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エベレスト(ネパール側ノーマルルート)で、
単独?・無酸素登頂を標榜してる栗城が、16日BCを出発しました。

栗城は、今年の3月16日に、中国側からメスナールートで登ると発表。
しかし、4月のネパール大地震で中国がエベレスト登山を禁止に・・・

カトマンズ発のロイター電(8月25日付け)によると、
ネパール観光相が栗城に登山許可を出したとの事。

この秋、ローッエに登る韓国隊にも許可が下り、
SPCC(サガルマタ環境汚染管理委員会)は、
2隊の為にBC⇔C1間のアイスフォール帯に固定ザイル・アルミ梯子の設置を、
9月9日迄に完了。

SPCCは、エベレストに残置・放置されるザイル他・糞尿・食料廃棄物等々のゴミを減少させる為に出来た組織。
アイスフォールの通過には使用料が課せられます。
各隊が個々でルート工作する人工費・資材費用と日数を考えると、使用料は安いもの・・・
登山中は、常時6名のシェルパが維持管理しています。

栗城はBCから10時間経過しても、C1に到着してないとの情報もあり・・・

20日に登頂すると言ってますが、21日までのエベレストの天気予報です。
連日降雪がある模様ですが・・・・
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これは、山頂の天気を予報したものですが、5千・6千・7千mの予報も見れます。

アイスフォールを管理するシェルパが、
10日から降雪が続き新雪が60cmにも達していると、電話でSPCCに報告してます。

20日の登頂予定日の状況は、
晴れ曇り雪・西の風10~5Km/h・気温-21~19℃・体感温度-28~24℃
降雪量6~18cmとなってます。

16、17日は風も20Km/hと強く、体感温度も-30℃以下のようですから、
C1からC2へ上手く上がれれば勝算ありか????

エベレストに登るのに、
大地震の影響とは言え計画ルートをコロッと変えるあたり、
ルート工作されたクレバス帯を通過(単独とは言えない)するあたり、
7千mでの高度順応もしないでアタックするあたり、
如何にも栗城らしいと思いますが・・・まずは無事下山。



〔栗城エベレスト〕を彼の公式ブログをもとに、ウオッチして見ます。

山登りを志してる方は、栗城の登山スタイルをご存知でしょうから、
単独だの・無酸素だのの事は敢えて問いません。

彼の公式サイトと、公開されている山岳予想天気サイト(下記 )を参考にします。

8月31日、高度順応の為、ロブチェ東峰(6119m)の5300m付近で幕営。
9月 1日、ロブチェ東峰に登頂(山頂付近で幕営)。
   2日、山頂付近に滞在。
   3日、下山。

これで、6千mへの高度順応が出来た事になります。

9月 7日、エベレストBC(5300m)入り。
  12日、BCでの、血中酸素飽和度(SpO2)が85% 脈拍76と発表。

6千mでの高度順応を終え、5300mのBC入りしてから、
5日も経過してるのに血中酸素が85%とは低過ぎます・・・
血中酸素測定は、指にパルスオキシメーターと言う卵大の機器を付け、
指先の毛細血管を流れる動脈血の酸素量を測るのです。
平地では通常健康な人で98%・高齢者で1~2%低い数値が出ますが、正常値です。
彼の場合、90~95%程度でないと、この先の高度で脳に十分な酸素が運べるか、疑問です・・・
小生の体験から、80%を割ると意識障害(高山病)が現れます。

           
  16日、朝6時にBC(5300m)から、CⅡ(6400m)へ出発。
      風雪が強く、CⅠ(5950m)到着が夕方4時との事・・・
      CⅠでの滞在も考えたが、天候悪化の兆しで、荷物を雪中にデポし、
      夜中にBCへ戻る・・・と。

BCからCⅠへ登るのに10時間掛った事に為ります。
気象条件が悪かったとは言え、通常の2~3倍の時間が掛ってます・・・
雪中にデポする時間も含めて、BC着が7時43分。
帰るのに約3時間掛った事に為ります・・・
      
何故、一足飛びにCⅡを目指したのか?
 7000mでの高度順応は必要ないのか?
普通、7千mを体験し、一旦BCに降り休養、一気にアタック。
風雪が強いと言ってるが、エベレストの予想天気サイトでも予想済みの事。
彼のブレーンには、気報予報士が居てBCとのコンタクトも取れてるはず。
ネットで予報サイトにもアクセス出来るはず・・・
CⅠが有るのに、荷物を中に収容しないで、時間の掛る雪中デポ?
BCに戻った画像には、上下高所用ダウンジャケット姿・・・・
当日のCⅠ付近6000mの温度は、-3~2℃程度(天気予報サイトより)


一回目の、9月20日登頂のスタートは失敗でしたが・・・・
次の登頂可能日は・・・
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予報を見る限り、21日です。22、23日からは悪天候・・・
25、26日は比較的風雪・気温が安定するようですが、晴れ曇り雪の予報です。

21日アタックなら、
18日 CⅡ(6400m)、19日 CⅢ(7000m)、20日  CⅣ(7900m)、でなければ無理です。

21日は夜から天候が崩れ、風速20~30Km/h・体感温度-24~30℃ですから、
登頂出来てもCⅢまで降りないと危険です・・・・



一回目のアタックに敗退した栗城が、行動を開始しました。

彼の公式ブログ(20日13時09分)の発表によると、
24日に山頂から中継するとの事。
画像を見ると、日が上がってからのBC発です。

24日までの、エベレスト天気予報を日別・高度別を見てみましょう。

今日、20日の6000mの予報です。
CⅠ泊か、CⅡまで登るのか判りませんが、夜には40cmの降雪予報。
風・気温は、今の季節なら普通でしょう。
イメージ 1

今日、CⅡまで上がってれば、明日はC3Ⅲへ7000mの位置です。
風は朝20Km/h程で、昼からは落ちるようですが、
降雪予報が朝50cm・昼49cm・夜73cmと最悪です・・・
CⅠ泊で、様子見かも知れません・・・・
イメージ 2

CⅠ泊なら一日づつ日付がズレますが・・・
CⅣ付近は降雪58・38・22cmと最悪です・・・
一日遅らせても23日は降雪は止むものの、風が20Km/hと最悪です。
7000mでの高度順応をして無い彼にとっては、苦しい登行に為ると思います・・・
イメージ 3

登頂日の24日の予報です。
雪・風・気温共に今の季節では、いい方でしょう。
但し夜から25日に掛けては、風が40Km/hと最大予報なので、
CⅣに泊まる事無く、最低でもCⅢ以下の安全帯まで降りる必要が有ると思う・・・
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今日は、ラグビーWカップ・イングランドの初戦 日本×南アフリカ を見て興奮!!!
80分経過し、29対32の時点で南アがペナルティ・・・
ぺナルティゴールを決めれば、32対32で同点引き分け・・・
日本は、スクラムからのトライを選択し、見事に決め32対34で勝ち!!!!!

南アは、ランキング3位・過去優勝2回・今大会の優勝候補。
日本の初戦勝利は24年振り、ベスト8が目標だ・・・
世界のラグビー界は、大騒ぎのはす・・・
80分走り廻れる体力と、当り負けしないパワーが勝因。

第2戦は、9月23日にスコットランドと戦う・・・
これも名門チーム 見逃せない~~



20日、20時35分発表の公式ブログより。

日本時間で、19時10分にCⅡ到着との事。
これからテントを張り寝るらしい・・・明日21日は停滞とか・・・

ネパールとは、約3時間15分の時差が有ることから、
CⅡ到着は日本時間で夕方4時になる。
ノーマルルートは、ヌプッエ稜線とエベレスト西稜に囲まれた谷沿いに有り、
この時間では薄暗闇と思うが・・・
テント場の氷雪をカッティングしての設営は、大変と思う・・・
(単独とは言え、同行シェルパが既に設営済みか?)

明日21日CⅢ7000m付近では、大量の降雪が予想されてます・・・
因って、雪崩れの恐れも有りか????

参考までに、ノーマルルートのキャンプ位置
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24日アタックの予定だが・・・天気予報が激変です・・・・

天気予報サイト

23日夜から24日の8千mでは、風速25~35km/hへ・・・
25・26日は40Km/hの予報に変りました。

とても登れる状況ではありませんね。
早めに、BCに降りて体制の立直しです。
高所での長居は、体力の消耗ですから・・・

春から初夏の、比較的好天が続くプレ・モンスーンと、
これから冬に向かうポスト・モンスーンでは難易度が違う・・・



栗城に関する海外記事
This year ,Japan's Nobokazu Kuriki is the only climber planning an attempt on the summit, although a six-person support team is expected to accompany him to Camp 2, about 6,400 meters high and usually around two days of trekking beyond base camp.

この秋、エベレストに挑むのは栗城だけですが、
同じアイスフォール帯を通ってローッエに挑む韓国隊も居ます。
その為、9月9日までにSPCCが、アイスフォール帯に固定ザイル・アルミ梯子等々のルート工作をしました。

この海外記事を見て、驚きました!!!!!!
日本では栗城が単独・無酸素で登ると公言してました。
BC⇔CⅠ間のアイスフォール帯のルート工作は、SPCCに依存。
CⅡまで6人がサポートする。シェルパに荷揚げさせたものと思われる。
これでは、単独ではありません。

栗城のGPSデータが、彼の公式ブログで見られます。それがこれです。
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ポイント14がBCの位置で、9/20 9:20
    50が最高到達点で、9/20 18:27 標高6300m辺りでしょうか?
途中でヌプッエの北西稜方向に進み、引き返してます・・・・
20日は降雪が激しく、一時進路を失ったのかも知れないが・・・
GPSを持ち・シェルパ同伴にしては、お粗末。

9月20日 20時33分発表の公式ブログに、
      日本時間19時10分CⅡ(6400m)に到着と。 

9月21日 18時33分発表の公式ブログでは、
      BCとの交信で、
      「6100mのCⅡに居る、全く誰も居ないCⅡだ」と言ってる。

CⅡは、6400mなのか、6100mなのか・・・GPSや高度計で標高確認は?
6300m付近まで伸びたGPSログは何なのか・・・荷揚げの為?
本当にCⅡには、栗城以外居ないのか?

疑問が多い・・・・この連休ジックリ ウォッチしよう・・・



栗城がCⅡに上がって2日経過・・・・動きが有りません・・・

6000m以上に2日も留まると、
高度順応は出来るものの、体力の消耗が激しいと言われてます。
食料を摂取しても空腹を満たすだけで、栄養分を取り込めない為です。
体内の脂肪燃焼・蛋白質分解で、熱・運動エネルギーを得るのです。

なので6000mで高度順応をして、更に7000mで高度順応し、
一旦BCに下り体を休め・一気にアタックが一般的な登り方。
彼は、3週間前にロブチェ東峰で、6000mへの高度順応をしてますが、
3週間も経つとその効果が減るとも言われてます。
それで動けないのか?雪の状態が悪くて動けないか?

彼の公式ブログとGPSデータに因ると
9月20日の朝9時20分にBC(5300m)を発ち、
CⅠを飛ばしCⅡに19時10分に到着。
約1000mの登りに、約10時間の行動です。アタックは24日と発表。

16日に、BCからCⅠ(5950m)に650m登るのに、約10時間掛ってました。
降雪で視界が悪く、アイスフォール帯通過に苦戦した模様。
この日は、荷物をデポし夜中にBCへ戻ってます・・・
この時点で、当初予定の20日のアタックが中止に・・・

21日に、プモリ基部の無線中継基地との交信で、
雪の状態を見て、22日か23日にはCⅢ(7000m)へ上がると。
21.22日は、CⅡで停滞中です。23日は動きが有るかも知れませんが・・・
仮に、23日 CⅢ(7000m)まで 24日 CⅣ(7900m)までとすると、
アタックが25日になってしまいます・・・
まだ、公式ブログでは、行程変更されてません????

処が・・・ニコニコ生放送の番組で、25日朝9時から、
単独・無酸素でのエベレスト登頂の生中継をすると発表してます。
(直前で変更が予想されるので、仮設定だと付記)

何か変ですが・・・・

アタック日の、25日の山頂付近の天気予報です。
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西の風15Km/h・降雪1~5cm・体感温度-23~29℃ と為ってます。
今の季節としは良い天気でしょう~
25日を逃すと、26.27日は風速30~40Km/hの強風予想なので、
ポスト・モンスーンの登頂断念と言う結果か・・・
BCに下りて、仕切り直しの余裕は無いと思います。



栗城が、今日24日に、CⅢへ上がった模様です。

と、言うのは・・・まだ彼の公式ブログで発表が無く、
ブログに添付されているGPSデータでの判断です。

20日にBCからCⅡに上がり、以来21.22.23日と3日連続停滞。
理由は、天候悪化に因る降雪・それに伴う雪崩の心配です。

20日の時点で、この先の天候悪化の兆しが予測出来、
BCに留まるべきと思いましたが・・・高高度に長期滞在による体力消耗、
それに側面の西稜からとローッエ側からの雪崩れです。谷底のCⅡですから・・・

当初20日のアタック予定が流れ、24日が25日になり更に26日と、
日毎に変更に為ってます。

下記添付のGPSデータ 
44ポイントが24日14時11分と為ってるので、
この時間に到着したと思われます。

当初、CⅢは7000mに設置と言ってたが、6900m付近の様です。
この辺はローッエフェイスと呼ばれる、40°~50°の氷雪斜面の始まり、
普通CⅢを設置する7100mからは低い位置。
イメージ 1

彼の公式ブログに、以下のコメントが記載されてます・・・

皆さん、ナマステ。
キャンプ2に着いてから3日が経ちますが、昨日までかなりの積雪で今日は表層雪崩の危険性があるのと、25日が強風の予報になったため、そのままステイしました。
現在のところ、風が弱まるという予報の26日に登頂アタックできるのではないかと思います。
26日に生中継して、皆さんと『冒険の共有』ができたらと思っています。

では、25・26日の山頂付近の天気予報です・・・比較して見て下さい。
イメージ 2

25日より26日の方が強風、それに伴う体感温度予想も低下してます。
何か変ですね~~



昨日、公式ブログでの発表は無いが、GPSデータでCⅢへ上がった模様。
と、お伝えしましたが・・・昨夜の深夜に更新されましたが、
以下のその文章のコピーです。黒字は栗城ブログより 青字は私見。

今朝6:45にキャンプ2(6400m)を出発して、
11:05にキャンプ3(7000m)に到着しました。
周りに誰一人いない、とても静かで快晴無風のエベレストを静かに静かに登ってきました。
コンディションも、とても良いです。
26日に登頂&生中継の予定です!

疑問①11時05分にCⅢ(7000m)・・と、言ってるが・・・
    昨日添付したGPSデータを見る限り、
    到達最高点44は6900mを指してます。

疑問②更新された中継基地からの動画と音声から・・・
   無風快晴と言いながら、登ってる姿の画像が無い・・・
           CⅢからの絶景は下りてから・・・と。
   
   CⅡで3日も停滞した事が原因か? 一日一食だが、それでも動ける。
   と、言っている・・・この先CⅣ→山頂→帰路の食料の量は?

公式ブログでは、
バッテリーに限りがある為、GPSデータが現在地とは限らないと・・・
では、何の為のGPSなのか・・・不思議です・・・



今日、公式ブログでCⅣへ上がったとの、下記発表が有りました。
黒字は栗城ブログより 青字は私見。

今朝7:45にキャンプ3(7000m)を出発して、
14:45に最終キャンプとして7600-7700m地点にテントを張りました。
 予定変更して明日は1日レストにして、
明後日27日(日)の登頂&生中継を目指します。

では、最終キャンプ地のCⅣの位置は? GPSデータから
イメージ 1

どう見ても最高到達点は7500m付近で、
彼の言う7600-7700mでは有りません・・・拡大して見ると・・・
イメージ 2

途中2箇所で、行き詰まって戻ってます・・・
ポイント38.39.40から先のルートは、
ローッエフェイス→ジェネバスパー→サウスコルへと続く通常ルートに近い入り口。
登り掛けて戻ったのは、ローッエの急斜面に登れないと判断したのか・・・

直接サウスコルに抜ける、谷沿いのルートを辿ってます・・・
最短で登れそうに見えますが・・・前回もこの谷でアウト・・・
ここは、エベレスト南西壁からの雪崩れが直撃する処で、通常選択する隊は無し

今日も最高到達地点付近で、行き詰まってるのが判ります。

更には、ここで明日(26日)停滞して、アタック日を27日に変更しています。
理由は不明ですが、酸素無しで7000mに滞在する事は、
翌27日のアタックに多大の影響が出るはず・・・
体が動かない・・・標高差1350mの往復・・・彼の体力・技術からして無理。

今までの経緯
CⅢを6900mに設置 (普通は7000~7100mに設置)
CⅣを7500mに設置 (普通は7900mのサウスコルに設置)
この標高のズレが登頂の成否に大きく影響します。

普通の隊は、サウスコル到着後仮眠を取り(実際は寝れないらしいが)、
夜中の12時から2時にアタックするのが一般的・・・

ピッケルが上手く使えない状態で、固定ザイルの無いサウスコルから上は、
正にデスゾーン・・・・




下記記事が、yahooニュースに掲載されました。
所属事務所を通じて発表と有りますが・・・
栗城の公式ブログでは、未だに詳細発表が有りません。
ニコ生含め外部には公表し、公式ブログが更新無しとは????

栗城史多氏、あす5度目のエベレスト登頂挑戦

 9月26日(土)18時29分配信
2012年のエベレスト挑戦で両手9本の指を失った登山家の栗城史多氏(33)が、あす27日に5度目となる秋季エベレスト(標高8848メートル)登頂に単独・無酸素で挑戦することが26日、わかった。所属事務所を通じて発表した。日本時間26日午後11時過ぎに最終キャンプを出発し、あす27日正午~午後3時頃の登頂を目指す。4月に発生したネパール大地震後、エベレスト登頂にアタックするのは世界で初となる。
ネパール側から登頂に挑戦する栗城氏は、25日に標高約7600メートルの最終キャンプに到着。そのまま昨晩出発する予定を変更し、きょう1日休息を取って、あす登頂を目指す。(一部抜粋)

栗城エベレスト①~⑩で、経過を見てきましたが、
一応ここまで無事登ったことは、一定の評価はしますが・・(単独問題等は別として)

これからが難関です。
①通常のルートから大きく左に外れてCⅣを設置したが、
 この谷からサウスコルに抜けれるのか?(最後の懸垂氷河を登った例は無し)
②CⅣの位置が低過ぎで、山頂までの時間が掛り過ぎる。
 上手く登れても、CⅣに戻るのは日没後に為るだろう・・・
③ルート工作がされてない処を、仮に残置ザイルが使える状態だったとしても、
 不自由な手で登行器・下降器の操作が出来るのか?
 (有ったとしても残置ザイルの最新は1年半前の物、紫外線・風雪に晒され劣化)
④CⅣで、一日停滞した事に因る体力消耗の影響は?(休んで疲れが取れる高度で無い)

今夜11時過ぎからアタックの様なので、この先24時間が勝負です。



9月27日に登頂と発表し、26日深夜CⅣから行動を開始したが、
栗城公式ブログで以下の更新が有りました。
黒字は栗城ブログより 青字は私見。

下山を決断しました。
全力を尽くしましたが、ラッセル(深い雪をかきわけて進むこと)で長い時間が掛かり、
このまま進むと生きて戻ることができないと判断して、
悔しいですが下山を決めて最終キャンプまで戻ってきました。

行動を開始してから余りにも早い断念、GPSデータで検証します。
イメージ 1

7740m付近でGPS軌跡が止まってます。7900mのサウスコルに至ってません。
GPSデータの拡大図で詳細は・・・
イメージ 2

ポイント37 25日16時46分 CⅣ位置 7500m付。
       (彼の言う7600m-7700mでは有りませんが、ここで26日は停滞すると言ってました)

ポイント38 26日16時38分。
       (停滞のはずが、夕方移動してます。不可思議・・・)

ポイント39 26日23時58分。
       (アタックすると公表した時間と一致、行動を開始) 

ポイント46 27日01時57分。
       (アタック断念ポイント、行動開始から約2時間で・・・)

ポイント50 27日04時46分。
       (50以降のポイント表示は無いが、37のCⅣに戻る
       公式ブログ発表の時間とほぼ一致)

●敗退の原因をラッセル深にしてるが、たったの2時間の行動でです。
●CⅡで3日停滞したのは、降雪が理由。CⅣで1日停滞して休養。
●通常ルートのローッエフェイスから外れ、
 サウスコルへ最短の谷筋を選択した時点で、吹き溜まりを想像出来ないか?
●吹き曝しで、常にガチガチのフェイスは登る自信が無かったのか・・・・

かなり体力消耗してると思うので、BCに降りてまずは休養・・・
タクティクスを見直し、再挑戦が出来るか・・・冬はすぐそこ・・・

追記  

28日01時32分 公式ブログで、BCへ下山と発表。
再アタックには、触れられてない・・・




栗城が公式ブログで、「理性と出発」と題し、下記記事を公開しました
私見を述べます。黒字は栗城ブログより 青字は私見


理性と出発
皆さん、ナマステ。
昨日の長い長い下山の一日が終わり、今はベースキャンプにいます。
一日一食の食事と3日間7500m以上での滞在で、
さすがに体重が減ったり皮膚が荒れたりと体が「不調」という正しい反応を示し、
この高度が人間のいられない標高なのだと改めて感じています。
過去エベレスト4回・その他の8千m7回の遠征で何を学んだのか・・・・

しかし僕の心と鼓動は静かに保ち続け、今まで以上にこの標高に向かう準備ができています。
数日休んでから、頂に向けて再び出発します。

最初のアタックでは、サウスコル(7900m)目前まで上がりましたが、
深い雪が腰までまとわりつき下山を決めました。
GPSデータを見た限りでは、7740m付近までより登ってない。
標高差160mは、国内の山で目前が通用しても、8千mの世界では遥か彼方。
CⅢで3日間降雪を理由に停滞してたし、
吹き溜まりの沢筋にルートを取ったので、腰ラッセルは予知出来たはず。

秋は春に比べて、雪がとても多いです。
冬から春に向かうプレモンスーンと、
秋から冬に向かうポストモンスーンでは、降雪量が増えるのは当然の事。

通常はローツェフェイスからサウスコルに上がりますが、
今回は2011年と同じく左側のルートを大きく取っています。
なぜローツェフェイスからサウスコルに入らないかというと、
それは2010年に挑戦した時に雪崩の危険性を感じたからです。
この時は、持参の軽量アルミ製アイゼンが、
ローッエフェイスの硬氷に歯が立たず、左の沢筋にルート変更した。
夏の雪渓登りでも有るまいに、アルミ製使用とは???
雪崩れの危険が、原因では無し。

左のルートは雪が深いですが雪崩の危険性が低く、
また下山の時には一気に標高を下げる事ができます。
ただし、
腰にまとわりつく(全部ではないです)深い雪があります。
傾斜はローッエフェイスより緩いものの、
沢筋上部からサウスコルまでは急傾斜だし、南西壁からの雪崩れの溜まり場です。

しかしこの深い雪を利用して、傾斜が急な所でも安定してテントを張ることができました。
CⅢの先、ローッエフェイスからサウスコルまでは、硬氷とミックスの岩稜で、
テントを設営の為にはテント分のカッティングが必要です。
だから他隊は、CⅢを出来るだけ上に設置し、サウスコルにCⅣを設けます。
深雪の急斜面で幕営とは・・・・

次に再びC4に着いたら、翌日に空荷(荷物がない状態)で200mほどラッセル(雪をかき分けて進むこと)して道を作ってからC4に戻り、その日の夜に再び山頂に向けてアタックして行きます。
再び同じルートを辿りCⅣへ、テントを置いて来たのか・・・
CⅣは7500m付近に設置してましたから、200mをラッセルしても、
アタックを断念した7740m付近と言うことに為ります。
CⅣから約2時間の地点・・・

なぜサウスコルにテントを張らないかというと、
一人でテントも持って深い雪をかき分けて無酸素で上がるのは、非常に厳しいからです。
通常、サウスコル(7900m)から山頂往復がやっと、と言われてます。
酸素を吸って体力の有る者は、その日の内にCⅢまで降りれる様ですが・・・

また、また登頂後に7900mに戻っても標高が高くて、体への負担が大きいです。
7600mでテントを張って、その後、空荷の状態で道を作った方が効率が良く登れて、
また下山した時に体の負担を減らせます。
谷筋からサウスコルに抜ける、最後の懸垂氷河の左右どちらを巻くか判りませんが、
抜けれると思っている様です。
エベレスト開拓時代には、このルートが最短と、
各隊が挑んだが雪崩れの危険があり、ローッフェイスから左に大迂回して、
サウスコルに至る現在のノーマルルートが定着しました。

今、脈拍やSpO2は落ち着いており、
また神々の標高に向かえる準備ができると思います。
また日本での低酸素室や食事調整の効果もあって、
過去に比べると高所でも体が辛くなかったです。
ただ一つ、問題があります。
それは、再び切れ痔になったことです。。。
今、落ち着いて休んでから、ゆっくりと上がって行こうと思っています。

外電情報です。

【AFP=時事】9月28日(月)16時31分配信
世界最高峰エベレスト(Mount Everest、8848メートル)の登頂を週末に断念した日本人登山家、栗城史多(Nobukazu Kuriki)さんが、数日中にも再び山頂を目指す意志を示していると、ヒマラヤ登山専門の旅行会社ボチボチトレック(Bochi-Bochi Trek)が28日、明らかにした。

ボチボチトレック(Bochi-Bochi Trek)のティカラム・グルング(Tikaram Gurung)氏はAFPに対し、栗城さんは「ベースキャンプに数日滞在し、その後、10月1日から再びエベレスト山頂を目指す」「体調は良好で、登頂に向けて大きな問題はない」と述べた。
グルング氏によると再度の挑戦でも、単独・無酸素での登頂を目指すという。
SPCCがアイスフォール帯にルート工作済みでも、
〔単独〕と言ってます・・・単独の定義は?????

それに、まだ栗城公式ブログでの発表が無いのに、
下請けのシェルパ会社が、会見とは・・・・どっちが主役か???

ボチボチ社は、カトマンズに在るシェルパの派遣会社。
栗城はヒマラヤ・カラコルムでこの社を使用。
今回のボチボチ社への出費は不明ですが、
2011年エベレストの際は、1300万と公表されてます。
因みに、この年のエベレスト遠征寄付金総額は7200万・・・・
今回集めた金は5700万(内栗城ファン約2000万)

近年のエベレスト商業登山では、
1人当り650~800万で北稜(チベット)・南東稜(ノーマルルート)を、
個人装備持参のみで酸素付きサポートして貰えます。

何れにしても、10月1日から〝栗城劇場〟の再開が楽しみです。



栗城が行動を再開しました。

28日からBCに降りていた栗城が、1日20:35公式ブログ更新。
4日滞在して体制が整った様子で、ボチボチ社発表の1日ではなく、
2日BC発で登頂予定は6.7日との事。
(これには伏線がある、韓国ローッェ隊が10月1日から行動開始、
サウスコルまではルートが同じである。)
山頂の天気予報を見ると、この頃の天気は良いが、
風速30km/hの西風が吹き・体感温度が-36~40℃らしい・・・

10月末には、東京で公演が予定されてるらしいが、
それに間に合わせて登れるのか?  5回目のエベレスト3次アタックで。

公式ブログから抜粋して書き込みます。黒字は栗城ブログより 青字は私見
10月2日 14:02発表
晴天の中、今朝8:20(日本11:35)に、CⅡへ出発。

10月2日 22:50発表
16:30(日本19:45)に、CⅡ(6400m)に到着。

10月3日 12:40発表
9:00(日本12:15)に、CⅡを出発。

10月3日 17:37発表
13:55(日本17:10)頃に、CⅢ(7000m)に到着。明日は停滞の予定。

CⅢで、また一日停滞の予定とか・・・疲労回復のつもりだろうが、
動かなくても高所の影響で、体力消耗が激しいのでは・・・・

10月2.3日のGPSデータです。
2日、日本時間19:45にCⅡ(6400m)へ到着と言ってますが、
GPSポイント39は、18:39通過 まだ6200m地点です。
最後の1時間で、標高200mも稼いだことになります。
今回、時間当たりの最高高度達成、しかも最終地点で・・・
イメージ 1
ポイント39より右のポイントは、10月3日のものですが・・・
ご覧の通り、軌道が往ったり来たりです。
イメージ 2
衛星が信号を受信出来ないのか?  GPS機器の不具合か?
開けた谷なので、信号を拾えないのが不思議・・・
しかし、ポイント50のデータは、17:29 7000m付近を指してて、
公式発表と一致します。

停滞後の5日に、CⅣ(7900m・サウスコル)へ上がる事になるが、
900mをどう攻略するのか注目です。

攻略出来れば、サウスコルへの新ルート開拓!!!!!
ポイント39より右のポイントは、10月3日のものですが・・・
ご覧の通り、軌道が往ったり来たりです。


10月3日にCⅢに上がって以来、4日、5日と停滞してます。
自称7000mのCⅢに3泊もするのは、異常と思う・・・
日増しに体力が消耗するからです、無酸素なら尚更です。

以下、栗城の公式ブログの更新です。黒字は栗城ブログより 青字は私見

ナマステ。
無事に7000mのキャンプ3に着きました。
雪が降っていなかったので、ほとんどラッセルもなく自分の足跡が付いていました。
しかし上部はかなりの強風で、今もエベレストの上の方には白い雪煙が舞っています。
この風の中では非常に厳しいですが、これから少し収まる予報もあるので、そのタイミングで向かって行きたいと思っています。
明日ステイするか進むか、これから予報をもらって決めます。


今日は快晴ですが、ジェットストリームがきていて風がとても強かったです。
この風が弱まる時を狙って、アタックしていきます。

エベレストの最新の天気予報では、今日が強風のピークということなので、キャンプ3で待機です。
昨日からテントが飛ばされそうになるほどの強風ですが、体調は良いです。
明日は風が少し弱まる予報なので、先に進みたいと思います。

これを見る限り、「体調はいい」「風が強い・・」と言ってるが、
ヒマラヤの天気予報で、信頼の於けるマウンテン・フォーカスを見ると、
今日5日の予報、7000mのCⅢ付近では、
イメージ 1

5日の予報、栗城が予定してるCⅣ(7900m)付近は、
(添付画像が斜めで済みません)
イメージ 2

山頂の予報は? 6.7.8日を見て下さい。
イメージ 3

予報では風が治るのは、9日からです。明日6日には、先に進みたいと言ってるが、
上手くCⅣ(7900m)のサウスコルに上がれたとしても、7.8日はCⅣで停滞・・・

高所にこれだけ滞在しては、彼の力量からして、9日のアタックは無理と判断します。




CⅣに到着と、公式ブログで発表(以下)。黒字は栗城ブログより 青字は私見

15:40(日本18:55)に、前回と同じ最終キャンプ地点に到着しました。
これからテントを張ります。
これからの予定は、また後でお知らせします。(以下割愛)
※栗城の現在地(GPS)
http://share.findmespot.com/shared/faces/viewspots.jsp?glId=0Et1q1UmmcdceTfL97hCsAjr8IzHbFXOq
※但し、バッテリーに限りがあるため、24時間GPSをONにしてはおらず、サイトで表示される位置情報が常に現在地であるとは限りません。
※またGPSからの位置情報が発信されるタイミングは、栗城がGPSにあるボタンを押したタイミングであり、GPSがオンであっても位置情報が数分おきに更新される訳ではありません。あらかじめご了承ください。
※GPSの動作は、衛星の位置や、標高によりエラーが発生する事がございます。

何の為のGPSか? と、疑われる但し書きです・・・・
9月25日の公式ブログでは、7600~7700mにCⅣ設置と言ってたが、
今回は前回と同じ地点に到着とだけ・・・
前回のGPSデータで、7500m地点がCⅣだったので、今回も同位置と思われる。
当初予定のサウスコル(7900m)とは、程遠い標高です。

また、これからテント設営と言うことは、
前回の敗退時に全ての装備他を荷下げしたことに為ります。
テント以外はデポ等とは信じ難い・・・
翌7日はどんな行動をするのか??? まさか、前回同様停滞し空身ラッセル後に、
敗退などとは・・・・
イメージ 1
上の画像は、10月2日に公式ブログに添付されたBCからの出発時のもの。
この画像のザックにテント・寝袋等の装備、山頂往復分の食料が入ってるとは、
思えません・・・・日帰り登山並みの40L程度の量・・・・

それに、当初プモリ基部に設けた中継基地からの、栗城が登る画像が無いのが不思議・・・
BC位置は、クンブー氷河全体が見通せない故、敢えてプモリに基地を設置。
ここからは、サウスコルまでのクンブー谷が眺望出来るはず・・・
CⅡ・CⅢ・CⅣの栗城テントと、それ以外のテント(シェルパ用)が映っては困るからなのか・・
疑ってしまうのです・・・・



公式ブログが更新されました。(下記) 黒字は栗城ブログより 青字は私見

皆さん、ナマステ。
今朝は風が強かったですが、登っている間に弱まってきました。
今は時々、突風が吹いてます。
明日夜から風が少し弱まる予報が出たので、
7日19:00(日本22:15)頃からアタック開始の予定です。
体調も悪くないです。

6日夕方に最終キャンプのCⅣに到着、仮眠後アタックと思いきや、
7日の深夜からアタックと言う・・・
自称7700m(私見7500m付近)で、丸一日以上滞在する事に為ります。
サウスコル(7900m)以下の標高から、1350mの往復は栗城には無理!!!!!
体調が悪くないのに、CⅣをサウスコルに上げない不思議・・・・
わずか200mなのに・・・・




公式ブログが更新、サウスコルに到着したと・・・(以下)
黒字は栗城ブログより 青字は私見

19:15(日本時間22:30)、最終キャンプを出発して登頂アタック開始しました。
風が少し強めで寒さも厳しいですが、体調は悪くないです。
明日(10/8)の午前中(日本時間のお昼~15時頃)の登頂を目指します。

2015/10/08 02:20(抜粋)
22:40(日本時間1:55)に、サウスコルに到着しました。
 5分ほど休憩して、すぐにまた進みます。

https://line.blogimg.jp/kuriki/imgs/7/8/78115200-s.jpg
※最終キャンプを出発し、サウスコルに向かっている時の写真です。
---------------------------------------------------------------------------------
※登頂アタックの生中継については、明日(8日)の午前中にお知らせします。
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※アタック中はGPSをオンにしておりますが、GPSが衛星通信しにくい場所にいたり
標高によっては現在地を表示されない場合がありますので、ご了承ください。 
---------------------------------------------------------------------------------

サウスコルに到着したのに、添付画像はCⅣ付近のもの。(プモリ中継基地から撮影)
星の動きからシャッター開放だが、ヘッドライトの動き無し・・・・止まってる?
この天気なら、サウスコル(画像中央の鞍部)で、
ライトが光る画像が無いのが不思議・・・・

現時点でのGPS軌跡を見ると、ポイント42がスタートしたCⅣ付近。
以後、突然エベレスト南西壁を登ったり・ローッエ山頂付近へ飛んでます・・・
ポイント50が、8100m付近まで延びてますが・・・
GPSが通信しにくい場所があると解説してるが、
サウスコル付近は遮蔽物が無い開放されたスペース。
7900mは通信衛星に更に近くこれで正確に把握出来無いとは、
どこのGPSメーカーを使っているのか???
GPSメーカーの信用に係わる問題ですねぇ・・・・
イメージ 1
以後、GPSがどこまで伸びるか?
指の無い栗城に、ヒラリーステップの12mが登れるのか・・・・



またも思った通り、アタック敗退です。
しかし、ノーマルルート以外から、自力でサウスコルに達したのが本当なら、
エベレスト登山史上初めての事です。

更に、ポストモンスーンの今に、雪が・・とか、風が・・とか言ってるレベルでは、
今更何言ってるのか? と、思うのです・・・・
また、彼の無線を聞く限り、BCへ下山後の再・再々挑戦は無いでしょうねぇ~

以下、黒字栗城の公式ブログより(抜粋) 青字は私見
全力を尽くして登ってきました。
しかし強風と深い雪のため、これ以上進むと生きて戻れないと判断しました。
無酸素で登る中、今後さらに強くなる風と最終キャンプに戻るまでのタイムリミットを考えて、3:35(日本6:50)に悔しいですが8150m付近で下山を決めました。

GPSを見た限り最終到達点は一致します。

最終キャンプまで、無事に下山しました。
すぐに皆さんへ伝えたかった想いを、無線を通してですが送ります。

以下のURLが、CⅣから敗退地点までのGPS軌道です。
拡大⇔縮小・左上の地図地形図を選択しGPSポイントの標高も見られます。
従来通りコピー・スキャンして添付すればいいのでしょうが、
手間が馬鹿々々しく思い、興味のある方はクリックして見て下さい・・・
CⅣまで下山したと言ってますが、更に下山しています・・・

※栗城の現在地(GPS)
http://share.findmespot.com/shared/faces/viewspots.jsp?glId=0Et1q1UmmcdceTfL97hCsAjr8IzHbFXOq
※但し、バッテリーに限りがあるため、24時間GPSをONにしてはおらず、サイトで表示される位置情報が常に現在地であるとは限りません。
※またGPSからの位置情報が発信されるタイミングは、栗城がGPSにあるボタンを押したタイミングであり、GPSがオンであっても位置情報が数分おきに更新される訳ではありません。あらかじめご了承ください。
※GPSの動作は、衛星の位置や、標高によりエラーが発生する事がございます。


今回のエベレスト記事は、上記URLの〔栗城公式ブログ〕で見る事が出来ます。

色々思う処は有りますが、今回の遠征が終わった時点で、
栗城談から検証して見たいと思ってます。

12月30日 追記
既に上記GPSデータは、なぜか削除されてます。
栗城の公式サイトでは、よく有ることですが・・・批難されたり・都合が悪いと・・・
自己の登山の否定の様に思うのは、私だけでしょうか・・・


エベレストに5回挑み、敗退してる栗城が、2016年秋に6度目の挑戦発表。

前回の書き込み以降、栗城には触れないつもりで居たが、
ネパール側のノーマルルートからも登れない者が、中国側からとの話に、
呆れて書き込みました。


今度は、中国側からとか・・・
中国側からの理由は、①BC設置標高が、ネパール側より1100m高い。
          ②ネパール側のようなアイスフォール帯が無い事らしい・・・

アイスフォール帯が無いのは、
ルート工作には楽だが、絶対高度は変らないのだが・・・
しかし・・・山頂に至る8000mのラインは、ネパール側より長い!
この間の無酸素に耐えられるかが分かれ目。
それに、尾根に抜ける斜面を、ピッケルを使えない手で登れるかが見物。
尾根に出れたとしても、降りに懸垂も出来ぬ手で、どうやって降りるのか・・・

今年秋にネパール側から敗退して以降の栗城は、国内の山で訓練することも無く、
金集めの講演(公演)と、ごく偶に体幹・低酸素室トレの日々。

5回目の敗退は、「ラッセルに疲れ果て、これ以上進む事が出来ない」が、理由。
この冬、豪雪地帯でラッセルに耐えれる体力造りが必要なのでは・・・

ま~こんな状態では、6回目も過去同様の結果か?
栗城流登山には、以後触れない積もりで居ましたが・・・
余りにも〝軽い〟ので、一言(>_<)

5回目の様子は↓  この一連のウオッチの中で、栗城の公式HPから、
GPSデータを転記しましたが、
コピー添付以外のURL表示内容が全て削除されてます。
他者からの批難や疑義に対しての事と思います。
自己の行動否定に繋がりませんか?  納得が往きませんね~

過去の登山履歴は↓

昨年、秋季エベレストにノーマルルートから挑み、5度目の敗退を喫した栗城が、
何を血迷ったかアンナプルナに挑むと云う。
栗城ブログ↓

このアンナプルナの登頂者は、過去191人死者は61人。
しかも、8000m峰中難関で名高い南壁に・・・・


栗木は今年の秋に、ネパール側より楽だと言う中国側? から、
6度目のエベレスト挑戦を公言してます。
それも、超人ラインホルト.メスナーが単独登頂したルートを狙うらしい・・・
以後このルートは、誰にも登られていないはずです。

昨年秋のエベレスト敗退後、国内での山行は、
甲斐駒・黒戸尾根、八ヶ岳2.3ルートをガイド同伴で登った程度で講演(公演)三昧。
大学山岳部員の冬山入門程度の登山よりしてません。壁の練習等皆無・・・

この画像は、アンナプルナ南壁の過去登攀された5ルートです。
栗城が目指すのは、 ルート。
イメージ 1

は、1970年イギリス隊が南壁からの初登頂に成功した、左リッジルート。
   3名登頂し、帰路1名墜落死。

   1987年群馬岳連隊が、4名登頂しましたが帰路2名墜落死。
   今だ遺体は発見されず。

2隊共に、核心部にはFixザイルを張り巡らせ、時間を掛けて通過。
身障の彼には、そんな技術も経験も無いはず・・・
ラッシュで抜けれるような、柔な壁ではない。

エベレスト・メスナールートの、練習のつもりか????
国内でも岩壁登攀(ロッククライミング)の経験が無い彼に、
氷壁登攀は荷が重過ぎないかと・・・老爺心・・・

出発は、4月9日。5月22日には講演(公演)が予定されてます。
往復のキャラバン(10日~12日)を考えると、登山期間は約30日の一発勝負、
高度順応等してる時間的余裕は無い日程です。
ヘリでベース入りとかしたら、又高度障害で・・・敗退。

今回は、資金集めをしてない処から、去年の5700万の余りが有るのか・・・








栗城の〝アンナプルナ南壁〟行動日程を日毎に・・・ウォッチします。
(黒字は栗城ブログから抜粋引用  青字は私見)




4月10日  日本出国
当初、9日の出国を発表してたが、何故か10日に・・・
5月25日には、講演が予定に入っており、南壁の登攀に使える日数は、
ひと月半程度より無し・・・
まだまだ挑戦は終わっていません。
いよいよ本日4月10日からアンナプルナ南壁8091mに向けて出発します。
昨年の秋季エベレストから帰国後、この山に向けてトレーニングと準備をしてきました。
この様に言ってるが、ガイドの花谷泰広と、一月の甲斐駒ヶ岳を一泊二日、
他は同ガイドと、八ヶ岳の岩稜を3本登った程度の山行よりしていない。
低酸素訓練もしてたようだが・・・山はこれだけ。
今回、なぜこのアンナプルナなのか、南壁なのか?
野心で登るのでは思う人もいるかもしれませんが、野心と本心は違います。
野心は外的情報や嫉妬などから生まれ、自分の本当の心でなかったりします。
「高所(低酸素)におけるスピーディで正確な登山をしたい」
それが今の僕の本心です。

僕の山として、常に秋季エベレスト単独・無酸素があります。
今までエベレストは中国側とネパール側合わせて7000人の登頂者がいると言われていますが、
そのほとんどが春の時期です。
春は秋に比べて気候が安定します(山によっては秋の方がいいところもあります)。
秋の単独・無酸素の登頂者は、中国側では1980年のメスナー氏のみ(8月下旬登頂)。
ネパール側の秋にソロで成功した人はまだ0人です。秋は風が強く、天候の急変が激しいです。
風速40mの風がバンバン吹きます。雪も降ります。
風は目に見えないですが、荒れ狂う生きた猛獣です。

天気予報や山の雲の動きを見ながら逆算してベースキャンプの出発を決めますが、
計画通りにいくことはなく、また道中雪が多くてなかなか進めなかったり、
雪崩の問題など好条件での最終アタックにタイミングを合わせることが難しいです。。
本当にボロボロにされます。

そこで前から考えていたのは、タイミングを合わせるために低酸素における順応、
食料や装備も軽量化してスピーディに「山に合わせる」ことでした。
そのために低酸素に慣れやすい身体を作り、
酸素を無駄に消費しないマインドや呼吸法を作り上げてきました。
それを8000mの世界、アンナプルナ南壁で正確にしたいのです。
アンナプルナ南壁はけっこう「ヤバイ」山ですが、北側よりは雪崩は少なく、
短期間で挑戦しやすい環境があります。
実際に南壁を見る機会がありました。標高差3000m近くの壁は大地の響きそのものです。
スタートしてから頂上、そして無事に下山するまで激しい登山になると思います。
何が起こるかわからないのが山です。
でも、そういう環境だからこそいかに心を落ち着かせて山に溶け込むか。
いい登山。自分なりのいい挑戦をしてきます!
そして、秋季エベレストに繋げます。

※山に溶け込み過ぎないようちゃんと冷静に判断して生きて帰ってきます。
※今回登るルートは、1970年にイギリス隊が登った南壁左稜です。
イメージ 1
赤線が、イギリス隊の 南壁初登攀ルート




4月11日 
ネパールの首都カトマンズに着きました!
早速、装備のチェックをしています。
普通、海外遠征での装備チェックは、日本で出発前に徹底的にします。
現地でという事は、ボチボチ・トレック社のレンタル品か・・・
現地で購入する物は、野菜(根菜)類・燃料のガス缶・灯油(飛行機で運べない)等。
12日もカトマンズ滞在。




4月13日 
アンナプルナ南壁のベースキャンプに着きました!
朝にカトマンズからヘリで4100mのベースキャンプに無事に入りました。
何度も来ている標高ですがやはり酸素の薄さを感じてます。
今は通信環境とベースキャンプの設営中です。写真は明日からアップしていきます。
目の前に青く深い透明な世界が広がってます。
明日からできる限りこの青く深い透明な世界を皆さんと共有していきます。




4月14日 BCで停滞
ベースキャンプについて2日目。昨日の夜は雷が鳴り響き、一面に雪が降り積もりましたが、
午後にはその雪は消え太陽の近さを感じてます。
昨夜は、富士山よりも300m高いところにいきなりヘリで入るため緊張はしてましたが、
睡眠も良く取れて頭痛もありません。今はゆっくりと深呼吸しながら山を眺めています。(中略)
じっくりと眺め続け、登るルートを確認し、あらゆることを想定しながら、
もう一人の自分がすでに先を登ってます。
そして同時に、自分の内なる声にも耳を傾けています。
正直、山はやってみないとわからない世界です。
挑戦して計画的に確実に登れるのもいいかもしれませんが、
やっぱりあらゆる困難を受け止めて自分の力を最大限に出しきれる山に憧れます。

今回、「リズム」と呼ぶ低酸素における耐久性を上げるトレーニングの成果を確実にするために、
ここに来ました。
午前中に1時間のストレッチとトレーニングをしましたが、脈は乱れることなく落ち着いています。
このゆっくりと深いリズムを乱さずに、登って行きたいです。
※明日は「プジャ」という登山の安全祈願を行い、
天候を見て明後日から高所順応のためにシングチュリ(標高6501m)という近くの山に向かいます!




4月15日 BCで停滞
いよいよ明日から、高所順応の登山を開始します。今のところ体調は良好です。
朝に「プジャ」という恒例の安全祈願をしました。(中略)

今回の遠征では『冒険の共有』をサポートしてくれるメンバーは、
日本から参加しているカメラマン1名、ネパール人スタッフはコックさん2名、
カメラアシスタント1名、サーダー1名の合計5人のみで、
このベースキャンプで衣食住と撮影のサポートをしてくれています。
今回の遠征は、講演で貯めてきた自己資金で小さな冒険の共有をやってきます。
前回のように毎日の動画配信はありませんが、
最後の中継(ベースキャンプからの望遠カメラ)はなんとか…やってみたいと思っています。
もちろん栗城カメラでの撮影は、できる範囲でやってきます。
何よりも安全に安全に無事に帰ってきたいと思います。
明日から慎重にゆっくりと、シングチュリ(標高6501m)でも高所順応登山してきます!




4月16日
今日は高所順応のため、シングチュリの標高5100mのキャンプ地に着きました。
アンナプルナBC(4100m)より、標高差で1000m登ったことに・・・(ヘリ使用ですが)
明日、条件がよければ山頂(6501m)に向かいます。
シングチュリの今いる場所は、クレバス(氷河の割け目)がとても多い地帯のため、
安全を優先して今回シングチュリは初めてサーダーと一緒に登っています。




4月17日
昨日は高所順応のために、シングチュリ山頂に向かっていましたが、
一旦ベースキャンプに下山を決めました。
シングチュリ上部はクレバスが多く、今回サーダーと共に登って来たのは、
このクレバス地帯を抜けるためでした。
一人では抜けれないのか・・・8千m単独登頂を目指す者が・・・
イメージ 3

画像の氷原を越え、前衛峰→南稜に取り付こうと思ったようだが、
シェルパ一人では、ルート工作が出来ずにこの画像を撮って敗退。
南壁を単独登攀する者が・・・と思うが・・・

下の画像は、到達点として栗城公式ブログにUPされたが、後日削除されてる。
氷原を縦断出来なかったと思われる。
イメージ 2

目に見えるクレバス(氷河の裂け目)も怖いですが、
雪がかぶさって見えないヒドゥン・クレバスが多くあり、
このシングチュリのクレバス地帯を越えるのに時間は掛かるかもしれませんが、
何とか抜けられると考えていました。
シングチュリBCの標高は5100m、撤退地点は5470m。
370m登って諦め・・・・
しかしサーダーが体調不良でお腹の調子が悪そうで、クレバスを避けてそのまま行ける近くの別の山で順応することも考えましたが、高所では突然体調が狂うことがよくあるので、下山した方が良いと判断して一旦ベースキャンプまで下山しました。
シェルパの体調不良と言ってるが、上手くクレバス帯を抜けても、
岩稜登攀が待ってます。岩登りの経験の無い栗城には重荷・・・
無事にアンナプルナのベースキャンプに下りてから、再度6000m以上の標高で高所順応したいと思い、急きょヘリでチュル・ウェスト(Chulu West、標高6419m)のベースキャンプに向かうことにしました。
サーダーはチュル・ウェストのベースキャンプまで一緒に行きますが、ここからは1人で山頂に向かって出発し、2日間ほど山頂近くにステイして高所順応する予定です。

※シングチュリを登って高所に身体を慣らしてから
アンナプルナ南壁(8091m)に登る予定でしたが、変更して
チュル・ウェストを登って高所順応
→チュル・ウェストのベースキャンプに下山
→アンナプルナのベースキャンプに移動
→アンナプルナ南壁(8091m)に挑戦
となります。




4月18日
アンナBCに、ポカラからヘリを呼び、チュル・ウエストのBCにシェルパと移動。




4月19日
昨日から強風が続いていますが、今日の深夜3時頃にチュル・ウェスト(Chulu West、標高6419m)に向けて出発を考えています。
これから本格的な登山が始まりますが、出来る限り頑張っていきたいと思います
(中略)
明日も風が強くなりそうですが、頑張って標高差1600mを登っていきます!
イメージ 4
黄色いポイントが、チュルBC。

※現在位置:チュル・ウェストのベースキャンプ
※今後の予定:チュル・ウェスト(6419m)を登って高所順応
→チュル・ウェストのベースキャンプに下山
→アンナプルナのベースキャンプに移動
→アンナプルナ南壁(8091m)に挑戦
となります。




4月20日
今、チュル・ウェスト(Chulu West)の山頂から50mほど手前に張ったテントの中に一人でいます。とても強い風が吹いています。
昨日からベースキャンプでも風が強かったですが、今朝4:00に出発して12:26に無事にチュル・ウェストの標高6400地点に到着しました。
一日で標高差1600mを上がって来るのは大変でしたが、良いペースだったと思います。
今はテントの中で風と向き合いながら、ポールが折れないように力を込めています。
恐らく折れないと思いますが、このまま明後日の朝方まで過ごします。
高所順応で、明後日まで居ると言ってたが、何故か翌朝下山・・・
風の状況が問題なければ、明日チュル・ウェストの山頂まで行きます。

GPSデータの最高到達点、テント設営の位置と思うが・・・後日削除された・・・
イメージ 7

イメージ 5

イメージ 6

残り50m程ですが、クレバスやナイフリッジがあり慎重に行きます。
山頂まで50mと言ってるが、そんな距離には見えないのだが・・・足跡も無し・・・
久しぶりの標高6000mは苦しいですが、いい感じです。頑張ります。
この赤いテントは、アライ製で〝ライズⅠ〟と言うタイプ。
これでは少しの風でもグラグラするはずです。張綱の補強もしてない様なので・・・
980gの、骨有りツェルトの位置付け、高所で張るテントでは無い・・・




4月21日
無事にチュル・ウェスト(6419m)を登って、先ほど16:20にチュル・ウェストのベースキャンプに下りてきました。
チュル山頂での画像は無し・・・
昨日の夜は風が強くて、稜線近くに張ったテントが吹き飛ばされるんじゃないかと思いましたが、
無事に朝を迎えることができました。
6400m地点に到着した時は、SpO2(血中酸素濃度)が65で、夜はキツかったですが、
朝には77まで回復して、昼過ぎにはチュル・ウェストを登ってから下山してきました。

血中酸素濃度が77%とは、歩けばふら付くレベルです。
高所順応が出来ていない証、なので二日程度高所に留まる必要がある、
85%程度まで酸素を取り込める体作りが大事。(平地では、98~100の数値です)
※GPSが電池切れしてしまったため今日は画像なしですが、明日写真を共有させてください。
GPSの電池切れが、カメラと連動???
これを機に、電池切れを理由にGPSデータを公表せず・・・
予備電池が無いとは考え難いのたが・・・2チャンネルで騒がれたからか???

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ネパール・トレッキングピーク・リスト  下記。
(事前にネパール政府に登山届けをせずに、現地で申請して登れる山)

栗城がアンナ南壁の高度順応の為に登ろうとした、シングチュリ(赤線)は、
リストの中で、ランクEDの最も難しい山です。

クレバス帯で登れなく、次に向かった、チュル・ウエストはランクADです。

図中の緑線は、小生が2006年・2010年に登った3山です。
イメージ 8

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4月22日
チュル・ウエストBCから、シェルパとヘリで、アンナプルナBCに移動。




4月23日 BCで停滞 
今日のアンナプルナベースキャンプは一面真っ白の雪に覆われて南壁は雲に隠れ雪化粧しているところです。
高所順応でシングチュリを登る予定でしたが、一緒に登っていたサーダーが序盤から不調で一旦下山し、急遽チュル・ウェスト(6419m)に変更して一人で登って来ました。
この4日間、そしてこれからの数日間はアンナプルナ南壁は悪天候ですが、チュル・ウェストは天候が良く、ちょっと痛い出費でしたが、良いタイミングの順応登山でした。

18日、チュルウェストのベースキャンプ(4800m)にサーダーと二人で入る。まだ誰もいないベースキャンプはチベット高原ような赤茶色の景色が混ざり、アンナプルナとはまた別世界だった。

20日午前4時にベースキャンプを出発。南壁を意識した食料と装備で軽量しているせいか、ほとんど休む必要もなくリズムよく5800mの氷河に立つ。本来はここにハイキャンプを設けるが、僕は山頂近くで一泊をする予定。今までの経験から8000m前後に行くには最低でも6000mを超えた所で一泊から二泊しなくてはいけない。それにしても、標高差1600mを一気に登る、これから頭痛などのどんな高度障害が出てくるのか身体の反応が楽しみでもある。

ブルーアイスの稜線を越えていくと広いプラットホーム(広い雪原)に出た。
雪原は 、フランス語でplateauプラトーと言う。プラットホームは駅だ!!!
自称登山家なら、登山用語ぐらい正確に覚えろよ! 
雪の少ない雪原は歩きやすい。遠くを見ると見覚えのある山が見えた。ダウラギリ(8167m)である。2009年春にこの山に登り、7000m以上で生中継を成功させた山。様々な山を登るうちに登った頂を目で繋いでいけることは本当に幸せだ。
6000mを越えて山頂近くに向かっていく。斜面は穏やかだが、隠れたクレバスが多く、油断するなよと山に言われているような気がした。
12:26に山頂まで50mの所に着き、テントを張る。無線でサーダーに連絡をするが応答がない。
快晴で気持ちはいいが、風は強くてなかなかテントを張ることが出来ない。もう少し下がった所に広い場所もあるがそこは氷が張り出し、安全ではない。
久しぶりの一人用テント。昨年秋季エベレストでメタメタに強風や小石に叩かれて所々に穴が空いている。新品のテントもいいが、あらゆる厳しい風から守ってくれたこのテントは僕の戦友であり、唯一ほっとできる空間。
テントに穴???  この辺の感覚が理解出来ない・・・修理もせずに。
買い換えても3万9千円、裂けたらどーする?
雪洞もイグルーも造れないのに・・・
飛ばされてしまうのかと思うがそこはお天道様とおテント様の言うとおり。僕は何もできない。薄い寝袋で包まって朝を迎えた。
夜、シリアルを少し食べて寝ようするが寝れない。風が左から右から、時には浮くような下からと強烈な風が吹い続く。もしかしたらこのまま
朝、昨夜は体内酸素濃度が65だったが、77、昼過ぎには80まで深呼吸無しで上がって来た。さすがに頭痛がしたが、身体の動きや尿から体調は悪くないことがわかった。本当はもう一泊する予定だが、22日の朝早くにヘリがベースキャンプに迎えにやってくることなり、夜は風が強く深夜の下山出発は厳しいので21日の昼過ぎに下山することにした。
下山をする前、「せっかく来たんだから」と言われている気がして、チュル・ウェストの山にご挨拶をするために山頂(6419m)に向かって行った。
頂は風は少なく、チュル・イーストが見えた。(以下割愛)
山頂での画像の無いのが不思議・・・




4月24日 BCで停滞 ブログ更新なし




4月25日 BCで停滞
ベースキャンプは雪が降り続いています。
朝は晴れていてもジェットストリームによる強力な風が稜線にあたり、
巨大な雪煙が渦巻いてます。(以下割愛)





4月26日 BCで停滞 ブログ更新なし




4月27日 BCで停滞
では、誰の準備が、遅れてるのでしょうか????
シェルパにABCへのルート工作と・ABCの設置を遣らせてるのでしょう




4月28日 BCで停滞 ブログ更新なし





4月29日 BCで停滞
ベースキャンプの雪が溶けて、花も見え始めました。
ベースキャンプでは午前中は快晴無風の日が続いています。
ヒマラヤ遠征の大変なところは天候待ちでもありますが、今日の予報を受けて、
いよいよ明後日に標高5500mのアドバンス・ベースキャンプに上がります。
元々は明日を考えていましたが、気圧の谷が通過するということで、もう一日待って明後日に出発する予定です。
アタックステージ開始です。
普通アタックステージとは、登頂日の朝からの行動を指す。
アタック当日は、撮影担当の魚住さんがベースキャンプから栗城の姿を望遠カメラで伝えてくれます。




4月30日 BCで停滞 ブログ更新なし

この日、北面ルートから、ブルガリァ隊が登頂。
一週間以上もBCで停滞しています。単独登頂を目指すなら、
この期間を使って、出来るだけの装備・食料を荷揚げするのが常識。
高度順応にも役立つし、ルート工作にも、全てシェルパ任せか・・・




5月1日

この日、北面ルートから、スペイン隊・ニュージーランド隊が登頂。
特筆すべきは、スペイン隊の中に77歳がいたこと。

長く好天周期を待ちましたが、今朝、標高約5200mのアドバンス・ベースキャンプ(ABC)に向けて出発しました。
昨日までは、ABCの位置を5500mと言ってたが、5200mに変更????
アンナプルナ周辺では、午前中は晴れていても午後から濃い雲が出て、雪が降ります。
ベースキャンプに入ってからはジェット気流の影響で、山頂付近では風速20-30mの予報が続いていましたが、今やっと風が弱まってきていて、チャンスは今しかないということで今朝出発しました。
お世話になっている山岳気象予報士さんからの情報では、今年は温暖化の影響か、過去8年間を見ても例のない天気で難しい予報と言われています。
今年はとても暖かくて、今日はABCに向かう氷河の末端の場所でテントを張っていまが、明日、無事に氷河が崩れることなくABCに入ることができればと思っています。
BCより8Kmしか離れてないABCに向かうのに、中一泊です・・・
普通は、一日で歩ける距離・・・
今、とても集中しています。慎重に、そして楽しんで良い登山をしてきたいと思いす。
明日からの写真は、魚住カメラマンがベースキャンプから撮影している写真になりす。
栗城の手持ちカメラの写真や映像は、無事に下山してからお見せしたいと思います。楽しみにしていてください。

※今回は究極に軽量化して南壁を登ることを目指しているので、GPSは持参せず、テントもツェルトにして食料も最低限にして登ります。
イギリス隊がC1・C2・C3 と前進キャンプを進め登頂したのに、ツェルト泊とは・・・




5月2日
今日11:15(日本14:30)に、標高5010mのアドバンス・ベースキャンプに着きました。
ABCの位置が、5200mから、5010mにまたまた変更???
アドバンス・ベースキャンプに上がる時に、かなり崩れそうな氷河を乗り越えるのに少し手間がかかりましたが、無事に着くことができました。
明日はここでレストして、明後日にアタックして行きたいと思っています。
体調も悪くありません。頑張ります。






5月3日 ABCに停滞
ABCの位置が、コロコロ変更。シェルパ2名同行のようです。
登山界の常識では、BC⇔山頂の間で、
第三者の支援(食料・装備等)が有った時は、単独登頂が成立しません。
4月23日以降、BCで費やした日々が、
シェルパにルート工作させてたのでは・・と、疑われています・・・・・

詳細は栗城公式ブログ
コメントが面白い。http://lineblog.me/kuriki/

イメージ 2
今、アドバンス・ベースキャンプ(ABC)で静かに休憩しています。
コックのダンさんとサーダーが、あったかいスープを作ってくれています。
やはり昼過ぎから雲が出てきて、今は雷とともに雪が降り始めています。
明日、朝4時にABCを出発して、6:30頃(日本am9:45頃)には取り付きに行き、高低差2500mの壁を登り始めます。
ここからは一人です。
ABCにシェルパが2人も居る様では、既に単独は成立しません。
イメージ 3

2日にABCに向かう画像だろうが、一人より写ってないのが不思議・・・
シェルパ二名は、先に登ってたのだろうか????
普通は、ABCのテントを写すと思うが、それも無し・・・・
イメージ 4




5月4日
現地時間am4:00(日本7:15)にアドバンス・ベースキャンプ(ABC)を出発。
6:50(日本10:05)に壁に取り付き、登り始めました。
現在も登り続けています
※写真で「点」のような栗城の姿が確認できます。
これでは、誰が登ってるのか判りません・・・・
イメージ 5

雪崩れの通り道の様な気がしますが・・・
イメージ 6

それに、この横に走る段差は、雪崩れて積もった雪が、重さに耐えかねて
面雪崩れを起した跡・・・・・クレバスでは無い・・・
そこを、ルートとして登る気楽さ・・・・
現地時間9:50(日本13:05)、南壁を登り始めて3時間で写真の位置まで進みました。

イメージ 8

このまま登れば、上部岩壁に阻まれるかと・・・


イメージ 9




参考の為に(下図)

イギリス隊が、初登攀した赤線ルートからは、懸け離れた位置を登ってます・・・
イギリス隊は、南壁の一番登攀し易いリッジルートを選んで登頂。
群馬岳連隊も、ほぼイギリス隊ルートで登頂してます。栗城は岩稜が苦手のようです。

イメージ 1

現地時間12:20(日本15:35)頃に6290m地点まで進みました。
下から沸いた雲に包まれて視界がなくなったため、この地点でキャンプを張る事にしました。
体調は悪くないとのことです。
※写真はベースキャンプから一瞬の雲の切れ間を狙い11:15(日本14:30)頃に栗城の姿を捉えたものです。

イメージ 10

現在13:30(日本16:45)の時点では完全に雲に隠れてしまっています。

イメージ 11




5月5日
現地時間7:00(日本10:15)アンナプルナは雲に包まれています。
天候が若干不安定な所もあり、自分の体調をよくみながら今後の行動を判断する予定です。
今は視界が全くない状態のため、まだ出発ができておらずキャンプ地点(6290m)で様子を伺っています。

現地時間8:40(日本11:55)、昨晩の予報よりも気圧の谷の接近が早くなり雲に包まれ
視界が悪く進めないため、一旦下山して次のチャンスを伺うことを決めました。
天候が好転するチャンスを狙うことができればと思っています。

現地時間8:40(日本11:55)に標高6290m地点から一旦下山することを決めた栗城は、
現地時間13:00(日本16:15)にアドバンス・ベースキャンプ(5010m)まで無事に下山しました。
そこから現在は、ベースキャンプ(4100m)に向かっています。
ベースキャンプまでは氷河地帯を越えるため、到着するのは現地時間の今日夕方〜夜になる見込みです。

アンナプルナ南壁のBCの位置から、壁の取り付き点まで遠い為にABC(前線基地)を設置
BCまで降りてくる時間を節約する為です。
群馬岳連隊は、ABCの位置までBCを上げました。
ABCが在るのにBCまで降りる意味が判らない・・・・往復の時間が勿体無い・・・

現地時間17:40(日本20:55)に、無事にベースキャンプ(標高4100m)まで戻りまた。
また体制を整えて、天気予報を見て、今後の予定を決めます。
※写真は、現地時間15:30頃に雪が降りしきるベースキャンプと、17:40に到着した栗城です。

イメージ 12

6290mからBCに降りて来た画像です。
背負ってるザックの大きさからしても、8千mの壁を登攀する格好では・・・・
相変わらず、ストックストラップにダラシナク手を通して・・・
指が無いのに、手袋の先処理もせず・・・・





5月6日 BCで停滞




5月7日 BCで停滞
アンナプルナ南壁には妙な雲が渦巻いていますが、この雲を突き抜けて行きたいと思います。
3日前の5月4日から山頂を目指して登山を開始して、
6290mあたりで簡易的なツェルトだけを張り、一泊して翌日さらに上を目指していましたが、
濃い雲がまとわり付き、完璧な集中力を出し切れないため一旦下りて仕切り直しました。
アンナプルナ南壁は相当な集中力が必要な山です
上からくる頭一個分の落石、雪の中に隠れたブルーアイスなど安心して休める場所はなく、
寝る時も休む時も緊張感は無くなりません。
まるで見たことのない高い所を綱渡りしているような感じです。
そして途中で、下から湧いてくる雲があっと言う間に視界を奪い、
まるで潜水艦のようで全神経を使わなくてはいけません。
いるだけで体力が消耗する、なかなか凄い山です。
そんな中でこのまま進むのは危険と感じ、一旦下りて仕切り直すことにしました。
真近に迫るアンナプルナ南壁はすごいですが、まだ心も身体も折れてません。
明日から再びアドバンス・ベースキャンプ(ABC)に向かい、天候を見ながら慎重に、
明後日ABCから再度登り始める予定です。
BCで2日も休み、8千m歩いて、また一日休むとは・・・

写真は、5月4日に登った時に栗城カメラで撮影したものです。

イメージ 13

魚眼か広角で写してる為に、ストックが曲がって見えます・・・
如何にも急斜面を登ってる・・・と、言う演出。栗城独特の写し方です・・・
斜めに写してるので、向こうの山並みが・・・・変ですねぇ~


イメージ 14

カメラの傾きを修正すると・・・

イメージ 1




5月8日 BCからABCに移動




5月9日 ABCで夜まで停滞
今夜午前3時(日本10日朝6:15)頃に標高5010mのアドバンス・ベースキャンプを出発します。
今は、最後の準備をしています。
今回は動画配信や生中継はありませんが、今という時間を共有していきたいです。
アンナプルナ南壁は、体力はもちろんですが、精神的に最も消耗する山だと感じました。
遠くを見るのではなく、目の前の一歩を着実に進んでいきたいと思います。
明日は6300m付近まで上がり、明後日には7000mを越えたいと思っています。
現在の体調は悪くありません。




5月10~11日 更新なし




5月12日
今回ベースキャンプに入ってから「丸一日晴れ」という日はなく、
優れない天候の中でアタックを開始しましたが、6290mのキャンプから視界不良のため、
頂上アタックをやめて素直に引き下がりました。
視界不良が、撤退理由のようですが・・・・
南壁の核心部であるロックバンド(大岩壁)を越えるのに、
視界が無いまま向かうのはあまりにもリスクが高過ぎます。
ロックバンドの遥か下での撤退です。後で画像で示します。
ロックバンドはそれほど傾斜は無いですが、
岩の一つ一つを目で見て確認できなければ登ることができません。
指の無い栗城に、岩稜は最初から無理と思っている。岩の実績も無いし・・・
今回は遠征が始まってから今日まで、早朝から10時頃までは晴れますが、
お昼前には濃い雲が山にまとわりつき、雪もしくは雨が降り出すことがほぼ毎日でした。
普通、ヒマラヤ8千m峰を狙う者は、登山期間を2ヶ月で設定します。
前準備(高度順応・荷上げ・ルート工作等)を確りやり、万全の体制で晴れ間を待ち、
満を持しての登頂。これが普通の登り方。
栗城は日本出国が4月10日で、ひと月後の今日敗退宣言、登る気が有るのか・・・
遠征序盤、いつもヒマラヤの天気予報でお世話になっている山岳気象予報士の先生から「8年前に遡っても調べても、この時期としては過去に例のない天気でモンスーンと似たような天気が続く」という情報が届いた時に、「今回は山と合ってないな…」と思いました。
尊敬する山の人が言ってました。
「山と合わなかったら、ベースキャンプでもやめる」
誰だそれは・・・個人が蓄えた金で、趣味の山登りをしてるのならそれでも良いが、
栗城は、山を登ると言い金を集め、常識的な登山期間も取らずに、
天気が悪いから撤退では〝自称 登山家〟としては、お粗末過ぎ・・・・
本当に直感力と経験がある人は、ダメは時は素直にやめます。
2ヶ月の登山期間を取っても、天候に恵まれず撤退した例も多いが・・・
ヒマラヤは地形やその年の気候によって、日々の天候がかなり変わります。
ヒマラヤの天候は15日サイクルで、安定・不安定期が訪れる場合が多い。
なので、2ヶ月必要なのです・・・・
アンナプルナ北側はそれほど影響は無いかもしれませんが、
南壁は南からやってくる湿った空気が居座ってしまいました。
北面から3隊も今季登頂したから、言い訳か???
彼等3隊は、ルート工作にひと月も費やし、晴れ間を狙っての登頂。
充分ではない高度順応後に、BCで停滞してた誰かとは違うのですよ・・・
多少の悪天候でも行動は可
しかし核心部であるロックバンド越えるには、全体を見通せる視界が絶対に必要です。
それでも諦めずに向かっていると、拳一個大の氷が左膝に落下。
激痛でしばらく動けなかったですが、
今思えば山の神様に「今じゃないよ」と言われている気がしました。
体調も良く、気力も体力も十分やれます。
しかし、視界不良のまま突き進むのは「いい判断」ではありません。
そうです、そういう時には、少しでも上部荷揚げするとか、
ルート工作するのが普通のやり方です。BCで遊んでては駄目です。
むしろ視界不良を分かっていて向かい、そして帰ってこなかったら、それこそ本当の失敗。
改めて山は、冷静に山と自分を良く見れるかどうかだと思いました。
本当に精神の修行です。
じっと待ち続けること、そして引き返すことは精神的に辛いです。
しかしこの修行を乗り越えて、次は雪が締まっている秋にまたチャレンジしたいと思います。
雪が締まってないと登れないようです、去年エベレストも同様で進歩なし・・
今回の遠征で、何も得られなかった訳では決してありません。
ベースキャンプでたくさん本が読めた!ということではありません。
3ヶ月後に控えている秋季エベレスト挑戦に向けた「リズム」と呼ぶ高所(低酸素)における身体が、良い感じで仕上がってきていることを実感できました。
また2012年に凍傷で9本の指を失い、特に左手は親指が無くてピッケル(氷や雪に刺して登る登山用具)すら満足に持てなかったのが、今は両手でしっかりと氷に刺しリズム良く登ることができました
Wアックスを使ってた事を初めて公表。
しかし後の画像を見ると、2本共ピッケルタイプです。
Wの場合、1本はハンマータイプが常識ですが(型は古いが私物です)・・・
手持ち画像を載せましたが、ピッケルのブレード部分を金槌に変えた物。
ここで、岩場にハーケンを打ったり・支点になるスノーバーを打ったりします。
これが無いと、もう1本ロックハンマーを余分に持つ必要があります・・・
イメージ 5

軽量化のためにシュラフ(寝袋)無しでも寝ることができ、自分の中にある課題を一つ一つ越えてきました。
過去ここを登攀したイギリス隊・群馬岳連隊は中3泊しての登攀。
軽量化とは言え、ツェルトで寝袋無しのラッシュ形式とは、
一流中の一流のやること・・・
今年の秋季エベレストは、念願の中国側です。
中国側はネパールの側より距離が短く、そしてセラック(巨大な氷河)もあまり無くて、
ネパール側よりも登頂の可能性が高いです。
中国側BCは、ネパール側より高い位置。
山頂への距離は短いものの、8千mラインに達してから山頂まで遠い・・・
そこを〝無酸素〟で登るのは至難の技。
今の「リズム(低酸素における耐久性のある体作り)」を大切にしていけば、良い登山ができると思います。
山の先輩から言われる言葉があります。
「生きていれば、必ずチャンスはくる」
引き返すことは本当に辛いですが、死んでしまったらもうチャレンジはできません。
生きていること、そしてチャレンジを応援してくれている皆さん、山の神様に本当に感謝です。
体力・技術不足で登れなかった・・と、一言で済むのに、
天気が・・雪が・・視界が・・予報士が・・山の人が・・先輩が・・神様も登場です・・・。
ありがとうございました。
※写真は、10日の登攀中、夕方に激しいあられが降っているキャンプ、11日に氷壁を懸垂下降で下りている時、下山途中に遠くに見える聖なる山「マチャプチャレ」です。

最後に画像が公開されてますが、
一枚目で、栗城流の俺はこんなに急な処に居るぞー と言う演出。
2本のピッケル・バンドが垂直に垂れてません・・・
イメージ 6

二枚目、驚いたのは、テントの張綱をストックで支持してること・・・
6千mの世界で・・・風吹いたら一溜まりもない処で、ピッケルが遊んでます。
三流の登山愛好家でも、こんな真似はしません、
45度に刺したピッケルで支持を取るか、十字ペグで取るのが冬山の常識です・・・・
イメージ 7

三枚目、肘のストラップとアイススクリュー(金物)が横向き、垂直でないと変。
イメージ 8

四枚目、山並みが傾いてる・・・
イメージ 9

正規の画像に修正しますと・・・一枚目は↓
イメージ 1
奥の山を見れば、平地の氷にピックを刺して、斜めに写してることが判る。
2本のピッケルのブレードから、2本共に普通のグリベル製ピッケル使用。

三枚目は↓腰のアイススクリューが下を向いてます。
イメージ 2
ザイルの流れから、この角度が正常と思う。
懸垂で降りたと言ってるが、ザイルを握る手の位置から、
懸垂では無くカニ歩きをしてるに過ぎない、第一懸垂中にザイルから手を離して、
写真など撮れぬ・・・・
また、右足の位置(向き)からしても、カニ歩き。懸垂なら足先は山側なはず。
ここで疑問が・・・誰が懸垂下降用のザイルをセットしたのでしょうか???

四枚目は↓ 遠くの山並みからして、これが正常。
イメージ 3

今回、栗城が目指した アンナプルナ南壁 のルート。
赤線は、1970年にイギリス隊が、初登攀に成功したルート。
1987年に群馬岳連隊も、イギリスルートで登頂してます。
緑線は、今回栗城が登ったと言うルート。
下のクレバス帯通過して、比較的安全な左側のリッジに取り付かず、
雪崩確立の高い、雪壁を直登しています。
栗城はミックス帯(岩と氷が交互にある地帯)が苦手なので仕方ないですが、
この先の直登は更に傾斜が増し、赤ルートに合流するのは至難の技。
栗城が言うロックバンドは、遥か上の岩壁(薄茶色部分)で、目視以前の問題・・・
イメージ 4
栗城は、撤退地点を6290mといってますが、
イギリスルートのC1(第一キャンプ)位置とほぼ同じ高さ。
BCまでヘリで入山してますから、BCから僅か2190mの登山でした・・・
ひと月掛けて2190mですから、K2登頂者から栗城は3.5流だとの評価も納得。

12日のブログ以降 更新が無いので〝下山家 栗城劇場〟はここで終わります。
以後、総括のような発表が有れば、続けてコメントします。
勝手なことを羅列しましたが、それほど間違ったことは、言ってないつもりです。

3ヶ月後に、中国側からエベレストを登ると言ってるが、
との程度進歩したのか楽しみです、その時はまたウォッチします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追記 5月16日
12日中に、アンナBCからカトマンズまでヘリで移動し、
夕刻に、最後のブログをカトマンズから送信。
夜の便で、香港経由で帰国した模様。
15日の講演は午後2時からで、主催者が
栗城さんは一昨日帰国したばかりなのに、
全く疲れを感じさせない情熱あふれるトークをしてくださ
りました。
と、FBに書き込んでいる。13日中に帰国してた・・・
落氷が膝に当たり下山とは、この講演に間に合わせる為の口実。
本当に山登りがしたいのか? 講演のネタ話し作りで登るのか疑問・・・



栗城〝アンナプルナ南壁〟をウォッチしてましたが、今日更新です。
(黒字は、栗城公式ブログを抜粋引用 青字は私見です。)

 何ともお気楽なタイトルです。これが今回の総括でしょうか・・・
逆に、こちらが笑ってしまいます~

笑って元気に

無事に帰国しまして、今日は講演のために札幌におります。
13日に帰国し、15日に講演(口演又は公演)した事には、触れてませんね・・・
アンナプルナのベースキャンプからカトマンズまでヘリで飛び、そのまま香港経由の便で帰国しました。
予想通り、BCからヘリを使い、カトマンズから12日の夜便に乗ったようです。
本来の帰国予定は1週間前でしたが、予備日を全て使い果たし、ギリギリまで好天気のアタックを待ちましたが、最後の最後まで条件の整った好天の周期はありませんでした。
一週間前と言うと、ABCから6290mに上がり、
天気が悪いと、ABCを通過しBCに戻った頃です。
予備日の期間に2度目の試みをした事になるが、オマケだったのか・・・
前に述べた、3隊はひと月も天気待ちをして、満を持しての登頂。
一つ反省点は、好天にならない時はならず、天に人は勝ることは無い。
それを分かっていながら、焦りと執着をして余裕を無くしてしまったことは本当に反省でした。
御託を並べてますが、膝に氷塊が当たり、継続不可能で下山した事には触れず・・・
どうしようもない時だからこそ、「笑って明るく元気」に次に向かえる精神力を持たなくてはいけないと。

南壁の登頂者を調べると、最近は「秋」に挑戦しています。
アンナプルナ南壁の秋は風は強くても好天気の周期が多いようです。
8千m登頂を目指す者が、天候を調べもせず向かうとは笑止・・・
2010年の春にアンナプルナ北側に挑戦した時に好天があったので、
そのイメージを南壁に持ち込んでしまいました。。
近くのロッジ(宿)のおじさんが「今年は晴れないのよ~」と冷やかしに来ていましたが、
また2年以内に戻ってきたいと思います。
また2年以内に来る?  東日本震災の子供達をエベレストに招くと言って、
集めた募金はどーなってるのか・・・
ただ今回の遠征は決して無駄ではなく、3ヶ月後に控えている秋季エベレスト(中国側)に向けた目標の一つであった「リズム」と呼ぶ、高所に対する順応のスピード・耐久性を上げるトレーニングとしては効果をかなり発揮しました。
昔ならもう少し順応で苦しんだり脈や呼吸数が上がるのですが、安定して登り、またバランスも良かったです。
8000m以上の世界では酸素濃度が3分の1になりますが、さらに自信をもっていけると思いました。
日本は酸素が濃くて本当に幸せです。
まだ登山は続いています。
冒険の共有を行うための資金という地上の山登り、そして3ヶ月後に控えた念願の中国側による秋季エベレスト。
いいことも悪いことも全てに笑って明るく元気に向かって行きたいと思います。


。。。。。。。。。。。。。。。


これが中国側の、一般的な北稜ルート(図中の青線)と呼ばれるコースです。
エベレストは、ネパール側からの南東ルートが、ノーマルで圧倒的に登頂者が多い。
中国は、1975年に自国隊と外貨獲得の為、登り易い様に、
セカンドステップと呼ばれている難所に、梯子を固定しました。
以後、人工物を経由しての登頂は、単独登頂として認定されなくなったのです。
そこで、単独・無酸素登頂を狙っていた、超人ラインホルト・メスナーは、
1980年夏に北壁を大トラバースして、(赤線ルート)
グレートクーロワールと呼ばれる巨大な溝を直登し、梯子を避けて登頂しました。
栗城は、このメスナールートを狙ってます。このルートはまだ誰も成功してません。
イメージ 1
栗城には絶対に登れないと、確信を持ってますが・・・どうなることか?






栗城が、公式ブログ〔アンナプルナ南壁〕の中で公開した画像に付いて、
下記の書き込みが有りました。
まさか・・と、思いつつも2枚の画像を比較して見ました。

2016/05/28(土) 00:34:44.36
僕は最初から栗城を胡散臭い奴だと思ってたけど
まさか写真を改竄したりまではしないだろうと思ってました。
だけど、滑落騒ぎを起こしたシシャパンマの時
雪の斜面に取り付いた栗城を遠くから撮ったと称する2枚の写真で
雪面に取り付いた黒い胡麻粒が下から上へかなりの標高差を移動してるのに
山の影の形が全く変化していないのに気が付いた。
栗城が恐ろしい速さで斜面を駆け上がりでもしない限りこれはあり得ない。
きっと同じ山の画像に黒い点を貼り付けてごまかしたのだろう、と。

その画像が、以下の2枚です。(黒字は栗城公式ブログより添付)

<現在の栗城の様子>
現地時間am4:00(日本7:15)にアドバンス・ベースキャンプ(ABC)を出発。
6:50(日本10:05)に壁に取り付き、登り始めました。
現在も登り続けています。
※写真で「点」のような栗城の姿が確認できます。
イメージ 1


アンナプルナ南壁挑戦中!#02】
<現在の栗城の様子>
現地時間9:50(日本13:05)、南壁を登り始めて3時間で写真の位置まで進みました。
イメージ 5

カメラアングルが2枚共に同じで、左リッジの影が、全く移動していない事が判ります。
 

このブログを編集してる途中に、同じ画像がまだ有るとの話がありました。
下が、この5月10日付けで掲載された画像です。
5月4日付けの、上2枚と同じ物・・・・
現地時間が其々6:50 9:50 6:00 と発表してるが、日にち違いのアングル同じ。
壁の〝影〟も同じ・・・・


【アンナプルナ南壁挑戦中!attack2 #01】
<現在の栗城の様子>
現地時間午前3:40(日本6:55)にアドバンス・ベースキャンプ(ABC・5010m)を出発。6:00(日本9:15)に壁に取り付き、登り始めました。現在も登り続けています。
イメージ 4

山の陰を強調する為、青を濃くして視たら、この様になりました・・・・
2枚の画像の中央  内が、栗城の姿だと。それはもうどーでもいい事です。

中央に映る、左リッジ(リッジとは、凸角な急な岩稜)に、
太陽光が右上から当たって、左にリッジの影が出てるのが判ります。
イメージ 2

3時間後の画像(下)でも、影の形は同じです。変だと思いませんか????
ここは南向きの〝南壁〟ですから、太陽は序々に正面上に回り、
影が短くなるか 無くならなければ可笑しいです。
明らかに、ニセ画像だと思います・・・が、・・・・

イメージ 3

5月10日の画像も処理しようと思いましたが、手間だし同じ結果なので止め。

結論 この様に、一枚の画像に、さも栗城が登ってる様なを入れて、
   合成したのを視ると、栗城は〝壁〟にすら到達出来なかったのかも・・・・

この指摘を、栗城公式ブログに〝質問・問い合わせ〟として書き込みましたが、
即・削除されました。栗城に取って都合の悪い書き込みは、削除する体質です。

************************************
栗城へ
〝無酸素・単独登頂〟を謳い文句にして、
金を集め遠征資金や事業費・生活費に充てるのは構わないが、
登れもしない〝アンナプルナ南壁〟を、然も6290mまで登攀したような、
嘘の演出は、スポンサーも資金援助したファンも喜びません、駄目です。
この秋の、エベレスト・メスナールートを間違って登れたとしても、
人は(小生は)それを疑います。
無酸素然り・単独然り、誰も居ない世界のはずですから、
自分に正直でなければ為りません。
本当に山登りがしたいのなら、体力・技術を身に就ければ、
その年齢ならまだまだ〝8千〟は登れます。そう為ったら栗城に期待します。


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今日はこれから、鳥海山最後のスキー登山に往って来ます。

芸人〝なすび〟(浜津智明40歳)が4度目の挑戦で、エベレスト登頂に成功しました。

5月19日、アドベンチャー・ガイズ社(AG隊)の商業登山に参加し、
近藤ガイド等と共に、ノーマルルートから登頂。

凄い事だと思ってます、おめでとう〝なすび〟。


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この、成功の話を聞いて栗城は・・・自身のFBでファンに、こんな事を言ってます・・・
イメージ 1

(FBのコピー添付を・・・考えましたが、全公開されてることだし・・・)


これを見て笑った3点
ぼくのエベレストは別物
 〝なすび〟は、過去3回敗退、酸素使用・ガイド付き・当然ルート工作付き。
  栗城は、過去5回敗退、建前無酸素・建前単独。
  (建前としたのは、酸素吸入がバレタリ・後ろからシェルパが登ってる画像公開)
 〝なすび〟と別物とは、登ってから言う言葉。

知っている人は知ってる。知らない人は知らない。
  そうです、山を知ってる人と知らない人の差です。
  読んで下さい。

秋に無酸素単独で登頂した人は世界でまだ誰もいません
  何を寝惚けた事言ってる。
  超人ラインホルト・メスナーが、1980年8月20日に、
  ノースコル⇔北壁⇔上部グレート・クーロワール⇔山頂を無酸素単独初登攀。
  自分が登ると言うルートも調べて無いとは、ノー天気。  
       メスナーは、モンスーンからポストモンスーンへの移行期の登頂。
  天候が安定する秋よりも、登頂のチャンスは少ないのだ。


上記のFBの書き込みを見た人から、多数の批判書き込みが、
栗城公式ブログに寄せられて・・・
近藤ガイドのツィッターに、栗城が仕方なく書き込みをしました。


@kurikiyama 9 時間9 時間前
近藤さんおめでとうございます!ローツェも!やりましね。
なすびさんもよく諦めずに本当に凄いです。おめでとうございます!

栗城は、毎回 雪が深い・氷が硬い・風が強い・等々で、諦めてる・・・・
8千mの世界では、当たり前の事だと思うが・・・


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登山資金の募金額の比較です。(オクサマ・ファイル引用・資料に多少の誤差あり)

なすび〟 2013年  600万
      2014年  677万
      2015年  446万(大雪崩事故で登山中止で割引)
      2016年  自己資金(600万程度の負担)

 栗城   2007年  2000万(エベレスト以外)
      2009年  1億7千万
      2010年  1億近く
      2011年  9200万
      2012年  9450万
      2015年  5700万
      2016年  自己資金(アンナプルナ南壁) 

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エベレストに商業登山での費用は、一人当たり600万が一般的ですから、
〝なすび〟資金集めは妥当。

しかし、栗城の金の使い方は異常です。
生中継だの、何だかんだ言っても、如何にも異常・・BC往復ヘリ代を含んでも。

商業登山では、7千mを越える高所では、酸素ボンベを使用します。
夜間就寝中も・・・ボンベ1本5万円×10~12本程度、それも含む費用です。

栗城はこの秋に、中国側からメスナールートの、第2登を狙うと言ってます。
楽なネパール側からでは、BC⇔C1間のアイスフォール帯(クレバス帯)に、
事故防止にアルミ梯子が設置されてて、これを通過しなければC1到着は無理。
人工物に触れる事で、単独は成立しません・・・
メスナールートは、人工物が無く、BC以上往復シェルパの手助けが無く、
登れれば単独登頂・メスナールート第2登が成立します。
   

栗城が、公式ブログを更新しました。
無酸素で登るためと称した一文です。黒字は栗城ブログより引用青字は私見。

無酸素で登るために

(前半割愛) 
エベレスト(8848m)の山頂は、酸素濃度が地上の3分1。
高度が上がると大気の酸素分圧が下がり、最大酸素摂取量が下がる。
肉体の機能は想像以上に低下し、そこにいるだけでも生存不可能と言われている世界です。
エベレストの日本人登頂者は169名ですが、無酸素で登頂した猛者は6名。
そのうち2名の方が下山中に亡くなっている非常に厳しいチャレンジです。

今年の5月23日現在で、日本人登頂者は、延べ213名です。下記リンク参照。

また僕が登る秋はハイシーズンの春よりも気象条件が厳しく、短い好天気に合わせるのがポイントです。

その為には、この春のアンナプルナ遠征の様に高度順応期間を含む、
正味1ヶ月の登山計画では、天候待ちをしてる間に期限切れ・・・
常識的に2ヶ月の登山期間が必要なのです。
栗城がこの秋に登ろう?としてるメスナールートで、メスナーは7週間天候待ちをし、
その期間を利用し充分な高度順応を済ませて、単独・無酸素初登頂に成功しました。
栗城は、この秋の計画を発表してませんが、BC入りして1ヶ月程度の計画と思う。

そのために遠征前から低酸素の環境になれやすい身体を作ります。無酸素形人間になる。
それが「リズム」と呼ぶトレーニングでした。
メスナーの著書〔チョモランマ単独行〕の中で、
〝リズム〟と言う言葉が何回か出て来ますが、登る速さと呼吸のバランス、
連続して歩く歩数と立ち止まり休むバランスの事を言ってます。
リズムは4つあります。
最大酸素摂取量を増やす。
耐久性のある血液と血管を作り、血栓を防ぐ。
バランス感覚を鍛えて無駄な酸素とカロリーを消費させない。
そして、高い技術の呼吸とストレスに強い脳を作る。
何か・・・必要以上に難しく言ってますが・・・
脳は、体内の酸素の3割近くを消費します。無酸素でソロにエベレストに入ると不安や孤独など脳の極度のストレスがかかり、酸素の消費量が上ります。
酸素を無駄に消費しないためには、ストレス無くす精神状態を作り、呼吸法を習得します。
無酸素・単独は、不安や孤独と言ってるが、
選択したのは自身・誰からも強要された訳ではでは無い。
常にBCやシェルパと無線交信し・望遠鏡で位置確認されてる状況でも、
そう感じるなら無酸素・単独登山には向かないのでは?
過去に(これからも)無酸素・単独で8千m峰に挑んだ者は、
呼吸の苦しさは感じるものの、登頂するのだと言う強い意志で結実したもの。
今更、不安・孤独・・・なら、有酸素・シェルパ付き登山より無し!!
先日のアンナプルナ南壁では、好天気が一日も無く、登山は途中で止めましたが、
このリズムの成果を確認してきました
標高4100mのアンナBCから、8km先の5010mに在るABCまで、一日で歩ける距離を
途中一泊して辿り着く様では、成果が有ったのかと・・・疑問です。
ちなみにストレスは無くすことはできません。
「ストレスを無くすのではなく、ストレスを感じている自分を認めてあげることが大切」
山から学んだ技術の一つです。
リズムにさらに磨きをかけて万全な状態を作っていきます!

メスナールートに付いては、下記リンクで紹介してます。

「リズム」云々以前に、強靭な体力・岩氷壁登攀技術を身に就ける事が先決かと。
2009年のメスナールートで栗城は、無酸素・単独登頂を謳うもABCから標高差500mの、
ノース・コルのC1(7000m)に登れず、シェルパ達にルート工作をさせる様。
メスナーは、この500mを18kgのザックを背負い、
2時間で登り、荷上げして30分でABCに帰って来た。

栗城は8千mに至らずに撤退、7600mのC2へシェルパ達に救出される様でした。
この時、15人のシェルパを雇ってた事が、同地に居た日本の他隊に公表される。

8月末には出発すると思われるが、おそらく国内での山登りは一回程度か・・・








栗城が、資金集めを開始しました。

今年の秋に、中国側から6回目のエベレストに挑戦予定。
謳い文句は、毎回の如くに栗城流〝無酸素・単独登頂〟。
(栗城流とは、世界の登山界には通用しない独特の登山観)


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【中国側ルート図の説明】

通常の北稜ルート(青線)とキャンプ位置
赤線、栗城が登ると言うメスナールート、はメスナーのキャンプ位置。

メスナーの行動 1日目 ABC→C2上の7800m
        2日目 7800m→グレートクーロワール手前
        3日目 グレートクーロワール手前⇔山頂往復
        4日目 グレートクーロワール手前→ABC
イメージ 1


今回の計画は発表に為ってませんが、2009年の計画に順ずるものと思われます。

2009年の栗城の行動計画は、ABCからC4まで設置しての計画でした(下図)。
メスナーの行動と比較し、キャンプが2ヶ所増、それだけ燃料・食料増になります。
体力・技術がメスナーより劣る栗城には、仕方が無い事かも知れないが、
7千mを超える高所に無酸素で長時間留まる事は、命の危険に繋がります。
それに、予定されてるC4付近は急傾斜で、テントの張れるスペースは無し。
カッティングした雪棚に座ってのビバークは必須。
イメージ 2

2009年に栗城は、C1のノースコル(7000m)にも単独で登れず、
シェルパにルート工作して貰う様でした。
最高到達点は、キャンプ2の少し上で、動けなく為り、
シェルパに救助されてキャンプ2に帰還。
〝無酸素・単独〟を謳うも、シェルパ救助隊が後方に居たり、
キャンプ2には〝酸素ボンベ〟が有ったりで、何処まで本気だったのやら・・・


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日本人が過去、エベレストで無酸素登頂に成功したのは、
1983年10月・山岳同志会隊2人、イエティ同人隊3人。
1985年10月・植村直己物語撮影隊1人。
現在までに、日本人エベレスト登頂者は延べ213人に及びますが、
無酸素登頂の難しさを示してると思います。

栗城は、これを〝単独・無酸素〟で登ると言い、しかも気象条件の悪い秋季に。
下記要領で資金集めを開始。

クラウドファンディングと言う手法での資金集めですが、
クラウドファンディング(以下CFと略)とは、
インターネットを通して不特定多数の人から資金を募ることを言います。
群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語のようです。

今回のエベレスト遠征総費用は、5200万以上だそうで、
栗城分の250万は自腹、他は生中継・動画配信の機材・人件費他との事。
その内の1800万をCFで調達、目標金額に満たない時は返金と言うシステム。
CF企画会社は、手数料として5%徴収するとか・・・今風の旨い話ですねぇ~
不足分の3150万は、スポンサー企業から集められるのか?(毎回敗退で・・・)

又、ひと頃話題に為った、ビットコインでの資金集めもしてる模様・・・下記。
100万集金のようですが、何とも・・・と言った感じがします・・・


しかし不思議な事に【栗城公式HP】【栗城公式ブログ】【FaceBook】【Twitter】では、資金集めをしてる事に付いては一言も触れてません。
何故でしょうか? 疑問です・・・・

【7月15日加筆】
7月14日付けの公式ブログで、
※大変恐縮ですが、冒険の共有の実現に必要な資金の一部をクラウドファンディングで集めることにしました。今年は資金的にかなり厳しいですが、最後まで頑張ります。
と、書き込みをした。


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今まで栗城をウォッチして、〝登山家〟と名乗ってるが、
本当に山を登る気が有るのか疑問です・・・・(ネットの世界では最初から疑問視)

先のアンナプルナ南壁の件と言い、その後の国内での訓練も無く、
最難関のメスナールートの2登を狙う等とは、自殺行為に近いもの・・・

過去の遠征では、資金が集まらず借金してまでも行ったと本人が言ってますから、
8月16日には出国すると思いますが・・・様子見ですね。

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因みに、メスナーの登山期間は、BC入りして7週間に亘り高度順応してから、
4日で山頂往復でした。

栗城の登山期間は、8月16日に出国して、9月末迄に登頂する計画です。
カトマンズのシェルパ派遣会社ボチボチトレック社に行き、
シェルパとネパール国境を越え、中国入りしてBCに到着すると思われます。
これだけで、早くても4日の損失・・・BCからABCへの荷上げに2~3日。
正味登山期間は34日程度、これでは満足に高度順応期間も取れません・・・
2009年同様、C2辺りをウロウロして天気がーー・雪がーーで、時間切れ敗退か・・

栗城公式ブログの、いい加減さが露呈されました。
(黒字は、栗城公式ブログより。青字は私見)

この秋の、中国側からのエベレスト挑戦に備え、富士山の様子をUP。
その中で、登頂時間に関して、ネットで異議多発、修正をしました。
2時間で登ったと書きながら・・・登山開始時間の大幅なズレも・・・
到着時間は失念しても、登山開始時には、時計を確認するのが普通と思うが・・・
栗城本人がUPしてるのか?事務所がUPしてるのかは不明なものの、杜撰極まりなし。

更に、スポンサーであるグリコの商品名を、間違えて書き込んでいる。
〝OXYDRIVE〟を、オキシドドライブと・・・〝オキシドライブ〟が正解。
金さえ貰えればいいのか?  余りにも雑!!!

富士トレーニングに行ってきました!

(一部割愛)

ヒマラヤ8000mの低酸素に対する順応性を考えると、どうしてもトレーニング登山は富士山になります。
高所登山の高度順応の為に、富士山を使う登山者は多いです。
これは、ネパールの首都カトマンズが標高1400mなこと、
エベレスト方面への登山基地ルクラ村が標高2800mです。
ここまで飛行機を利用するのが一般的で、2800mから登山がスタートする為、
事前に高度を体感する必要が有るからです。
出来る事なら、ヒマラヤ行きの直前に富士山頂で2~3泊程度して、
身体を慣らすのがベストですが・・・富士山(3776m)の高度で大丈夫な人が、
ルクラから歩き始めて2日目の、4000m辺りで高山病で、
体調を悪くする例は偶に有りますが・・・
富士山では低酸素の環境を体感しやすく、頭痛や吐き気などの高度障害を感じることができる山です。
高所登山医学でも、富士山でのトレーニングが出てきます。
また富士山を走ることで、低酸素に体を慣らすだけではなく、心肺機能も鍛えることもできます。
山嶽部の頃に、北アルプス剣から槍までの2500~3000mを縦走して下山すると、
登山の疲れは有るものの、10~15キロのランニングをしても、
呼吸の苦しさは少なく感じられたものです。

(一部割愛)

そんな富士山で、今日は呼吸が乱れないこと、疲労感を出さないを目標にして安定したペースで2時間で登ってきました。
標高差1400mを2時間で登れるのは、凄いことです・・
息も乱れず・疲労感も無しとは、考えられない。
アンナプルナ南壁では、BC→ABC(8km)の移動に2日掛かってますが・・・
標高4100mのBCから、標高差910mの8キロ先のABCに移動するのに、
途中で一泊しなければ到着出来なかったはず・・・


吉田5合目駐車場出発 11:46
浅間大社山頂 12:47  (1時間で登った事に為ります)
修正後↓ネットで騒がれて修正したもよう
吉田5合目駐車場出発 9:46
浅間大社山頂 11:47
何か、可笑しいですね・・・昼の出発から、朝のの出発への修正です・・・
時間の記憶って、こんになもズレルものですか?

これからいよいよ、低酸素室(標高6000m)でのトレーニングが始まります。
低酸素室では、7000mも体験出来るはず。
6000mで体を慣らしたら、半日程度7000mを体感する意味も有りかと・・

(以下割愛)

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栗城が明らかに足らないのは基礎体力、特には岩と氷の登攀能力です。
指を失う前からそうだったし、失った今は、更に能力は低下してるはず。

日本が世界に誇る、山野井泰史・妙子氏も、指を失って以来、
以前は楽に登攀出来たルートに手古摺ってますが、
家の梁・壁・柱を利用して、日々鍛錬しています。

栗城には、苦手を克服しようとする、気概が感じられないのが残念。
アイゼンを着けて、三つ峠の簡単な岩場での練習をもする気も無いのか・・・
このままでは、エベレスト・メスナールートも茶番で終了か・・・

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