海彦・山彦の白秋日記

八幡平の樹氷(2025.2.2)

2026年04月

4月24日
鳥海・矢島祓川の、五合目に通じる山道が、今日開通です。
車中泊の準備をして、南下。由利本荘市に入ると・・・真っ白な鳥海が、行く手に。
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一昨年の夏の豪雨で、鳥海高原に上がる最短路が彼方此方崩壊、財政難で放置です。
矢島町迄走り、遠回りして・・・
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善神沼まで来ると・・・鳥海・北東面が・・・
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181km走って、標高1170mの五合目・祓川登山口に3時到着。定位置に駐車。
駐車場の水勾配で、唯一平らに為ってる処。
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最初にする事は、“水”の確保。駐車場の“水栓”は・・・まだ雪壁の中・・・
4Lのポリ容器2本を持ち、祓川ヒュッテに水を貰いに・・・
晴れてるが風が冷たい、フリースを着、ダウンズボンを履く。

水が手に入ったので、珈琲を・・・と思い、湯を沸かす。
プラカップに砂糖を入れ、珈琲を・・・何と小瓶が空(-.-;)、探すと緑茶パックが・・・
生まれて初めて、砂糖入り緑茶を飲んだ! 結構美味い味でした~

晩飯まで時間が有るので、恒例の“一人宴会”。缶Bを飲むが・・・冷さ無くても冷た過ぎ。
ウヰスキーのお湯割りに変更。酔々で、寝袋に入り込む。


4月25日
4時起床。夜明けだ・・・奥羽山脈の高峰が見える。右 岩手山、左 秋田駒ヶ岳。
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寒くて車から出るのが、億劫・・・朝焼けの鳥海を逸したが・・・
日が昇ってからの鳥海、まだピンク色が残ってた~
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当日5時の祓川ヒュッテのライブカメラ
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雪は凍結してガチガチ・・・日が当たって緩むのを待つ。
珍しく無風快晴です~ 7時に祓川ヒュッテ前から、シール登行開始。
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今日は、病み上がりなので、七ッ釜避難小屋を目標に・・・
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最初の斜面を登った岳樺で、板を外して大休止・・・体が動か無い・・・

次の難関タッチラ坂の急登から振り返ると・・・岩手山と秋田駒ケ岳。
八幡平や森吉山も見えてたが、そのうち霞んで・・・知り合いが森吉に登ってる筈だ。
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タッチラ坂も一回で登り切れなかった。中一回、板が流れない処を選んで大休止・・・

タッチラ坂を登り切り、緩斜面の賽の河原に出た処の、右のブッシュ脇で大休止。
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兎に角苦しい・・・抗癌剤を約2ヶ月打って、3月31日6時間の手術、4月10日退院。
2週間後の初山行だ・・・19日に、八幡平へシール登行の練習に行った時以上だ・・・

振り返ると・・・奥羽山脈の向こうに山陰が・・・高さからして、早池峰山に違い無い!!!
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大雪原を登る。
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今日の目的の、七ッ釜避難小屋(1570m)から派生する、尾根越えの処まで登った。
“御田”の手前(1450m辺り)だ。2時間半も掛かって、元気な奴は1時間で来るのに・・・
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この調子では、避難小屋まで1時間は掛かる・・・足が逝かれては、滑りに困る。

奥に、新山外輪の七高山(2228m)が・・・
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後 120m登れば避難小屋だが・・・此処で打ち切りとする。日本海が見える。
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持参のバナナを2本喰い、シールを剥いで、滑走~ いい具合のザラメ雪!!!
今年の鳥海は、雪が多い。また来たいが、往復360kmは辛い・・・
近場の八幡平で、ウロコ板で遊ぶか?


4月26日
体が普通なら、雪解け後の菜園が乾いた時に、一度耕紜機を掛けてるのだが・・・
この春は、雑草が繁茂、今日初めて耕紜したが、雑草が邪魔して大変だった。
縦横二度掛けして、何とか深さが一定に耕耘。これから百姓業が始まる。


4月19日
15日に鳥海山・鉾立口が5合目まで開通、山友が早くもスキーの動画をSNSに・・・
例年であれば、GWに合わせて24日が開通なのだが・・・里の桜開花に合わせたとか。

GWの鳥海春山スキーに行く予定だが・・・
病み上がりの体力が、どの程度なのか? 気に為ってる。
そこで、秋田八幡平スキー場へ・・・他のスキー場が3月末で閉鎖する中、
ここはまだ85cmも雪が有る。早朝は凍結バーンだが、朝日が当たればザラメ雪。

滑りは、自重で下に行くので、問題は無いが・・・
シール登行が、どの程度出来るか?  それだけが気掛り。

毎年初雪後に、ここで標高差200mのシール登行の時間を計り、体力測定をしている。
11月末の抗癌剤投与前で、25分。前年も25分。手術後は如何に・・・

眩しい雪面を見て登る 息が上がる 立ち止まり息を整え また登る これの繰り返し。
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背後に焼山山塊が・・・
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スキーハウスが遠く為る・・・
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眼下の、大沼の周りの雪が解けて、“白目”が浮かんでる。
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林間の雪もダップリ
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一休みして、シールを外しす。
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ここまで40分も掛かってしまった・・・25分で登れてたのに・・・ガックリです。
抗癌剤投与4回目の2月中旬には、森吉山を2時間割って登れたのに・・・

横腹に4ヶ処 穴を空けられ・12cmも切られ、15日入院の結果がこれ。
この調子では、GWの鳥海山も・・・7合目の避難小屋辺りで敗退か・・・

4月13日
大館市立病院泌尿器科へ
弘大医学部付属病院で手術を終えて、退院時に渡された“書面”を持参。
小一時間待たされて、女医と面談。書面に目を通して、「上手く行った様だね、良し」と。

「これから、6ヶ月毎に、転移や再発がないか?の、CTや膀胱鏡の診断が必要です。」

「特に、膀胱への転移が多いので・・・」月毎の手術・検査を一覧にした予定表を見て、
「8月5日、1時から両方やりましょう。」 と・・・

今日の目的の一つが終わった。次は眼科だ。
癌の治療で、白内障の手術が延び々に為っているのだ・・・

眼科へ
手術が終わった事を伝え、日程を決めて貰う。
最短で、右目を6月8日。左目を7月13日、共に12時30分からに決定。
5月20日の2時から、採血・採尿・散瞳の術前検査をすると言う。
掛り付け医に“診療情報提供書”を出すので、その日迄に返答を貰う様にと・・・
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血圧・狭心症の“薬”を貰ってる医者・市立病院泌尿器科・消化器科宛の3通だ・・・
市立病院へは、さっき行ったばかり・・・日にちは有る、後日に回す事に。

癌の術後は・・・傷の痛みも無く、順調。
体の彼方此方にガタが来てるが、視界が回復すれば、当面は五体満足だ・・・

GWが近づいている・・・
鳥海山の春山スキー前に、八幡平でシール登行・滑りの練習を・・・
病み上がりの体力は、如何に・・・

腎盂癌 闘病記【22】手術前編の続き

4月2日
9時に、主治医と看護師が様子を見に来る。
腹腔鏡手術の跡を点検。
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臍から横の背中に掛けて、5cm間隔で4箇所穴が空けられて、四角い絆創膏が貼られてる。
他に、下腹部(左足の付け根)から、膀胱に向けて斜めに12cmの切開跡に長い絆創膏。

鏡に映して見た感じでは、ドジな侍が切腹に失敗した様な傷だ・・・
後で看護師が言ってたが、12cmの切開は普通の倍だと・・・左足への動脈に瘤が有り、
膀胱への尿管と交差してる事はCTで判っていた。大きく開き、目視で施術した様だ。
ついでに、その開口部から腎臓を取り出した様だ。

そこには、内部に溜まった血を抜く管が刺さってて、小さいプラボトルに繋がってる。
ボトルの中は空状態だ・・・主治医は「出血も無いし、邪魔だから抜きましょう」と。
ゴム手を嵌めて・・・一気に抜き、絆創膏を貼って終わり・・・

午後からは、血中酸素飽和度も安定して来たので、酸素吸入の管も外される。

4月3日
2種類の点滴が終わり、腕が楽に為る。同時に心電図等のモニター類も外される。
残りは、チンポから伸びた管と尿袋だ・・・

4月4日
術後してた、朝夕の血糖値検査も今日で終わる。腹帯も外される。

4月5日
10時に術後初めて、シャワーが許可に為るが・・・尿袋をビニール袋で包んで・・・

4月6日
9時 主治医の診察。明日はチンポの管を抜くと言う・・・
30分後に、若い医者が2人来て、今抜くと・・・痛みも無くスポッと抜けた~
これで、体から絆創膏以外無く為る(^o^)。
昼に主治医が来て、10日に退院OKだと。\(^o^)/

看護師から体重を測る様に言われる。69.5kgだった。
入院の時よりも、2kg減。切除した腎臓と尿管で1kg位? 後は、不味い病院食で痩せたか?

食事制限が無いので、2時過ぎに1Fに有る院内食堂へ
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950円のカツカレーを喰う。薄味の病院食と比べ、何と美味い事か!!!

4月7日
主治医に呼ばれ、ナースステーションへ・・・
摘出した腎臓と尿管の細胞検査の結果を知らされる。
①腎盂と上部尿管に癌が認められた。
②予想通り、病期は、T3N0M0。T3は腎盂・尿管周囲に浸潤有り。
 N0は、リンパ節に転移無し。M0は、遠隔転移無し。
③思ったより、綺麗に取れて良かった。
④今後は、化学・放射線・投薬治療の必要は無い。
⑤但し、症例で膀胱への転移が20~40%有るので、定期的に検査は必要。
⑥T3の5年生存率は、70%位。
⑦大館市立病院には、書面で連絡しておくので、定期検査を受診する様に。

退院迄2日も有る。治療は、絆創膏の貼り替え位・・・傷口が綺麗に為るらしい・・・
昨日、院内図書館で、“剣岳 点の記”を借りる。
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明治時代に、剣岳(当時は越中剣岳と呼ばれてた)に三角点を設置する話。
新田次郎の山岳小説は、好きでは無いが、目に止まった・・・
発売当初はベストセラーにも、映画にも為ったが新田に興味にが無かったのだ・・・
剣岳には、山嶽部時代に八ツ峰・チンネの岩登りに4年通ったし、山頂も踏んだ。
山頂に特例の4等三角点が有るそうだが・・・そんな物には興味が無かった・・・
ただ・・登山路も装備も無い時代に、何処から登ったのか?だけ気に為ってた。
読み進むと・・・懐かしい尾根や地名が出て、アッとの間に読み終えて仕舞った。
予想通り、長次郎雪渓からの登頂。案内役の宇田長次郎の名を後に雪渓に冠した様だ。

4月8日
久々の晴れ。5Fの病棟から、八甲田連峰が輝いてた!!!  南八甲田連峰
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左の白い山塊が、北八甲田連峰。右は、南八甲田連峰。毎年GW前迄、山スキー。
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今シーズンは、1回も八甲田に行けなかった・・・GW前に行って、登って滑りたい!!!

4月9日
看護師が、大館市立病院泌尿器科と連絡を取り、4月13日9時の診察予約を取ってくれる。

4月10日
朝の診察開始前に、主治医が病室を訪ね、「◯◯さん、退院おめでとう」と・・・
病棟の看護師・ICUの看護師・哲平先生、皆さんに世話に為った~
後期高齢者、手術代他医療費が格安なのに驚く・・・
9時半に、妻が迎えに来てくれる。15日振の我が家、水仙が咲き始めてる。


10日に弘前大医学部付属病院で、腎盂癌の手術を終えて帰宅。
備忘録的に、入院から退院迄の経緯を・・・

3月27日
朝8時に家を出て、一路弘前へ・・・
9時過ぎに病院着、入院手続きを済ませて、5Fの病棟へ。
ナースステーションで560号室に案内され、病棟着に着替える様に言われる。
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10時に主治医と面談、お初で有る。一連の予定を聞き、手術は昼からだと。
この日は、これだけで終わる。
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5Fの病棟から、南側に五重の塔が見える。
昼飯と晩飯が出たが・・・御飯が不味い、古古米か? オカズも糞不味い!!
夕方、担当の看護師から、シャワーを勧められたが・・・即 微熱が出る(-.-;)

3月28日
土曜日なので、定時の体温・血圧測定以外は、一日何も無し。
看護師が、何か困ってる事は無いか?と聞くので、飯が不味いのでパン食にして欲しいと。
朝・昼はパン、夕は御粥に変更して貰う・・・

3月29日
日曜日なので、今日も
定時の体温・血圧測定以外は、一日何も無し。
パン食に付いた林檎1/2が、とても美味かった、流石津軽林檎の本場だ~
午後に妻が蜜柑と苺を持って来る。1Fに併設されてるDoutor珈琲で・・・
手術する事を妹に知らせたと・・・当日は、娘も来るらしい・・・

3月30日
明日の手術に備えて、朝から水分以外は絶食。
看護師が、朝 教授が来ますからとソワソワ。
9時30分、教授の回診。テレビで見る様にゾロゾロ10人以上が・・・
4人部屋なのに、俺の処だけに・・
主治医が教授に「左腎盂癌の T3N0M0(癌の病期)ナンチャラ・カンチャラ」と説明。
教授は、左の腹を触って「大丈夫だからね・心配しないで」と。
何か・・その辺に居る、親父の様な感じがした。

10時 点滴開始。500mlを3本を、続けて打つと・・・
この時の看護師が、ド下手で腕の静脈に一発で決めれず、アチコチ探して2度目で成功。
大学病院でも、こんなドジな看護師も居る様だ・・・

10時半 手術室の看護師が説明に来る。
前半は真横で・後半は上向きで、血行障害に注意してやりますからと・・・

午後 麻酔科の医師が・・・明日は女医が担当するが、時間が掛かる様なら、途中から私が担当しますと・・・。術後は、翌朝までICUに入って貰いますと・・・
高齢なのと心臓病が有るので、全身麻酔に因る合併症に対応出来る様にだと・・・

夕方 明日の手術は、昼からで無く、9時半から始めると・・・急遽変更に!
朝から予定してた手術が、キヤンセルに為ったらしい・・・
後日聞いた話では、怖気付いて患者が辞退したらしいと・・・

3月31日(手術当日)
5時半に起床、、6時に証明が点いてから、洗顔・髭剃り、爽やかな朝だ。
9時 看護師が来て手術の準備、ダボダボの手術着を着せられる。
妻・娘・妹が病室に来る。眼鏡を外され、車椅子に乗せられて
別棟4Fの手術棟へ・・・
大きなドアを過ぎると・・・
通路の両側に、酸素ボンベ・手術機器の棚・ベッド等が並べられている。
自動ドアが開き・・・中に入ると、小豆色の装束の看護師が5.6人、低い手術台に寝れと。
台の上には、人型の分厚いスポンジ。
寝ると、台が上がり慣れた手付きで、片足づつ・胴・両腕をスポンジに固定される。
これが手術室の看護師が説明した、血行障害を緩和するやつか?と思った。

少しして、酸素マスクを被せられる。
「◯◯さん、聞こえますか?」「はい」と答える。次に何か言ってるが・・・意識が・・・

気が付いたのは・・・ICUの中だった・・・キャップを被った妻・娘・妹が覗き込んでる。
意識がハッキリしないが・・・娘が手を握った。握り返すと・・・「痛い!」と言われる。
手術室に入ったのが9時半で、3時半に終わり、隣のICUに運ばれたらしい・・・
主治医の説明では、出血が10ccで済み、手術は上手く出来たと・・・

ICUでは、専属の看護師?が居た。
視界には、点滴のパックが4つ、モニター画面が2つ、時々赤いランプが点滅してブザー音。
その度に、看護師?が機器等の調整をしてる様だ・・・
視界の先に大きい時計が・・・遅々として時間が進まない・・・

4月1日
朝の6時頃に為ると意識がハッキリし出す。
両腕の点滴・電極のコード・酸素マスクで身動きが出来ず・・・
「息苦しく無いですか?」「2Lから3Lにしますねぇ~」
酸素の流量を指してるのだと、直ぐに判った。まるで、ヒマラヤを登ってる感じだ。

5千mでの酸素濃度は、平地の1/2、8千mでは、1/3。8千mでは普通酸素を吸う。
毎分2Lの酸素を吸うと、6千mの酸素濃度に匹敵。術後、6千mの山を登ってた事に為る。
3Lにして貰ったら、随分呼吸が楽に為る。ヒマラヤ6千6百mを登ってた時を思い出す。

またウトウトして・・・9時。
若い医者と女医が来て、話し掛けられる。
2人共、弘大泌尿器科に配属された初日だという。
そう言えば、大館市立病院での主治医も、4月1日から派遣元の弘大に戻ると言って居た。

看護師が、10時に病棟から迎えが来ると言う。その前に手術着から病棟着に替えると・・
横向きにされ、片側を脱がされて病棟着の袖を通す。次は反対側を・・・
慣れた手付きで直ぐに終わる。
次は病棟着の下だ・・・不織布のパンツを脱がされ、紙パンツを履かせられる。
この時、チンポの先から膀胱に管を入れられてる事に気付く、最悪だ・・・(-.-;)

迎えが来る。寝台の高さを合わせて、横からシートを引くと・・・簡単に移動。
ガラガラと廊下を移動、病室に到着。看護師が集められて、セーのでベッドへ・・・
外されて居た機器類の端末と点滴類が、再セットされる。


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