7月28日
27日、K2(8611m)の7500m付近で、邦人男性2名が滑落、安否不明と言う。
パキスタン軍のヘリが、2名を確認したが、動いていないらしい・・・
7000m付近との情報も有るが・・・当然、アンザイレンをしてた筈だ・・・
西壁からの登頂を目指していた、平出・中島隊と思われる。
共に、ピオレドール賞を複数回受賞した、世界的アルパインクライマーだが、
下見の試登から、6年越しの夢が果たせずに・・・
救助隊が向かうと言うが、其れなりの難関壁だ・・・無事、収容出来れば良いが・・・
目視で判り易くする為に、手持ちの地図で説明する。
K2周辺の概念図1/20万
1997年に西稜から登頂を目指していた、日本山岳会東海支部が、岩稜に行き詰まり、
100m懸垂下降して西壁の第1雪田に降り、西壁を横断して北西稜から登頂。(破線)
K2での日本隊は、過去極地法(ポーラーメソッド)での登山が主流だった。
山野井泰史氏が、2000年に南南東稜から、2日半で無酸素・単独で登頂に成功。
それ以来の、アルパインスタイルでの挑戦だった・・・
8000m峰を極地法では無く、アルパインでと言う動きは、約50年前に芽生え、
欧米では今や主流に為ったが・・・山野井氏以降、24年目にして現れた2人だった・・・
この夏のカラコルムでの邦人遭難が多い。
スパンテーク(7027m)で、6月に平岡隊2名(滑落)・7月に1名(登頂後クレバスに転落)
29日 追記 石井スポーツ遭難対策本部発表より以下抜粋(情報が有り次第、追記します)
27日 9:30 平出より、C2上部へ日帰り偵察する連絡が入る。
11:30 平出・中島が7000m地点から滑落の一報が入る。
28日 11:30 BCより連絡有り
昨日ヘリで現場確認、2名の位置を特定、困難な斜面で簡単には行けない。
救助法を検討中。
29日 現在現地での救助に関して、新しい情報無し。
遭難地点へは、クライマーでないと難しいとの情報。
2次遭難も考慮し、慎重に対策を検討中。
普通、K2で遭難が有れば、K2BCに滞在してる各隊及び、
隣のブロードピークBCに居る隊に、救助要請をするのが一般的だが・・・
2人のBCは、K2の裾を半周した処、しかも7000m付近の壁の中だと、
簡単には近付け無い・・・壁を登るテクも必要となる・・・
17:30更新
ABCに居た現地スタッフ(撮影隊他)は、BCに戻る。
今後、救助隊等が必要に為る登攀用具は、ABCに残置。
引き続きヘリを含め、救助法を現地専門家と検討中。
ABCとは、BCからC1迄の距離が有る時に設置する、
中継基地的な役割のCを指します。
夜に、ひょんな事から、K2を舞台にした山岳レスキュー アクション映画の、
“バーチカル リミット”を観た。山岳娯楽映画は、全てが“臭くて”嫌いなのだが、
この件も有ってか? 最後まで見入ってしまった・・・
この話の様に、上手く出来れば良いのだが・・・
暇な方は、今なら https://www.youtube.com/watch?v=Zzr3QLT9aDgで観れます。
30日 9:30更新 BCに戻った撮影隊より
昨日まで2人を観測してたが、27日時点から動き無し。
現地に居る他隊から協力の意思が有るが、2次遭難を避ける為、
ヘリレスキューの専門家の意見を聞いている状況。
今後、関係者が渡航する予定。
氷河の上を歩ける者が、今直ぐに渡航しても、ABC着が10日後頃。
石井スポーツの対応が遅い・・・派遣者には、全権を持たせるべき。
事故から72時間が経過、救助より収容方法を考える時期に入った・・・
現地に有るのは軍用の物資運搬ヘリ、吊り上げワイャー等の設備が有るのか?
K2 7000mの天気予報を調べて見た・・・
Peak 8612mと為ってるが、K2の事で有る。(標高表示は、国毎に差が有る)
8月1.2日が風速5/hで微風、ヘリが飛ぶに絶好。壁に接近し易い。
パキスタンに、アルプス並のレスキュー操縦者が居るのか?も疑問だが・・・
他日は10mの風が吹く。気温も-6℃位で作業も楽。
この2日を逃すと、当面ヘリでの収容は無理。
31日 今朝の報道を見ると・・・
30日の午後2時に、石井スポーツ遭難対策本部が、救出活動の打ち切りを発表。
・27日似確認された地点から、2人が動かない。
・急斜面で活動が困難。上部に大きな亀裂が有り、崩落の恐れ有り。
・家族の同意が有る。
HPにアクセスが出来ず、詳細不明だが、要旨は以上の様です。
K2西壁の詳細画像 2007年ロシア隊の画像
ロシア隊は、大量の物資・人員・酸素を投入、6ヶ月掛けて3千mの壁にFIXを張り、
7つのCを設置して登頂。当時流行っていた、ダイレクトルート開拓。
今回2人が居る地点は、C4の左辺りと思われる。訂正 C2の左辺り。
2人は、岩壁登攀を避けて、鎌状のクーロアール伝いに、計画したと思われる。
理由は①岩壁登攀はギア類が多く(重量)、時間が掛かる。②岩壁は既に登られる。
鎌状は、雪崩・落石のリスクは有るが、アイススクリュー等のギアが少なくて済む。
近年の2人の登攀を見ると、スクリュー⇩を多用している・・・
多分、グサグサの氷壁だったと予想。アイススクリューは固氷ほど良く効くが・・・
Topの墜落で中間支点が抜け、 Secondのセルフビレイも飛んたのか・・・
K2は、急峻ゆえ、死亡率が25%と高く、“非情の山”と呼ばれている。
今回は本当に、残念な結果だった・・・記憶に残る数々の登攀、ありがとう。
27日、K2(8611m)の7500m付近で、邦人男性2名が滑落、安否不明と言う。
パキスタン軍のヘリが、2名を確認したが、動いていないらしい・・・
7000m付近との情報も有るが・・・当然、アンザイレンをしてた筈だ・・・
西壁からの登頂を目指していた、平出・中島隊と思われる。
共に、ピオレドール賞を複数回受賞した、世界的アルパインクライマーだが、
下見の試登から、6年越しの夢が果たせずに・・・
救助隊が向かうと言うが、其れなりの難関壁だ・・・無事、収容出来れば良いが・・・
目視で判り易くする為に、手持ちの地図で説明する。
K2周辺の概念図1/20万
西壁は、サボイア氷河の源流域。
k2詳細概念図 西壁とは、北西稜と西稜に囲まれた範囲を言う。
K2の航空写真1/8万
西壁は、影の部分。
K2西壁の画像k2詳細概念図 西壁とは、北西稜と西稜に囲まれた範囲を言う。
K2の航空写真1/8万
西壁は、影の部分。
1997年に西稜から登頂を目指していた、日本山岳会東海支部が、岩稜に行き詰まり、
100m懸垂下降して西壁の第1雪田に降り、西壁を横断して北西稜から登頂。(破線)
K2での日本隊は、過去極地法(ポーラーメソッド)での登山が主流だった。
山野井泰史氏が、2000年に南南東稜から、2日半で無酸素・単独で登頂に成功。
それ以来の、アルパインスタイルでの挑戦だった・・・
8000m峰を極地法では無く、アルパインでと言う動きは、約50年前に芽生え、
欧米では今や主流に為ったが・・・山野井氏以降、24年目にして現れた2人だった・・・
この夏のカラコルムでの邦人遭難が多い。
スパンテーク(7027m)で、6月に平岡隊2名(滑落)・7月に1名(登頂後クレバスに転落)
29日 追記 石井スポーツ遭難対策本部発表より以下抜粋(情報が有り次第、追記します)
27日 9:30 平出より、C2上部へ日帰り偵察する連絡が入る。
11:30 平出・中島が7000m地点から滑落の一報が入る。
28日 11:30 BCより連絡有り
昨日ヘリで現場確認、2名の位置を特定、困難な斜面で簡単には行けない。
救助法を検討中。
29日 現在現地での救助に関して、新しい情報無し。
遭難地点へは、クライマーでないと難しいとの情報。
2次遭難も考慮し、慎重に対策を検討中。
普通、K2で遭難が有れば、K2BCに滞在してる各隊及び、
隣のブロードピークBCに居る隊に、救助要請をするのが一般的だが・・・
2人のBCは、K2の裾を半周した処、しかも7000m付近の壁の中だと、
簡単には近付け無い・・・壁を登るテクも必要となる・・・
17:30更新
ABCに居た現地スタッフ(撮影隊他)は、BCに戻る。
今後、救助隊等が必要に為る登攀用具は、ABCに残置。
引き続きヘリを含め、救助法を現地専門家と検討中。
ABCとは、BCからC1迄の距離が有る時に設置する、
中継基地的な役割のCを指します。
夜に、ひょんな事から、K2を舞台にした山岳レスキュー アクション映画の、
“バーチカル リミット”を観た。山岳娯楽映画は、全てが“臭くて”嫌いなのだが、
この件も有ってか? 最後まで見入ってしまった・・・
この話の様に、上手く出来れば良いのだが・・・
暇な方は、今なら https://www.youtube.com/watch?v=Zzr3QLT9aDgで観れます。
30日 9:30更新 BCに戻った撮影隊より
昨日まで2人を観測してたが、27日時点から動き無し。
現地に居る他隊から協力の意思が有るが、2次遭難を避ける為、
ヘリレスキューの専門家の意見を聞いている状況。
今後、関係者が渡航する予定。
氷河の上を歩ける者が、今直ぐに渡航しても、ABC着が10日後頃。
石井スポーツの対応が遅い・・・派遣者には、全権を持たせるべき。
事故から72時間が経過、救助より収容方法を考える時期に入った・・・
現地に有るのは軍用の物資運搬ヘリ、吊り上げワイャー等の設備が有るのか?
K2 7000mの天気予報を調べて見た・・・
Peak 8612mと為ってるが、K2の事で有る。(標高表示は、国毎に差が有る)
8月1.2日が風速5/hで微風、ヘリが飛ぶに絶好。壁に接近し易い。
パキスタンに、アルプス並のレスキュー操縦者が居るのか?も疑問だが・・・
他日は10mの風が吹く。気温も-6℃位で作業も楽。
この2日を逃すと、当面ヘリでの収容は無理。
31日 今朝の報道を見ると・・・
30日の午後2時に、石井スポーツ遭難対策本部が、救出活動の打ち切りを発表。
・27日似確認された地点から、2人が動かない。
・急斜面で活動が困難。上部に大きな亀裂が有り、崩落の恐れ有り。
・家族の同意が有る。
HPにアクセスが出来ず、詳細不明だが、要旨は以上の様です。
K2西壁の詳細画像 2007年ロシア隊の画像
ロシア隊は、大量の物資・人員・酸素を投入、6ヶ月掛けて3千mの壁にFIXを張り、
7つのCを設置して登頂。当時流行っていた、ダイレクトルート開拓。
2人は、岩壁登攀を避けて、鎌状のクーロアール伝いに、計画したと思われる。
理由は①岩壁登攀はギア類が多く(重量)、時間が掛かる。②岩壁は既に登られる。
鎌状は、雪崩・落石のリスクは有るが、アイススクリュー等のギアが少なくて済む。
近年の2人の登攀を見ると、スクリュー⇩を多用している・・・
先端に刃が有り、氷に回転させてアゴまで埋める。
しかし、天気予報を見て判る通り、7千m付近が-6℃代では、気温が高過ぎる。多分、グサグサの氷壁だったと予想。アイススクリューは固氷ほど良く効くが・・・
Topの墜落で中間支点が抜け、 Secondのセルフビレイも飛んたのか・・・
K2は、急峻ゆえ、死亡率が25%と高く、“非情の山”と呼ばれている。
今回は本当に、残念な結果だった・・・記憶に残る数々の登攀、ありがとう。
お2人に合掌




























