海彦・山彦の白秋日記

Ombigaichan 6340m ヒマラヤ襞が綺麗な双耳峰。 この頃はまだ未踏峰だったが・・・今は誰か登ったか?

栗城が 秋季エベレスト2016 と題して、ブログを更新しました。
見解の相違点に付いて、私見を述べたいと思います。
(黒字はブログより抜粋(かなり長文の為)、青字は私見。)



9月4日、中継を支えてくれるスタッフより早めに標高5560mのアドバンス・ベースキャンプ(ABC)に入る。できるだけ早くエベレスト北壁に近づき、雪の状態を確認したかった。前日に標高5150mのチベットベースキャンプについた時にスパッツ一枚でベースキャンプをランニングしているヨーロッパ隊に出会った。
それは、キリアン隊の事であろう・・・
BC入りしてキリアン隊に会った事を、今頃公表している・・・
ライバルとても思ってたのだろうか・・・・相手は〝屁〟とも思って無いだろうに。

アドバンス・ベースキャンプについて、雪を利用できそうなルートを模索した。
元々は北壁左側のグレート・クロワールを計画していたが、雪崩が多く、降っては止み降っては止みを繰り返す今の周期では危険と判断。雪崩が無いホーンバイン・クロワール(別名ジャパニーズ・クロワール)を目指すことにした。
雪崩れの危険性は、どちらのクーロワールも同レベルと思う。
ホーンバイン=ジャパニーズでは無い、
ホーンバインは、上部の1/3を言う、下部2/3は日本隊が登ったルート。

クロワール(岩の溝)は傾斜が60度ほどあり、真っ直ぐに山頂に向かっている。
6800mのC3に着いた時の動画では、ストックを持っていた。
60度の急斜面を、あの長いストックで登るのは、〝不可能〟・・・・
C3設営中の動画が、傾斜を証明してるではないか・・・・これが60度?
イメージ 1

これはある意味チャンスかもしれないと双眼鏡から眺め続けた。しかし、問題は中腹部だった。7000mから8000m近くの少し傾斜が弱くなる雪田の雪が深そうだった。

ヨーロッパ隊が7600mで一度止めたあの雪が白く厚化粧して僕を待っていた。
キリアンが登ったのは、北稜ルートであり、栗城が登ろうとする北壁とは別な場所。

ヒマラヤはよく冬が一番雪が多いと思われているが、一番多いのは夏の雨季となり6000m以上では雨ではなく、雪が降り続ける。9月に入ればモンスーンが無くなるが今年はまだモンスーンが居座っていた。

僕が尊敬する山の先輩たちで本当に経験を積み、直感力の優れている人で、「今回は山と合わない」と言いベースキャンプで下山を判断する人がいる。それはヒマラヤにおける経験と自分がよく見えているからこそできる判断。
誰が言ってるのか知らないが、長期間計画を練り・多額の費用を掛けて遠征し、
BCで匙を投げた話は聞いた事が無い・・・・たいした先輩では無いだろう・・・

「そうは言っても、行ってみなければ分からないじゃないか」と言いたくなるが、頭の中では、この雪が今後何をもたらすか、ある程度分かっていた。
この時点で、登頂は無理と判断したのか・・・

9月15日、雪と晴れの合間を取り、一度ホーンバイン・クロワールに取り付つくが、体調不良で下りる。少し身体を休ませてから降り積もった下部の雪を避けるためにグレート・クロワールより一本左のクロワールを登るが、雪の下にあるブルーアイスが顔を出し、雪ごと僕を落とそうとする。ピッケルを何度も刺す。
9月13日に、高度順応の為に西稜・北尾根(栗城流ロー・ラ フェイス)で、
雪崩れそうだと言い、簡単に諦めた件が書かれて無い。
高所登山では、成功の可否を決める重要な事前準備である。
9月15日は、6500mで微熱と言いABCまで戻る。
一本左のクーロワールとは、北壁と北稜との凹部を指す。
青氷には、ピッケルのシュピッエ(石突き)は刺さらない、
指の無い栗城に、ピック(鷲口)を打ち込む握力が有るとは思えないのだが・・・

僕は温かい食事があるアドバンス・ベースキャンプに戻らず、キャンプ1にとどまり北壁を眺め続けた。アドバンス・ベースキャンプからでは見えない部分を眺め、この北壁全体の中で、ソロで登れる場所を探し好天のチャンスを待っていた。しかし、どこを見ても深い雪は変わらない。ある時にローラフェイスの北斜面と東側のクロワールが同時に巨大な雪崩となり落ちた。あまりにも凄まじい音にテントを出る。僕のテントも撮影キャンプの方も無事だった。
話がオーバー、中央ロンブク氷河を、雪崩れが横断して来るとは考え難し・・・

この雪の中で最終的に出した考えは、ホーンバイン・クロワールをまっすぐに登ることだった。正面切ってこの深い雪と対峙する。
そこに立ち向かうのではなく、呼吸を整えながら溶け込んでいきたい。
対峙するとは、相対して立つこと=立ち向かう事ですが・・・
小生が、大学山嶽部に在籍してた頃に、山と対峙するとは、こう言う事だと習った。

10月5日、8時21分に取り付きをスタート。
ホーンバイン・クロワールをまっすぐに登っていく。寝袋なし、テントなし(ツェルトのみ)食料はラ王1個分と、江崎グリコさんに作ってもらったアミノ酸たっぷりの特製ナンバーバナナとサプリメント、凍傷を予防する薬、衣類と少量のガスと鍋のみ。
寝袋・テント無しとは笑止、
それに〝ラ王〟とは・・・爆笑(高所では沸点が低く、ぬるま湯3分では戻らない)
余談だが、高所で新品のインスタント珈琲の瓶を開けると、外気が低圧の為、
中の防湿紙が破裂し、粉珈琲が半分以上吹き飛ぶ・・・体験済み。
予備の手袋・靴下持参は当然の事だが・・・
それに肝心要の、山頂からの中継機材が抜けている。
山頂に往く気も無いし・生中継する気も無かった事が判明。

30リッターのザックにすっぽりと収まり、それ以上のものは置いていくことにした。
14日のABCからの敗退宣言では、25Lのザックと言ってたが・・高山病で呆けた?

本当はSPOTというGPSも持って行きたかったが、使用限界高度が7500mまでで、昨年ネパール側で使用した時に突然位置が大幅にずれ、栗城が滑落したのではという問い合わせが来ていた。またその重さの分持っていくなら少しでも食料を増やしたかった。
おいおい可笑しいぞ・・・7500までより使えない物を、
去年も・アンナプルナの順応でも使ってる、登る山は約9000mだぞ。
位置が飛ぶのは、入り切りが原因では・・・メーカーの信用問題では・・
他のメーカーは、正常に作動してるではないか・・・

この深い雪のホーンバイン・クロワールを登りきるには、できるだけ軽量化するしかない。もちろん寝袋やテントがあったほうが暖かいのは重々承知だが、傾斜60度ある壁を登りきるためには、他に方法はなかった。
C2から山頂まで標高差約2700m、C3から山頂でも2000m、
ワンプッシュで登頂出来る距離では無い・・・
ツェルト被って、ビバーク2晩の覚悟は有ったか・・・

ホーンバイン・クロワールを無事に登りきり、少しトラバースして6800mのリッジの上を体一つ分、平らにしストックでツェルトをはる。中腹部7000mを見上げる。
おいおい栗城、ホーンバインを登りきれば、そこは山頂直下だよ・・・

ホーンバイン・クロワールの下部は特に難しいところはなく、問題はここから先の傾斜の強い雪田を、どう乗り越えるかだった。
傾斜の強い雪田????  この文章の始めで 傾斜が弱くなる雪田 と言ってたが・・・
支離滅裂とはこんな事だよ、本当にそこまで登ったのか??? 疑われるぞ!!!!

ツェルトの中で一夜を過ごす。今回、寝袋はなしの代わりに、シルクの布とゴミ袋を高所ダウンの上からかぶり、横になる。寝袋はなしでも高所ダウンは、僕の体を守ってくれる。そこに気休めのゴミ袋で冷たい空気が入るのをなるべく防いでみるが、寝心地は「寒すぎる!」
当たり前の話・・・自業自得と言う。
しかし・・・ヒマラヤでゴミ袋を被って寝るとは、初めて聞いたよーー
10月6日、21時半、6800mのビバーク地を出発する。持っているものは水と行動食のみ。ガスも全てここに置いていくことにした。本来であれば7500m以上のところに、もう一度ビバークをする予定だったが、悪天候が近づいていること、そして何よりも深い雪を乗り越えていくためには、なるべく荷物をなくして、軽くして向かっていかなればならない。
悪天候が近づいてるから、アリバイ・アタックと解釈されても仕方が無い・・・

撮影キャンプでは、山頂に着く3時間前から中継が始まる。日本とも何度もやり取りをしながらテストを繰り返し、準備を整えてきた。
ただし、今年は体調不良のスタッフが続出し、1人は帰国、1人は最初から最後まで不調だった。それでも中継班は今寝ないで待っている。
寄せ集め素人スタッフの弱点露呈、
帰国したのはサトウ・不調は松田・マトモなのは魚住のみ。

両手を雪に深く突っ込み、雪をかき分け、膝を高く上げて雪を取り崩す。そしてようやく、一歩を踏み出し、また両手を雪を深く突っ込み、雪をかき分け、心の声が何度もこだまする。
心の声は何と言ってたのか・・・もう登れない、早く降りよう~と・・・

午前2時過ぎ、すでに標高は7400mを超えていた。星々が見えるが、辺り一面は真っ暗で、この暗闇の中の雪田がまるで砂漠のように、どこまでも広がっているように見えた。あのヨーロッパ隊のように、屈強な隊員同士がラッセル(雪をかき分けて進む)を交代し合えば、この深い雪も超えられたかもしれない。だが、この僕にラッセルを交代し合う仲間はいなく、心の声が時には励まし、時には挑発をし、僕に問いかけをしてくる。
他隊の事はどーでも良い、単独が謳い文句なはず、一緒に登る仲間など居ないだろ。

僕は腰を下ろし、深く息をした。この深い雪の中、力の限り登っていったとしても、山頂にたどり着くことはできない。ここでビバークすることも考えたが、8日にはまた雪が降り出してくる。登り切るなら今しない。しかしこの雪はすでに、一つの厚い壁となっていた。
基礎体力の無さが露呈、また雪がーー ラッセルがーー である。

栗城が登ってると公開された画像、黄色線の先のヘッ電の光。(この辺が到達点か)
西稜方向に進んでいる、急で登れ無いのか? 雪深で登れ無いのか? 説明無し。
ホーンバイン・クーロワールへは、白線に沿って進む。
岩が現われてからが、ホーンバイン・クーロワール(約8000mから上を指す)
イメージ 3

午前3時、無線で撮影キャンプに下山を伝える。撮影キャンプのカメラマンは冷静な声だった。その後、僕は深い雪に腰を沈め、陽が昇るのを待ちつづけた。体を考えれば、自分の登ってきた足跡をたどれば、すぐに下山はできる。
21時半にC3発・3時敗退宣言までに、5時間半で600m登った事になる。
まともに登れたとして、山頂までの1400m以上を、何時間で登れると思ってるのか?
C1 まで降りて来るのに必要な時間は ? 

ただ僕は、陽に当たる北壁全体を見渡すために、陽を待ち続けた。光が北壁に当たれば、どこが一番雪が深く、どこが浅いのか点と点を結びたかった。つまり、もう一度上がるために僕はそこに3時間以上、そこにとどまった。
夜明け前が一番冷える時間帯(歩いていても手足に刺さる痛さを感じる冷気)、
そんな中で3時間以上も良く耐えたと思う。(この点は、唯一凄いと思った・・・)
予定のルートから大分右に反れた位置に居たので、
明るくなるまで降りれなかったのかも・・・・
画像は、C3付近まで降りて来た足跡だが、膝や腰深の雪とは思えない。
精精20~30cm程度・・・・
イメージ 2

10月10日の夕方、僕はキッチンテントの隅で、うなだれながら泣いていた。2つも同時にこの遠征をすでに中止しなければならない連絡が日本から来ていた。一つ目はチベット登山協会からの登山許可の延長を求めていたが、延ばしてくれたのは3日のみで、18日まではどの登山隊もラサをでなければならないという連絡。
登山許可申請時の見通しが甘い、恐らく2ヶ月の申請。
メスナーは、3ヶ月の申請をしていた。(著書で、出入国は同じルートで許可とある)

もう一つはヤマテンの週間予報が8日からの悪天候は全てジェットストリームに変わり、8000m以上の風速は27mと強風で、行動は難しいという予報だった。つまり17日までの間、全て強風で上部での行動は不可能ということだった。6000m、7000mまでは問題なく行動できる。
風速27m以上の風を一度エベレストで体感したことがある。それは2012年のエベレスト西稜、上部8000m近くホーンバイン・クロワール入り口付近のことだった。
ホーンバインの入り口(始まり)が、8000mと認識してるではないか・・・
2012年に、8000m付近まで登れたとは、思って無いが・・・

このままいけば次こそは指じゃない、もっと大切なものを失う。キッチンにいるスタッフにここで止めることを伝えた。
しかし今、長くモンスーンが居座っていたせいか、予報と実際の天気にズレがあることがあり、13日は多少弱くなるかもしれないという、予報もあった。そこを最後のチャンスと捉え、たった2日の休養のみで、翌日僕は再びC1に向かっていった。
最後の最後のギリギリまでこのC1にとどまり、エベレストの北壁と向き合ったが、最後のアタックのチャンスが訪れることはなかった。
※今、僕は明日出国しなければいけないため、急いでラサに来ました。
今回、相手は「山」ではなく「モンスーン(雨季)」と「ジェットストリーム(偏西風)」でした。相手は天候とはいえ、今回の結果には自分自身、本当にショックで、また責任も感じています。冒険の共有ではスタッフの体調不良が続出し、思うような配信もできなかった歯がゆさも残っています。今後、栗城がどうするのか? 自分の中では再び向かうという答えが出ています。しかし、再び秋季エベレストが今年のような大雪で覆われれば、厳しい結果になるでしょう。それらを踏まえて、向かう時期の変更も考えています。もし向かうとするならば、一番雪の少ない「冬季」です。冬は最も寒く、気圧が低いため、実際の標高よりも酸素が薄くなります。ただ、秋からの強風で雪が吹き飛ばされ、最も雪が少ない時期になります。その冬季に行くか、再び秋季に向かい、安定した雪を待つか、2つの選択がありますが、今後、慎重に考えながら決めていきたいと思います。
冬季とは・・・深雪が無い分、氷の世界・気温も風も一級です・・・

また、今年は冒険の共有のクライマックスである山頂到着3時間前から栗城カメラと、撮影キャンプからの中継が行われ、AbemaTVや、様々なネット配信が企画されていました。登頂できないということは、その配信もなく、多くの人に応援していただいたことに本当に申し訳なく思っています。この悔しさを忘れず、また応援してくれた沢山の人たちの気持ちを大切にしながら、その応援を引き続き次回につなげていきます。
つまり次回は新たなクラウドファンディングは行わず、自己資金(借り入れ)してでも冒険の共有を実現したいと思います。
今回、3時間の中継通信費以外は全て諸々の費用に支払われますが、その分の資金を借り入れしてでもやります。
〝集金〟で、今回は可也の批判を浴びてますからね・・・
借金してでも、頑張る様ですが・・・担保は・・・

ちなみに今夜、チベット登山協会の人たちと、冬季エベレストの許可について話し合いが行われます。一旦、日本に帰り休養してから、また戻ってきます。
ネパール側エベレストは、登れなければ翌年の登山申請費用は不要ですが・・・
中国はどうなのか判りません、冬季の許可と言ってますから、一回毎なのかも。

結局、敗退原因は何なのでしょうか・・・・
長引いたモンスーン と 偏西風 ?
タクティクス(戦術)や高度順応・体力・技術・装備に問題が無かったのでしょうか?

敗因分析をして、対策を練らない限り、何回挑戦しても〝結果は同じ〟。



〔応援して頂いた皆様へ〕と題し、公式ブログを更新しました。
長文なので、一部割愛して、私見を述べます。(黒字は栗城ブログ、青字は私見)

カトマンズで最後の機材の整理をして今夜にカトマンズは立ちます。
機材を整理しながら改めて今回応援して頂いた皆さんへの申し訳ない気持ちと悔しさ、感謝の気持ちと胸がいっぱいなってました。
クラウドで「冒険の共有・否定の壁」と言い、〝集金〟した方にでしょうか?
内容が、日々のブログから微妙にズレテいます・・・

今年の秋季エベレスト(北側)からのチャレンジでしたが、モンスーン(雨季)が平年より長く、中腹部では腰近くある雪を掻き分け進まなくていけない状態の中で雪が安定する期間後半に登頂を狙いましたが、すでにジェットストリームが到来し、また登山許可の期限が近づき、終えることになりました。
雨期明け後のヒマラヤに雪が多いのは、常識です。何を今更と・・・
中腹部とは、何処を指すのか不明ですが、多分C2より上の事だと・・
しかし、証拠に為る画像が有りません。
C3と称した6800mの画像でも、雪深は精々膝下程度です。
腰までの画像は有りません・・・栗城 得意の誇張か???

登山許可に付いて、大体申請の期間が短い、常識的にはBC以降2ヶ月は必要。
登る気無しで、早く帰って講演(口演)し、稼ぐ事より頭に無いのでしょう。

今年は念願のベースから山頂まで距離の短い中国側からの挑戦となり、自分自身が本当に楽しみし準備を行ってきました。しかし、結果は7400m少し上がったところで断念しました。
BCから山頂が近いから、中国側と言う発想が不思議・・・
長い距離を歩く体力が無いから。又、近い=急斜面では? 登れるの?栗城。
結果は、急斜面で登れず、西稜側へ迂回・・・しかも、雪がーー腰までーー。

あともう一回アタックチャンスがあればと。
だから、申請期間のミスが招いた結果です・・・期間が長ければ登れたか?
天気が悪いと言っては、ABCやC1に戻らず、C2で待機してれば良いものを、
何回も指摘したはず・・・

また「冒険の共有」は今年は現地からの配信が上手く行えませんでした。新しく導入しカメラなど中継は上手くできた部分もありましたが、日々の配信の方でヒマラヤになれている配信担当のカメラマン一名が体調不良で帰国し、またアシスタントも最後まで体調不良で残りのスタッフが頑張ってサポートしていましたが、高所(低酸素)では思うような動きができませんでした。
門谷や廣瀬を、日テレ・イモト・アイガーの特番に取られたから、
魚住・サトウ・松田を急遽召集、寄せ集めを同行させたのは、栗城自身。

機材の方では、中継用の大型ソーラーパネルがチベット側から今回初めて入国を拒否され、急遽小型のソーラーパネルに変更。少ない電力の中、最後の山頂到着の3時間生中継に電力を集中させるため、思うよな配信ができず、途中栗城のどうなったのか心配されている方もいたと思います。
ソーラーパネルの件
栗城、東京の中国大使館に事前に問い合わせれば、判った事。詰めが甘い。
ボチボチ・トレック社に、全てお任せが招いた結果だよ。
3時間生中継の件
6800mからアタックの時の装備に、生中継機材が入ってた???
10月17日のブログでは、10月5日壁取り付き時の事を次の様に記述。
【寝袋なし、テントなし(ツェルトのみ)食料はラ王1個分と、江崎グリコさんに作ってもらったアミノ酸たっぷりの特製ナンバーバナナとサプリメント、凍傷を予防する薬、衣類と少量のガスと鍋のみ。】
何処に機材の事が書いてるのか・・・

今回、ルートは大雪でしたが、トレーニングの成果もあり、ほとんど高度障害はでず、途中ヘルペスで下山しましたが、それ以外はかなり集中して体調は良かったです。登っていたホーバイン・クロワールも全体的に非常に良いルートで雪が安定すれば最も登頂の可能性が高いルートだと感じました。
トレーニングの成果? 低圧酸素室での事なら、9月3日のブログでBC入りの際に、ちょっと息苦しいので、明日、また詳しくお伝えします。
と、言ってたではないか・・・6000m・6500mの低圧酸素室で身体を慣らし、
今までにない仕上がりと豪語してて、5200mのBCで息苦しいとは・・・
途中下山は微熱・・・ヘルペス? 抵抗力か無い証拠・・・
ホーンバインが、最も登頂の可能性が高いなら、毎年何人も登ってるだろうに!!!!
ホラを吹くのも程々にせよ!!!!

今年は深い雪とスタッフの体調不良とコテンパンにやれましたが、もう一度リベンジしたいと思います。
配信に関しましては、体調不良の者がでないよう改めて細心の注意でやってきます。
深雪と駄目スタッフが、敗退の原因の様です。
栗城自信の、ラッセル体力・登攀技術・装備他に問題が無かったのでしょうか・・・

登山に関しては、時期の変更も考えております。 秋にもう一度登りたい気持ちがありますが、今年のような大雪の周期が来た場合は非常に厳しいです。そこで雪が最も少ない時期(冬季)かまた春(ホーンバイン・クロワールなら誰もいません)か、雪が安定すればチャンスのある秋か今後じっくり考えいきます。
考えが纏ってない様ですが・・・ホーンバイン・クロワールなら誰もいません
意味深い発言ですねぇ~~~誰も見てない=チョンボ出来る とも取れますねぇ・・

※いくつか質問が来ているのでお答えさせて頂きます。
FBや公式ブログに、多数の疑義が書き込まれ、削除の嵐でしたが、
何か都合が悪くなったのか?やっと口を開けました・・・・

※ 中継機材は持って行っているのか?
一部通信のスポンサードを受けている関係から栗城中継カメラを公表することは控えさせて頂きます。撮影キャンプからは40倍のレンズにカメラを付け、衛星端末2台、カメラ2台を使用して中継を行います。
公開した方がメーカーの宣伝になると思うが・・何故隠匿?
あのようなゴマ点画像カメラでは、意味無し・・・・
こんなカメラより無いのかと思われたら、キャノンに失礼・・・

※なぜ下山時に生中継を行わないのか?
下山時は大変な時なのでやる予定もありません。
何が大変なのか?

※ラーメン一食分で悪天候のビバークをどうする気だったのか?
エベレスト北壁は強風のため何日もビバークは非常に危険です。6800mキャンプ3から下の取り付きまでゆっくりでも3時間近くで下山できます。
可笑しいぞ栗城、質問と答えが合ってない。
質問は、アタック時の事を聞いてるのに・・・
そのため悪天候が近づいたら上で留まるより下りた方がいいです。天候が安定しチャンスがある時に一気に登り、一気下りる。その分の食料しか持っていきません。
何回も言うが、6100mのC2が在るではないか、何もABCまで戻る必要は無い。
そこに食物を備蓄して置けばいい話。
ABCで遊んでる間に、荷上げの時間は充分有ったはず・・その体力が無かったか・・

※GPSはなぜ持って行かなかったのか?
GPS(SPOT)は僕もお気に入りの装備です。自分のいる位置がリアルタイムで伝えられるのは素晴らしいと思いました。しかし、今回の北壁は傾斜が強く、短期間で勝負をつけないといけないことから最も最軽量化しなければいけませんでした。寝袋無し、テント無し(ツェルトのみ)食料もわずか。その中でGPSを持っていくか考えましたが、今回撮影キャンプからは取り付き(壁のスタート地点)から山頂直下まで見通しがよく、栗城の位置が確認できること、SPOTの使用可能高度が7500mまでと。また昨年使用した時に一時大幅にずれたこともあり、今回持っていかず登山に集中することにしました。点ような栗城の姿を見ながらどんなところか想像を膨らませた方が山は楽しいと思ってます。
支離滅裂、ゴマ点画像で、想像するのが楽しい・・・・笑った・・・
GPSは、まともな物を買いましょう~
重いから持参しないと言うよりは、現在地点が知られるのが嫌なのでしょう~

※否定的な意見を削除しているのか?
LINEブログのことかもしれませんが、こちらは削除などしていないです。否定は冒険の一部であり、また実際に本人がやってみないとわからないことだと思うので誤解も含めてそういった意見は当然あると思います。ただ、名前を変えて何度も投稿する方、明らかにIPアドレスを変えて投稿する方、いじめのような投稿はLINEブログの運営の方で自動的に削除されていると聞いてます。
こちらは削除などしていないです・・・??
誰が誰の指示で消してるのか・・・
いじめ と感じるのは、被害妄想。
言ってる事と遣ってる事が違うから、批判が噴出してるのですよ~

※次はどうするのか?
今、時期を見直しを含めて考えています。それぞれの季節にメリットとデメリットがあります。それでいて自分が「感じる登山」がきちんとできるかどうか。良く考えて必ず挑戦します。
感じる登山??? 意味不明ですが、どうしたら登れるのかを真剣に考えないで、
エベレストの裾野をウロウロすると、〝栗城凍像・道標〟に為りますよ!!


・・・・・・・・・・・・・・・・


友人の、自称アルピニストの野口でさえ、こんなコメントが・・・
野口の富士山清掃登山は、評価しています。

野口健 ‏@kennoguchi0821 10月6日
6800mからのアタックは遠過ぎる。ノーマルルート(チベット側)の最終キャンプは8300m。ルートが違うので単純に比較は出来ないけれどそれでも遠過ぎる。

野口健 ‏@kennoguchi0821 10月14日
野口健さんが栗城 史多をリツイートしました
お疲れ様でした。この敗退を次にどう繋げるのか、大切なのはこれからだと思います。このままのスタイルで本当にいいのか、それとも違うスタイルで挑むのか。栗城さんは欲張り。何か一つ捨てないといけないんじゃないかな〜と老婆心ながら感じています。とにかく無事でよかった。日本で待っています。


野口健認証済みアカウント @kennoguchi0821 10 時間10 時間前
冒険って一言で表現するのならば「小さな背伸び」。大風呂敷広げ夢を語る事ばかりが冒険でない。突如、僕が「ヨーロッパ三大北壁を厳冬期にやります」と発表したらそれはもはや冒険でもなんでない。喜劇や詐欺の部類に入る。大風呂敷を広げるよりも少しの背伸びを繰り返すことに僕は意味を感じている。



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訃報 
田部井淳子さんが亡くなりました。
女性初のエベレスト登頂者、新たな時代を拓いたパイオニアの一人でした・・・ 合掌



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