3月23日
中々天候が安定しない・・・昨日は、北八甲田で山スキーを予定して居たが・・・
強風予報で中止にした。八甲田ロープのHPで、25m以上の風の為終日運休と告知。
納得しつつも悶々としながら、6時からのNHK BS放送を待つ。
今日、録画を再生して・・・石井のHPで未公開の事や、報道で語られて無い事を知る。
以下 時系列で・・・
6月22日 バルトロ氷河分岐のコンコルディア(4650m)に着く。
6月23日 サボイア氷河末端の4950mに、K2 BCを設置。
6月24日~27日 悪天候で停滞。
6月28日 サボイア氷河を4時間半登り、5670mにABC設置。
映像で見る限り、氷河末端は思っていた以上に荒れている。
6月29日 ABCからC1予定地を偵察、6500mにデポ。ABCに戻る。
6月30日 ABCから4時間半でデポ地着。7000m付近迄偵察し、C1泊。
7月 1日 C1⇒ 第1バンド⇒第1雪田7300m迄偵察 し、2時間半でC1に戻る。
7月 2日 C1からBCに戻る。
7月 3日~13日 悪天候で停滞。
この時、山頂がゴールでは無く、8300m迄の空白部を埋める事に目標変更?
何故なら8300m⇔山頂は、1997年日本山岳会東海支部が西稜経由で踏破済み。
7月14日 1次アタックの為、BC⇒ABC。
7月15日 ABCで停滞。
7月16日 9日分の食料他を持ち、4時間半でC1へ。しかしC1を発見出来ず、ABCに戻る。
BCで停滞中の悪天候で、テントが埋まったか? 流されたか? 目印無しは雑。
7月17日 ABC⇒BCに戻る。
7月18日~23日 悪天候で停滞。この間に、平出談「カッコ良く、終わりたい」と、発言。
7月24日 2次アタックの為、BC⇒ABC。
BCを発つ際の会話で、「気をつけて」と女の声が入る。
8人全員が男と思って居たが、女が居た。NHKの撮影隊の1人に違いない。
7月25日 ABC⇒C1
7月26日 C1から7時間登り、7500mにC2設置。
7月27日 C2から上部偵察に。第2バンド入口の“喉”で画像が終了。(画像は鮮明、
そのシーンも映ってたはずです。)
時系列は以上。映像を見て、思った事・・・
◎NHKが同行してるので、超望遠での登攀画像を期待したが、殆どはメット画像。
◎サボイア氷河上部の雪原で、大型スノーシューを使っていた。7年前の偵察の賜物か?
◎K2出発前の中島談。「寝れない夜が続く、何故危ない思いをして・・・」と、流涙。
◎平出談。出国前に「8000mで未踏のルートが有る。
心技体が整った、このタイミングで遣らず、何時遣るのか?」と・・・豪語。
BCで停滞中に、「山頂がゴールでは無く、8300m迄の空白部を埋める事」と発言。
???ゴールはBCのはすだが・・・現地で目標変更? この時点で、遠征は失敗です。
既に45歳、体力的な・・・山野井泰史は、50歳に為ると若い頃の体力の1/10だと、
自嘲気味に話していたが、平出は少し先を急ぎ過ぎたのでは・・・
山岳界からは、8000mの壁の経験が無く、いきなりK2とは? との声も有った・・・
また、アルパインを志向しながら、極地法的登り方に異論も・・・
小生は、登山法は兎も角、C1を失う・目標変更時点で、撤退出来ぬシガラミに無念感。
◎中島の一面。
今回のメモの一部、現地で書いている。ルート図のメモも。ABCに置いて行った物か?
彼の几帳面さが、伺える。惜しい登山家を亡くしたと思う・・・
中々天候が安定しない・・・昨日は、北八甲田で山スキーを予定して居たが・・・
強風予報で中止にした。八甲田ロープのHPで、25m以上の風の為終日運休と告知。
納得しつつも悶々としながら、6時からのNHK BS放送を待つ。
今日、録画を再生して・・・石井のHPで未公開の事や、報道で語られて無い事を知る。
以下 時系列で・・・
6月22日 バルトロ氷河分岐のコンコルディア(4650m)に着く。
6月23日 サボイア氷河末端の4950mに、K2 BCを設置。
6月24日~27日 悪天候で停滞。
6月28日 サボイア氷河を4時間半登り、5670mにABC設置。
映像で見る限り、氷河末端は思っていた以上に荒れている。
6月29日 ABCからC1予定地を偵察、6500mにデポ。ABCに戻る。
6月30日 ABCから4時間半でデポ地着。7000m付近迄偵察し、C1泊。
7月 1日 C1⇒ 第1バンド⇒第1雪田7300m迄偵察 し、2時間半でC1に戻る。
7月 2日 C1からBCに戻る。
7月 3日~13日 悪天候で停滞。
この時、山頂がゴールでは無く、8300m迄の空白部を埋める事に目標変更?
何故なら8300m⇔山頂は、1997年日本山岳会東海支部が西稜経由で踏破済み。
7月14日 1次アタックの為、BC⇒ABC。
7月15日 ABCで停滞。
7月16日 9日分の食料他を持ち、4時間半でC1へ。しかしC1を発見出来ず、ABCに戻る。
BCで停滞中の悪天候で、テントが埋まったか? 流されたか? 目印無しは雑。
7月17日 ABC⇒BCに戻る。
7月18日~23日 悪天候で停滞。この間に、平出談「カッコ良く、終わりたい」と、発言。
7月24日 2次アタックの為、BC⇒ABC。
BCを発つ際の会話で、「気をつけて」と女の声が入る。
8人全員が男と思って居たが、女が居た。NHKの撮影隊の1人に違いない。
7月25日 ABC⇒C1
7月26日 C1から7時間登り、7500mにC2設置。
7月27日 C2から上部偵察に。第2バンド入口の“喉”で画像が終了。(画像は鮮明、
そのシーンも映ってたはずです。)

◎NHKが同行してるので、超望遠での登攀画像を期待したが、殆どはメット画像。
◎サボイア氷河上部の雪原で、大型スノーシューを使っていた。7年前の偵察の賜物か?
◎K2出発前の中島談。「寝れない夜が続く、何故危ない思いをして・・・」と、流涙。
◎平出談。出国前に「8000mで未踏のルートが有る。
心技体が整った、このタイミングで遣らず、何時遣るのか?」と・・・豪語。
BCで停滞中に、「山頂がゴールでは無く、8300m迄の空白部を埋める事」と発言。
???ゴールはBCのはすだが・・・現地で目標変更? この時点で、遠征は失敗です。
既に45歳、体力的な・・・山野井泰史は、50歳に為ると若い頃の体力の1/10だと、
自嘲気味に話していたが、平出は少し先を急ぎ過ぎたのでは・・・
山岳界からは、8000mの壁の経験が無く、いきなりK2とは? との声も有った・・・
また、アルパインを志向しながら、極地法的登り方に異論も・・・
小生は、登山法は兎も角、C1を失う・目標変更時点で、撤退出来ぬシガラミに無念感。
◎中島の一面。
今回のメモの一部、現地で書いている。ルート図のメモも。ABCに置いて行った物か?
彼の几帳面さが、伺える。惜しい登山家を亡くしたと思う・・・


コメント
コメント一覧 (2)
コメント、ありがとうございます。
録画を再見したら、最後にディレクター和田萌の名が有りました。
NHKの職員かと、思ってましたが、外部委託だった様ですねぇ~
如何にもNHKらしい・・・
BCでの女性の声はこちらの映画監督さんだと思われます。
https://www.arigasaki.org/2024/04/29/2225/