メンバーと合流。標高5870メートル付近にテントを張って宿泊する。
19日から、高度を徐々に上げながら3泊して移動し、22日の登頂をめざす。

氷河の状態を考慮し、スキー滑降は頂上付近ではなく、下山途中の別の斜面で24日に試みる。その後、標高5500メートル付近からヘリでふもとまで下山する。

スキー滑走の計画を、ポーランド氷河から大幅に変更しました。
図中の赤印から⑧までの僅かな間だけです。
⑧からは、ヘリでBCではなく麓の町まで・・・?????

登山活動の中心となる登攀(とうはん)リーダーの倉岡裕之さん(57)は「年齢を考慮し、まずは登頂するために検討した結果だ」と説明。
三浦さんは「体力に合わせて決めていただいており、登頂への期待が高まってきた」と話している。(金子元希 記者)

登頂が目的だったのか・・スキー滑降が目的だったのか・・


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三浦さん4年後のエベレスト登頂へ意気込み
3/27(水) 5:18配信 日テレニュース

今年1月、南米大陸最高峰・アコンカグアへの登頂を断念した三浦雄一郎さん。
26日夜の深層NEWSに三浦さんと息子の豪太さんが出演し、登頂断念の真相と、4年後のエベレスト登頂を目指す意気込みを語った。

プロスキーヤー・冒険家、三浦雄一郎さん「(登頂断念は)ドクターの誤診でしてね医者だって間違いはある。99.99%登れた。6000メートルだと酸素は(平地の)半分以下になりますから、誰でも呼吸は激しい。苦しくなる。大城医師と同じテントで暮らしていて、見ているうちにこれは危ないと。もう86歳、後期高齢者。いつ心臓が止まっても心不全起こしてもと判断したみたいだよね」

気圧の変化で、体調不良だった事が判らないらしい・・・

 二男・プロスキーヤー・博士(医学)、三浦豪太さん「ドクターストップがきっかけで『わしはもうダメなんだ。もう山には登れないんだ』と落ち込んでないかが一番心配だったんですが、(山から)降りてお父さんに話したら『6000メートルまで今回行ってドクターストップが掛かったことで、逆に90歳になったらエベレストに登れるという自信がついた』というすごいロジックが。この人まだまだ落ち込んでなくてよかったと思って」

「90歳でのエベレスト登頂に向けた自信のほどは?」

三浦雄一郎さん「やってみなきゃわかんない。五分五分ですよ。運がよければ登れるだろう。いくつになっても人間、これをやってみよう、これができたらいいな、そういういろんな願望を目標にしてそこに向かって、僕の場合、エベレストですけど、そのために足腰を鍛えることを繰り返すことが健康の大きな素になる」

三浦雄一郎さんはさらに、高い目標を掲げて実現するために努力する「攻めの健康」が最高のアンチエイジングとなると訴えた。
  

どーしょうも無いね・・・判ってるのか・・・