海彦・山彦の白秋日記

Ombigaichan 6340m ヒマラヤ襞が綺麗な双耳峰。 この頃はまだ未踏峰だったが・・・今は誰か登ったか?

カテゴリ: ◆◆山彦のヒマラヤ・極地・他雑談◆◆

の続き

第48報で、>やれる限りやってきましたが南極点に到達するのは極めて困難です。と言ったが、この先の14日間で何処まで進めるか? (冒険期間が60日として)

ここで、一つの疑問が湧く・・・それは、冒険期間(日数)の設定。
ALE社(南極冒険者のサポート会社)と、どんな契約をしたのか?
スタート地点に“降ろして”、何日後かに極点で“回収”、これが主な事柄なはず。
当初計画より日程が遅れるとしても、毎日交信してる関係、迎えの飛行日を変更したら?
経費増には為らないはず・・・(多少極点行きよりは、飛行距離が長いとしても)
期間が伸びて、喰い物他が少なく可能性は有るが、本人が喰う量を調整して凌げば済む。
BCから本土への飛行日だとしても、次便とかに変更出来ないのか・・・

残り、極点まで548km。限られた日数で、何処まで近付けるか?
これから登るクイーンモード山脈は、110年前にアムンゼンが探し当てたルート。
アムンゼンは、山脈中の氷河に進路を求めて、3日掛けて56kmの氷河を登り切ったと言う。
氷河を抜けた地点は、南緯85.36°・標高3200m。アクセル・ハイバーグ氷河と命名。

彼は、橇を犬に曳かせて3日で抜けたが、人が100kg超えの橇を曳いて1日何km進めるか?
クレバス帯を迂回しながらの登りだ・・・



行動記録【第51報⇒第60報

黒字は、事務局に送った内容。赤字は、小生が強調した部分。青字は、小生の思い。**********************************************************************

2022年1月4日7:06(日本時間)/第51報

1/3 47日目 距離23km 高度126m
山脈へと近付き明らかな緩い登り下りを繰り返し、取り付きへ。ここまで723km。実に長く辛かった。艱難辛苦は前回の南極と比にならない程。ただ、また問題が。昨日ベースキャンプとの交信で山脈越えの事を話したが、オレのいる場所が遠隔の為、ベースキャンプの撤収の日程まで間に合うかどうか、という問題。山脈を越えないと飛行機が着陸可能な場所がない。オーナー達が相談して最終決断をするらしい。南極では飛べないときは1週間も待つ事も。「山脈越えだけはしたい」と電話で頼み込むが特殊な地である為、オレが決断できる訳ではない。上ずりそうな声を抑え冷静に話す。ピックアップの可能性もある。ここの取り付きなら着陸可能だからだ。最終決断は次の交信の時に下されるだろう。行けるのか、それとも。

前述の、疑問の一部が解消。
>ベースキャンプの撤収の日程まで間に合うかどうか、という問題。
ALE社(南極冒険者のサポート会社)の南極に在るBCは、ハイシーズンのみの営業らしい。
施設は兎も角、要員も飛行機も本土へ撤収するのか・・・
送迎用飛行機チャーター代が、6000万円と言うのも強気だ。

>山脈を越えないと飛行機が着陸可能な場所がない。
>ここの取り付きなら着陸可能だからだ。
飛行機が降りれる場所は、この2箇所より無いのだ・・・予想した通りだ・・・
明日の交信結果は如何に・・・
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南緯85°のライン(
空色)は越えた。これから、ア
クセル・ハイバーグ氷河に入る寸前。
何とか為らないものか・・・
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2022年1月5日10:15(日本時間)/第52報

1/4 48日目 距離20km 高度356m
眼前に広がる山脈。英語で言うMassiveがまさにピッタリ。明らかに標高が高くなるのを筋肉の疲労から感じる。山脈越えに挑戦できる。ただし要所でのタイムリミットがある。達せなかった場合は取り付きまで降りてくるのが条件。クレバスがあるので視界良好でないと行動不能。運にも左右される。飛行機を飛ばす会社の皆さまのご理解に感謝。シーズン終了間際で予期しにくい場所での行動は彼らにとってもリスクなのだから。挑戦できると聞いて、ガッツポーズ。背筋が凍り血が沸く。それがやりがいかも。冒険家ってのは因果な家業だ。

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>山脈越えに挑戦できる。ただし要所でのタイムリミットがある。達せなかった場合は取り付きまで降りてくるのが条件。
厳しい条件だが、昨日の位置から、20km進んで標高差で230mも稼いてる。
確か、
クセル・ハイバーグ氷河の入り口が、標高5百何十mだったと記憶してる。
明日には、入り口に着けるか・・・入り口から56km登れば、3200mの氷床台地に着ける。
氷河を、何日で抜けれるか? が、勝負だ。
血判状を記して挑んた君だ、極点が無理なら、せめて3200mの
氷床台地の上に立て!
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2022年1月6日6:12(日本時間)/第53報

1/5 49日目 距離12km 高度526m

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曇り気味のなか出発。緩やかに登る。雪が柔らかく軽くなったソリでも牽引にパワーがいる。12時間行動が通常だが8時間行動で曇りで雪面が見えなくなり行動終了。ヒドゥンクレバスも確実に見えるコンストラストでなければ、ここでは歩くべきじゃない。
アムンゼンも雪が柔く、クレバスの迂回が多いと言ってるが、見る限りそんな気配は・・・
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高度526m、170m登った。残り標高差2674m。
アムンゼンは、犬45頭で4台の橇を曳き、3日で登ったと言うが、人力で
何日で登れるか? 
人力車夫としての、本領発揮の時だ!!!
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2022年1月7日9:16(日本時間)/第54報

1/6 50日目 距離9km 高度759m

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寝てる間にガッツリ降雪。南緯85度を越えしこんなに降るとは。朝のテント撤収がひと仕事。お陰で軽くなったはずのソリが重い重い。スタート時並に重い。今日はドローンを飛ばして撮影。極めて好条件でないと飛ばせない。もう出発して50日間、実は遠征中は孤独を一切感じない。動物占いがヒツジなのに笑。この世界ではむしろ皆を身近に感じる。精神の世界に近い場所にいるから。都会の方がずっと孤独なものだ。
ドローン撮影? そんな余裕が有るのか、9kmより歩けて無い。今は、何が最優先だ? 
降雪で、クレバスが隠れてるから、注意だぞ!!!

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高度759m、233mも登った!!! 氷床台地まで、残り2441mだ。曳け・曳け・曳け!!!
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秋田魁新報 1月7日掲載web記事より
部さんは昨年11月19日、日本人初の南極探検家・白瀬矗(のぶ)(にかほ市金浦出身)の最終到達地点である大和雪原(ゆきはら)を出発。今月17日までに約1300キロを歩いて南極点に到達する目標だった。
南極へのフライトが予定より遅れるなど、不運も重なって今月1日までに行程の半分過ぎまでしかたどり着けず、南極点到達は断念。眼前に迫った南極断山脈越えに挑むとしていた。
期限である17日には、南極専門の航空会社が南極のベースキャンプを撤収し、阿部さんを乗せる帰りの航空機が飛ぶ。この日までに南極に到達できない場合は、阿部さんがいる地点まで航空機が迎えに来ることになっていた。
しかし、山脈を登り始めると、山を越えるまで航空機が着陸できる場所がない。このため航空会社は、山越えの要所に時間制限を設け、間に合わない場合はその時点で登り口まで戻らなければならないという条件付きで山脈越えの挑戦を許した。
記事を読んで、唖然!!! 
>月17日までに約1300キロを歩いて南極点に到達する目標だった。
これまで、何処にも、17日が期限との書き込みが無い。地元紙にだけ発表?
第48報で、やれる限りやってきましたが南極点に到達するのは極めて困難です。
と、初めて言う。白瀬ルートから、アムンゼンルートに変えた時から、
無理な事が判ってたのでは? 1日当たり平均22km進まないと駄目な事を・・・

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2022年1月8日8:23(日本時間)/第55報

1/7 51日目 距離7km 高度913m
雪と登りで一気にペースが落ちている。登りよりも雪の柔らかさに苦しめられる。9時間歩いてわずかこの距離。天気は悪くない。視界が悪いと歩けないのだから文句は言えない。前に前に、南に南に、進むのみ。

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9時間で、7kmより進めない。154m登って標高913m。残り2287m。
この先1日当たり200m登れても、残り10日で、3200mの氷床台地に到達は不可能。
何日の時点で引き返すのか? 
極点に達せず
瑣末な話だが、何としても
「単独で海側から、橇を曳いて南極横断山脈を越えたのは、俺が初だ」と、言いたいのなら、不要な荷を捨て、身軽にして進め!(知る限りでは、橇を曳いて、南極横断山脈を越えた者は既に居る。極点から単独で同ルートを越えたのは1人、同南極道路経由が2人。スコット基地から自転車・バイクで南極道路経由で極点到達者2人?)
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2022年1月9日6:53(日本時間)/第56報

1/7(1/8の間違い) 52日目 停滞日

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22日目以来の休息とした。起きると分厚い曇りが辺りを覆っていてテントの周辺だけ晴れ。この雲が太陽にかかるとこの地域は歩かない方が良い。そう決めたものの1時間事に外を見る。結局、ほぼ曇らず。歩けば良かったかな、との思いになるが選択しなかった未来など誰か分かるだろう。休む時は休むべきだ。夢ばかり追いかけてきたせいか、生きるのが下手だなぁ、とよく思うが、だからここまで来れたのかも、とも。
時間制限間近の、此処に来て停滞するとは・・・南極山脈の上の台地は遥か彼方だ!
これを越えて、“漢”に為りたかったのでは?  ヤル気が失せたか・・・
事故ル前に敗退宣言をして、救援して貰った方が、後が有るぞ。 

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2022年1月10日9:33(日本時間)/第57報

1/9 53日目 距離9km 高度1,027m

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ほぼ眠れなかった。昨夜、ベースキャンプとの交信で再び続行か撤退か、の話になり、これから天気が荒れるのでかクレバス帯を越えはのが極めて危険であり、また飛行機ピックアップの制限時間にも際どい。改めて最終決定の電話を別日にすると言うことだ。規模が大きい遠征は精神戦でもある。様々な事が起こる。それを受容するメンタルも必要。クレバスはもう目の前で大きく口を開けている。
休んた翌日でも、9kmより曳けない・・・到達高度(標高)1027m。
救援機が降りれる3200mの氷床台地まで、2000m以上の登りが有る。
1日登って100mより稼げない・・・これでは期限の17日までに、
クセル・ハイバーグ氷河を抜けるのは無理だ。回収時の天候不良を考えて、2.3日中に下りる決断をせよ。
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2022年1月11日7:56(日本時間)/第58報

1/10 54日目 停滞日 

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分厚い雲が空を覆い光の乱反射で地形が見えない。前と違いここではこの天気では危険過ぎて行動不能。ベースキャンプとも相談し、「現状では南極横断山脈は極めて難しい」との双方の判断。ピックアップのタイムリミットもあるが、これから天気が荒れ数日間の停滞を余儀なくされるだろう事も考慮して。これから天気が回復次第、プロペラ機が着率可能な平らな雪原がある場所まで約50km下山する。外は南緯85度を超えているというのに雪が降っている。前回も今回も天気と雪に悩まされる。ベースキャンプに戻るまで一週間近くかかるだろう。最後まで気は抜けない。土壇場では自分は極端にドライな感情になる。だから泣いたりはしない。が、応援して下さるあなたの気持ちにどれだけ応えられたか、それに胸が痛む。
一つの冒険が呆気なく終わった・・・心中幾許か・・・
南極横断山脈の中の、クイーンモード山脈に有る、クセル・ハイバーグ氷河の標高1027mが、今回の冒険の最終到達点。極点まで直線で約506kmの地点。
座標は、南緯85.442444° 西経165.840147°。
総踏破距離は、780.7km。
以上が結果だ・・・
救援機が降りる地点までの、50kmの下山中は気を抜く事なく、安全に・・・
アムンゼンは、この氷河の下りが、橇が先行し困難だったと述べている。

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秋田魁新報 1月3日掲載web記事より抜粋

今回の冒険では、南米チリから南極へのフライトが天候などの影響で予定より5日遅れたほか、出発前の調査でクレバスを迂回(うかい)するため行程が100キロ以上増えた。出発後も大和雪原(ゆきはら)周辺の雪が乾燥していてそりが滑らずペースが伸びなかった。こうした悪条件が大きく響いた。
と、書かれているが・・・
南極到着が5日遅い
⇒5日前に着いても、進めた距離は約110km。(1日22km換算)
100km以上迂回⇒約10日間の迂回が無かったとしても、進めた距離は約200~250km。
計約360kmを加えても、極点は約140km先。
1日22km換算で7日相当
要は、
冒険期間と1日当たりの歩行距離の設定に、問題(無理)が有ったのでは? 
いづれ本人から、説明が有ると思うが・・・

橇が滑らず⇒平底に近い橇は、雪面抵抗が多く、軟雪には弱い。
’18年日本人初の、南極点無補給単独到達者、荻田泰永氏が使った橇↓は、
8kg弱だったと言う。信じられない軽さだ・・・しかも、卵型に見える・・・
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今回使ったこの平橇↓は、何kgだったのか? 興味が沸く・・・
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こんな橇↓だったなら、
雪面抵抗が少なく、曳き易いのではと思ったりも・・・
スキー板と架台の重さが加わるが、荷台の造りで、軽量化が図れるのでは?
若干重心が上に為るが、工夫次第で何とでも為るだろう・・・
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【プロ冒険家 阿部雅龍を応援くださる皆様へ 】1月12日
いつも阿部雅龍を応援いただき、誠にありがとうございます。
2022年1月10日(現地時間)に受信しました阿部雅龍からのメッセージをご覧いただいたとおり、現地での本人の判断として本冒険を一時中断し、南極大陸から離脱する決断をいたしました。
本日より、現地サポートチームと協議決定したピックアップポイントを徒歩で目指し、チリ共和国を経て日本への帰国に向けて動き始めます。
事務局はこれまでと同様、可能な限りのサポートを継続し、正確な情報を発信に努めて参ります。今後の冒険の詳細につきましては、阿部雅龍が無事にサポートチームと合流し、通信環境が整う状況になってから、お知らせいたします。
引き続き、阿部雅龍の冒険を応援してくださいますようお願い申し上げます。
                    一般社団法人 人力チャレンジ応援部

>本冒険を一時中断し、南極大陸から離脱する決断をいたしました。
“一時中断”・・・この意味が判りません・・・再度挑むと言う事でしょうか・・・
詳細は、プンタアレナスでの発言を待つ事に・・・
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2022年1月13日10:53(日本時間)/第59報
(以下事務局から)南極の現地時間で昨日(1月12日)発信されました阿部雅龍からのメッセージを受け取りました。天候悪化で2日間テント内で停滞をしていたようです。これからクレバスゾーンを抜け、4日ほどで現地サポートチームと決定したピックアップポイントに達する予定です。阿部雅龍の健康状態に問題はありません。

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2022年1月16日19:00(日本時間)/第60報
(以下事務局から)現地サポートチームと合流後、南極点の基地に到着した阿部雅龍から衛星電話での定期連絡がありました。心身ともに健康であることを取り急ぎご報告させていただきます。今後、最短の好天日を待ち、チリへ渡航後、各国のルールに従った入国手順を経て、日本へ帰国いたします。
南極点の基地? 回収に近いからか? その後は本来のBCに寄らず、直接チリへ直行か・・・
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1月23日 久々の更新です。
【単独徒歩による南極遠征(54日間780km)を終え南米チリに無事帰還】
日本人(アジア人としても)で初めて南極を跋渉した白瀬南極探検隊の足跡を延ばしての南極点到達はなりませんでしたが、109年振りに白瀬隊の最南到達地点である大和雪原(1912年到達)に人間が初めて立ち、ルートのうち人類未踏の雪原を約200km踏破しました。遠征中は白瀬隊の集合写真が懐中にあり100年以上経っても人の意志は受け継がれていく事を行動で証明しました。
多くの悪条件に阻まれた。
コロナの影響や南極行き飛行機の遅延で日数が減り、大規模なクレバス帯を避ける為の迂回で距離が100kmも延び、柔らかい雪にソリは埋まり、天候不良にも悩まされた。今シーズンの南極は天気が全体的に悪かった。4000m級の南極横断山脈越えの途中でタイムリミットによる撤退を決めたが、先立って山脈を越えたが撤退した遠征隊によると、山脈を上がると今年は時速100kmの爆風が吹いていたそうで、越えても地獄だっただろう。
(しかし神様もオレに試練を与えるのが好きですね)
条件が揃えば達成できる自信はあった。多くの”たられば”を言うのは簡単だが言い訳はしない。コロナ禍でも悪条件でも”やる”と決めたのは自分自身であり、厄害・天候などの悪条件さえも自分の責任だと感じなければ。リスクは承知でこの道を歩いてる。それが夢に生きるって事なのだから。
最南到達地点は、南緯85度26分 西経165度50分。
実現に足掛け18年と1億円、そして人生の全てを賭けてきた。誰にも会わず独りで約60日間、毎日12時間100kg以上のソリを引き続けた。
圧倒的に厳しい条件のなか心折れずにやりきれたのは、応援してくれる皆様のお陰です。”あなた”の気持ちはあなたが思うより南極の自分の元に届いていました。南極点までその気持ちをお連れできず申し訳ない。
昔から自分で分かってる。自分が凡人だってこと。だから覚悟と努力を人より躊躇しない事で補ってきた。日本出国前に達成誓約書に血判までした。だが、達成に至らなかったのは覚悟がまだ足りなかったからだ。満ちる時は全てが満ちるはずだ。
だから考えてる、もっと覚悟を決める方法を。
改めて、あなたの応援とご支援に心から感謝申し上げます。
(帰国後に隔離となります。少し落ち着きましたらまた活動を再開しますが取り急ぎの報告まで)

>条件が揃えば達成できる自信はあった。
敗退者の多くが言う言葉だ・・どんな条件か? 揃わなかった時の対処は? 

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1月25日
今朝、無事羽田に到着した様です。
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1月26日
何と! アムンゼンが辿った、極点へのルートが、既に商品化されてました。
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今回単独で極点に到達できれば、世界初だったかも知れぬが、ツァーが有ったとは絶句。
このツァーには、粉雪が深く大変だと明記されている。何が橇が埋まり難儀しただ!
https://cruiselife.co.jp/cruise/detail_1945.html
これを見て、一瞬“白夜”の様な、白け感が満載です・・・
極地探検の時代は100年前に終わり、“極地冒険の時代”も既に終わり、
今やガイドが引率する
“南極旅行”が、主流の時代に入った様です。
エベレストが800万・南極点が1000万、宇宙が100億。金と暇とその気が有れば・・・

これで、この項(頁)を綴じる事とします。

の続き

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予備日を含み、残りの行動日は、34日と為ったが(推測)、遅々として進まない。
今日の到達緯度が南緯83.235308°、極点までまだ751.55728kmも有る。
日割計算で1日当たり、22.1km進まないと無理だ・・・

ここから約150kmは、陸氷上を歩く事に為る。これが第一関門だ・・・
そして、ロス棚氷に降りて、1.2日後には、第二関門の“南極山脈”の横断に入る。
第一関門の通過に手間取る様では、
第二関門の山脈越えは覚束無い・・・



行動記録【第41報⇒第50報

黒字は、事務局に送った内容。赤字は、小生が強調した部分。青字は、小生の思い。

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2021年12月25日9:16(日本時間)/第41報

12/24 37日目 距離21km 高度90m
出し抜けに雪原に緑のフラッグ。ロス棚氷には"ハイウェイ"がある。勿論舗装路ではなく雪上車が沿岸のマクマード基地から南極点のアムンゼンスコット基地まで物資輸送の為にクレバスを埋めて作られたルートでロス棚氷を斜めに横断している。どこかでぶつかるとは思っていたが想定より北部だった。最近何か通った気配はないが、人間の匂いというものに懐かしさを感じる。これがサンタさんのプレゼントなのかもね。

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今日の到達点
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南進したら“南極道路”と交差する事は、予備知識として予想してたが、
こんなに手前に有ったとは・・・以外で驚きだ。
ここより150km位南進した、ロス棚氷の最深部辺りで、交差するものと予想してた。
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上図の赤線が、完成当時に公表された“南極道路”の位置。
ロス海沿岸の(米)マクマード基地から、極点に有る(米)アムンゼン・スコット基地に物資を運ぶ為に、造られた、1450kmの道路です。
遥か手前に“道”が有ったと言う事は、氷床の移動で維持管理が難しく為り、移設したのか?

マクマード基地の画像
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南極最大の基地・・・最早、地の果てや空白地帯でも、無く為ってしまったのか・・・
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輸送船が接岸出来る港や、物資保管の設備が整ってます。
千人以上の要員が居て、約200人が暮らす極点基地へ、物資を供給してるとか・・・

南極道路の様子
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トラクターや雪上車で橇を曳き、1450kmを40日掛けて、極点基地まで運ぶらしい。
ルート上には、極点まで400m毎に目印の旗が立てられ、道も維持管理されてるとか・・・
過去のバイクや自転車での極点到達記録は、この道路を使って達成されたと言う。

その“南極道路”に、ブチ当たったのだ!!! 
この旗に従って進めば、極点まで迷う事も、クレバスに落ちる心配も無い。

アムンゼン・ルートに沿って進めば、巨大な背丈程も有るシュカブラ(風紋)の、
“サスツルギ”帯(下画像)やクレバス帯に嵌り込み、橇が進まずに難儀するかも・・・
更に、氷河を登り、南極横断山脈も越えなければ・・・
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さて・・・明日から、どちらを選択して進むのか? 
速さ・楽さ・安全さでは南極道路だが、プロ冒険家としては・・・悩む処か?

これを通る事での云々は、ルートが決まった後日に・・・
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2021年12月26日7:02(日本時間)/第42報

12/25 38日目 距離18km 高度84m
サスツルギという強風で雪が削られて段差になった地形を歩いてる。高さは30cm程でしかないがソリで越えるにはやはり力がいる。見えてる分には良いが曇ると乱反射で全く見えなくなる。そうなると見えない小さな落とし穴と同じ。時に落ち派手に固雪に身体を打ちつける。足をくじいてもここでは大問題になる。曇りの日は一歩一歩見えない落とし穴を探し歩くので神経も体力もすり減る。

サスツルギ帯に入った様だが、今の処アムンゼン・ルートを南進してるのか?
南極道路に沿って進んでるのか? は、今日のGPS情報では判断出来ず。
2.3日歩けば、進む方向が判断出来るだろう・・・極点到達成否の分岐点に為るかも・・・

H30cmのシュカブラ越え、板を脱いで、ツボ足で歩いているのか・・・
板のエッジを効かせて歩く方が、楽に思われるが・・・日本の物とは、固さが違うのか?

到達緯度 南緯83.56° 極点まで残り715.5km 
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2021年12月27日8:33(日本時間)/第43報

12/26 39日目 距離24km 高度97m
晴れと曇りが交互に。曇りになるとサスツルギが見えなくなり急に速度が落ちる。雪面が固くなってきた。距離が伸びる。スキーポールのスノーバケットが破損、新品に交換する。よくぞここまで持ってくれた。ポールはSINANO様、石突は松本精機様の町工場のおやっさんの手造りのチタン。頼れる装備はマスト。

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プラリングの破損では無く、ストラップの縫い目がホツれた様だが、
縫い代が少ないのが原因。シナノの1760円の深雪用既製品だが、
石突を特注する位なら、ストラップを長目にして縫って貰い、
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更に補強の為に、カシメを打てば良かったのでは? 素人目に思う改良点だ・・・
画像のストックは、50年も昔に山スキーの主流だった“東京竹”製(トンキン竹)。
リングが15cm有り、深雪には絶対で有る。革が駄目に為り、ストラップで代替えして、
12.1月の新雪期に使用。今の既製品には、大口径のリングが無く、重宝してる。

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陸氷の上を初めて24Kmも進んだ。絞まった雪は抵抗が減り、橇を曳き易い様だ。
南極道路を曳いてるのか? アムンゼン・ルートをトレースしてるのか? 判断付かず。

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2021年12月28日8:45(日本時間)/第44報

12/27 40日目 距離19km 高度83m

今日も曇りでサスツルギが全く見えない。非常にストレス。一度、転んで正面から落ちあわてて受け身を取る。サスツルギで骨を折ってリタイヤする冒険家もいる。視界の悪い日は歩かないのがベストだが、そうもいかない。歩ける限り歩かないと。もう40日間。疲れているは当たり前。少しでも前に。
使った事は無いが、曇天用の凹凸が見えるゴーグルが有るはず・・・用意してない?

到達緯度 南緯83.91° 極点まで残り676.599km
残り日数が30日、1日当たり22.55km進まないと・・・ 

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※第41報で、南極道路に出会ったと言ってたが、その後どのルートを取るのかを見ていた。
27日現在、南極道路を選ばず、アムンゼン・ルートに沿って、南進してる様に見える。

このまま進んで、最後のロス棚氷を横切れば、南極横断山脈を登る事に為る。
アムンゼンは、山脈中の氷河に進路を求めて、3日掛けて56kmの氷河を登り切ったと言う。
氷河を抜けた地点は、南緯85.36°・標高3200m。アクセル・ハイバーグ氷河と命名。
先人は、犬達に橇を曳かせたが、100kg超えの橇を曳いて、3200mを何日で越えれるか?
今回の極点行きの最大の難所だ・・・

当初、今回の極点ルートを、下図の様に考えていた。
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BCから、白瀬が上陸した起点に飛び、棚氷末端から歩き始めるものだと・・・
しかし、何故か?白瀬が断念した“大和雪原”からの、スタートに為る。
クレバス帯を避ける為に西進し、まさかのアムンゼン・ルートに合流し、そのまま南進するとは・・図中の小生が勝手に予想したルートとは、大幅に狂った。
南極横断山脈越えは、ホーリック山脈とクイーンモード山脈の狭間が、楽で可能なルートの様に思え線を引いたが、そこに南極道路が通っていたとは・・・以外だった。
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2021年12月29日8:40(日本時間)/第45報

12/28 41日目 距離22km 高度95m
ようやく晴れた。地形がしっかり見えて歩きやすい。気分が良い。ただ日焼けがエゲツない。未来のお肌のシミが心配w。スキーのビンディングのネジに緩みを見つけフィールドでマス締め。遠征ではギアを見ながら修理しながら行く。ペンチ、針金、接着剤、エポキシパテなどを持ち様々なシーンに対応する。
75mm3ピン金具は、3箇所でのネジ止め。靴にも亀裂が入ったし、力が掛り過ぎだ・・・

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2021年12月30日8:39(日本時間)/第46報

12/29 42日目 距離23km 高度120m
39歳の誕生日。南極では2回目。ウイスキーの小瓶を開けてお祝いした(頂いたN先生感謝)。ちなみに南極では一切飲まないし、飲みたくもならない。去年は我が家でaiboと2人で、2年前は冬の北海道を独り歩き、3年前が南極(あれデジャヴ感w)。来年で40どこの旅の空にいるだろう。南極から帰ったら見るので"誕おめ!"か"抱いて!"のコメントでお祝いしてくれよな。"誕おめ、抱いて!"などの合わせ技もウェルカム、男女不問。コメントしない人はかかるよ、南極の呪いに。行っちゃうよ、南極に。
チャラけてる場合では無い、必死で歩け・橇を曳け!!! 悪天で停滞したら後が無い。
到達緯度 南緯84.31° 極点まで残り632km 1日当たり22.6km進まないと・・・

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2021年12月31日9:13(日本時間)/第47報

12/30 43日目 距離19km 高度108m
山脈が見えてきた。写真ではまだ確認しにくいだろうが。圧倒的迫力。山脈越えまで後60km程度。歩きながら早川徹也の白銀の夢という曲を聞いてた。前回の南極の応援ソングでキングレコードからCDが出てる。Spotifyにあるかな?まさに今の自分。徹也とはそれぞれの夢を目指し共に駆け抜けた。彼はいま活動を休止し、経営者として奮闘してる。熱い日々を共に過ごした。てっちゃん、君の歌は今もオレの心で鳴り響いてるぞ。

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>山脈越えまで後60km程度。正確には、南極山脈の基部までの距離。
今のペースでは、60km進むのに3日掛かるか?・・・下図の青線は、これからのルート。
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南極山脈の基部から、標高3200mの台地まで、延々と56kmの登りが始まる。

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2022年1月1日9:02(日本時間)/第48報

12/31 44日目 距離22km 高度109m
新年明けましておめでとうございます。2022年が皆さまにとって素晴らしい一年になる事を南極点より祈念しています。
明けてのいの一番ですが、やれる限りやってきましたが南極点に到達するのは極めて困難です。それを見誤るほど冒険においては愚かではありません。悪い条件が重なり過ぎました。既に満身創痍ですがタイムリミットまで一歩でも南極点に向けて前に進みます。 頭が良い人ならムダな努力はしない、と程よく切り上げるのかも。だがオレは諦め悪く最後まで精一杯走り抜きたい。
まだやってる、もう無理なんだから諦めて早々帰ればいいのに、という冷めた意見もあるかもしれない。ただ「阿部くん最後までガンバって」と言うあなたの想いは南極まで届いています。それに応えたいんだ。
何よりオレが最後までガンバりたい。白い大陸を許される限り歩く。実現に足掛け18年かけた夢。諦めの悪い人間には新たな可能性がある。誰に負けてもいい。大事なのは自分に負けない事、自分で自分を誇れるって事だ。重ねた努力がムダになる訳じゃない。オレは依然として阿部雅龍だ。
これから遠征の最大の難関。悪魔の舞踏場と言われるクレバスの多発地帯がある4000m級の山々が連なる南極横断山脈越えにかかる。単独で登りを越えたら世界初。そもそもこれだけを切り取っても大きな挑戦。これを達成したい。
そうだ、最後まで挑戦するのは、皆さんの気持ちに応えるため、そしてオレがオレであるために。

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到達緯度 南緯84.67° 極点まで残り592.163km 1日当たり22.7755kmだ。
“ガリュウ” 弱音を吐くな!  誰の為でも・記録の為でも無い、自身が納得出来る行動を
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2022年1月2日9:02(日本時間)/第49報

1/1 45日目 距離21km 高度102m
新年が明けたが変わらずに歩き出す。毎日、太陽に2礼2拍するが今日は更に気持ちを込めて。一口だけ残しておいたウイスキーを飲んでお屠蘇とする。歩いてると明らかに雪上車の道にまたぶつかる。明こらかに使用されてる。れが南極ハイウェイだろう。となると前回のはどこへ?繋がりそうな活きてる基地はなさそうだが。ベースキャンプとの定時交信で、休む事も大事だよ、身体の事も考えた方がいい。とソッとアドバイスくれたのが有難い。単独の遠征だがベースキャンプでは冒険家たちの遠征を陰で支える各分野のプロがいる。

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>歩いてると明らかに雪上車の道にまたぶつかる。明こらかに使用されてる。れが南極ハイウェイだろう。
第41報で、図入りで示した“南極道路”に再度遭遇。明らかに最近通ったキャタ跡だ。
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到達緯度 南緯84.86° 極点まで残り571km 

さぁ~どうする、時間切れが間近の状態で、これからが第二関門の正念場だ。
①このままアムンゼン・ルートを進んで、世界初の単独での南極山脈越えに挑むのか?
②多少遠回りだが、橇引きに楽なキャタ跡を進んで、極点を目指すのか?

①を選んた場合
3200mの氷床台地まで、56kmの氷河を登る事に為る。登れればアムンゼン以来の第2登。
クレバス通過が有るし、登り切るまでに万一何かが有っても、救援機が降りれない。
②を選んだ場合
氷床台地に上がる標高差2000mの斜面には、雪上車が登れる様に段々の道が造られ、
クレバスも埋められて安全が確保されている。救援機も、天候次第だが通常降りれる。
上手く素早く行動出来れば、極点到達も夢ではない!

>単独の遠征だがベースキャンプでは冒険家たちの遠征を陰で支える各分野のプロがいる。
山岳界では、BC・他からの支援が一切無いのを、単独と言う。
冒険界では、位置・天候他の情報の遣り取りが有っても、単独と言う不思議・・・

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2022年1月3日8:29(日本時間)/第50報

1/2 46日目 距離22km 高度148m
朝のアラームで起きれない事が増えてきた。疲労のせいか気付くと二度寝している。時計はベースキャンプの時間で動いてるがオレは通常朝5時に起き23時に寝る。単独行はやる事が実に多く睡眠時間の確保に必死だ。明日には山脈越えの取り付きまで行ける。壮大な景色が実に美しく、また恐ろしい。

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①を選択した様です。単に極点に到達したいのなら、少しは可能性が有る②を選ぶかも。
しかし、前回(’19年)補給を受けながらも、極点に到達してるので、
今回は
>南極横断山脈越えにかかる。単独で登りを越えたら世界初
を目指す事に・・・
期限が何日だか判らないが、期限内に山脈を越えて3200mの氷床台地に上がらないと、
迎えの飛行機が降りられない・・・60日としたら、まだ2週間有るから越えれるか?
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に続く



歩行を開始して、26日が経過した。
下図に因ると、総踏破距離が325.7km。南緯81.8°、標高52m地点に居る。
南極点が南緯90°なので、もう8.2°分の距離を歩かないと、到達出来ない。
どの位の距離だろうか? 
地球は自転の影響で、真ん丸では無く、少し膨らんでると言う・・・
計算が面倒なので、丸い前提でザックリ計算する。誤差は数10km程度だ。
地球の外周は約40000km、360°で割ると1°が111.1km相当。
8.2°✖111.1km=911.02kmと出る。更に900km以上歩かないと、着かない事に為る。
それに、南極点の標高が2830mなので、更に2778mも登らないと・・・

26日間で、1日平均12.5km歩いたので、更に911km歩くには、72.8日を要する計算だ。
本人はハッキリ言ってないが、残りの日程は40日を切ってると思う。
今後、今までの倍近い距離を、休養日無しで、日々歩き通せるのか?
在京事務局に送信してる、彼の行動記録を見る限り、悲壮感は無いが・・・
しかも、後半は長い・長い登り坂、食料・燃料の重さが、日毎に減ると言ってもだ・・・
この先の天候・クレバスの状況・体調、他人事ながら・・・同郷として心配に為る・・・
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日程・行程に関する疑問点
11月17日 BCで、
期間は59日になるかと、と言ってる。     
11月19日 歩行2日目で、
1日22km進まないと間に合わない、と言ってる。
              
現在まで、1日22km進んだ日は、1日も無しだ・・・遅れている事に為る。
11月24日 歩行7日目で、
まだ全体の日程の1/10、と言ってる。
     
17日に期間は59日と言う、予備日が11日?
12月  7日   歩行20日目で、
残り40日を歩き抜かないと。と言う。
     
全日程は60日?  
ハッキリしないが、59日+予備日11日で、70日を全日程と考える事にする。



行動記録【第31報⇒第40報
黒字は、事務局に送った内容。赤字は、小生が強調した部分。青字は、小生の思い。
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2021年12月15日8:07(日本時間)/第31報

12/14 27日目 距離10km 高度75m
今日も強風。何日間続くだろう。気温が高いので酷く寒くはないが横から強烈に吹くので重いソリが流される。スキーの轍をなぞればソリはスムースに進むが、常に左斜めに力強く引く感じでえらく疲れる。ペースが上がればまた新たなトラブルが、の繰り返しだが、また海路の日和も来るだろう。

10kmより進めないか・・・これでは、極点到達は無理だ。
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2021年12月16日8:58(日本時間)/第32報

12/15 28日目 距離15km 高度41m
風が少し増しになり速度が上がる。環境に本当に左右される。遠征も残り半分近くになったので食糧の残量を確認する。現在1日5500kcal摂取、最大1日6800kcalまで増やせるよう計算して持参。

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遠征も残り半分近くになったと言うが???
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まだ極点まで900kmも有るのに、半分近くに為ったと言う・・・不思議??? 
残り日数なら、毎日30kmは進まないと (上図 稼いだ距離
赤点、これからの距離青線)
>食料の残量を確認し、
1日5500kcalから6800kcalに増量する
食料が余るから、喰う量を増やすと言うのか? これも不思議だ。
まさか・・・時間切れで、極点に到達出来ないと判断してか・・・
南極山脈に入る前の、ロス棚氷上で拾って貰う計算か !
その方が、迎えに来るブッシュパイロットも楽だ・・・


添付画像を見て、驚いた!!!
 
チリのSM(Super-Market)で買った食料を、個別包装のまま南極に持ち込んだとは・・・
延べ何百個か知らぬが、包装袋の重さだけで、何kgに為る? それで橇が150kgか・・・
軽量化と言って、歯ブラシの柄にドリルで穴を空けてた、
自称プロ冒険家にしては、笑止!!!
喰った後の多量の空袋は、雪に埋めたか?
通常、長期の遠征登山や冬山登山では、出発前に食料を朝・昼・晩・非常食に別け、
直ぐに取り出せる様・一目で管理出来る様、1日分又は1人分を、1つの袋に入れて、
レージョンパックを作るのが常識。
冒険や探検も同じだろうに・・・個別包装は極力取って、軽量化を図る。
フライト前の天候待ちで、その時間は十二分に有った筈だ。

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2021年12月17日9:29(日本時間)/第33報

12/16 29日目 距離19km 高度57m
ソリがスタート時より30kgは軽くなってるはずなのでスキースキン(シール)を短いのに貼り替える。長いスキンは逆戻りしない抵抗だけでなく実は前に進むのも抵抗するのだ。荷重に合わせて変える。極地冒険の知恵。スキーの裏側にはデザインで「You never failed until quit trying」挑戦を止めない限り失敗はない。と書いてある。挑戦し続けるか、し続けないか、が大きな成果に繋がる。だからここにいる。

29日目で、初めての19km進んだ様子。シールの長短に付いては、第9報・第15報に記載。
>長いスキンは逆戻りしない抵抗だけでなく実は前に進むのも抵抗するのだ。
前に示した通り、あの様なぶつ切りシールは、明らかに抵抗が有る。
長いシールに、“シール専用WAX”を塗れば、少しは解消出来るのに・・・

極点までの直線距離は、残り約867kmだ・・・29日で荷が30kg軽くなると言う。
食料・燃料が1日1kg相当。70日分で70kg、橇荷の約半分が食料・燃料らしい。
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2021年12月18日8:08(日本時間)/第34報

12/17 30日目 距離20km 高度58m
遂に20km突破。悪条件重なりこの水準まで持ってくるの時間かかったなぁ。遠征折返しの良い励みになった。

最長の1日20kmを達成。このペースが持続出来れば良いのだが・・・
30日目で遠征折返しとは、日程を指すが、残りの距離は2倍も有る。この謎は???
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2021年12月19日5:53(日本時間)/第35報

12/18 31日目 距離13km 高度58m
強烈な向かい風。ゆうに秒速10m(時速36km)は超えている。前進に力を使って仕方ない。強風下では軽い物は飛ばされ重い物は地吹雪で埋まり見失う。これらは一瞬でおこる。うっかりした行動をとれば装備は消える。テント設営も必死だ。地吹雪を這いつくばりながらやる。天気に阻害される事が増えてきた。

向かい風が強いらしい・・・
ロス棚氷では、極点から吹く風が、南極山脈を越えて、
吹き降ろす風が強い事は、既に周知の事実だ・・・油断せずに、前進有るのみ!
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※今回、彼の冒険のお陰で、ロス棚氷から極点に至る現在の状況を、
調べ・色々知る事が出来た・・・机上で思いを巡らせ、夢空間を漂う。これも冒険だ!

人類未踏白瀬ルートによる南極点単独徒歩到達と言ってたのに、
クレバス帯を避けて、
必要以上に西に186km転進。アムンゼン・ルートに合流した。
何故、クレバス帯を避けた、極点側に着陸して、そこから南進しなかったのか? 
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今日で402.7kmを進んたが(上図)、極点はまだまだ遥か彼方だ・・・
遅々として進まないが、何故か? 彼の口から、悲愴感や
焦燥感が感じられ無い。
今流の冒険は、楽しむ事なのか? 
後、300km位進めば、答えが出るかも・・・
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2021年12月20日9:24(日本時間)/第36報

12/19 32日目 距離15km 高度65m

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一度起きて雪かきの為に外に出た。吹き溜まる雪でテントが押し潰される事があるからだ。昨日よりマシだが今日も強風。秒速8,9m位か。この風の強さ辺りから地吹雪がおこる。脚が重い。気だるい。それでも一歩一歩進んでいくのみ。向かい風に抗う1日。疲れた。
画像に立ってる黒い棒、目盛りが付いてる検尺棒の様だが、雪深を計ると同時に、
テント場周辺に刺して、ヒドンクレバスの有無を探る為の物だろう。
重厚に見えるが、BC用のゾンデ棒は、折畳み式で250g未満、用途が同じならこれだ。
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橇の前後には、向きを変える時に楽な様に、取手が付いてる・・・フムフム

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※橇の画像を見ながら・・・
テント・寝袋・炊飯具・1日分の食料他を下ろすと・・・積載されてる分は、
この先の食料・燃料他だろうと想像する。雪を融かす灯油は、何10L持参してるのか?
1日6000Kcalを摂取と言うが、どんな物を喰ってるのか?
過去のFBから、探して見ると・・・運賃が掛かるので、現地購入が殆どだ。
英国製フードレーション1袋で1000kcal。湯で戻すフリーズドライ式。朝晩用か?
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バター・チーズ類
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サラミ・ポテチ・チョコ・ナッツ類、昼の行動食か?
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日本から持ち込んだ、アマノフーズの味噌汁の素各種
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2ヶ月もこんな物を喰ってると、明らかに野菜不足に為る・・・
フードレーションには、其れ為りのバランスで、3要素が含まれてるだろうが・・・
乾燥野菜は、持って行かなかったのか・・・・湯で直ぐに戻るのに・・・

今は色々な乾燥野菜が売られてるが、半世紀前の山嶽部の頃は自作したものだ・・・
当時、市販されてたかも知れないが、有っても高価だったと思う。
夏・冬・春と、1ヵ月の山行合宿が3回有り、野菜が不足すると口唇に潰瘍が出来る者も・・
生野菜を背負って行っても、夏は直ぐに腐るし、春冬は凍るし・重いし・・・
海外遠征登山の練習を兼ねて、合宿前に部室で大量に自作。
食料担当の上級生の指示で、下級生が遣らされる・・・
人参・ほうれん草・ネギ・ヒーマン・大根等を、薄切り・小口切りにして、塩茹。
木枠が付いた金網に丁寧に並べて、校庭で天日干しをする。当然見張り番も・・・
数日でカラカラに乾くと、一纏めにして混ぜてから、合宿日数分に小分けする。
山では、一袋を朝晩の味噌汁や塩汁に、包丁要らずで即喰える。

“ペミカン”為る物も作らされた・・・
安いマトン・鶏肉を小切れにして、ラードと大量の塩・胡椒で炒める。
これも小分けして持参し、汁にブッ込む。
食当の1年生は、脂ギラギラのメンツを、クレンザーと束子を使い、冷たい沢水で洗う。
今は、こんな事をしてる山嶽部は無いだろうが、懐かしい味と苦い思い出だ・・・

しかし、高カロリーの物を喰って、熱量は満たされるとしても、秋田県人は米喰わないと、
橇曳く馬力が出ないのでは・・・
 freeze dryingの米は持参か? 気に為る処・・・
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2021年12月21日9:05(日本時間)/第37報

12/20 33日目 距離18km 高度59m
動物に出遭って驚愕した。歩いている20m手前に褐色の何かがある。南極では雪の白と空の青しかないのでそれ以外の色は存在しないのですぐ気付く。それは鳥だった。海から500km近くも離れてる。一羽でなぜこんな所に来たのか。1ヶ月振りに見た動物に愛着を覚え、一緒に語り合いたかったが近付くとどこかへ飛んで行った。きっとひとっ飛びで海へ戻れるのだろう。その距離はオレが1ヶ月かかった距離。野生の強さは美しさだ。人間は弱いな。ただ人間は経験と装備でどこへだって行ける。それは人間の美しさだろう。
遭遇した鳥は、オオ盗賊カモメだろう。飛べる距離も抜群だし・・・

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2021年12月22日8:46(日本時間)/第38報

12/21 34日目 距離19km 高度63m
サンサンの太陽。南半球は夏至の時期に辺り太陽高度が高い。気温は最高-4℃。無風になると暑くて仕方ない。上半身裸になって涼をとる。人間は適応力が最も高い生物である事を肌で感じる。

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添付画像を見て、唖然!!!  自称プロ冒険家は、単為る“お調子者”なのか・・・
以前エベレストBCで、風呂上がりのバスローブ姿をSNSに晒し、
登れもしない壁に挑む素振りをして、没した奴が居たが、同世代の同類か?

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スタートして依頼34日掛かって、やっと南緯83°まで来た。残り7°歩けば極点だ。
7°×111.1kmが、極点迄の地図上の直線距離。残り777.7kmだ・・・
残り36日を休み無しで、日々21.6kmを進まないと、極点には到達しない。
今迄に、その距離を歩いた事が有るか? 
馬鹿な写真を撮ってる暇が有ったら、歩け!!!
気温ー4°なら橇を曳いても、摩擦熱で雪が解けて抵抗が減り、進み易いだろうに・・・
スキーが滑る原理と同じだ。それでも抵抗が有るなら、橇のワキシングが間違ってる。
チンタラ遣ってて極点に至る、何か? 秘策でも有るのか?
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※極点まで何km有ると書いてる根拠は・・・
①地図上の南緯90°の極点から、書かれている同心円が、89°・88°・87°・・・と為ってる。
②1°の幅・距離が約111.1kmだと、前に記してる。
計算して見ると・・・
図上の22日到達緯度が、南緯82.905396° 下図の21日は、南緯82.732308°
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82.905396°-82.732308°=0.173088°が進んだ緯度
0.173088°×111.1km=19.230077kmと為り、事務局発表の19kmと合致する。
90°-その日の到達南緯度×111.1km=極点迄の残り直線距離と為る。(数百mの誤差有り)
(但し111.1kmは、地球が縦横真丸と外周が約4万kmを、前提に割出した数値。実際地球は膨らんでるが、その差が1%も無い事から、便宜上4万kmとしてる。)
※地図上で今通ってるアムンゼン・ルートに、87[515]と書かれてるが、87は標高(海抜)を指す。[515]は、氷の厚さを示している。その下に海が有る、大変な処を通ってるのだ・・・
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2021年12月23日8:27(日本時間)/第39報

12/22 35日目 距離18km 高度73m
寒いと気にならないが昨日の気温で約40日間もシャワーを浴びてない自分の匂いが気になり行動後にスノーシャワーをやった。裸になりテントの外に飛び出し雪を全身にこすりつけ汚れを落としタオルの乾布摩擦で仕上げる。非常にサッパリする。恩師の冒険家・大場さんは、血行が良くなり下半身も自然にガッとタツと言っていた。オレはガッとならない。体質だろうか、割と元気な方だと思うんですが(何の話だっけw) Byあべまさタツ
予想してる、全日程の丁度半分が経過。残りの35日で何処まで進めるか・・・
まだ、ロス棚氷(海氷)の上で、ほぼ平らだが・・・南緯83°過ぎから陸氷に上がる。
当然、下の大地の凹凸に拠り、亀裂(クレバス)が生してると思われる。
愈々、第一の正念場だ 83°⇒84°⇒85°間の、222kmを上手く歩けるか? 10日掛かる?
更に85°~極点迄の555kmを、25日で歩けるか? 南極山脈越えも有る、後日言うとする。

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2021年12月24日9:36(日本時間)/第40報

12/23 36日目 距離19km 高度85m
時差があるのでいま日本はクリスマスイブだろう。去年は写真家髙橋こうたが我が家に撮影に、2年前は冬の北海道を独り歩き、3年前も南極にいた。ハチャメチャに硬派じゃねぇかw。夢だけを追いかけて"普通"を経験しないままこの歳になり誰かの人生を羨ましいと思う時も実はありますよ。こちらは圧倒的ホワイトクリスマス感。なんならホワイトアウトで白しかねぇ。何もなくとも南極にいるだけで特別な毎日。皆さまが素晴らしいクリスマスを過ごせることをお祈りしてます。メリクリ!

高度85m段々と陸氷に登り始めた様だ・・・
これからの約150kmが、最初の核心部。
上手く乗り越せ!!!

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に続く


12月4日
南極に在る各国基地と踏破ルート図。
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前の記述は⇒ 

今日の第20報(16日目)で、1911-1912年のアムンゼン・ルートに合流したと言う。
これからは、このルート(青線)で南進すると思われる。
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白瀬矗が果たせなかった、極点を目指すのが、この冒険の趣旨だったのでは?
と、思ったり・・・疑問が湧く・・
詳しくは帰国後にでも・・・と、言ってるが・・・

白瀬隊(緑線)が引き返した、大和雪原からスタートの予定が、クレバス帯を避ける為に、
西に約100km迂回すると言ってのが、結果186km西進して、アムンゼン・ルートに合流。
既に、歩き始めて16日目だ・・・
約100km歩き、クレバス帯が終わった地点を、10日目辺りと仮定(歩行距離から)すると、
白瀬隊が予定した南進ルートに戻るには、更に10日の東進が必要に為る。
それでは後の日程が無くなるので、6日西進してアムンゼン・ルートを目指したのでは?

アムンゼン・ルートは、110年前の事と言っても、詳細な探検記録が残っているのだ。
特に極点への鍵と為る、クィーンモード山脈の通過過程が書かれてるのでは・・・
予備知識が有れば、100%“未知の世界”では無い。多少氷雪の着き具合は違うだろうが。

小生は、当初こんな風に考えて居た。
斜行気味に予定の正規ルートに戻り、南進。
ホーリック山脈とクィーンモード山脈の狭間を通って、
極点を目指すものと・・・。山越えするよりは、少しは楽なはずだ・・・

日程の遅れ・リスクの回避を考え、既存のルートに変更したのではないか・・・?

歩行16日目の第20報で、こんな風に言ってる。
このルートを通ったのは過去に10名少しほど(アムンゼン隊を指す)。未踏の雪原を700km行く予定が直前で変更せざるを得なく(クレバス帯に阻まれる)、人類未踏の雪原を186km踏破。(詳しくは帰国後にでも)だが1912年以来、誰もが踏んでなかった大和雪原に行き、未踏の雪原を切り拓き、史上2人目になる単独によるロス棚氷徒歩。いまやれる環境で出来る限りの事をやった。
何か・・・苦しい言い訳に、聞こえるのだが・・・
人類未踏白瀬ルートによる南極点単独徒歩到達が、今回の冒険の最大の目的。
これを断念した事に為る。理由は兎も角、アムンゼン・ルートでの極点への距離は、
地図上で約1000kmも有る。

残り54日で1000km、1日18kmは進まないと・・・極点に間に合わないゾ。


行動記録【第21報⇒第30報
黒字は、事務局に送った内容。赤字は、小生が強調した部分。青字は、小生の思い。
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2021年12月5日9:29(日本時間)/第21報

12/4 17日目 距離14km 高度63m
アラームセットしたが疲労で起きれず日食を見逃す。稀有な機会ではあったが南極に日食を見に来たわけでもない。歩く事が最優先。極地冒険は消耗戦。特にソロで長期、厳しい遠征となればタフネスこそが最重要。苦労してつけた筋肉ちゃんだが過度の運動で筋肉は回復も間に合わず落ちていくばかり。
15日目の第19報で、BCとの交信時に、日食の情報が有ったらしいが、
南極全域で見えた訳では無い。見える範囲は下図の黄色内の地域のみ。

皆既帯はイメージです
彼から、位置情報を得てる筈の、BCの交信担当員にしては、お粗末な話だ・・・
こんな事で、万一の時、大丈夫か??

もう一つの懸念は、冒険のバックアップをする筈の在京事務局だが、
FB・Twitter共に、12月3日以降更新されて無い・・・週末だから、お休み中?

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2021年12月6日9:25(日本時間)/第22報

12/5 18日目 距離15km 高度59m
疲労を感じるようになってきた。今日も1日クモリで乱反射によりナビゲーションが困難。真っ白だけの世界を何日も連続で見てるとさすがに酔ってくる。ウールのミトンに穴が空き、テントの中で縫う。裁縫も最もテントでやる仕事の1つ。ちなみに糸はデンタルフロス。イヌイットに教えてもらった方法。
人により、ホワイト・アウト時にも、酔いが出る事が有る。

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アムンゼン・ルート(青線)での、南進が始まった。

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2021年12月7日8:59(日本時間)/第23報

12/6 19日目 距離16km 高度35m
今日も曇りで低コントラスト。一瞬だけ雲がきれた部分があり、そこがやけに美しく見えた。太陽の有難さを心から感じられる。16kmをなんとか稼ぐ。
雪は締まり、橇が曳き易い様だ・・・勝手に、もっと距離が稼げたらと思う。

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2021年12月8日9:52(日本時間)/第24報

12/7 20日目 距離12km 高度46m
夜のベースキャンプとの定時交信で、この辺りはクレバスが多いかもと注意喚起を受ける。今のとこヒドゥンクレバスらしきものも見てない。12時間でわずか12km。雪の柔らかさと疲労に阻まれる。顔のテープになにかこびりついてると思ったら膿だった。凍傷か霜焼けかは分からないが頬にダメージを受けていた。疲労で免疫が下がっているのだろう。本格的な不調にならぬよう気をつけないと。遠征中は悪くなることはあっても良くなることはない。なんとか長く辛い残り40日を歩き抜かないと。

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歩き始めて20日、残り40日で極点まで行けるのか・・・

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2021年12月9日10:32(日本時間)/第25報

12/8 21日目 距離13km 高度58m
顔の破裂した部分は浅く霜焼け程度。酷くならないようにしないと、とは言え強い風が吹くと防ぐのは楽じゃない。今日もソリが重い。出発時より20kg以上軽くなってるはずだが、いよいよ重く感じる。疲労+雪の柔さもあるが雪の表面がドライだ。砂の上を引いてるみたいだ。本当にこの遠征は修行になる。

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素晴らしい空、正に南極晴れ。橇の腹が衝く雪深では無さそうだが・・・
21日間で、橇の荷が20kg以上軽く為ったと言うが、後40日だと20kg+40kg=60kgが減る。
変動する荷は、食料・燃料が主だと思うが、当初の150kgの荷の内訳は・・・
前に書いたが、こんな時に携行装備品のリストが有れば・・・判り易いのだが。

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2021年12月10日6:31(日本時間)/第26報

12/9 22日目 休息日
起きると強い風が吹いてる。これをきっかけに休息日にした。体力が落ちてるのは明確。何か理由をつけないと休めないタチ。順調ならまだしも今は予定より遅れてるので尚更。休むのが苦手で最終的ボロボロになるタイプ。休むのにも勇気がいる。ひたすらに寝て回復を狙う、凍傷も少しは回復するか。投稿を見てる方でガンと闘病してる方がいると冒険事務局から聞いた。私もこの孤独な白い世界の中ガンバります。

歩行を開始して3週間目で、初めての停滞です。これで、明日からまた頑張れる!!
しかし・・・極点迄は、アムンゼン・ルート(青線)を辿っても、まだ970km以上有る。
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今は、ロス棚氷の上で比較的平らだが、後半棚氷から離れると、
極点(標高2830m)迄は、長い登り坂に入るし、南極山脈越えも有る。
20日目の更新で、
後40日歩き抜くと言ってるが、1日当たり20.5km以上進まないと、
極点には到達しない・・・毎日条件が良い日が続くとは限らない・・・
今迄、ほぼ平地で1日で最大進んたのが16km。登りでそれ以上歩けるのか? 疑念が湧く。
予備日も10日位は有る筈だが・・・


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※私見 今後のルートと標高差を図式化して見た。

現在地から極点迄は、まだ約970km位有る。
アムンゼン・ルート(青線)に沿って進む前提で。
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今迄進んだ距離が、点線で表示されてる。
ここから約400km南進して、平坦なロス棚氷が終わる。
クイーンモール山脈への長い登りに入り、標高3000mの台地に上がる。
山脈越えでのルート選定が、通過日数増減の最大の鍵に為る。
座標に表すと、急激な登りに見えるが、約400km歩いて3000mへの登りなので、
平均1km歩いて7~8m程度の登り。
極点が2830mなので、気持ち下り気味に200km歩いて到達。
3000mの台地を避け、東(左)に迂回するルートも取れるが、日数が掛かると思われる。
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2021年12月11日9:13(日本時間)/第27報

12/10 23日目 距離16km 高度51m
1日中寝尽くしてかなり回復した。筋肉の張りが和らいだ。風が強い中歩き出す。強風で均された更に柔らかくソリが沈む。だが休息のお陰で力が出る。ソリ引きは腰の力が肝要だ。ロス棚ではこの状況が続く可能性が高い。ならば与えられた条件で毎日を必死にこなして行くのみ。やるしかないのが人生だ。


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2021年12月12日9:11(日本時間)/第28報

12/11 24日目 距離18km 高度76m
風が弱く快晴。風がないと快適さが違う。気温よりも風に左右される。気合の最長18km。今回の冒険も他の冒険家たちと連絡取らないので完全に情報から孤立状態。それでいい。人との比較ではない。人は人。自分は自分。人との比較で優劣を決めるな。ただ自分を超えて行く。大事なのは"諦めない心"だ。

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距離が伸びた、いいぞ・・・持続出来るか? それそれ条件が違う、人は人、当然である。

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2021年12月13日8:36(日本時間)/第29報

12/12 25日目 距離18km 高度52m
今日も18km。少し筋肉に痛みは感じるが行ける感じ。まだ通常よりもスローな進みだが延ばす。少しずつ前へ。ブーツの先端にクラック発生。クリティカルではないが毎日確認の必要あり。壊れても修理可能な用意はあるので着剤固定に時間を取るがなんとかできるだろう。

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3ピンでのシール登・歩行の際、爪先の曲げ伸ばしで、ピン穴に力が掛かる劣化亀裂だ。
プラ・ゴム底系のコバ靴は、低温曲げに弱いのでは・・・皮製が丈夫な様に思うが・・・
これを防ぐ、3ピン靴用の保護金具を付けなかった失態。何gでもないのに・・・
75mm3ピン仕様は国際規格なので、靴・金具全てに共用出来る。
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低温下で、接着剤が効くのか・・・着いても、また同じ箇所に同じ力が掛かる。
靴先が破断したら。3ピンは用を成さない・・・板と靴を縛るか? 
この先、試練だ・・・

使ってる3ピン370g(下図)は、野山を散策する為に、極端に軽量化された金具。
金具に強度は有るが、靴のコバが持たなかった・・・
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この金具1420g(下図)なら、コバに直接力が加わらず、曲げに因る亀裂が防げる。
爪先の可動域も90°だし、登り坂でのヒールアップも可能、アキレス腱に優しい・・・
但し、可動軸の強度は不明だが・・・
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山道具で例えるなら、アルミ製ピッケル・アイゼンは軽いが、氷には役立たずだ。
道具は“命を守る物”、シンプルさは重要だが、軽ければ良いと言う物ではない・・・
後々靴の亀裂が、致命傷に為らなければ良いのだが・・・

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2021年12月14日7:46(日本時間)/第30報

12/13 26日目 距離10km 高度52m
強風の風速10m位か。気温が高めなので肌を切り裂く痛みはないが正面から吹くので進行の妨げになる。立っていると風に押されるので半ば風によりかかって歩き、早めの行動終了。使用テントは風に強いので安心だがテントが風で唸るのは良い思いはしない。頬の凍傷は現状維持。基本は冒険中は治らない。

3ピン靴の亀裂の話がない・・・上手く修理出来たのか???


に続く

12月4日
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山野井氏の受賞を⇒ で書いたが、
授賞式やその後の貴重な、インタビュー動画が公開されたので、是非ご覧ください。
授賞式の動画です。https://youtu.be/Nm1KobzbWN0?t=182
受賞後のインタビュー動画です。⇒ https://youtu.be/E346MMYsnvQ?t=1021

山野井氏の、山に対する思いが、述べられてます。




11月26日
約60年前に23歳の堀江青年が、旅券も持たずに、世界初の太平洋無寄港単独横断に、
成功した当時の事を知る方は少ないと思う。

当時、国・マスコミは、この快挙に“密出国だの密入国”だのと、大騒ぎでした。
ところが当の米国では、勇気ある若者だと、大歓迎されて一切“お咎め無し”。
衛星電話もGPSも無い時代に、ベニヤ板製のヨットでの話しです。
今年、辛坊治郎が単独往復して話題に為ったが、比較に為らない快挙でした。
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60年後の来年に、逆コースで日本を目指すとか・・・
上記の新聞記事を読めば、その後も凄い記録を残してます。
70歳から一人乗りヨットの講習会に参加して、5km先を往復するだけで、ウロウロしてる自分から見れば、雲の上の話しだが、夢は大きくだ・・・


今、拙ブログで、白瀬ルートから単独で南極点を目指してる、阿部君を watchしてるが、
日本の老・壮冒険家は、大したものだと思ってる。こんな冒険話し聞くと、ワクワクだ。


この新聞記事を読んでたら・・・別の頁に、気に為る記事を発見!!!
“フレイル”と言う言葉を、知ってますか?
フレイルとは、
“健康”から“要介護”に為る前の、加齢に因る心身の老い・衰えを意味する言葉だそうです。
愕然としました・・・下の図式のサイクルに、当て嵌るパターンです。

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予防対策としては、下図の要素が大事だと・・・
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要介護や寝たきりに為って、ただ息だけしてる生活は、ご免だ!!! 何とかせねば・・・

11月25日
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今日で極点旅行11日です。
これまでの10日間の詳細は⇓で。



行動記録【第11報⇒第20報
黒字は、事務局に送った内容。赤字は、小生が強調した部分。青字は、小生の思い。
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2021年11月25日9:23(日本時間)/第11報

11/24 7日目 距離13km 高度87m
7日目。まだ全体の日程の10分の1。既にスタートしたのが遠い昔に感じる。今日もひたすらに歩くしかない。少しでも硬い雪を歩く為に現在地経度で深夜24時に歩き出すので歩き出し時が最も寒い。始めは-20℃近いが行動終了辺りには-8℃まで上がってることもある。

>7日目。まだ全体の日程の10分の1。???
全行程70日の計画ですか?  11月17日の第2報では、59日と言ってたが!!!
なので小生の認識では、59日だと認識・・・予備日11日と言う事か?
前回も日程に付いては、曖昧な点が多かった。
まさか・・・DAIGO流、IBSではないよナッ。(行き当たり・バッタリ・システム)
白夜なので、深夜でも周囲が見渡せると思うが・・・体内時計が狂わないのか?

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2021年11月26日8:41(日本時間)/第12報

11/25 8日目 距離11km 高度91m
テントから出るもとにかく脚が重い。足首にウェイトでもついてるんじゃないかと疑いたくなる。普段は山から風が来るが今日は海から湿った風がきて衣服に氷がこびりつく。疲労がひどく歩いていて眠くて仕方ない。実際、今日は半分は寝ながら歩いていたのではないか(こういう事は疲労が高まるとある)11時間歩く予定だったが10時間で脚が進まなくなりテントを張る。荷物も入れずに床に5分ほど倒れ込んだ。

歩き始めて8日目、疲労のピークか? 天候に関係無く、休養日が必要かも・・・
冬山の登り方で、一度に大量の荷を移動させる時、荷の1/2を移動させ・1.5往復する、
“歩荷(ぼっか)”と“逆歩荷”と言う方法を取る事が有る。
歩行距離は増すが、体への負担は減少する。果たして橇で可能か? だが・・・


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2021年11月27日9:29(日本時間)/第13報

11/26 9日目 距離13km 行動11時間 高度129m
写真は、「ようこそ南極リゾートへ!」がイメージ(笑)。通信上、低画質しか送れないのが残念。南極は5Gとは程遠い。それがいいのだが。自分でユーモアを演じる事も大事。そうして自分で自分を盛り上げる。経験のない人なら簡単に命を失くす世界だが、キャリアを積んだ人間にとっては変わらぬ景色を歩いていると眠くて仕方なくなる時がある。特濃のインスタントコーヒーを飲んで目を覚ます。

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凄い寝袋だ!!!     標高が少しづつ上がってる。冗談を言う余裕が出たのか・・・

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2021年11月28日9:19(日本時間)/第14報

11/27 10日目 距離11km 行動11時間 高度76m
今日は更に雪が柔い。時速1km。前回の南極でひどい雪面を経験しておいて良かった。これは通常、心が折れる(笑)。未来も大事だが今をやり切る事だけを意識する。未来はその延長だ。気温は-15℃と暖かいが山脈からの風が冷たい。キネシオテープを頬に貼り凍傷予防。南極冒険独特の使い方。

キネシオテープ⇒テーピング用テープ
粘着成分、雪焼けした皮膚に大丈夫なのか・・・目出し帽は?

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2021年11月29日9:14(日本時間)/第15報

11/28 11日目 距離12km 高度76m
全く風のない夜だった。完全なる無音で耳鳴りがする。日常で無音はまず存在しないので無音は恐怖を感じる。南極はあらゆる生物が生きていけないので微生物レベルで孤独。今日も深い雪を歩く。

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2本のスキー跡が、綺麗に引かれている。橇の脚幅と同調してる不思議・・・
150㌔の荷を乗せてる橇が、腹を着かない程の脚高か?
ストック跡を見ると、引き抜き跡が無いので、雪が深とは思えぬが・・・

30日 追記
阿部君の過去のFB・Twitterを見たら、橇が出てた。
赤橇は、’19年に使った物。ほぼベタ底。
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ツートンカラーは、今年の物。先端部の形状に変化が・・・曳き易い様に思える。
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この底の形状で、腹が着かないのは、雪がかなり締まってると言う事だ。

使ってるスキーの事
11月23日 第9報で、スキーに付いて述べたが、鮮明な画像が有った。
ショートとロングと言ってた。ショートとは、滑走面の体重が一番掛かる部分用。
電ドリのサイズから見て、精々4・50cm位。これではシールの接雪面が少な過ぎて、
曳く力が伝わらない・・・・山スキーの登りでも、80cm位の物を使うのが一般的だ。
剥がれるのが嫌だと、前後をビス止めしてるが、前部にシールの厚さ分の段差が出来る。
これが、板を前にスライドさせた時に、毎回雪面に引っ掛かり、結構なストレスと為る。
BD社の半シール(下図)は、それを防ぐ手立てが施されている。知らなかったのか・・・
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使ってる板には、長さの1/2ほどにウロコが施されてる。crownと滑走面に表示有り。

ウロコ板の登行能力は、メーカーに依るが大体20~24°位だ。
それ以上急に為ると滑って登れぬ・・・そこで、シールの出番。
雪質とシールの質に因るが、30°でも楽に登れる。勿論、荷を曳いては登れないが・・・
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シールが何処製か? 見た事が無い、と言ったが・・・画像が不鮮明だった。
この画像を見ると、G3の汎用品だった・・・

因みに小生は、半シールを86cmにして使用。これ位だと、フルシール並の効きが有る。
前後の無い分が軽量化出来る。先の剥がれ防止は、脱着金具留め。
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これらの事から、>今日も深い雪を歩く。と言ってるが、荷が重く進めないだけだ。

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2021年11月30日10:07(日本時間)/第16報

11/29 12日目 距離14km 高度79m
ホワイトアウト。世界が真っ白、光の乱反射により雪の凹凸さえ見えなくなる。極地に来始めた8年前はとんでもない不安と、方向感覚の狂いによる吐き気を覚えたが、今は口笛吹きながら歩いてる。人は経験で変わるものだ(もちろんコンパスやGPSもあるからだが)

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何回か指摘した通り、雪が深い訳では無い様だ。靴も橇も埋まって無い・・・
首から下げた物は磁石? 橇の後ろの棒は何? BCとの無線アンテナ?(後日、検尺棒と判明)

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クレバス帯を避ける為に、西に約100km遠回りと言ってたが、今日で歩行距離が133.7km。
横移動で、相変わらず極点には近付いて無い・・・そろそろ南進しないと・・・

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2021年12月1日8:50(日本時間)/第17報

11/30 13日目 14km 高度68m
無風でやけに暖かい1日。-7℃位か。肌着にジャケットだけで歩く。ヘッドウォーマーですら暑く、遂にサンバイザーを引っ張りだす。毎日、ベースキャンプと定時交信があるのだが、なかなか双方で繋がらず30分やり取りでイライラ。遠征中は忙しく、なにせ時間がない。真っ白な世界で時間に急かされるというのも変な話だが。遠征中は本当に忙しいのだ。1つ1つに時間がかかる。

スタートしてから既に13日経過、今だに極点は1000km先。
予備日を含み70日として、残り57日で1000km。
停滞無しで行動しても、毎日18km稼がねば・・・大丈夫か?

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2021年12月2日9:19(日本時間)/第18報

12/1 14日目 15km 高度67m
もう2週間か。1日も休んでない。歩ける天候なら休まない。行動中は音楽を聞いている事も多い、ランダムで20年前の曲がかかると当時の想い出が白い大地に唐突に浮かび上がる。それは当時の恋人の事だったりする。若い頃から冒険一択のバカ者だったなぁ。甘く切ない、そんなロマンティック南極。

器用な奴より、そんな不器用な“一択馬鹿”に、魅力を感じる。故植村直己然りだ・・・
饒舌な君と寡黙だった植村直己、性格は真逆だが、志は冒険一択。
敗退は次に繋がるが、失敗には後が無い・・・

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2021年12月3日9:19(日本時間)/第19報

12/2 15日目 距離15km 高度58m
わずかだが距離が伸びて来た。太ももに軽い凍傷。強風の日にやられたらしい、Polar Thighと業界用語ではいう。前回は悪化して大変な目にり気をつけないと。ベースキャンプとの定時交信で南極の月食時間を聞いた南極で天体ショーが見られるかも、とはなんとも贅沢。見れたらいいな。

この日で西に177.7km進んだが、標高は海氷の上で58m。極点の標高は2830m。
何時に為ったら、南進するのか・・・残り55日で1000km踏破、1日当たり約18.2kmだ。

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2021年12月4日9:54(日本時間)/第20報

12/3 16日目 距離16km 高度45m
今日から12時間歩く。身体への負担はデカイがとにかく距離を延ばさないと。今日でアムンゼンが通ったルートに合流。とはいえ何の目印もないが。このルートを通ったのは過去に10名少しほど。未踏の雪原を700km行く予定が直前で変更せざるを得なく、人類未踏の雪原を186km踏破。(詳しくは帰国後にでも)だが1912年以来、誰もが踏んでなかった大和雪原に行き、未踏の雪原を切り拓き、史上2人目になる単独によるロス棚氷徒歩。いまやれる環境で出来る限りの事をやった。後は必死で歩き抜くのみ。

>未踏の雪原を700km行く予定が直前で変更とは? 何処から何処が未踏の700kmか?
白瀬隊が果たせなかった、大和雪原から南極山脈に南進して、
その後はアムンゼン・ルートを辿る予定だったのか・・・?


図の緑線は、1912年に白瀬矗が、大和雪原まで到達したルート。
青線は、1911年にノルウェーのアムンゼンが、人類初極点往復したルート。
黄線は、イギリスのスコットが、アムンゼンに1ヶ月と3日遅れて、極点に到達したルート。
スコットが着いた時に、極点には既にノルウェー国旗が立ってた・・・
帰路、飢えと寒さで、スコット隊は全員死亡・・・有名な話しだ。
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アムンゼンが110年前に、極点に達したルートとは言え、何も無い処・・・
GPSを頼りに、明日ら南進する。途中、何事も無ければ良いのだが・・・
成功の鍵は、クィーンモード山脈を、上手く乗り越えれるか・・・に掛かってる。

>史上2人目になる単独によるロス棚氷徒歩とは・・・
ノルウェーのボルゲ・オウスラント⇓を指してると思う。
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1996-7年に、バークナー島⇒極点⇒ロス棚氷⇒スコット基地の、約3000kmを64日で踏破。
当時、世界初無支援単独で、南極大陸横断を達成した、北極・南極冒険家です。
後に、送り風に因る凧の支援が有ったと、無支援の冠を外された悲運の冒険家です。
その彼に次ぐ、186kmを単独で歩いた、史上2人目だと言ってるのだと・・・
しかし、彼はロス棚氷を完全縦断(約800km)してるのだ。比べるに値いするのか?
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図の説明
青線はアムンゼン・ルート 黄色線はスコット・ルート 緑線は白瀬ルート
赤線はオウスラントが、ロス棚氷を縦断したルート 赤点は阿部ルート



に続く

11月17日
’19年に、した、冒険家の阿部雅龍君が、
今年、“白瀬矗”が110年前に果たせなかった、ルートを辿り極点を目指します。
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当初計画では、’20年に予定してたが、コロナ禍で現地入り出来ず、今年に為った様です。

’19年の時もだったが、今回も計画の詳細が公表されて無い・・・
何処から何処までを何日で、予備日は何日か?
150㌔の荷と言うが、総量だけで、遠征登山の様な内訳が無いのが残念だ・・・
登山では、食料リスト・装備リスト・気象通信計画・医薬リスト等々を明示し、
その各々の重量等を記すのが普通。


’19年の極点到達ルート 赤点
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今回の白瀬ルート 赤点(予想)
最大の難関は、後半に在る“南極横断山脈”の鞍部を、どうやって越えるか?
それに、極点迄の距離も前回に比べ、5割増し位に長い・・・
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図中の青印は、1912年白瀬隊のルート、最終到達地点を大和雪原と命名
Basecampのパトリオットヒルズから、空路 白瀬矗が上陸した地点に入り、スタートです。
今後の行動は、https://jinriki-sort.com/abe/southpole/から見れます。

このルートから、無補給・単独で極点に到達出来れば、凄い快挙ですが、
世界には、もっと凄い南極大陸を横断した鉄人が居ます。但し、一番狭い大陸部分だけを、極点を挟み、逆くの字に横断。

白瀬矗は、秋田県出身の軍人探検家ですが、110年後に同じ県出身の冒険家が、

同じ道を辿るとは夢にも思って無かったでしょうね。

無事の帰還を願ってます。

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11月17日 追記
スタート位置が発表になった・・・白瀬隊と同じく、氷床の末端からと思ってたが・・・
何と、大和雪原からだと・・・全行程の約1/5カット。マッいいか~~

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行動記録【第1報⇒第10報
黒字は、事務局に送った内容。赤字は、小生が強調した部分。青字は、小生の思い。
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2021年11月15日23:18/第1報

テスト 南極ベースキャンプから。

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2021年11月17日00:31/第2報

現地時間、明日17日に大和雪原へのフライトの可能性ありです。クレバスを検証した結果、迂回のため距離が100km以上伸びます。かなり厳しい遠征になりますね。期間は59日間になるかと
距離が100km伸びたと言ってるが、大和雪原は約280km内陸側なので、縮まったのでは?
期間は59日だと。

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2021年11月18日12:10(日本時間)/第3報

いま、大和雪原です。現地時間明日からあるき出します。距離が伸びたのはクレバスを避けるためですね。100キロ伸びるのはかなり手痛いです、やるしかないですが。現地時間で日がまたいだので寝ます。
ロス海に浮かぶ、ロス棚氷上の大和雪原に着陸。
約280km内陸側の、標高79.58m地点からのスタートする様です。

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ロス棚氷末端からは、クレバスが多く、避けたのか? 着陸出来なかったか・・・
橇が曳けない状況だったか・・・説明無しです。

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2021年11月18日23:29(日本時間)/第4報

11/17 ベースキャンプから遂にフライト。長く待った。今年最初の冒険遠征のフライトがオレの遠征だ。今年は遠征隊はコロナの影響で少ないが先発隊はノルウェー・イギリス・日本の3隊。まるで白瀬隊の頃のようで運命を感じる。だが今は争う時代ではない。お互いの健闘を祈り抱き合う。いい時代だ。6時間のチャーターフライトで大和雪原から6キロのところに着陸。ここから大和雪原まで少し歩く。110年ぶりに人類がこのゆきはらを踏む瞬間がきた。

【大和雪原から】
この文章が投稿される頃、110年振りに大和雪原に立ち、白瀬隊および白瀬矗隊長が見たかった人類未踏の”ゆきはら”を独り歩いている事でしょう。
(少しのお時間があれば、いいねやシェアをお願いします)
この文章は出発前の事前予約投稿だ。よってオレがその投稿を見ることは南極冒険が終わる1月下旬まで叶わない。現地からSNS投稿はされているだろうが一方通行なのでこちらは見れない。
南極冒険は厳しい状況だ。
大和雪原行きの飛行機がなかなか飛ばない。離陸と着陸の両方が良好でないと南極では飛ばない。居る場所が南極晴れでも大和雪原が荒れていては着陸は叶わない。白瀬隊の足跡を伸ばす”しらせルート”は難易度も危険度も最高峰だが、最大の問題は日数だ。日数が多いほど達成の確率は高まるが、ゴールになる南極点での飛行機ピックアップの日が決まっており動かせない
1,200kmの距離を150kg近いソリを引いていく上に、クレバスだらけの標高4,000m級の南極横断山脈を越えていく。それらも大問題ではあるが、行程が厳しいだけに最大の懸念は日数だ。
最大65日間行動できる予定だったがこれでは60日間もないだろう。ホワイトアウトでもコンパスで無視界のなか歩くが、クレバス帯ではリスキーすぎて不可能。進みたくとも強制停滞の時間もあるだろう。急ぎたくても急げない状況に直面し、動ける時は追い立てるように息せき切っているだろう。
準備が整った状態で待たなければスタート地点へ行けないというウェイティング・ゲーム。眼前に拡がる青空がどこか憎らしく見えるようだ。
もう冒険は始まっている。焦る気持ちや気負い。毎晩に明日のフライトの可否が発表される。スクランブル的に数時間後に出発になる事も。いつ開催されるか分からない己独りのレース。本番を見据えて毎日トレーニングをしているが、出発がいつになるか分からないだけにどこまで追い込めばいいかも未知数。疲れを残してもダメ、仕上がりが甘くてもダメ。その不安の中で鍛え待たねばならない。多かれ少なかれ全てのプロは誰かの想いを背負ってる。メンタルが弱い奴はここで折れて本番で使い物にならなくなる。故に冒険はもう始まっている。天気は自分にどうこう出来るものではない。焦らずに待つしかない。
しかしながら数日待つくらいなんだ。
こっちはこの夢の実現の為に17年待った。
出発を待ったとしても冒険現場での天気が良好で順調に進むかもしれない。
(天気の未来は誰にも分からない。ちなみに今年は南極点付近がこの30年で最も寒い水準だ)
与えられた条件は更に厳しいが人生に言い訳はきかない。言い訳していても状況は変わらない。与えられた条件でやっていくしかない。
後の児玉源太郎陸軍大将は若き日の白瀬矗隊長にこう言った。
「何事をなすにも必ず困難が伴うものだ。その困難に打ちかって大事をなすことこそ、男子の本懐というもの。男らしく、正々堂々とやりたまえ」
ここまで来た。やれる事はやってきた。その結果がどうなるかは分からない。達成するか無様な結果になるか。
大事なのはこの瞬間に命を燃やすってこと、挑戦するってことだろう。リスクを取らずに望んだ場所へ行くのは不可能だ。足が震えてたってステージに立つ。今までだってそうやって生きてきた。いつだって生きてるのは”今”だ。
たくさんの人に応援して貰ってる。皆さんが思っている以上にその想いはオレに届いている。その応援に応えるだけの成果を出すために尽力できるかはプレイヤー次第だ。心血を注ぎそれにお応えしたい。
多くの人に迷惑をかけながら生きてると思うが、自分の生き方に一片の後悔もない。自分で選んだ生き方を貫く。
17年の冒険人生の集大成、約1億のお金を払い、ただ雪原を独りで歩く。白瀬隊が見たかった景色、応援者の皆さんに見せて頂く景色、そしてオレが生涯賭けて夢に見た景色。
先人の見果てぬ夢を100年越しに南極点まで同行し結願する。その夢を完結させる。人の意志は受け継がれる。今それを行動で証明する時。
顔上げて胸を張って正々堂々と真正面から立ち向かう。
生きようぜ、今を!!

文面から、覚悟の程が伺えます。
ここに至った限りは、世事ごとを無にして、最善の策を自己判断で・・・

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2021年11月19日11:09(日本時間)/第5報

11/18 1日目 距離8.5km 高度76m
360度ひろがる大雪原。1912年1月以来、大和雪原に110年ぶりに人が立った。雪が金剛石のように煌めき美しい。夢に見続けた場所にいま立っている。"あの"有名な写真のように国旗と三角旗を立て、僕は白瀬隊長と白瀬隊に脱帽黙祷。行ってきます、と大きく叫ぶ。
ここから誰もが跋渉したことない"ゆきはら"を歩く

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疑問に思ってた、救援体制が判明しました。
毎朝Basecampと交信(位置情報が伝わる)、気象情報もこの時得られる。
48時間交信不通時は、BCから救援機が飛ぶ。但し、天候次第・・・
衛星通信の予備機も持参か?

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2021年11月20日9:48(日本時間)/第6報

11/19 2日目 距離10km 高度81m
道中には白瀬隊の写真も持参している。彼らと共に南極点へと向かう。数日に分けて説明したいが、急遽、距離が100km伸びることになる。悔しいが乗り越えても乗り越えても新たな障害が現れる。南極点ピックアップ、絶対的な時間の制限があり、短くなった。山脈越えがある。距離が伸びる。更に大和雪原があるロス棚氷は今年は雪が非常に乾燥しておりソリが全く滑らない。必死で引くが時速1km少ししかでない。1日22km進まないと間に合わないのに。荷物が軽くなればましになるか。数々の厳しい条件がこれでもかと重なっている。それでも毎日をやり切るしかない。
距離が100km伸びたと言うが、その意味が理解出来ない・・・
今の処、当初計画の半分の距離より稼げない・・・出だしから・・・

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2021年11月21日9:45(日本時間)/第7報

11/20 3日目 距離10.2km 高度74m
朝方、冷え込み風が風速8m位で吹き、体感気温は-30℃に感じる。さしての寒さじゃないが、まだテントの外に出るのが億劫。そもそも寝袋から出たくない。腰はもう悲鳴を上げてきてる強い負荷で引き続けるからだ。10時間行動で10km。雪質が柔らかく、前回の南極を思い出す。あれは特殊例だが、ロス棚氷は常にこういうコンディションなのかも。先行きが不安、心労と強烈な紫外線で一気に老け込んだ気がする。冒険は本当に身体に悪い(笑)。いま南ではなく西に進んでいる。大和雪原をそのまま南下すると2箇所、巨大なクレバス帯があるためだ。

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100km伸びたと言うのは、巨大クレバス帯を迂回する為の距離か?

前回の極点行きには、アイボを同伴・・・食料・燃料切れの心配が有り支援を受けた。
アイボより同等の重さなら、物資を積めと前回言った、本人その時この記事を読んでる。
今回は、アイボ無しだが・・・青のTバックを持参・・・何方の履き古しか・・・
昔のヒマラヤ遠征では、よく聞いた話しだが、性欲が減退すると、行動変調が出るとか?

それと、何日何km歩いたと有るが、見る側としては、
極点に何km近く為ったと記した方が判り易い・・・

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2021年11月22日9:48(日本時間)/第8報

11/21 4日目 距離6km 高度84m

南極特有のカタバ風が吹き付ける。強くテントを揺らすので、一度起きてテントの外の張り綱を確認、起きたら吹き黙った雪でテントが潰れそうになっており焦る。テントから出るのが辛い。体感気温は-30℃ほど。寒さに震えながら歩く。雪質がドンドン悪くなる。8時間歩いて6km。前回の南極より状況が良くない。前回は特例的だったが、今回はそうもいかない。南進なら緯度で雪質変化があるが西進では期待できない。パワー全開で引かねばならないので腰が痛む。クレバス帯を避ける為に南西に進むことも叶わない。悪いことばかり浮かんでくる。変化が少ない南極の雪原。進みたくとも叶わない現状。それでもください進み続けるだけ
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画像から乾燥雪な事は分かる・・・たぶんキシキシ鳴る雪だ。
スキーと橇の跡、踏ん張って曳いてるのに、ストック跡が1個の不思議・・・
橇の腹が着く程の軟雪でもなし、8時間曳いて6kmとは、ワキシングが合ってるのか・・・
シールは、モヘアか?化繊か?混合か? これに因って摩擦抵抗が違う。
低温・粉雪には、アザラシが一番効くと思うが・・・他人事ながら気に為る点多し。

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2021年11月23日9:31(日本時間)/第9報

11/22 5日目 距離11km 高度80m 
食欲なし睡眠浅く、夜中に下痢でおきる。寝袋から出て寒い外に用足しに行くのは辛い。眠りが浅いので寝た感じがしない、ましては24時間明るい白夜。行動中、撮影時にいきなりミラーレスカメラが故障。メイン記録機材だがサブでやるしかない。昨夜、スキーのシール(スキン)をショートからロングに張り替えたのでグリップがよくきく。ちなみに剥がれないようにエンドをビス止めしておく。晴れで風がなく暖かい。とは言っても最高-9℃。10時間歩く。何の変化もない世界を10時間歩くと途方もなく長い時間に感じる。

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シールを交換した様だ。短・長2本有っても、1本は荷物に為る。長物にしなかった理由は?
短は、当然貼り流しと為り、低温下では粘着力が弱まり、剥がれる事が有る。
もしかして、シールの毛足の長さの言ってるのかも、ナイロンシールは毛足の長短有り。
ビス3本止め? 何故、テールフック付きのシールを使わないのか不思議???
板は細板、
もう少し浮力が得られる、板がいいのでは? 幅広でも軽量板は、金次第で有る。
このシール模様は、国内販売では見た事なしだ。
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24日 追記
使ってるスキーがFBより判明、アトミック社のノルディック板に3ピン+シール。
接雪抵抗面が同じなら、背丈長で幅広な方が、沈まず・曳き負けしない様に思うが・・・

累積走破距離45.7Km 西への移動で、極点には殆ど近着いて無い。

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2021年11月24日10:11(日本時間)/第10報

11/23 6日目 距離14km 高度80m
更に歩く時間を伸ばす。今日は11時間。これ位歩くとかなり1日が忙しい。最大1日14時間までと考えているがそこまでやると睡眠時間の確保の為に全ての行動を迅速にせねばならぬ。皆が思うより冒険中は忙しい。やれる事をやれる限りやる。その日々の積み重ねしかない。冒険も人生も大事なのは今だ。吹っ切れてからが本領発揮。追い詰められとムダに強い。とにかく毎日毎日を大切にやります。

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橇を曳く図。いい天気の中、凛々しい姿。

今日で“冒険記・第10報”の投稿です。
南極点到達迄の日数を、59日と読んでる様だが、既に6日を消化。
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スタート地点から59.7km進んたが、クレバスを避けて西に移動してるだけで、
極点との距離は全く詰まって無い・・・残り53日で果たして到達出来るのか・・・


続きは⇒

10月29日
フランスのピオレドール事務局は10月27日、日本の山野井泰史に第13回ピオレドール生涯功労賞を贈ることを発表した。
この賞は、仏で登山誌を発行してる2社が主宰、登山界で最も権威の有る賞です。
賞金は無く、金のピッケル=ピオレドールが授与されます。
近年、日本と朝鮮の登山誌が、アジアピオレドール賞等と真似をした賞が出来たが、
似て非なる物です。

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ピオレドール生涯功労賞(Lifetime Achievement Award)とは、長年にわたってアルパインクライミングの世界で活躍し、その実績と精神が次世代のクライマーに大きな影響を与えてきた者に対して贈られる賞である。
ピオレドール受賞式典は、11月26日からフランスのブリアンソンで開催される。
(黒字
ROCK&SNOWより抜粋)
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山野井夫妻(妙子さんも、一流のクライマーです)
2009年に創設された同賞の最初の受賞者は、ワルテル・ボナッティ(カラビナで有名)
2010年は、ラインホルト・メスナー(8千m峰14座初制覇・エベレスト単独・無酸素)
2011年は、ダグ・スコット
エベレスト南西壁初登攀)

2015年は、クリス・ボニントン
(エベレスト南西壁・アンナ南壁初登攀の隊長)
2016年は、ヴォイテク・クルティカ(山野井氏の山友)


2021年、山野井泰史氏 13人目の受賞です。
    ドリュ西壁 ダイレクトルート単独初登攀。 フィツ・ロイ 冬季単独初登攀。
     アマ・ダブラム西壁 冬季単独初登攀。 チョー・オュー南西壁 単独初登攀。
     クスム・カングル東壁 単独初登攀。 K2南南東リブ 無酸素単独登攀。
     ギャチュン・カン北壁 第2登。 その他多数の登攀記録が有る。
過去の受賞者を見ると、錚々たるメンバー、欧州勢に伍してアジア初です。

2006年の春に、約1ヶ月の間、夫妻とヒマラヤ登山をした際に、
「凄い山、遣ってますね」と聞いたら、
返事は「全て、過去の事ですよ」「振り返ってる、暇は無い」と・・・。
今回の受賞で、「妙子! 貰っちゃったよ」「泰史、良かったじゃない~」と、
2人で話してるだろうと想像してます。


受賞 おめでとうございます。

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雪崩講習会の案内
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雪崩講習会に参加の申し込みをした。
今迄、山登りに関する色んな講座を聞いたが、この講師の話は、過去2回聴いた。
ナンチャッテ・ガイドの話しや、自称雪崩専門家のを聞くよりは、一聴に値する。

5月11日
春季の登頂シーズンを向かえた、エヘレストやダウラギリBCでも、
“支那の疫病”が蔓延中らしい・・・

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中国は、昨年の“疫病”騒ぎ以降、外国人の入山を禁止してたが、
山頂・他に[最も厳格な防疫措置]を講じて、登山者同士の接触を避けると・・・

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と言う事は、自国民の登山計画が有るからか?  ガイドに[隔離線]を設置させると言う。
国境にポールでも立てて、ザイルを張って規制するのか・・・
優秀な“支那製ワクチン”が有るのだから、恐るるに足らないだろうに・・・

ネパールは、殆どの交易物資を隣国のインドに依存してるし、人的交流も盛んな国。
今猛威を奮ってる、“インド株”が蔓延してるのだろう・・・

しかしエベレストBCに1200人も居るとは、平時の状態と同じではないか・・・
毎年20日過ぎ頃から1週間から10日位の間、南東稜からの登頂ラッシュが始まる。
今年は如何に・・・・


追記(5月24日)
中国は、自国登山隊(20余名)に登山禁止を指示した。

1月17日
凄いニュースが飛び込んで来た。
ネパール隊が、冬季のK2に初登頂したと・・・
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8000m峰14座の中で、唯一冬季未踏のK2に、同日・同時刻に10名が登頂したと言う。
山頂手前で後続者を待ち、皆で山頂を踏み、“ネパール国歌”を唱和したと言う。


概略 ’20年12月29日にBC入り。
   48名の隊員(男性43名 女性5名)
   登頂日は’21年1月16日
   登頂者は、
*Nirmal Purja*
         *Gelje Sherpa*
*Mingma David Sherpa*
*Mingma G*
*Sona Sherpa*
*Mingma Tenzi Sherpa*
*Pem Chhiri Sherpa*
*Dawa Temba Sherpa*
*Kili Pemba Sherpa*
*Dawa Tenjing Sherpa*
Karrar Haidri (パキスタン・アルパインクラブ)
Secretary (パキスタン・アルパインクラブ)
12月29日にBC入りし、C1・C2・C3・C4を設置して、1月16日に10名が登頂。
BCを設置から、20日足らずで登頂してしまうとは、流石高所に強いシェルパ族です。
隊員名に
Sherpaと付いて人は、ネパールの高地に住むジェルパ族を意味してます。
Nirmal Purja氏は、昨年ネパール人として8000m峰全山の登頂者。


冬季初登頂された後のK2は、[冬季単独登頂][冬季無酸素単独登頂]を誰がやるのか!!!


3月13日

ネパール政府、エベレスト入山を事実上禁止…テント共に寝泊まりで感染の危険

3/13(金) 20:13配信

読売新聞オンライン

【ニューデリー=小峰翔】世界的な新型コロナウイルスの感染拡大を受け、ネパール政府は13日から5月末まで、中国との国境にそびえる世界最高峰エベレスト(8848メートル)の入山を事実上、禁止することを決めた。AFP通信によると中国も同様に入山を禁止しており、比較的気候が良い4~5月に集中するエベレスト登山は困難になった。
ネパール政府は発行済みの許可証を一時無効にし、新たな発行も見送る。エベレスト以外の山も対象にした。政府高官は13日、本紙に「感染拡大が広がっている国からの登山者が例年多く、寒冷な場所で何日も過ごす登山は感染が広がる恐れがある」と説明した。
エベレスト登山は一般的にシェルパらと複数で登り、テントで共に寝泊まりすることからも、感染の危険性があると判断したという。春は山頂やベースキャンプ近くで渋滞が発生するほどの人気で、昨春はネパール側からは644人が登頂した。ネパールは入山手数料だけで年数億円を得ている。

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影響はエベレスト登山にも ネパール 必要なビザ発給停止へ
2020年3月13日 16時02分NHN NEWS WEB

5月1日又は6月1日からの発給では、モンスーン(雨季)に入り、
トレッキングでの高山植物見物より出来ず、登山は無理ですね・・・

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エベレストにはネパール側とともに中国側からも登ることができますが、
地元のメディアによりますと、中国側ではすでに実質的に入山を禁じているとのとで、今回のネパール政府の措置で、当面の間、エベレストの登山はできなくなります。
エベレストはこれから春の登山シーズンを迎えるとあって、観光を主要産業とするネパール経済には大きな打撃になるとみられます。

エベレト登山に限らず、全ての外国人の入国を阻止する様です。
医療が充実してない現状では、仕方の無い事ですが、1人の旅行者が落とす金で、
10人が喰えると言われてるのだが・・・
登山隊(客)の荷を背負って、5~600円の日銭を稼ぐポーター達は大変だ・・・



感染者1人のネパールがコロナ対策でエベレスト登山を停止した理由

3/19(木) 17:51配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

ネパール経済に大きな打撃

 高山に挑む登山家は、世界で最も健康で丈夫な部類に属する人々だ。その目的地は、たいてい文明から遠く離れている。それでも、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的な大流行)により、世界中で移動制限や隔離が行われている影響からは逃れられないらしい。

 チベット高原全域のあらゆる旅行・登山許可の発行を担う中国チベット登山協会(CTMA)は3月11日、中国が管理する山の北側からのエベレスト登山について、この春は一切許可を出さないと発表した。

 中国の発表に続き、ネパールもエベレストを含む今春の登山をすべて中止することを決定したと、地元紙カトマンズ・ポストは報じている。政府はすでに観光ビザの発給を一時的に停止しており、この措置は4月30日まで続くという。

 山岳観光は、ネパール経済を支える主力産業の1つ。エベレスト登山者だけで年間3億ドル以上の経済効果があるという。一切の登山を停止するという今回の決定は、山岳観光を生活の糧にしている地域社会にとって大きな痛手となるだろう。

「旅行者1人が、ネパールの11世帯を支えている計算です」と、カトマンズに本拠を置くツアー会社「シャングリラ・ネパール・トレック」のジバン・ギミレ氏は話す。「かなり厳しい状況になるでしょう。すぐには現れないでしょうが、大変な影響があるはずです」

 ギミレ氏によると、登山シーズンの度に旅行者でにぎわうロッジや商店が直撃を受けるという。

「もちろん、政府にも数百万ドルの収入となりますが、お金の90%は現地の人々に直接渡ります」とギミレ氏。「登山が家族を養い、学費や生活費になるのです。エベレスト登山がなくなれば、失業者があふれるでしょう」

 ネパールは実際、登山産業による大きな利益を優先してきた。例えば、2019年には外国人登山者に発行された登山許可証が381通に上り、危険なほどの混雑が報じられた。ネパール政府は2020年のエベレスト登山者数を減らすため、新たな規制を設けると発表。しかし最近になって方針を撤回し、結局その規制は実施しないことを決めた。

感染が広がりやすい山の環境

 ネパール政府が発表しているコロナウイルス感染数は、今のところ1件だけだ。だが、ネパールの医療専門家は、「ウイルスがネパールにも入ってくるかどうか」ではなく「いつ入ってくるか」を問うべきだと指摘している。ネパールの医師の割合は1000人あたり0.7人と比較的低く、感染に対処できるのか危惧される(米国では1000人当たり2.6人の医師がいる)。

「あまり健康状態が良くない、資金や物資が十分にない人々の間にCOVID-19が広がれば、大きな被害が出るでしょう」。エベレスト登山12回、ヒマラヤ地域への遠征20回以上の経験がある登山医師、モニカ・ピリス氏はこう話す。「こうした集団を守る責任があります」

 経済的な心配だけでなく、パンデミックが抑えられていない中でこの地域に旅行することの倫理的問題もある。これまでも、季節性インフルエンザはネパールにとって大きな問題だった。昨年、インフルエンザがクーンブ地方で猛威を振るい、多くの村がダメージを受けた。登山者も多く感染したが、主に影響を受けたのは現地の人々だった。

 ギミレ氏もこれに同意し、ほとんどのネパール人が3世代同居だと指摘する。コロナウイルスの場合、高齢者が重症化しやすいとされており、「インフラが不十分なこの国では、病気が流行すると大惨事になりかねません」

 通常の年でも、2週間のトレッキングを経てベースキャンプにたどり着くまでに病気にかかる登山者は少なくない。登山者もハイカーも、みな同じロッジに滞在する。こうした施設は小さく、グループで食事を取るうえ、水道水は多くの地域で限られているため、手洗いすらできないこともある。

「感染を広げる条件が揃っているのです」とピリス氏。「おびただしい数の人々が、それぞれ独自に変異したウイルスを世界各地から持ち込み、同じロッジに集まり、同じ狭いテーブルで食事をするのです。基本的な衛生対策すら限られています。感染症に極めて弱い状態です」

人の姿が消えるエベレスト

 この10年のエベレストは成功と悲劇を経験してきた。登頂数が記録的な数に達し、観光業がうるおった年もあれば、登山者も地域社会も大きな打撃を受けた苦しい年もあった。2014年には大規模な雪崩があり、クーンブ・アイスフォールで作業中だったネパール人ガイド16人が死亡。登山シーズンは中止された。

 翌2015年は、1974年以来初めてエベレスト登山者がゼロとなった。4月25日にマグニチュード7.8の地震が発生し、ネパール全体で約9000人が死亡、2万2000人が負傷し、重要なインフラが大きな被害を受けたためだ。一部の登山者は、地震の被害には遭わなかったものの、クーンブ・アイスフォールの上で「身動きが取れなくなり」、ヘリコプターによる救助を要請。被災地に出動していればもっと多くの人を助けられたであろう救援の手段を、別のことに使わせたと批判を呼んだ。

 過去2年間で際立つのは、混雑の激化だ。登頂数は2018年に807、2019年に891と、新記録を更新している。春の登山シーズンに、わずかな好天を逃さず山頂を目指そうという登山者が押し寄せる。結果、1本のロープにつながった登山者の列が無限に続くかのような写真が大きな注目を集めた。2019年、この山で命を落とした登山者は11人。人が多すぎるのが要因の1つだという指摘も出た。

 そして2020年シーズンは、重大な災厄により、5年間で2回目の登山者ゼロの年になりそうだ。

「コロナウイルスによる他の影響に比べれば、エベレストに登れないのは間違いなく軽い方です」。エベレストの立ち入り不可で影響を受ける山岳ガイド企業の1つ、アルペングロー・エクスペディションズ社のエイドリアン・バリンジャー氏はこう話す。「しかし、我々の顧客の多くが登山のために何年も準備し、多大な時間と費用をつぎ込んできました。残念ではありますが、慎重なアプローチは当然だと思います。決定に賛成です」

 バリンジャー氏の企業ではネパール人スタッフ22人とガイド10人を雇う計画だった。その全員に「少なくとも何らかの額」を支払うことを約束し、同時に、顧客にも可能な限り返金するよう努めている。「どのガイド会社も、ネパールにいる自社のスタッフを支援できるよう願っています」とバリンジャー氏は語る。

 近年のエベレストの混雑を考えると、この山への挑戦とそこでの生活が「一休み」するのはいいことかもしれない。環境への影響も小さくなる。「今は家族が集まる時なのかもしれません」とギミレ氏は話す。「欧米の人々は、家族とのつながりが薄れてしまっています。この時間を使って、家でみんなで過ごすのがいいのかもしれません」


凄い男が現れました~ 単独・無酸素でなかったのは残念だが・・・
精鋭部隊の元兵士なら体力・根性は抜群でしょう。
地の利は有ったにしても、登山隊編成資金の出処が気に為るが、快挙に違い有りませんね~

【10月30日 AFP】ネパール人登山家ニルマル・プルジャ氏(36)が29日、世界に14座ある「8000メートル峰」の全てを189日間(6か月と6日)で登頂する世界最速記録を達成した。

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同氏が自身のソーシャルメディアアカウントへの投稿で明らかにした。
これまでの最速記録は8年弱だった。
同氏はフェイスブックへの投稿で、中国のシシャパンマへの登頂を報告し、「ミッション達成!」と宣言した。
 
8000メートル峰14座の無酸素完全制覇は1986年、イタリアの著名登山家ラインホルト・メスナー氏が世界で初めて達成。翌87年にはポーランド人登山家のイェジ・ククチカ氏が7年11か月14日で同じ偉業を達成。その後、金昌浩氏がこれより1か月速い新記録を達成していた。ただ、金氏はククチカ氏やプルジャ氏とは異なり、14座全てを無酸素で登頂していた。
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5月22日 エベレスト

英軍のネパール人部隊「グルカ旅団」や精鋭部隊「特殊舟艇隊」の元隊員であるプルジャ氏は、4月に「プロジェクト・ポッシブル」と題した挑戦を開始。第1段階として、わずか1か月でアンナプルナダウラギリカンチェンジュンガエベレストローツェマカルーの6座に登頂した。

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7月3日 ナンガパルバット

その1か月後にはパキスタンで第2段階をスタートし、まず標高8125メートルの難関ナンガパルバットに登った。その後は、自身の目標に間に合わせるために睡眠不足と闘いながら、
ガッシャーブルム1峰ガッシャーブルム2峰、世界第2位のK2を含むパキスタン高峰5座をほぼ駆け足で登っては下りたと同氏は説明している。

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7月18日 ガッシャーブルム2

23日後には第2段階で最後の山となるブロードピークに登頂。9月に最終段階を開始し、
1週間のうちに
チョーオユーマナスルを踏破していた。
今年のK2やマナスルは天候が悪く、登頂を諦めた隊が多かったのだが・・・見事です。

この春、一人でデナリ(6190m)に挑み、成功率50%という環境下で見事に登頂。
スキー降下中に一夜をビバークして明かし、凍傷を負うも生還・・・

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この度、動画を公開したので、ご覧下さい。 

❈デナリ登頂の難しさ
①緯度が北極圏に近く、ヒマラヤに比べ常時低温で有り、気象条件も悪い。
  地球の自転の関係で、赤道付近よりも大気層が薄い。(酸素量が少ない)
  なので、6190mの標高だが、ヒマラヤの7000m級の自然条件と言われてる。
②登山開始地点の標高が2200mで、山頂まで約4000mも有る。
  エベレストは、登山開始地点から山頂までは、約3300m。(酸素を吸いながら登頂) 
③エベレストは、一般的にシェルパが荷揚げ等の、段取りをしてくれるが、
  デナリはBCからの山頂往復は、全て自力での登山。
以上の条件から、登頂成功率は毎年50%前後と言われている。

10月6日
'19年のポストモンスーン期のヒマラヤは、悪天候で降雪続きの日々だった様子。
ざっと調べたところ、マナスルには日本から3隊が挑んた模様。

マナスル(8163m)ノーマルルート
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今期のマナスルBC全貌、エベレストBC並みのテント数だ・・・
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プレモンスーン(春季)は、エベレストに商業登山客が集中する。
ポストモンスーン(秋季)は、これから冬に向かうエベレストよりは比較的楽に登れる、
マナスルに商業登山客が集中する傾向に有る。エベレスト700万~800万、マナスル300万。
有力なエージェントは、エベレストで活躍したシェルパ達を集め、
山頂直下迄のルート工作をさせて、各隊から“ルート工作された道”の使用料を徴収。
ここ数年エベレストに続き、マナスルでもこんな図式が出来ているのだ・・・
お陰で各隊は、ルート工作用の長大なFIX持参と張る手間(期間・人工)が省けるのだ。


昨年の同期に4名を登頂させた、平岡隊(国際ガイド)は、
9月4日から40日間の日程を組んだが、9月21日撤退宣言。何処まで登れたかの発表は無し。

AG隊は、9月4日から35日間の日程を組み、9月27日にC3(7450m)より登頂。

野口健隊は、9月27日にC3からC4(7600m)達するも、10月2日に撤退宣言。
(AG隊は同日C3からロングアタックで登頂、隊員・シェルパの実力の差か?)
登山期間が2週間では無理だったと言う、当然の話だ。
工作済ルートを使えば、簡単に登れると考えたか?

彼は、ネパールの子供達にランドセルを贈るプロジェクトを実施してるが、
今回も700個近くのランドセルを集め、途中の集落に配布しながらの登山。
ひと月半もの日程を取りながら、登山期間が実質2週間では所詮、無理が有ったのだ。
相手は8000m峰で有る、登りたいのか? 慈善活動なのか? を、ハッキリさせないと・・・

彼の被災地支援・清掃活動・マナスル基金・ヒマラヤ植樹等の社会貢献は評価するが、
登山活動は、登山家→アルピニスト→山屋と、肩書の変遷?

今回の添付画像を見ると、隊員の中にシスパーレで名を馳せた、平出和也が居た様な?
強力な助っ人を用意してたので、登る気が有ったのかもだが・・・二兎は追えないのだ。

手前は野口隊のBC
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C4(7600m)への途中で酸素を吸う野口。
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7000m台で、酸素を吸うのは構わないが、ツイッターでBCでの添付動画を見て驚いた。
テントに積もった雪の排雪を、アルミ製の角スコップで遣ってるではないか・・・
命を守るテントに傷を付けたらどうなるか? 判らんのか・・・手で遣るのが普通だ。
自称登山家でも山屋でもいいが、何処で“山”を習ったかと問いたい、亜大山岳部?
小生が習った頃は、ザイルを踏んだり・メットを裸で持ち歩いたり・
こんな事したら 鉄拳+回し蹴り をゴチに為ったものだ・・・

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