海彦・山彦の白秋日記

Ombigaichan 6340m ヒマラヤ襞が綺麗な双耳峰。 この頃はまだ未踏峰だったが・・・今は誰か登ったか?

栗城が半月振りにブログ更新です。
長くダラダラした文章ですが、前文掲載します。
黒字は栗城公式ブログより、青字は私見です。

feelー4月9日からエベレスト北壁に向かいます
肌を突き刺さす太陽と氷のように冷たい風、ぎゅっと締めつけられるほどの薄い空気。そして、どこまでも深いヒマラヤンブルーの青い空。
そろそろ戻る時が来ました。
銀座暮らしに飽きたのか・・・格好付け過ぎですね。
4月9日から、エベレスト北壁の無酸素・単独登山に戻ります。
そして、再び冒険の共有も行います。
色々ありましたが、まだ終わってません。
チームクリキ会員の年会費倍増計画が挫折した件を、指してるのでしょうか・・・
毎年、気象条件の厳しい「秋季」のエベレストに向かい続けてきました。
秋は春よりも気象条件が厳しく、春のエベレストは1シーズンに800人の人が入り、山頂近くでは渋滞します。
ヒラリー・ステップでの事を言ってるが、栗城はその高さまで登った事無し。
秋季は深い雪とジェットストリームと呼ばれる烈風が吹くため、通常の遠征隊はほとんど誰も向かわず、たまにマニアックな猛者しか来ません。
昨秋の、キリアン隊を言ってる様です。
登頂は出来なかったが、彼等が目指すスピード登攀の成果は持って帰りました。
彼等はABCから1日で7900mまで登攀、栗城はC1から3日掛けて7400mまで・・
体力の無さ(スピードの差)が、歴然としています。
栗城は、ダラダラ停滞の日々で・・・成果無し・・・
よく人から「なんで春にいかないの?春に行けば登れるに。」と言われて、答えたくてもうまく説明ができず、口を閉ざす自分がいました。
無酸素・単独を謳ってる者が、シェルパの支援を受けている事を、
他隊にバレルのが嫌っての事でしょう・・・他隊の目が怖いので春は敬遠です・・・
山に向かう時に最も大切にしていることがあります。
それが「feel」感じるということです。
この前まで〝リズム〟と言ってたが、今度は〝feel〟のようです・・・
能書で山は登れない・・・
登頂しても「feel」が無ければ、自分には登る意味が無いのです。
「feel」は、自然と向き合う時に自分の中から生まれる不安や恐怖、そして時おり見せる山の優しさ。
それら自然そのものを感じながら登ることができなければ、自分の場合はせっかく登っても意味が無いと思っています。
それは考えてそうなったのではなく、自分の心そのものでした。
そこには成功や失敗、損得などは無い世界です。
訳の判らない言い訳ですね・・・山は登りたくて行く、単純な動機と思うのだが・・
登れない理由付けに意味は無し・・・
昔、学生の頃にビンソンマシフ(南極最高峰)に向かった時でした。
ビンソンマシフは、7大陸最高峰の中で単独では許可がもらえない山です。
単独登山が許可に為らない山はビンソン以外に デリナ(マッキンリー)(2名以上)
キリマンジャロ(現地ガイド同行)が有ります。
ですから、栗城が単独で登頂したと言うのは、嘘になります。
日本からの交渉が難しく、どうしても単独で向かいたかった僕は、最後は現地で交渉しようと向かいました。
行ってみて分かりました。
英語が話せない。。と。
伝えようとすればするほど、あいつは危ないヤツだと思われてべースキャンプで南極の飛行機を運営する会社の人達に監視されました。
プンタアレナスに戻る飛行機が日に日に近づき、日本にいた当時の事務局スタッフに現状を伝えれたところ「お金ももったいないからとりあえず登った方がいいよ」と言われ、また飛行機を運営する会社から最後の公募隊に入りなさいと言われて、しぶしぶ5人のツアーに入れてもらいロープで結ばれました。
そして、登りはじめて5分もしないうちに涙が止まらなくなりました。
僕は立ち止まり、ロープを外したのです。
大泣きする自分に、外国人ガイドが「You are crazy!」と罵り、他のツアー客に笑われました。
そして、僕は頂を背にして下山しました。
理由色々付けれるが、要は5人のツァー客と、
歩調を合わせられなかったのでは・・鈍足ですから。
実際ザイルで結ばれて、他者と歩調を合わせるのは、大変な事ですが・・・
しかし、泣くほどの事ではないでしょう・・・余程体力の無さが悔しかったのか・・
その後も、足腰を鍛えたとか・負荷を背負って歩いたとか・・・聞いた事なし。
※数日後には見かねた飛行機運営会社の人が少しだけ登らせてくれましたが、風が強くなりすぐに下山させられました。
帰国した僕に南極の飛行機会社から「3人なら隊として認めるから後は自己責任で」と連絡が来て、山の先輩方々に相談し、2年後に様々な制約がありましたが、一人で登ることができました。
他隊の後ろに着いてのことです。単独行動は今だ南極では認められてません。
あの時にもし自分の心の声を無視して登っていたらもう山は登っていなかったかもしれません。
それだけ「feel」感じるということが、僕の登山で最も大切なことなのです。
なぜ栗城は無酸素で単独にこだわるのか、それは何かすごいことをやりたい訳ではなく、山と自分を感じたい。
それが秋季という人が入らない時季に無酸素や単独にこだわる理由なのです。
人の目が怖いのでしょう・・・
たくさんの友人と登る山も、楽しいかもしれない。
公表されてる限り、栗城が仲間と登山したのは、山岳部時代冬の低山縦走1回限り、
その後山岳部中退です。あとはチームクリキ会員との親睦登山のみ。
でも孤独や不安、ありのままの自然と自分を感じるながら登る山は決して孤独ではなく、むしろ細胞一つ一つが目を覚まし、自分の枠から解放されます。
しかし秋季エベレストでは、気象条件が登る以前の問題として時々出てきます。
昨年の気候変動の影響を受けた秋季エベレストは雪が最も多く、7000mから先は腰まで埋まる雪を泳ぐようにラッセルして、7400mで下山しました。
ラッセルにギブアップでしたが、
帰国後に富山や越後の豪雪地帯で、ラッセルの訓練をする事も無く、怠惰の日々。
たまにガイドに連れられて、八っ岳散策登山程度の訓練。
8千m単独を目指す者が、国内の低山でガイドに連れられて登山してるとは・・・
もし今年も同じ気象条件であれば、ベースキャンプで結果は見えてしまいます。
往く前から予防線を張ってますねぇ・・・
昨年は登山許可ギリギリまで粘りましたが、あまりにも好天のチャンスが少ない。
無風・快晴を望んでるようですが、昨秋の停滞日の多さには呆れ果てました・・・
下山後、季節を変更し再挑戦を考えていました。
一つは冬季です。
冬季は、エベレストの雪が最も少ない季節です。
強風で飛ばされるからなのですが・・・風と低温に耐えて登れるのか・・疑問です。
逆に最も雪が多いのは「モンスーン」と呼ばれる雨季のある夏です。
その雪の多い季節に、あのメスナーが北壁を単独・無酸素初登頂したんですよ~
冬季は気温や気圧が低く、また日照時間が短いですが、「大雪」と「列風」のダブルパンチの秋季よりはチャンスがまだあります。
ただ、チベット側では8000m峰の冬季登山許可は出しておらず、交渉しましたが許可はおりませんでした。
春の通常ルートは数珠繋ぎになり渋滞。自分の感じる登山が難しいです。
しかし、昨年登った北壁なら誰も来ません。
そうです、北壁はスペシャリストだけに、許される世界だからなのです。
ノーマルルートの南東稜からさえ登れない者が、立入る領域では有りません・・・
平均斜度60度、標高差2800mのエベレスト北壁はまさに山を感じながらの登山ができます。
この画像の北壁が、斜度60°に見えますか・・・平均45°と言われてますが・・・
法螺を吹くのもいい加減にしなさい。
イメージ 1
昨年、登ってみてここなら感じる登山ができる場所だと確認することができました。
7400mまで登り、深夜の下山を決意しましたが、深い雪の中で太陽が昇るのを待ち続けました。
途中撤退を考えたものの、ルートを右に逸れた為に、現在地が判らなかった様です。
それで薄明るくなるまで動けなかった・・・これが真実でしょう。
それはルート全体を見渡したかったからです。
つまり、また来るためにその場に残り続けていました。
そしてその時がもうすぐやってきます。
合理性の求められやすい社会の中で、損得や手を伸ばせばすぐに手に入る成功ではなく、自分の心の声、自然の声を失わずに生きていきたい。
他人の懐(集金や施し)を当てにせず、汗して稼いだ金で登りなさい。
そんな登山を再びやりたいと思ってます。
行くよー!!
7回目の試みも、既に先が見えてる様な気がしますが、
是非〝否定の壁〟を乗り越えて、〝冒険の共有〟をして貰いたいものと思ってます。




栗城がエベレスト行きを前にして、
23日のFB・24日の栗城ブログで以下の発表をしました。
(黒字はFBより原文、青字は私見です。登山と関係無い部分は割愛、一部改行

『見ることのできなかった世界』
エベレスト北壁に出発まで残り3週間を切りました。
本当にいくのか。。ワクワクする自分と不安な自分が混ざり合い、
その摩擦が火花を散らしてます。
北壁と対峙する高揚感と、登って帰れるか?の不安感が有る様です。
普通 ヒマラヤに向かう者は、十中八九自信を持って向かうものですが・・・
6回も敗退しては、今回も・・・との感じがするのかも知れません。
もう一つの火花「冒険の共有」エベレスト北壁生中継に今年も挑戦します。
過去 生中継が機材の不具合で上手く往ってません。
それを改善したとの話も有りません・・・こんな調子で大丈夫なのか・・・
(割愛 )
本来、冒険は個人的な世界であり、特別な意味はありません。だからこそ美しい。
でも、登山家や冒険家だけが特別な挑戦をしているわけでもありません。
 (割愛)
挑戦の本質は何か。
それは「うまくいかない」こと。
嘘言うなよ栗城。上手く往くと思い、
其れ為りの努力と準備をして、山に向かうのが普通だよ。
はじめからうまくいくのをわかっていたら学びや摩擦は小さい。
もがき、苦しみ、その中に何か光るものがあります。
過去の敗退から、その後原因を分析して、努力したのか???
エベレスト北壁のもがき、苦しみ、失敗や挫折を共有することで、
壁に当たってる人達が、いつのまにか一歩を踏み出していた。
その世界に行ってみたいのです。
2015年秋の南東稜ルート・2016年北壁ルート共に、敗退原因は深い雪でした。
今春の計画に当たり、〝深い雪〟を克服する努力をしたのか・・・
南東稜敗退後、メスナー著書からパクリの〝リズム〟が大事と言い、
どうした訳か16年春にアンナプルナ南壁に向かい、南壁基部で敗退。
今回〝feel〟が謳い文句の様だが、それで〝深い雪〟が克服出来るとは思えない・・
しかし、冒険の共有には多額の費用がかかります。
エベレストの個人の遠征費用は登山許可含めて250万〜300万ぐらい。
自分一人の遠征費は、普段の企業の講演やストレス対策のお仕事でお金を貯めて向かうことができますが、衛星回線を使用し、特殊な機材で日本と繋ぎ、日本側の中継受けや現地スタッフと実現するための費用をどうするか。
その資金を何とかするためにトレーニングや講演の合い間に企画書作っては様々な企業にスポンサーのお願い行きます。
現実は、運営も含めて資金が足りなく厳しい状態。。
敗退続きの口八丁では、金を出す企業は少ないだろう・・・
では、そこをどうやって最後に克服したのか。
実は、今まで冒険の共有をするために大きな借り入れを5回してきました。
それを帰国後に一年間講演しながら返していきます。
死ぬかも知れぬ登山に、金を貸す処が有るとは不思議ですねぇ・・・
裏保証契約(往っても登らないで、帰って講演料で稼ぐ)でもしてるのか・・・
そして、今回も。
「資金が無いからやらない」
ではなく、
「資金が無くてもやるよ😊
登山だけでは、けして見ることのできない世界をこれからも見ていきたい。
期待と不安。
様々な感情が交差する火花が今散ってます。
(割愛)
僕も頑張ります!(ありがとう)


不思議な事は、出発3週間前なのに、
装備計画・食料計画を含む、登山計画の話が無い事。
普通は、再三再四装備等の点検をして、荷造りに専念する時期です。
行き当りバッタリで、結果 雪が・・・風が・・・の、いつもパターンか???

多分 装備他等の段取りは、
カトマンズのボチボチ社(シェルパ派遣会社)に、一括丸投げなのでしょう。
シェルパ調達だけではなく、テント・炊飯具のレンタルもしていますから・・・
シェルパは常用ではなく、登録してて仕事が出た時の臨時雇用が一般的です。
ガイドが出来るレベルの者は違いますか゛・・・

今回の4月9日から始まる、北壁もウォッチして見ます。




4月9日(今日)、エベレスト北壁に向けて出国です。
直近の様子をウォッチしてみましょう~

4月1日・栗城史多 "SHARE THE DREAM” FBより(抜粋)
無事に下山してきました。
富士山頂でテント泊し、高度順応を予定して、3月31日に出掛けたのですが・・・
5合目でテント張りましたが、朝になっても雪は止まず、一晩で30センチ近く積もり下りました。
30cm雪が降っただけで、諦めて下山ですか?・・・
出発前から大雪の予報は知っていましたが、エベレスト北壁の出発前に富士山を感じたかったので一人テントの中で静かに気持ちを報告してきました。
予報で知りながら出掛けるとは、山頂泊の予定は嘘??  感じたかっただけ・・
ラッセル地獄をしながら2合目まで下りると「次はいついくの〜?」と声が聞こえてきた。
5合目で30cm程度の雪・・・膝下程度の雪で、
しかも降り道でラッセル地獄とは、話しに為らない根性・・・
振り返ると佐藤小屋のオヤジさんだった。



4月2日・「みんなでエベレスト」 FBより(抜粋)
『冒険の共有を再びさせて下さい』
4月9日からのエベレスト北壁の登山と冒険の共有に向けて最後の追い込みに入って来ました。
中継テストなど出発までまだ色々あります。
皆さんにお願いがあります。
再び、冒険の共有をさせて下さい。。
出国1週間前に為っても、〝金の無心〟とは・・・呆れ果てます。
栗城だけが登る冒険ではなく、何かチャレンジしたい人や壁にあたってる人、見えない山を登る全ての人達と冒険を共有しないでエベレスト北壁に向かっても人の心の壁は越えることはできません。
皆さんご存知かもしれませんが、今年は借り入れしてでも準備してきました。
 
昨年、一つの宣言をしました。
それは昨年の冒険の共有があまりできなかったことを受けて責任を感じ、クラウドファンディングをやらないで行いますとお伝えしました。
配信担当2名が体調不良となり、本当に悔しい思いをしました。
山の素人を連れて行った当然の結果です・・・
 
きちんと受けとめてやれるだけやろうとあらゆる準備をし、今年は極地になれたスタッフを揃え、万全な共有体制を整えました。
個人の遠征費(登山費用)は用意できても冒険の共有は多くの人達の力がないと実現できません。
昨年秋の撤退後に、衛星中継の費用は残ってると言ってたのに、
これには触れてません・・・
クラウドファンディングという型ではなく、冒険の共有を一緒に参加したいと思って頂ける方がもしおりましたら、ぜひ下記のサイトから冒険の共有の応援宜しくお願い致します。
エベレストの写真5枚組3千円・Tシャツ1万円・他講演 54万円など・・
今年は天候が安定する春に初めて向かいます。
皆さん、冒険の共有、応援宜しくお願い致します。



4月3日・栗城史多 "SHARE THE DREAM” FBより(抜粋)
「あとは本番で。。」
エベレスト北壁の中継に向けたテスト訓練を無事に終えました。
9日の出国前になって、初めての中継テストだそうです・・・
毎回失敗してるのに、事前に何回も訓練するのが普通ではないでしょうか???
テスト風景の画像を見ても、新しい機器なのにメモを取る者も居ず、見てるだけ・・これでは上手く往くはずが有りませんね・・・
昨年は配信担当とカメラマンが体調不良で欠員となり、思う様な冒険の共有ができなくて本当に悔しい想いをしました。
今年は極地に慣れた隊員を揃えて少数精鋭で頑張ります。
極地からの中継は意外と技術的に難しく、衛星の軌道が変わるだけで映像が送れなくなったり、機材のトラブルもあります。
画像を送る衛星の軌道が変わる???  静止商用衛星なのに・・・
マスコミが使ってる、海外からの生中継と同じなはずですが・・・
AbemaTV、フェアーウェイ、Yahoo!JAPAN、栗城事務局と有志のエンジニアが集まり、テストを繰り返しながら最後の調整を無事に終えました。



4月8日・栗城史多 "SHARE THE DREAM” FBより(抜粋)
明日、エベレスト北壁に向けて出発します!
最後の中継テストも終わり、準備もほぼ完了しました。
今回の挑戦で3つ言えることがあります。
高所になれやすい身体作りとリズムと呼ぶ酸素の消費量を下げるトレーニングをさらにレベルを上げ、精神的にも体力的にもいい常態です。
そして、今年は天候が最も安定する「春」に山を感じるための「北壁」に向かいます。
昨年の秋の北壁は雪が多すぎて7400mで下山しますが、北壁の感触は掴んでます。
また、冒険の共有にするために極地になれたスタッフが揃い、少数精鋭で登山に集中しやすい環境ができました。
自分の中では最も楽しみなエベレスト北壁登山ができそうです。
 3つとは①~③のようです。
体力や技術の向上に関しては、一言も触れてません。一番欠けてるのに・・・

これからの、〝北壁〟どうなるのか楽しみです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日から、月山・湯殿山へ春スキー遠征に出ます、3日ほど楽しんで来る予定。



栗城が9日に、エベレストに向け出国しましたが・・・

日本から下記の各隊が、エベレスト登頂を目指し出国済みです。
海外の登山隊も、続々集結している模様です。

〔ICI Sports・社長隊〕

〔AGアドベンチャーガイズ・公募隊〕

〔平岡竜石・公募隊〕


各隊の登頂予定ルート
赤破線は、ICI隊・AG隊。 青破線は、平岡隊。 黄線は、栗城。 
イメージ 1


ICI社長隊は、エベレスト登頂実績の有る、社員2名が同行。
自社で販売の、仏・ヴァランドレ社の高級ダウンスーツでアタックの様です。
行動日程を公表南東稜から登頂を目指す。

AG公募隊は、行動日程・参加費用770万・装備を公表。
公募客には、一対一でクライミングシェルパを同行させ、南東稜から登頂を目指す

岡公募隊は、行動日程・参加費用720万と公表北稜から登頂を目指す。

AG隊と平岡隊の参加費用の差は、会社組織と個人経営の差と思われます。
平岡隊は昨年秋のチョー・オュー登山で、
客4人に対して8人のクライミングシェルパを要員として同行。
今回もネパールから6人のシェルパを呼んでます。

小生も、自由に使える800万が有れば、公募隊に入り7千mを体感したいもの・・
酸素吸いながらなら、上手く往けば・・・なんて妄想が・・・

面白い事に為りそうです。其々、実力と実績の有る隊ですから、
余程の悪天候やアクシデントが無い限り、登頂は確実。
彼等のFBやツィッター・ブログで、日々・生の情報が流れます・・
3隊共に、既にBCに向けてキャラバン中です。

処で・・・気に為る、栗城の出国後の様子ですが・・・・


4月10日 FBより抜粋(黒字はFBより、青字は私見)
ネパールの首都カトマンズに着きました!
 日本ではあまり寝れなかったので快適な機内で寝て、今日は朝からチベット・ラサに向かう荷物を整理してます。
カトマンズは気温が高く、少し埃っぽい感じが懐かしいです。
明日はプジャという安全祈願をして、明後日にラサに入ります。
11日にカトマンズに有る世界遺産の寺で〝プジャ〟とは・・・
対象の山のBCで、執り行うのが常識ですが・・・
できたら世界遺産ボーダナートから配信してみます!
どーでもいい内容の配信でしたが、彼流にはこれも〝共有〟のようです・・・
12日には、カトマンズからラサに入るようです。



4月13日 会員向けFBより抜粋(黒字はFBより、青字は私見)
チームクリキの皆さん、ナマステ。 
栗城です。
数日間カトマンズで準備をしています。明日ラサに入ります。
明日ラサ?? 14日 に・・・10日のFBでは12日にラサと言ってたが・・・
既に、行動予定が狂ってますねぇ~ 計画性の無さが現れてます。
いよいよエベレストのベースキャンプに向け長い陸路移動が始まります。
四駆で3日走って5200mのBC着、中1日高度順応してたらBC着が4日後。 
そして、今回もチームクリキの皆さんの「夢カード」をエベレストに持っていきます!
募集時期がこのタイミングとなってしまいましたが、エベレストアタック前にベースキャンプに後発で届く荷材や食料と一緒に到着予定です。
4月25日まで、資金集めをして、その後カトマンズ・ラサ経由 でBC着の様です。
BCに後発で荷が届く・・? 食料も ? ロジスティックの組み方に疑問有り。
ボチボチ社のシェルパが運ぶのでしょうが、夢カード等はどうでもいいが・・・
荷がBC着の日にちを考えると、4月中のアタックは無いと宣言してる様なもの。
晴れが続いたらどうする・・・栗城
エベレスト北壁から皆さんの夢(山)が叶うことを祈ってきます!
人の夢は、どうでもいい・・・まともに北壁を登れる事を祈れ。
まずは無事にベースキャンプに入れますように。


他隊がBCに向かってる今、栗城は今日(14日)ラサから四駆で走ってる頃。
他隊より一週間も遅いスタートです。
流石 エベレスト6回敗退者の余裕でしょうか・・・・
相変わらず、日程も装備も公表してません。


ICI隊・AG隊はエベレストの南東側、
平岡隊は北稜を挟んだ同じ北側に居ます。
其々FB・ツィッター・ブログで情報が流れる中で、
栗城は、天気が・・・雪が・・・風が・・・等の言い訳は通用しませんねぇーーー

3隊+栗城の動向、目が離せません~~


平岡隊がノース・コル(7000m)に上がりC1を設置すれば、
西の谷底に 栗城の壁下C(6100m)が、見えるかも知れません・・・
900mも離れれば、アライの赤テントは石にしか見えないか・・・



この春のエベレストは、近年に無い混雑です。

4月13日付けの、平岡竜石・公募隊のラサ発のブログで、
30人のインド隊・ドイツ隊・オーストリア隊・ロシア隊と飛行機が一緒だったと。
北面のエベレストは、各国隊が入り乱れてる様ですが・・・

小生が一番驚いたのは、超・超人ウィリー・スティックが、
エべレストでの前人未踏の登攀を試みようとしてる事。 図参照
イメージ 1
彼は、ネパール側のクンブー氷河から、西稜に取り付き、
ホーンバイン・クーロワールを登攀し、登頂。
更に、南東稜を下り・ローッエに連続登攀すると言う大計画です。
アルプス流 ラッシュタスティックス(突撃登山)の典型とも思えるスタイルです。
既にポーラメソッド(極地法)は過去の遺物なのか・・・


ueli steck(ウィリー・スティック)のブログ

ウィリー・スティックとは、どんな奴か・・・
ウィキぺディアに彼のあらましが・・・↓
アイゼンを履いて、壁や雪稜を走って登るという・・凄い奴です。
アイガー北壁(標高差1800m)を、2泊3日で登るのが普通。
処が彼は、確保無しで2時間20分で登ってしまうと言う凄さ。
条件が良ければ、2時間は切れると豪語してます。

栗城が登ろうとしてる、ホルバイン・クーロワールからの登頂を目指してます
栗城は、ウィリー・スティックと遭う事は無いと思ってます。
何故なら、栗城の体力・技術では、ホルバインの入り口まで登れ無い・・・


昨年秋は、キリアン・ジョネルが、
北稜をABCから昼までの間に、7950mへ登ったのを見せ付けられて、
スピードが大事と思わなかったのか・・・
キリアンの北稜登攀記事は↓
アラン・アーネットのブログでは↓
17年春のエベレストは、記録的な登山隊の数と言ってます。
以下のコピーが、ネパール観光省が許可した、各山の登山隊の数と人数です。
イメージ 2
16年と17年の春のエベレスト(Sagarmatha)を見て下さい。
これは、ネパール側の事で、
チベット側は、米国・ロシア・フランス・ルーマニア隊が予定してると・・・

アラン・アーネットの画像を見ると、北壁の雪の着き方が少ない・・・
これでは、栗城が目指すホルバイン()より
グレート(ノートン)・クーロワール()が雪か付いてて楽そうに見えます。
イメージ 4

下は栗城が4月17日に更新したブログに載せた画像。
上の画像と同様に北壁の雪は少ないですね・・・
ノートン・クーロワール() ホルバイン・クーロワール()
上の画像と比較して下さい。
ホルバイン下の雪田(雪が溜まった処)までは、登れそうでも・・
クーロワール内に詰まった氷に、どう対応するか・・・鍵です。
栗城には、氷壁登攀は無理です。
ピオレトラクション(Wアックス)の構えをしてるが、
握力が弱く、ピックを氷に刺せません・・・↓の画像を見れば判ります。
イメージ 5

この下の画像は、昨年秋の栗城が公開したもの。
赤線内のノートン(グレート)・クーロワールを登ろうとしたが、
下から眺めただけで登れ無いと判断し、ホルバインに転進。
青線内の下部ジャパニーズ・クーロワールを通り、
上部ホルバイン・クーロワールを目指したが、
黄色線の位置で、それ以上登れず敗退。今回もこのルートを予定してます。

緑線は、今回ウィリー・スティックが西稜から、北壁をトラバースして、
ホルバイン・クーロワールに入り、登頂を目指すルートです。
イメージ 6
寒さを除けば、クーロワールに氷が詰まってる春より、
雪が詰まった冬の方が登り易いと思うのだが・・・

平岡隊の言ってる各国隊と、アラン・アーネットが言ってる各国隊が、
北稜か北壁かを目指すのかは判りませんが、ウィリー・スティックは間違い無く、
ホルバイン・クーロワールで栗城と競合します。



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栗城がブログを更新しました。(黒字はブログより、青字は私見)

4月17日
エベレスト北壁が見えました。
ラサ、シガチェ、ティンリと移動し、今日は4500mの丘に高所順応で上がってきました。
移動の疲れはありますが、酸素の薄さを感じながらも頭痛はなく、部屋でトレーニングとストレッチをしながらベースキャンプに入る準備をしています。
4500mの丘から双眼鏡で眺めるエベレスト北壁。
雪は少なく穏やかな表情を見せている。
栗城は、雪が少なく登り易いと思ってるのでしょうか・・・
アイゼンで岩をガリガリでは、倍神経が疲れると思うのだが・・・
30cmの雪も地獄と言う栗城が、何処まで登れるか楽しみです。
(中略)
明日、チベット・ベースキャプ(TBC5000m)に入ります。
何回も言ってるが、ベースキャンプの標高は、5200m。
中国が建てた石碑を栗城は見た事が無いのか・・海抜・米の意味しらねぇーのか?
イメージ 3




栗城がチベット側のBCに着いた様で、
愈々北壁ホルバイン・クーロワール山行が始まります。
これからは、このタイトルで〝敗退まで〟ウォッチの予定です。


4月19日 栗城公式ブログより(黒字は栗城ブログ、青字は私見)

昨日、チベット・ベースキャンプに入りました。
BC(5,200m)の様子、キャンプの陣容から6隊位は居る様です。
一番大きなキャンプが30人のインド隊でしょうか・・・
イメージ 3
ここからヤクに荷物を載せてエベレスト北壁のベースキャンプに向かいます。
今、エベレストは雲がかかり始めていますが、
明日無事に北壁のベースキャンプ入りしたいです。
明日とは、20日ですね。
北壁のBCと言ってるが、ABCの事か・・位置(標高)が不明です。
昨年秋の様に、ヤクが進めない・・等は無いでしょうね。何処にABCを置くか?
ベースキャンプ到着後にプジャという登山の安全祈願を行い、
またプジャですか・・・カトマンズで済ませた筈では・・・現地でが当然だが・・・
その後はノーマルルートのABC(アドバンス・ベースキャンプ)に移動し、
7500mまで高所順応で登ります。
この辺が判り難いので、昨年秋の図を使って説明します。
栗城が言う、チベットBCとは図中赤丸の位置(5200m)。
北壁BCは●BCから南下し中央ロンブク氷河のの位置と思われる。

昨年秋のABCを置いた位置。

ノーマルルートのABCとは、一旦北上し東ロンブク氷河に入り●印の位置。
そこから、ノース・コル(7000m)に上がり、北稜の7500mで順応するらしい。

BCにあれだけの隊が居れば、ABCからノース・コル(C1 )へのルートや、
ノース・コル(C1)から7,500mへのルートには、
シェルパ達が先行しFIXがベタ張りに為ります。
栗城隊は、後から往って濡れ手に粟で7,500mには登れるでしょう。
先行隊に使用料位は、払う気が有るのか・・・
2009年秋にメスナールートからの登頂を目指したものの、
7,000mのノース・コルに一人では上がれず、
シェルパにルート工作させてから上がった実績が有りますが、今回は楽勝です。
イメージ 1
そして、北壁側のベースキャンプに戻り、休養してから北壁のABCに入り、
そこからソロで登っていきます。
順応が終わったら、青線で戻る様です。
休養後に、青線の終わり辺りに設置するABCに入るらしい・・そこからは単独だと。
そこからは単独と言う事は、ノース・コルから北稜の7500mまでは、
シェルパ付きと言う事に為りますね。単独登頂を狙う者が・・情けない・・・

冒険の共有も本格的に始まります。
今年は2名の日本人スタッフと、三脚や望遠レンズをABCに運ぶネパール人スタッフ3名、コック1名、キッチンボーイ1名と、全員極地になれた少数精鋭で頑張ります。
栗城隊の陣容が判りました。日本人3名・シェルパ5名。
(割愛)
北壁は下から上まで全貌を見通せることが昨年来てみて分かったので、今年は日本人スタッフ2名でABCから望遠カメラで、栗城が登る姿を皆さんと共有していきます。
去年の秋は、ゴマ点画像より無かったが、今年は期待して良いのでしょうか・・・


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50年振りに概念図を書いて見た。上図よりは判り易いかも・・・
BC(5200m)→栗城BC?に入り→東ロンブク氷河ABCに迂回し→ノース・コルから
→北稜7500mで順応する。→来た道を引き返し栗城BC?に戻り休養。
実に生産性が悪い(日数・時間的)順応ルートです。
その後オレンジルートでホルバインを目指す・・・・
イメージ 2
ウィリー・スティックの計画コースをで記入しました。
ネパール側のBCから、ウエスタンクム氷河を登って西稜に上がり、
北壁をトラバースして、ホルバイン・クーロワールから登頂。
サウス・コルからローッエ峰へ連続登攀してBCに戻る大計画です。
何日で達成出来るか見ものです~~中一泊二日? 二泊三日?
8千mでのビバークは危険ですから、どうするのか興味があります。

高度順応をするに当たり、チャンッエ峰(7,553m)をほぼひと回りして、
中央ロンブク氷河から東ロンブク氷河の北稜ABCまで往き、
ノース・コルに上がり北稜7,500mで順応する意味が判らない・・・・
栗城の足では、北稜ABCまで片道3日は掛かると思う。往復延べ6日の無駄・・・
普通、BC(5,200m)から北稜ABCまで約20キロを2日掛けて歩くのだ・・・

それに、先にも記載してる通り、北稜ルートには平岡隊始め多数の各国隊が居る。
そこにノコノコ往くのか・・そして他隊のFIXを使うのか・・単独を謳う者が・・・
皆真剣に登ろうとしてる中で、俺は順応に来た等と言ったらヒンシュク者。
順応なら、チャンッエ峰の中央ロンブク氷河側(西面)でも可能だし、
ホルバイン・クーロワールの下部でも、ルート工作やら荷上げしながら出来る。
時間の無駄・日にちの無駄と思うが・・・・変な事に為りそうな予感。

それにしても、判り難い書き方です。
基本的に、誰(どの隊)がチベット側に往っても、BCは5,200mの位置です。
その先に有る(置く)北壁のBC等と言う表現はしません。BCが2つ有る事になる。
あるとすれば、BC→中間デポC→ABC→C1・・・と言うべきです。




(割愛)
明日、チベット・ベースキャプ(TBC5000m)に入ります。

何回も言ってるが、中国・チベット側のBCは標高5,200mに有ります。
過去’09年・’16年に訪れながら、未だに正確な標高を知らないとは・・・
イメージ 3

●4月20日配信 会員向けメールより
本日、無事に「チベットのベースキャンプ(標高約4500m)」から徒歩で
「北壁ベースキャンプ(標高約5600m)」まで到着したと連絡が入りました。

(割愛)
ここでは、BCの標高を4500mと言ってます・・高度計付き腕時計が狂ってるの?
5000mと言ってみたり・4500mと言ったり・・・話にならない・・・
北壁BCを5,600mに設置した様です・
5600mのキャンプ標高に付いては、公式ブログ・FBでも触れられてません。
ただキャンプを設置したとだけ・・・何故でしょうか???
この事に関しては、【3】で述べます。
栗城公式ブログでは、18日にBC入りした以降の更新がされていません。

その後の動向を探る為に、久し振りに栗城関連の2チャンネルを見たら・・・
何と、5月28日までには、帰国し・・・講演だと・・・
この記念事業 ↓ に参加する様です。

ナンダ・コート初登頂80周年記念事業

先頃、当時のテントが発見され話題に為りました。
内容は↓参照

80周年として、再登頂し、当時山頂に埋めたとされる立教大校旗・毎日新聞社旗・
日章旗を探すというもの・・・これ自体はいいと思うが・・・
記念事業主体は、毎日新聞子会社の毎日映画社。
毎日映画社の顧問が大蔵喜福で、再登頂登山隊の隊長と言う話・・・
後援が、毎日新聞・立教大・立教大山岳部・立教大山友会(山岳部OB会)・
日本山岳会と言う。

立教大山学部のOB会・現役部員での再登頂隊なら、記念事業として価値はあるが、
大蔵喜福は、立教大卒でも山岳部OBでも無し・・・確か東海大。
総事業費が1500万だそうで、クラウドで金を集めようとしています・・・・
大蔵喜福の口車に、立教大他が上手く乗せられたのでしょうか???
大蔵にして見れば、只で遠征出来・しかも隊長・只で記録映画も創れます。
勿論、遠征隊の中には立教大の関係者も入れるでしょうが・・・

記念事業の一環として、講演会が有り、これに立教大と無関係な栗城が参加する。
名立たる、ヒマラヤ8千m峰登頂者が多々居る中で、何故に疑惑の栗城なのか???
大蔵が指名したに違い無し、昨年秋の北壁も擁護してた・・金の遣り取り有りか?
5月28日に合わせて帰国とは、20日頃には北壁から離れなければ為りません。
栗城が、本当に〝北壁〟を登る気が有って、北壁に往ったのでしょうか????
その気が無く〝支援企業・信者から金を集め〟て、生活費に充てる為では・・・・
チベットに向かい・トンボ返りで、講演料の小銭稼ぎの体です・・・・
後援の日本山岳会や立教大OB会は、
栗城の様な奴の参加を、良しとしたのでしょうか・・多いに疑問です・・・・
日本山岳会とは、昔は社会人山岳会の草分的存在、大学山岳部のOB達が創った会、
会員2名の紹介が無くば入会出来なかった経緯が有る。
日本山岳協会(日山協)が出来るまでは、日本山岳会も力が有ったが、
今やその傘下のただの、一山岳会です。
今では烏合の衆でも、プライドは当時のまま一流のはずですが・・・

何故、ここまで言うか?  
近年のエベレストで、日本人が登頂に成功した日を記しますと・・・
2011年5月20日 6名
       25日 5名
       26日 3名
2012年5月19日 2名
       25日 1名
2013年5月18日 1名
       19日 1名
       20日 5名
       23日 5名
2016年5月19日 6名(芸人なすび登頂)
       20日 6名
       21日 1名
       23日 1名(南谷真鈴登頂)
これだけの登頂者が居ます。
日付を見れば、ほぼ毎年5月20日頃から5月末に掛けての登頂です。
この10日間位が登頂のチャンスなのです。

このチャンスを待たずに帰国・講演とは、
元々登る気が無い(登れ無い)と、言われても弁解の余地は有りません・・・ね。


’16年春のアンナプルナ南壁では、発表してた登山期間内に講演会を入れて、
氷塊が当たって歩けないと言いヘリを使い下山、講演前日に隠れる様に帰国し、
講演で稼いだ実績が有った。

’16年秋の北壁では、北壁下をウロウロ・停滞の連日で登山期間を消化してしまい、
中国登山協会に期間延長を認めて貰い、日程ギリギリまで登頂を目指したと言い、
ABCで〝泣き崩れる〟芸を披露した実績が有った。

この通り、栗城は真剣に山に向かう気持ちは無く、
〝冒険の共有〟〝否定の壁を乗り越える〟などと、耳障りの良い言葉を巧みに使い、
企業・信者から〝集金〟して、銀座での生活費に充てているのです。
栗城にとっての山は、グリコ菓子のオマケ的な存在か・・・

C(キャンプ)位置・高度順応等の駄目さ加減に付いては、次回の【3】で・・・・

4月23日 追記
エベレスト南東稜からの登頂を目指している、ICI社長隊・AG公募隊の全員が、
21日にロブチェ東峰(6119m)に登頂し、高度順応を達成。
今頃は、BC入りをしてるでしょう。



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