海彦・山彦の白秋日記

Ombigaichan 6340m ヒマラヤ襞が綺麗な双耳峰。 この頃はまだ未踏峰だったが・・・今は誰か登ったか?

栗城の〝アンナプルナ南壁〟行動日程を日毎に・・・ウォッチします。
(黒字は栗城ブログから抜粋引用  青字は私見)




4月10日  日本出国
当初、9日の出国を発表してたが、何故か10日に・・・
5月25日には、講演が予定に入っており、南壁の登攀に使える日数は、
ひと月半程度より無し・・・
まだまだ挑戦は終わっていません。
いよいよ本日4月10日からアンナプルナ南壁8091mに向けて出発します。
昨年の秋季エベレストから帰国後、この山に向けてトレーニングと準備をしてきました。
この様に言ってるが、ガイドの花谷泰広と、一月の甲斐駒ヶ岳を一泊二日、
他は同ガイドと、八ヶ岳の岩稜を3本登った程度の山行よりしていない。
低酸素訓練もしてたようだが・・・山はこれだけ。
今回、なぜこのアンナプルナなのか、南壁なのか?
野心で登るのでは思う人もいるかもしれませんが、野心と本心は違います。
野心は外的情報や嫉妬などから生まれ、自分の本当の心でなかったりします。
「高所(低酸素)におけるスピーディで正確な登山をしたい」
それが今の僕の本心です。

僕の山として、常に秋季エベレスト単独・無酸素があります。
今までエベレストは中国側とネパール側合わせて7000人の登頂者がいると言われていますが、
そのほとんどが春の時期です。
春は秋に比べて気候が安定します(山によっては秋の方がいいところもあります)。
秋の単独・無酸素の登頂者は、中国側では1980年のメスナー氏のみ(8月下旬登頂)。
ネパール側の秋にソロで成功した人はまだ0人です。秋は風が強く、天候の急変が激しいです。
風速40mの風がバンバン吹きます。雪も降ります。
風は目に見えないですが、荒れ狂う生きた猛獣です。

天気予報や山の雲の動きを見ながら逆算してベースキャンプの出発を決めますが、
計画通りにいくことはなく、また道中雪が多くてなかなか進めなかったり、
雪崩の問題など好条件での最終アタックにタイミングを合わせることが難しいです。。
本当にボロボロにされます。

そこで前から考えていたのは、タイミングを合わせるために低酸素における順応、
食料や装備も軽量化してスピーディに「山に合わせる」ことでした。
そのために低酸素に慣れやすい身体を作り、
酸素を無駄に消費しないマインドや呼吸法を作り上げてきました。
それを8000mの世界、アンナプルナ南壁で正確にしたいのです。
アンナプルナ南壁はけっこう「ヤバイ」山ですが、北側よりは雪崩は少なく、
短期間で挑戦しやすい環境があります。
実際に南壁を見る機会がありました。標高差3000m近くの壁は大地の響きそのものです。
スタートしてから頂上、そして無事に下山するまで激しい登山になると思います。
何が起こるかわからないのが山です。
でも、そういう環境だからこそいかに心を落ち着かせて山に溶け込むか。
いい登山。自分なりのいい挑戦をしてきます!
そして、秋季エベレストに繋げます。

※山に溶け込み過ぎないようちゃんと冷静に判断して生きて帰ってきます。
※今回登るルートは、1970年にイギリス隊が登った南壁左稜です。
イメージ 1
赤線が、イギリス隊の 南壁初登攀ルート




4月11日 
ネパールの首都カトマンズに着きました!
早速、装備のチェックをしています。
普通、海外遠征での装備チェックは、日本で出発前に徹底的にします。
現地でという事は、ボチボチ・トレック社のレンタル品か・・・
現地で購入する物は、野菜(根菜)類・燃料のガス缶・灯油(飛行機で運べない)等。
12日もカトマンズ滞在。




4月13日 
アンナプルナ南壁のベースキャンプに着きました!
朝にカトマンズからヘリで4100mのベースキャンプに無事に入りました。
何度も来ている標高ですがやはり酸素の薄さを感じてます。
今は通信環境とベースキャンプの設営中です。写真は明日からアップしていきます。
目の前に青く深い透明な世界が広がってます。
明日からできる限りこの青く深い透明な世界を皆さんと共有していきます。




4月14日 BCで停滞
ベースキャンプについて2日目。昨日の夜は雷が鳴り響き、一面に雪が降り積もりましたが、
午後にはその雪は消え太陽の近さを感じてます。
昨夜は、富士山よりも300m高いところにいきなりヘリで入るため緊張はしてましたが、
睡眠も良く取れて頭痛もありません。今はゆっくりと深呼吸しながら山を眺めています。(中略)
じっくりと眺め続け、登るルートを確認し、あらゆることを想定しながら、
もう一人の自分がすでに先を登ってます。
そして同時に、自分の内なる声にも耳を傾けています。
正直、山はやってみないとわからない世界です。
挑戦して計画的に確実に登れるのもいいかもしれませんが、
やっぱりあらゆる困難を受け止めて自分の力を最大限に出しきれる山に憧れます。

今回、「リズム」と呼ぶ低酸素における耐久性を上げるトレーニングの成果を確実にするために、
ここに来ました。
午前中に1時間のストレッチとトレーニングをしましたが、脈は乱れることなく落ち着いています。
このゆっくりと深いリズムを乱さずに、登って行きたいです。
※明日は「プジャ」という登山の安全祈願を行い、
天候を見て明後日から高所順応のためにシングチュリ(標高6501m)という近くの山に向かいます!




4月15日 BCで停滞
いよいよ明日から、高所順応の登山を開始します。今のところ体調は良好です。
朝に「プジャ」という恒例の安全祈願をしました。(中略)

今回の遠征では『冒険の共有』をサポートしてくれるメンバーは、
日本から参加しているカメラマン1名、ネパール人スタッフはコックさん2名、
カメラアシスタント1名、サーダー1名の合計5人のみで、
このベースキャンプで衣食住と撮影のサポートをしてくれています。
今回の遠征は、講演で貯めてきた自己資金で小さな冒険の共有をやってきます。
前回のように毎日の動画配信はありませんが、
最後の中継(ベースキャンプからの望遠カメラ)はなんとか…やってみたいと思っています。
もちろん栗城カメラでの撮影は、できる範囲でやってきます。
何よりも安全に安全に無事に帰ってきたいと思います。
明日から慎重にゆっくりと、シングチュリ(標高6501m)でも高所順応登山してきます!




4月16日
今日は高所順応のため、シングチュリの標高5100mのキャンプ地に着きました。
アンナプルナBC(4100m)より、標高差で1000m登ったことに・・・(ヘリ使用ですが)
明日、条件がよければ山頂(6501m)に向かいます。
シングチュリの今いる場所は、クレバス(氷河の割け目)がとても多い地帯のため、
安全を優先して今回シングチュリは初めてサーダーと一緒に登っています。




4月17日
昨日は高所順応のために、シングチュリ山頂に向かっていましたが、
一旦ベースキャンプに下山を決めました。
シングチュリ上部はクレバスが多く、今回サーダーと共に登って来たのは、
このクレバス地帯を抜けるためでした。
一人では抜けれないのか・・・8千m単独登頂を目指す者が・・・
イメージ 3

画像の氷原を越え、前衛峰→南稜に取り付こうと思ったようだが、
シェルパ一人では、ルート工作が出来ずにこの画像を撮って敗退。
南壁を単独登攀する者が・・・と思うが・・・

下の画像は、到達点として栗城公式ブログにUPされたが、後日削除されてる。
氷原を縦断出来なかったと思われる。
イメージ 2

目に見えるクレバス(氷河の裂け目)も怖いですが、
雪がかぶさって見えないヒドゥン・クレバスが多くあり、
このシングチュリのクレバス地帯を越えるのに時間は掛かるかもしれませんが、
何とか抜けられると考えていました。
シングチュリBCの標高は5100m、撤退地点は5470m。
370m登って諦め・・・・
しかしサーダーが体調不良でお腹の調子が悪そうで、クレバスを避けてそのまま行ける近くの別の山で順応することも考えましたが、高所では突然体調が狂うことがよくあるので、下山した方が良いと判断して一旦ベースキャンプまで下山しました。
シェルパの体調不良と言ってるが、上手くクレバス帯を抜けても、
岩稜登攀が待ってます。岩登りの経験の無い栗城には重荷・・・
無事にアンナプルナのベースキャンプに下りてから、再度6000m以上の標高で高所順応したいと思い、急きょヘリでチュル・ウェスト(Chulu West、標高6419m)のベースキャンプに向かうことにしました。
サーダーはチュル・ウェストのベースキャンプまで一緒に行きますが、ここからは1人で山頂に向かって出発し、2日間ほど山頂近くにステイして高所順応する予定です。

※シングチュリを登って高所に身体を慣らしてから
アンナプルナ南壁(8091m)に登る予定でしたが、変更して
チュル・ウェストを登って高所順応
→チュル・ウェストのベースキャンプに下山
→アンナプルナのベースキャンプに移動
→アンナプルナ南壁(8091m)に挑戦
となります。




4月18日
アンナBCに、ポカラからヘリを呼び、チュル・ウエストのBCにシェルパと移動。




4月19日
昨日から強風が続いていますが、今日の深夜3時頃にチュル・ウェスト(Chulu West、標高6419m)に向けて出発を考えています。
これから本格的な登山が始まりますが、出来る限り頑張っていきたいと思います
(中略)
明日も風が強くなりそうですが、頑張って標高差1600mを登っていきます!
イメージ 4
黄色いポイントが、チュルBC。

※現在位置:チュル・ウェストのベースキャンプ
※今後の予定:チュル・ウェスト(6419m)を登って高所順応
→チュル・ウェストのベースキャンプに下山
→アンナプルナのベースキャンプに移動
→アンナプルナ南壁(8091m)に挑戦
となります。




4月20日
今、チュル・ウェスト(Chulu West)の山頂から50mほど手前に張ったテントの中に一人でいます。とても強い風が吹いています。
昨日からベースキャンプでも風が強かったですが、今朝4:00に出発して12:26に無事にチュル・ウェストの標高6400地点に到着しました。
一日で標高差1600mを上がって来るのは大変でしたが、良いペースだったと思います。
今はテントの中で風と向き合いながら、ポールが折れないように力を込めています。
恐らく折れないと思いますが、このまま明後日の朝方まで過ごします。
高所順応で、明後日まで居ると言ってたが、何故か翌朝下山・・・
風の状況が問題なければ、明日チュル・ウェストの山頂まで行きます。

GPSデータの最高到達点、テント設営の位置と思うが・・・後日削除された・・・
イメージ 7

イメージ 5

イメージ 6

残り50m程ですが、クレバスやナイフリッジがあり慎重に行きます。
山頂まで50mと言ってるが、そんな距離には見えないのだが・・・足跡も無し・・・
久しぶりの標高6000mは苦しいですが、いい感じです。頑張ります。
この赤いテントは、アライ製で〝ライズⅠ〟と言うタイプ。
これでは少しの風でもグラグラするはずです。張綱の補強もしてない様なので・・・
980gの、骨有りツェルトの位置付け、高所で張るテントでは無い・・・




4月21日
無事にチュル・ウェスト(6419m)を登って、先ほど16:20にチュル・ウェストのベースキャンプに下りてきました。
チュル山頂での画像は無し・・・
昨日の夜は風が強くて、稜線近くに張ったテントが吹き飛ばされるんじゃないかと思いましたが、
無事に朝を迎えることができました。
6400m地点に到着した時は、SpO2(血中酸素濃度)が65で、夜はキツかったですが、
朝には77まで回復して、昼過ぎにはチュル・ウェストを登ってから下山してきました。

血中酸素濃度が77%とは、歩けばふら付くレベルです。
高所順応が出来ていない証、なので二日程度高所に留まる必要がある、
85%程度まで酸素を取り込める体作りが大事。(平地では、98~100の数値です)
※GPSが電池切れしてしまったため今日は画像なしですが、明日写真を共有させてください。
GPSの電池切れが、カメラと連動???
これを機に、電池切れを理由にGPSデータを公表せず・・・
予備電池が無いとは考え難いのたが・・・2チャンネルで騒がれたからか???

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ネパール・トレッキングピーク・リスト  下記。
(事前にネパール政府に登山届けをせずに、現地で申請して登れる山)

栗城がアンナ南壁の高度順応の為に登ろうとした、シングチュリ(赤線)は、
リストの中で、ランクEDの最も難しい山です。

クレバス帯で登れなく、次に向かった、チュル・ウエストはランクADです。

図中の緑線は、小生が2006年・2010年に登った3山です。
イメージ 8

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4月22日
チュル・ウエストBCから、シェルパとヘリで、アンナプルナBCに移動。




4月23日 BCで停滞 
今日のアンナプルナベースキャンプは一面真っ白の雪に覆われて南壁は雲に隠れ雪化粧しているところです。
高所順応でシングチュリを登る予定でしたが、一緒に登っていたサーダーが序盤から不調で一旦下山し、急遽チュル・ウェスト(6419m)に変更して一人で登って来ました。
この4日間、そしてこれからの数日間はアンナプルナ南壁は悪天候ですが、チュル・ウェストは天候が良く、ちょっと痛い出費でしたが、良いタイミングの順応登山でした。

18日、チュルウェストのベースキャンプ(4800m)にサーダーと二人で入る。まだ誰もいないベースキャンプはチベット高原ような赤茶色の景色が混ざり、アンナプルナとはまた別世界だった。

20日午前4時にベースキャンプを出発。南壁を意識した食料と装備で軽量しているせいか、ほとんど休む必要もなくリズムよく5800mの氷河に立つ。本来はここにハイキャンプを設けるが、僕は山頂近くで一泊をする予定。今までの経験から8000m前後に行くには最低でも6000mを超えた所で一泊から二泊しなくてはいけない。それにしても、標高差1600mを一気に登る、これから頭痛などのどんな高度障害が出てくるのか身体の反応が楽しみでもある。

ブルーアイスの稜線を越えていくと広いプラットホーム(広い雪原)に出た。
雪原は 、フランス語でplateauプラトーと言う。プラットホームは駅だ!!!
自称登山家なら、登山用語ぐらい正確に覚えろよ! 
雪の少ない雪原は歩きやすい。遠くを見ると見覚えのある山が見えた。ダウラギリ(8167m)である。2009年春にこの山に登り、7000m以上で生中継を成功させた山。様々な山を登るうちに登った頂を目で繋いでいけることは本当に幸せだ。
6000mを越えて山頂近くに向かっていく。斜面は穏やかだが、隠れたクレバスが多く、油断するなよと山に言われているような気がした。
12:26に山頂まで50mの所に着き、テントを張る。無線でサーダーに連絡をするが応答がない。
快晴で気持ちはいいが、風は強くてなかなかテントを張ることが出来ない。もう少し下がった所に広い場所もあるがそこは氷が張り出し、安全ではない。
久しぶりの一人用テント。昨年秋季エベレストでメタメタに強風や小石に叩かれて所々に穴が空いている。新品のテントもいいが、あらゆる厳しい風から守ってくれたこのテントは僕の戦友であり、唯一ほっとできる空間。
テントに穴???  この辺の感覚が理解出来ない・・・修理もせずに。
買い換えても3万9千円、裂けたらどーする?
雪洞もイグルーも造れないのに・・・
飛ばされてしまうのかと思うがそこはお天道様とおテント様の言うとおり。僕は何もできない。薄い寝袋で包まって朝を迎えた。
夜、シリアルを少し食べて寝ようするが寝れない。風が左から右から、時には浮くような下からと強烈な風が吹い続く。もしかしたらこのまま
朝、昨夜は体内酸素濃度が65だったが、77、昼過ぎには80まで深呼吸無しで上がって来た。さすがに頭痛がしたが、身体の動きや尿から体調は悪くないことがわかった。本当はもう一泊する予定だが、22日の朝早くにヘリがベースキャンプに迎えにやってくることなり、夜は風が強く深夜の下山出発は厳しいので21日の昼過ぎに下山することにした。
下山をする前、「せっかく来たんだから」と言われている気がして、チュル・ウェストの山にご挨拶をするために山頂(6419m)に向かって行った。
頂は風は少なく、チュル・イーストが見えた。(以下割愛)
山頂での画像の無いのが不思議・・・




4月24日 BCで停滞 ブログ更新なし




4月25日 BCで停滞
ベースキャンプは雪が降り続いています。
朝は晴れていてもジェットストリームによる強力な風が稜線にあたり、
巨大な雪煙が渦巻いてます。(以下割愛)





4月26日 BCで停滞 ブログ更新なし




4月27日 BCで停滞
では、誰の準備が、遅れてるのでしょうか????
シェルパにABCへのルート工作と・ABCの設置を遣らせてるのでしょう




4月28日 BCで停滞 ブログ更新なし





4月29日 BCで停滞
ベースキャンプの雪が溶けて、花も見え始めました。
ベースキャンプでは午前中は快晴無風の日が続いています。
ヒマラヤ遠征の大変なところは天候待ちでもありますが、今日の予報を受けて、
いよいよ明後日に標高5500mのアドバンス・ベースキャンプに上がります。
元々は明日を考えていましたが、気圧の谷が通過するということで、もう一日待って明後日に出発する予定です。
アタックステージ開始です。
普通アタックステージとは、登頂日の朝からの行動を指す。
アタック当日は、撮影担当の魚住さんがベースキャンプから栗城の姿を望遠カメラで伝えてくれます。




4月30日 BCで停滞 ブログ更新なし

この日、北面ルートから、ブルガリァ隊が登頂。
一週間以上もBCで停滞しています。単独登頂を目指すなら、
この期間を使って、出来るだけの装備・食料を荷揚げするのが常識。
高度順応にも役立つし、ルート工作にも、全てシェルパ任せか・・・




5月1日

この日、北面ルートから、スペイン隊・ニュージーランド隊が登頂。
特筆すべきは、スペイン隊の中に77歳がいたこと。

長く好天周期を待ちましたが、今朝、標高約5200mのアドバンス・ベースキャンプ(ABC)に向けて出発しました。
昨日までは、ABCの位置を5500mと言ってたが、5200mに変更????
アンナプルナ周辺では、午前中は晴れていても午後から濃い雲が出て、雪が降ります。
ベースキャンプに入ってからはジェット気流の影響で、山頂付近では風速20-30mの予報が続いていましたが、今やっと風が弱まってきていて、チャンスは今しかないということで今朝出発しました。
お世話になっている山岳気象予報士さんからの情報では、今年は温暖化の影響か、過去8年間を見ても例のない天気で難しい予報と言われています。
今年はとても暖かくて、今日はABCに向かう氷河の末端の場所でテントを張っていまが、明日、無事に氷河が崩れることなくABCに入ることができればと思っています。
BCより8Kmしか離れてないABCに向かうのに、中一泊です・・・
普通は、一日で歩ける距離・・・
今、とても集中しています。慎重に、そして楽しんで良い登山をしてきたいと思いす。
明日からの写真は、魚住カメラマンがベースキャンプから撮影している写真になりす。
栗城の手持ちカメラの写真や映像は、無事に下山してからお見せしたいと思います。楽しみにしていてください。

※今回は究極に軽量化して南壁を登ることを目指しているので、GPSは持参せず、テントもツェルトにして食料も最低限にして登ります。
イギリス隊がC1・C2・C3 と前進キャンプを進め登頂したのに、ツェルト泊とは・・・




5月2日
今日11:15(日本14:30)に、標高5010mのアドバンス・ベースキャンプに着きました。
ABCの位置が、5200mから、5010mにまたまた変更???
アドバンス・ベースキャンプに上がる時に、かなり崩れそうな氷河を乗り越えるのに少し手間がかかりましたが、無事に着くことができました。
明日はここでレストして、明後日にアタックして行きたいと思っています。
体調も悪くありません。頑張ります。






5月3日 ABCに停滞
ABCの位置が、コロコロ変更。シェルパ2名同行のようです。
登山界の常識では、BC⇔山頂の間で、
第三者の支援(食料・装備等)が有った時は、単独登頂が成立しません。
4月23日以降、BCで費やした日々が、
シェルパにルート工作させてたのでは・・と、疑われています・・・・・

詳細は栗城公式ブログ
コメントが面白い。http://lineblog.me/kuriki/

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今、アドバンス・ベースキャンプ(ABC)で静かに休憩しています。
コックのダンさんとサーダーが、あったかいスープを作ってくれています。
やはり昼過ぎから雲が出てきて、今は雷とともに雪が降り始めています。
明日、朝4時にABCを出発して、6:30頃(日本am9:45頃)には取り付きに行き、高低差2500mの壁を登り始めます。
ここからは一人です。
ABCにシェルパが2人も居る様では、既に単独は成立しません。
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2日にABCに向かう画像だろうが、一人より写ってないのが不思議・・・
シェルパ二名は、先に登ってたのだろうか????
普通は、ABCのテントを写すと思うが、それも無し・・・・
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5月4日
現地時間am4:00(日本7:15)にアドバンス・ベースキャンプ(ABC)を出発。
6:50(日本10:05)に壁に取り付き、登り始めました。
現在も登り続けています
※写真で「点」のような栗城の姿が確認できます。
これでは、誰が登ってるのか判りません・・・・
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雪崩れの通り道の様な気がしますが・・・
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それに、この横に走る段差は、雪崩れて積もった雪が、重さに耐えかねて
面雪崩れを起した跡・・・・・クレバスでは無い・・・
そこを、ルートとして登る気楽さ・・・・
現地時間9:50(日本13:05)、南壁を登り始めて3時間で写真の位置まで進みました。

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このまま登れば、上部岩壁に阻まれるかと・・・


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参考の為に(下図)

イギリス隊が、初登攀した赤線ルートからは、懸け離れた位置を登ってます・・・
イギリス隊は、南壁の一番登攀し易いリッジルートを選んで登頂。
群馬岳連隊も、ほぼイギリス隊ルートで登頂してます。栗城は岩稜が苦手のようです。

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現地時間12:20(日本15:35)頃に6290m地点まで進みました。
下から沸いた雲に包まれて視界がなくなったため、この地点でキャンプを張る事にしました。
体調は悪くないとのことです。
※写真はベースキャンプから一瞬の雲の切れ間を狙い11:15(日本14:30)頃に栗城の姿を捉えたものです。

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現在13:30(日本16:45)の時点では完全に雲に隠れてしまっています。

イメージ 11




5月5日
現地時間7:00(日本10:15)アンナプルナは雲に包まれています。
天候が若干不安定な所もあり、自分の体調をよくみながら今後の行動を判断する予定です。
今は視界が全くない状態のため、まだ出発ができておらずキャンプ地点(6290m)で様子を伺っています。

現地時間8:40(日本11:55)、昨晩の予報よりも気圧の谷の接近が早くなり雲に包まれ
視界が悪く進めないため、一旦下山して次のチャンスを伺うことを決めました。
天候が好転するチャンスを狙うことができればと思っています。

現地時間8:40(日本11:55)に標高6290m地点から一旦下山することを決めた栗城は、
現地時間13:00(日本16:15)にアドバンス・ベースキャンプ(5010m)まで無事に下山しました。
そこから現在は、ベースキャンプ(4100m)に向かっています。
ベースキャンプまでは氷河地帯を越えるため、到着するのは現地時間の今日夕方〜夜になる見込みです。

アンナプルナ南壁のBCの位置から、壁の取り付き点まで遠い為にABC(前線基地)を設置
BCまで降りてくる時間を節約する為です。
群馬岳連隊は、ABCの位置までBCを上げました。
ABCが在るのにBCまで降りる意味が判らない・・・・往復の時間が勿体無い・・・

現地時間17:40(日本20:55)に、無事にベースキャンプ(標高4100m)まで戻りまた。
また体制を整えて、天気予報を見て、今後の予定を決めます。
※写真は、現地時間15:30頃に雪が降りしきるベースキャンプと、17:40に到着した栗城です。

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6290mからBCに降りて来た画像です。
背負ってるザックの大きさからしても、8千mの壁を登攀する格好では・・・・
相変わらず、ストックストラップにダラシナク手を通して・・・
指が無いのに、手袋の先処理もせず・・・・





5月6日 BCで停滞




5月7日 BCで停滞
アンナプルナ南壁には妙な雲が渦巻いていますが、この雲を突き抜けて行きたいと思います。
3日前の5月4日から山頂を目指して登山を開始して、
6290mあたりで簡易的なツェルトだけを張り、一泊して翌日さらに上を目指していましたが、
濃い雲がまとわり付き、完璧な集中力を出し切れないため一旦下りて仕切り直しました。
アンナプルナ南壁は相当な集中力が必要な山です
上からくる頭一個分の落石、雪の中に隠れたブルーアイスなど安心して休める場所はなく、
寝る時も休む時も緊張感は無くなりません。
まるで見たことのない高い所を綱渡りしているような感じです。
そして途中で、下から湧いてくる雲があっと言う間に視界を奪い、
まるで潜水艦のようで全神経を使わなくてはいけません。
いるだけで体力が消耗する、なかなか凄い山です。
そんな中でこのまま進むのは危険と感じ、一旦下りて仕切り直すことにしました。
真近に迫るアンナプルナ南壁はすごいですが、まだ心も身体も折れてません。
明日から再びアドバンス・ベースキャンプ(ABC)に向かい、天候を見ながら慎重に、
明後日ABCから再度登り始める予定です。
BCで2日も休み、8千m歩いて、また一日休むとは・・・

写真は、5月4日に登った時に栗城カメラで撮影したものです。

イメージ 13

魚眼か広角で写してる為に、ストックが曲がって見えます・・・
如何にも急斜面を登ってる・・・と、言う演出。栗城独特の写し方です・・・
斜めに写してるので、向こうの山並みが・・・・変ですねぇ~


イメージ 14

カメラの傾きを修正すると・・・

イメージ 1




5月8日 BCからABCに移動




5月9日 ABCで夜まで停滞
今夜午前3時(日本10日朝6:15)頃に標高5010mのアドバンス・ベースキャンプを出発します。
今は、最後の準備をしています。
今回は動画配信や生中継はありませんが、今という時間を共有していきたいです。
アンナプルナ南壁は、体力はもちろんですが、精神的に最も消耗する山だと感じました。
遠くを見るのではなく、目の前の一歩を着実に進んでいきたいと思います。
明日は6300m付近まで上がり、明後日には7000mを越えたいと思っています。
現在の体調は悪くありません。




5月10~11日 更新なし




5月12日
今回ベースキャンプに入ってから「丸一日晴れ」という日はなく、
優れない天候の中でアタックを開始しましたが、6290mのキャンプから視界不良のため、
頂上アタックをやめて素直に引き下がりました。
視界不良が、撤退理由のようですが・・・・
南壁の核心部であるロックバンド(大岩壁)を越えるのに、
視界が無いまま向かうのはあまりにもリスクが高過ぎます。
ロックバンドの遥か下での撤退です。後で画像で示します。
ロックバンドはそれほど傾斜は無いですが、
岩の一つ一つを目で見て確認できなければ登ることができません。
指の無い栗城に、岩稜は最初から無理と思っている。岩の実績も無いし・・・
今回は遠征が始まってから今日まで、早朝から10時頃までは晴れますが、
お昼前には濃い雲が山にまとわりつき、雪もしくは雨が降り出すことがほぼ毎日でした。
普通、ヒマラヤ8千m峰を狙う者は、登山期間を2ヶ月で設定します。
前準備(高度順応・荷上げ・ルート工作等)を確りやり、万全の体制で晴れ間を待ち、
満を持しての登頂。これが普通の登り方。
栗城は日本出国が4月10日で、ひと月後の今日敗退宣言、登る気が有るのか・・・
遠征序盤、いつもヒマラヤの天気予報でお世話になっている山岳気象予報士の先生から「8年前に遡っても調べても、この時期としては過去に例のない天気でモンスーンと似たような天気が続く」という情報が届いた時に、「今回は山と合ってないな…」と思いました。
尊敬する山の人が言ってました。
「山と合わなかったら、ベースキャンプでもやめる」
誰だそれは・・・個人が蓄えた金で、趣味の山登りをしてるのならそれでも良いが、
栗城は、山を登ると言い金を集め、常識的な登山期間も取らずに、
天気が悪いから撤退では〝自称 登山家〟としては、お粗末過ぎ・・・・
本当に直感力と経験がある人は、ダメは時は素直にやめます。
2ヶ月の登山期間を取っても、天候に恵まれず撤退した例も多いが・・・
ヒマラヤは地形やその年の気候によって、日々の天候がかなり変わります。
ヒマラヤの天候は15日サイクルで、安定・不安定期が訪れる場合が多い。
なので、2ヶ月必要なのです・・・・
アンナプルナ北側はそれほど影響は無いかもしれませんが、
南壁は南からやってくる湿った空気が居座ってしまいました。
北面から3隊も今季登頂したから、言い訳か???
彼等3隊は、ルート工作にひと月も費やし、晴れ間を狙っての登頂。
充分ではない高度順応後に、BCで停滞してた誰かとは違うのですよ・・・
多少の悪天候でも行動は可
しかし核心部であるロックバンド越えるには、全体を見通せる視界が絶対に必要です。
それでも諦めずに向かっていると、拳一個大の氷が左膝に落下。
激痛でしばらく動けなかったですが、
今思えば山の神様に「今じゃないよ」と言われている気がしました。
体調も良く、気力も体力も十分やれます。
しかし、視界不良のまま突き進むのは「いい判断」ではありません。
そうです、そういう時には、少しでも上部荷揚げするとか、
ルート工作するのが普通のやり方です。BCで遊んでては駄目です。
むしろ視界不良を分かっていて向かい、そして帰ってこなかったら、それこそ本当の失敗。
改めて山は、冷静に山と自分を良く見れるかどうかだと思いました。
本当に精神の修行です。
じっと待ち続けること、そして引き返すことは精神的に辛いです。
しかしこの修行を乗り越えて、次は雪が締まっている秋にまたチャレンジしたいと思います。
雪が締まってないと登れないようです、去年エベレストも同様で進歩なし・・
今回の遠征で、何も得られなかった訳では決してありません。
ベースキャンプでたくさん本が読めた!ということではありません。
3ヶ月後に控えている秋季エベレスト挑戦に向けた「リズム」と呼ぶ高所(低酸素)における身体が、良い感じで仕上がってきていることを実感できました。
また2012年に凍傷で9本の指を失い、特に左手は親指が無くてピッケル(氷や雪に刺して登る登山用具)すら満足に持てなかったのが、今は両手でしっかりと氷に刺しリズム良く登ることができました
Wアックスを使ってた事を初めて公表。
しかし後の画像を見ると、2本共ピッケルタイプです。
Wの場合、1本はハンマータイプが常識ですが(型は古いが私物です)・・・
手持ち画像を載せましたが、ピッケルのブレード部分を金槌に変えた物。
ここで、岩場にハーケンを打ったり・支点になるスノーバーを打ったりします。
これが無いと、もう1本ロックハンマーを余分に持つ必要があります・・・
イメージ 5

軽量化のためにシュラフ(寝袋)無しでも寝ることができ、自分の中にある課題を一つ一つ越えてきました。
過去ここを登攀したイギリス隊・群馬岳連隊は中3泊しての登攀。
軽量化とは言え、ツェルトで寝袋無しのラッシュ形式とは、
一流中の一流のやること・・・
今年の秋季エベレストは、念願の中国側です。
中国側はネパールの側より距離が短く、そしてセラック(巨大な氷河)もあまり無くて、
ネパール側よりも登頂の可能性が高いです。
中国側BCは、ネパール側より高い位置。
山頂への距離は短いものの、8千mラインに達してから山頂まで遠い・・・
そこを〝無酸素〟で登るのは至難の技。
今の「リズム(低酸素における耐久性のある体作り)」を大切にしていけば、良い登山ができると思います。
山の先輩から言われる言葉があります。
「生きていれば、必ずチャンスはくる」
引き返すことは本当に辛いですが、死んでしまったらもうチャレンジはできません。
生きていること、そしてチャレンジを応援してくれている皆さん、山の神様に本当に感謝です。
体力・技術不足で登れなかった・・と、一言で済むのに、
天気が・・雪が・・視界が・・予報士が・・山の人が・・先輩が・・神様も登場です・・・。
ありがとうございました。
※写真は、10日の登攀中、夕方に激しいあられが降っているキャンプ、11日に氷壁を懸垂下降で下りている時、下山途中に遠くに見える聖なる山「マチャプチャレ」です。

最後に画像が公開されてますが、
一枚目で、栗城流の俺はこんなに急な処に居るぞー と言う演出。
2本のピッケル・バンドが垂直に垂れてません・・・
イメージ 6

二枚目、驚いたのは、テントの張綱をストックで支持してること・・・
6千mの世界で・・・風吹いたら一溜まりもない処で、ピッケルが遊んでます。
三流の登山愛好家でも、こんな真似はしません、
45度に刺したピッケルで支持を取るか、十字ペグで取るのが冬山の常識です・・・・
イメージ 7

三枚目、肘のストラップとアイススクリュー(金物)が横向き、垂直でないと変。
イメージ 8

四枚目、山並みが傾いてる・・・
イメージ 9

正規の画像に修正しますと・・・一枚目は↓
イメージ 1
奥の山を見れば、平地の氷にピックを刺して、斜めに写してることが判る。
2本のピッケルのブレードから、2本共に普通のグリベル製ピッケル使用。

三枚目は↓腰のアイススクリューが下を向いてます。
イメージ 2
ザイルの流れから、この角度が正常と思う。
懸垂で降りたと言ってるが、ザイルを握る手の位置から、
懸垂では無くカニ歩きをしてるに過ぎない、第一懸垂中にザイルから手を離して、
写真など撮れぬ・・・・
また、右足の位置(向き)からしても、カニ歩き。懸垂なら足先は山側なはず。
ここで疑問が・・・誰が懸垂下降用のザイルをセットしたのでしょうか???

四枚目は↓ 遠くの山並みからして、これが正常。
イメージ 3

今回、栗城が目指した アンナプルナ南壁 のルート。
赤線は、1970年にイギリス隊が、初登攀に成功したルート。
1987年に群馬岳連隊も、イギリスルートで登頂してます。
緑線は、今回栗城が登ったと言うルート。
下のクレバス帯通過して、比較的安全な左側のリッジに取り付かず、
雪崩確立の高い、雪壁を直登しています。
栗城はミックス帯(岩と氷が交互にある地帯)が苦手なので仕方ないですが、
この先の直登は更に傾斜が増し、赤ルートに合流するのは至難の技。
栗城が言うロックバンドは、遥か上の岩壁(薄茶色部分)で、目視以前の問題・・・
イメージ 4
栗城は、撤退地点を6290mといってますが、
イギリスルートのC1(第一キャンプ)位置とほぼ同じ高さ。
BCまでヘリで入山してますから、BCから僅か2190mの登山でした・・・
ひと月掛けて2190mですから、K2登頂者から栗城は3.5流だとの評価も納得。

12日のブログ以降 更新が無いので〝下山家 栗城劇場〟はここで終わります。
以後、総括のような発表が有れば、続けてコメントします。
勝手なことを羅列しましたが、それほど間違ったことは、言ってないつもりです。

3ヶ月後に、中国側からエベレストを登ると言ってるが、
との程度進歩したのか楽しみです、その時はまたウォッチします。

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追記 5月16日
12日中に、アンナBCからカトマンズまでヘリで移動し、
夕刻に、最後のブログをカトマンズから送信。
夜の便で、香港経由で帰国した模様。
15日の講演は午後2時からで、主催者が
栗城さんは一昨日帰国したばかりなのに、
全く疲れを感じさせない情熱あふれるトークをしてくださ
りました。
と、FBに書き込んでいる。13日中に帰国してた・・・
落氷が膝に当たり下山とは、この講演に間に合わせる為の口実。
本当に山登りがしたいのか? 講演のネタ話し作りで登るのか疑問・・・



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